第30話 狩猟
戦艦アクエリアスが進路を北に向けている。中にはシードを始めとして兵士が満載だった。今回の任務は今日の戦争の激戦区であるロデッサの偵察である。
「嫌な空気だ……」
シードがポツリ、しかし船内の温度は下がらないし湿度も変わらなかった。ロデッサは20年前の戦争でフォイップとエアリー両国が奪い合った土地、この場所は北ミーラ山の南側の麓で日あたりがよく雨もよく振り川まである。植物が育ちやすく安定しているのだ。故に奪い合ったのだ。そしてその結果はジライソウだ。
『あ~諸君、もう一度本作戦について説明する』
天井からニルスの声が聞こえてきた。
『本日はロデッサに向かう、ロデッサは20年前に取り合った土地だが今回も土地柄か大戦闘がひっきりなしだ。現状の戦況を探るにはもってこいの場所だ。この際フォイップに取り戻したいところだがロゼーの戦力ではかなわない……よって今回は偵察を重みに置く』
激戦のロデッサを攻めるには戦力が足りない、これも確かだが理由はもう一つある。今取り戻したところで王子死亡、国王の安否不明の状態で維持できないからだ。
『本日はロゼー隊主戦力であるローサとパニィをフォイップ陣地に、シードとミリアはエアリー陣地を偵察してくれ状況次第で拠点制圧などの戦闘も構わないが無理はしなくていいぞ。残りは待機、先方隊の狼煙しだいで出撃を決める』
兵士たちの先頭はシード、ミリア、ローサそしてパニィの4名、ロゼーの部隊にとっては先鋭中の先鋭だ。
「ミリア、まあ偵察だ。はしゃぐなよ?」
「わかっているわよ」
まず先にシードとミリアが仲間の兵士に見送られて翼を広げる。行先は東、エアリーの陣地だ。
「あぁ先に行かれた!ローサ、早く行くよ!」
「パニィ、これは別に競争ではないのよ」
続いてパニィとローサ、行先は西のフォイップ側のはずなのだがパニィは一度東側のシードの元に行きそうになった。鳥上からシードに蹴られ鳥上からローサに腕を引っ張られてパニィはようようフォイップの方角に向かったのだ。
そのローサとパニィ、フォイップに向かったのはあくまでも偵察だ。状況によっては制圧も構わないと言われるが基本的に遠目で眺めているのが最も安全でかつ本来の任務にかなっている。フォイップ側の新兵木でも拠点の位置でも見つけられれば上出来だ。
「視力には自信があるから遠くでも良かったのだけれども」
「そりゃアタイだって目はいいほうだから近づく必要はないけどさ」
それは相手が遠くにいる場合に通用することだ。しかし相手の位置が近い場合、ましてや相手が近づいてきてしまっている場合はもはや偵察どころか戦闘だ。
「黄金の大鳥……確かでどこかで聞いたことが……」
向かってくる大鳥は2羽、数自体はイーブンだしローサもパニィもかなりの強さを持つ人間だいくら数が同じでも勝利の星はこちらにある。しかし相手もそれほどの力を持っていたら……
「噂の……左腕!」
「あれ確か……ハリーだっけ?」
ローサはアクエリアスの甲板上で彼の姿を見たことがある。そしてパニィでも噂になら聞いたことがある。
「ぎゃはああああアハハハハァ!」
そしてハリーの姿を確認したあとに耳を劈くのは心地悪くするような甲高い女の奇声、そしてこの声の口元は左腕より早く2人の元に到達した。
「ヒャッハァ!」
そのナイフはUの字の軌道を描いて襲いかかった。その女服には自分のものか他人のものかは分からないが血がベットリついている。
「そこから来るか!」
ローサが反射的に矢を放つ……狙いすます余裕はなかったがその矢は左肩に命中する。しかしその女は堕ちなかった。
「くっ!」
矢一本ではお構いなしだった。投げ出された砲弾は紙切れ一枚では防げない、そのままローサに向かって突き進んでいく……
「パニィ……キィイイイイック!!」
その人間砲弾がローサに届くほんの少し前に軌道を変えられた。パニィの飛び蹴りならぬ大鳥からの飛び降り蹴りによって捻じ曲げられた。
「ダイアン勝手な行動をするな!」
「左腕……」
ようやく追いついたのは“頭脳の左腕”ハリー・アレン、様子から察するにあの女……ダイアンを追っかけてきたようだ。ローサはこのダイアンと呼ばれる女を聞いたことがある……確かウィッチ空洞でミリアと交戦したという女だ。
「ダイアンが反応したと思ったら……反応した“餌”はロゼーの奴らか……それも厄介な者ばかりだ」
ローサもパニィも直接ハリーに出くわすのは初めてだ。しかし2人はハリーの噂をよく耳にしたし相手にとってもそれは同じだった。
「そこの弓兵、お前はウィッチ空洞で散々矢を当てたらしいじゃないか?あのブライアンはハリネズミみたいになってもう当分動けない……そこの子供もだ!こっちの交渉を台無しにしてくれて……自警団の人間だとは思ったがロゼーに回ったか?」
褒めているのか貶しているのかわからない……だけど単純に言えるのはこの対面はただでは終わらない
「グあぅゥゥああアああアアあ!!」
真っ先に動き出したのは案の定というべきだろうかダイアンであった。彼女も彼女だがそれについてくる大鳥も対したものである。向かう先はローサの元、ちょうど狼が羊を襲う時のように変則的な飛び方であった。
「っ……場所が悪い!」
ローサが足元の茂みに一旦引く……ここならば姿は見えにくい
