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第29話 キオラ薬品工場

ロゼーの街がギョクロクの香りで染まるころ、シードは午前中の訓練に当たろうとしていた。ニルスによると近々大規模な作戦があるらしくシードには期待しているとも行っていた。シードとしては俄然訓練にやる気が出る。ところがそのやる気を空回りさせる出来事が起きた。

「誰か足りない」

ロゼー駐屯地に誰かいない……具体的に言うとミリアとローサがいないのだ。更にギョクロクで一躍時の人になったヒロキも今朝から見かけていない……

「シードォ!お手合せ願うぅ!」

パニィの声が聞こえてくる……最近の訓練の相手はこのような調子でパニィにされてしまう

「仕方ないなぁ」

しかしシードは断ったことがない、なぜならばパニィは腕が立つので普通に訓練になるのだ。彼女の変則的な戦い方は学ぶところもあるしとっさの判断の訓練になる。だから彼女のお手合せには必ず応じるのだ。

「パニィ、そういえばミリアとローサはどうした?朝から姿が見えないが」

パニィはそれを聞くと遠い目をしながら何やら頬を掻く、やがて何かを思い出したのか口を半開きにしながら正面を向いた。

「そ〜いえば朝早くにどっかだか行くとか言っていたなぁ……確か場所は」

ここで再び遠い目

「あぁそうだブラックタウンだよ!ヒロキも一緒だったよ」

「ブラックタウン?キオラの事か?」

フレディ砂漠に存在する無人で廃墟の街キオラ……5年前にガス爆発事故が起こって有毒ガスが蔓延した明かりの灯らないブラックタウンだ。

「そういえばいつだったかヒロキを連れてキオラの精密な調査を行う予定だったな」

しかしそれが本日だとは聞いていなかった。大規模な作戦があるらしいのでその前に調査を済ませさたかったというところだろう、しかしそれ以上にシードが思うのは……

「俺は抜きか……」

「何か言った?」

「いや……」

「それより一戦交えましょうや!」

訓練用のナイフを構えこちらを笑顔を向けてくる。シードも訓練用の槍を構え向き直るがその顔はどこか不満そうだった。単純に調査任務だったらそこまで人数も必要ない、以前キオラに立ち寄ったのはシードとミリア、そしてローサだ。学者であるヒロキを新たに加えるとして地元民であるローサも確定だ。しかしシードとミリア両方だと人員が多すぎるし主力メンバーが揃いも揃って不在ではロゼーが手薄だ。それは理解できるのだが……

「ちと……寂しいな」

ニルスさんの判断なのだろうが一人のけ者は非常に寂しかった。




 定員3名のクロウバの音が頭上で聞こえる。向かう先はブラックタウン……あまり評判の用意場所ではないが調査はロゼーによる正式な任務だし何よりこれから向かう面子は誰もが近寄りたくないブラックタウンを気になり、そして向かっている。

「はぁ、まさかブラックタウンに赴くとはね」

クロウバに乗るのは合計3人だがその中で1人、ほんの少しではなるが乗り気でないモノがいた。ヒロキ・ヒイラギだ。

「まぁ否定はしないわ……私もよくあんな場所で過ごしていたものよ」

「あなた、故郷は大事にするものではないかしら?」

「……」

ミリアの正直すぎてかつ正論すぎるその一言はローサを黙らせた。自分の発言ではあったが流石にこれはバツが悪いのかと思った。

「あぁうんゴメン」

素直に謝っておくことにした。

「いえ、そろそろ着陸するわよ」

若干の気まずさを残して着陸態勢に入った。今回の調査はキオラにある薬品工場の調査、以前キオラにやってきた際にこの薬品工場に不審な点が見られた為だ。キオラは砂漠に浮かぶ石造りの建物の街、地面は人を食うジライソウが潜んでいるが石や岩の上では生息できない、石造りの建物や道路の多いキオラは安心して地に足を下ろせた。

「薬品工場はここよ、ヒロキはまずそこのガスタンクを見て」

キオラの不審な点その1、それは薬品工場のガスタンクだ。一般的にはここのタンクが爆発して薬品工場に引火、有毒ガスが発生したと言われている。

「ま、爆発したにしては破片も散らばっていないし焦げ跡もないね……ローサ、これは最初っからこんな感じだったのかい?」

「だけど私が目覚めた時にはこんな感じだったわ、破片一つ、焦げ跡一つ、そして死体一つも残っていなかった。残っていたのはこの石造りの建物だけ」

唯一の生き証人であるローサの証言はおかしな点が多い、タンクの破片がないのは爆発のあった夜中のあいだに燃え尽きたで説明が付くかもしれないが焦げ跡がないのが引っかかる。それよりなりより最も気になるのはだ……