「ローサ!」
「パニィ!そっちの左腕は任せたわ!」
姿は見えないが声だけはハッキリと聞こえてきたのだった。
「はぁ無茶ぶりぃ!」
ハリーの槍先が飛んでくるまでそう時間はかからなかった。幸いパニィの視界は広い、直ぐに目に入ったし避けることもできた。避ける方法は大鳥から飛び降りる
「目がいいな、ただヘナチョコな戦法を使うわけじゃないようだ」
「ひゃぁ……あっぶな!」
大鳥の足に掴まれたパニィはそのまま宙返りで大鳥の背中に乗りそのまま上昇していく……そして飛び降りた。はるか上空から頭を先頭に落ちていきその落下中にナイフを握る右腕を頭より前に突き立てる。
「これでどうだぁあ!」
だがその落下線上にハリーの姿はない、彼はパニィの動きをよく見て避けていたのだ。
「その程度は!」
ワタゲを開いて軌道を捻じ曲げていく……ちょうどハリーが今いる位置にだ。これは当たる……パニィはそう確信していた。
「外したぁ!シードは当てられたのに」
「この私とシードを一緒にするな!」
ギロリと睨みつけてきた。以前からシードとは味方同士で競い合うライバル関係と聞いていたがこれが敵同士で殺し合うライバルとなると……おぞましい
ローサは茂みに隠された木の枝にいた、そばには大鳥もいる。彼女を不快にさせるのはダイアンのあのやかましい笑い声だ。右から聞こえてきたと思ったら今度は左、前に後ろから聞こえてくる。
「どんな手綱さばきをすればあんな動き方になるのよ全く……」
弓を構えいつでも矢を放てる体制を維持しているがこれでは何処を狙ったらいいのかわからないし適当に放っても音でこちらの位置がバレてしまう
「ふひゃひぃぅ……」
声……だけど姿なし
「空を飛べば位置はわかるのでしょうけど相手にも見つかっちゃうし……何より私はそこまで飛べない」
ローサは優れた弓兵として重宝されているが彼女は飛べない兵士だった。シードをはじめとした兵士が行う派手な急上昇と急下降は日々の訓練あってのものだ。少し前まで兵士ではなかったローサは当然その業は身につけていない……元々弓兵は立ち止まることが多いとは言え不意の接近戦にはやはり一般人以上の騎乗テクは求められるし自分の大鳥は軍鳥ように育てられていない。ローサは上空で戦っているパニィに少し嫉妬した。彼女は兵士ではないが大鳥との絆と兄への思いでそれを……それ以上を実現している。“生きるため”という生命としてはあまりにも最低限な願いだけを考えてコソ泥ばかりしていたローサとは大違いだ。
「だけど目なら……彼女以上に……!」
幸い相手が喧しいので音は聞こえる。だけど音が聞こえた時にはその場所に彼女がいないのだ。音は意外にも鈍足だ。
「私だったらいつもどうしている?」
そう自分に問いかける。割とすぐに答えは出た。
この人は……獲物に似ている。
この場合の獲物とは単純に狩りの獲物だ。ローサは盗む他にも野生動物を狩って飢えをしのいでいた。あの女は自ら飛んでいるのではない、大鳥に乗って飛んでいるのだ。ただあまりに命知らずな飛び方をしているだけ……だったら
「獲物の動きならわかる」
声がした……獣の鳴き声だ。そして何も考えずいつものように弓を引き絞り矢を放つ
サク……
手応えあり!
「グアアアアアアアアオオオウ!」
声の主は遂に姿を現した。ちょうど胃の部分に矢が刺さっているが怯んじゃいない。だからローサは腰に刺さっていたナイフを獲物の喉元に突き刺した。血管やら神経やら気道やらがひしめき合っている場所だ。いくら何でもこれは耐えられない。
「ゲゥオ!ガァ!」
ようやく聞こえてきた苦しみの声、そうだ……その声が聞きたかったんだ!
「あゲアあああギャああああ!!!」
もはや聞き慣れてしまった奇声、そしてその主はナイフを振りかざした。もしかすると……まだやるつもりか!?
「ロォォォォォサァァァァァァ!!!」
茂みをかき分ける音、だけどローサの視界はあの雌の野獣しかいない……だけどその隙間、脇に僅か空いた隙間からパニィの形相が……
「パニィ……」
こぼれたその少女の名前、そして野獣の左胸からナイフが生えてきた。
「それぇえ!」
少女は大鳥から野獣を突き落とす。遂に脳からの信号が途絶えたのか?特に抵抗なしにその体は地雷の海に落ちていった……最後まで筋肉は蠢いているようだった。上空を見るとハリーが飛び去っていくのが見える……2対1は不利と見てさっさと撤退したようだ。格好が悪いといえばそれまでだが冷静的確な判断といえばそれは褒め言葉だった。
「パニィありがとぅ……流石にやばかったかも」
「2対1に持ち込んだほうが勝ちやすいからね。それに別に一人で戦おうと思わなくていいよ、今だってアタイが居たんだし」
いつも通り無邪気なパニィだった。
一方その頃、エアリー側の偵察を行っていたシードとミリアはまたまた別の敵襲にあった。
「ミリア、下手に顔を出すな、やられるぞ!」
「そんなの分かっているわよ!肌に穴が空きたくないし」
木の茂みに身を潜め息を殺す……その静けさはそう長くは続かなかった。大砲の音よりも高く、そして素早い音が聞こえてきたのだ。そして目の前の木肌から木屑が舞った。
「見つかったか……相手は何人だ!?」
「さっさと対抗策見つけないと大変よ」
一人はしかめっ面で、もう一人はどこか楽しげだった。