「死体が綺麗さっぱり消えているのはおかしいでしょ?そんなの僕じゃなくたって分かることだし僕の出る幕でもないでしょ?」

「でも私が目覚めたのが翌朝なのか3日後なのか1週間後なのかもわからないわ……その間に調査隊が入ったのじゃない?」

「だけどだよ」

ヒロキはノンノンと手を振りそしてローサに向けて人差し指を指す、その指は第三関節で直角に曲がっていた。

「仮にローサが何日も眠っていてその間に死体の処理が終わったとしてもだよ。誰かがガスマスクやら防火服着てここを調査したのならローサを保護できてもおかしくないはずだ」

「確かにそうね」

当然の指摘に当然のように返答するローサここまでは別にヒロキでなくたって容易に想像できることだ。だがここからはヒロキでなければ想像できないことだった。

「それと消えたのはタンクや死体だけではない、植物が……植物が消えている」

「植物?」

ミリアがあたりを見渡し植物を探す……確かに見当たらないがここは元々植物の少ない砂漠だ。彼女はそれを指摘しようと思ったがそれは既にヒロキに読まれていたようだった。

「言っておくけど砂漠でも植物くらいはあるよ、ユメミサボテンやギタイサソリのように砂漠で独自に進化した植物もいるからね」

ここでヒロキは辺を見渡す。周りは青い石と橙の砂、硬い石とサラサラの砂……そう、それだけだ。

「それに無いのは植物だけじゃないよ。ここには植物だけじゃなくて”植物製の物”までない……棚や机のような木材や葉っぱを使ったものが一切ない……ここのガスタンクだって使われていたのはポリクの木材だ」

ミリアはここでようやくこの街の隠れた異変に気がついた。このキオラがほかの街と同じようにツリーハウスであったのならこの異変はすぐにでも気がついただろうがここが石造りの街だったから気がつかなかった。建物の中には家具がほとんど残っておらず一夜にして毒ガスが蔓延したにしては生活感がなさすぎるのだ。僅かに家具は残っているがそれらは全てが石や岩で作られているもの……ユードラ半島にとっては生活に密接に関わるはずの植物がこの街にはなかった。

「毒ガスの影響かしら?でもいくらなんでも腐るのが早すぎるか……」

「ミリア、あるよ……一晩そこらで動植物を無に返すような猛毒があるよ」

ミリアもローサも黙り込む、この問題は実に単純な答えなのだ。このユードラ半島の先っちょを見ればすぐにわかる。

「死の土地だよ」

死の土地、ユードラ半島の南端に位置する猛毒の土地、その場所にはあらゆる植物、生物は生きていけないのだ。

「あの毒沼地帯ね……確かにあの毒気なら可能だろうけど」

だけどこの発想は突拍子もない部分がある。誰も触ることのできない死の土地の毒沼をどうやってこのキオラに運んだのかだ。

「薬品工場が気になる。もっとよく探索しよう」

このキオラで最も怪しい場所は薬品工場だ。例のガスタンクが最も怪しいのだからそれがある薬品工場を探すのがベターだ。

 とくにもかくにも薬品工場内の搜索に入った。薬品工場はというと驚く程にもぬけの殻であり残されたものは壁と床、そして天井だけといっても過言ではない。動植物由来のものが全て消え失せていると思えば当然のことだった。その場所を探すのはこんなんを極めた……物がないので怪しい物もないのだ。

「床を探せど天井を探せど何も見つからない!」

ミリアが冷たい石床の上で嘆いている。

「まぁ重要で機密なものならばかなり巧妙に隠しているだろうけど」

「隠し天井も回転する壁も外れる床もないな~」

ヒロキはどこかでこの手の本を見たことがある。確か数百年前の遠い国の隠密隊の屋敷について記した本だ。だがここはそんなに遠い国でもなければ時代でもない

「潮時か……」

何かを仕込みそうなものがあれば探しやすい、逆に多すぎると探しにくい物なのだが……今回はそもそも絶対値が0だ。壁と床、そして天井を探してないのであればもう探す場所など0……

「はあ、収穫は0なのね」

ミリアはどことなく青い石壁に寄り添っていき軽い握りこぶしでノックを2回、当然変化は無しだった。

 トボトボ、そしてシブシブ、そしてイロイロ考え込みながらクロウバに乗り込む……最後はミリアだった。

「あら?」

ミリアがクロウバに片足かけた頃だ。離発着上に使っていたガスタンク跡に違和感を見つけたのだ

「どうしたの?」

ローサがミリアの顔を覗き込む……そのミリアの目線はガスタンクのあった岩の土台だ。石造りの床の上に一段高くその土台がでんと置かれている。

「いえ、ただそこの土台のフチが一部欠けているような気がして」

ミリアの指先にある石の土台には僅かではあるが窪みのようなものがあった。ちょうどタンスの取手のような窪みだ。ミリアが先のその窪みに向かう、少し遅れてヒロキとローサが互の目を見てから向かった。

「見た感じ引くっぽいけど……」

「息を合わせてみましょう……せーの!」

“せーの”の“の”で一斉に腕を縄にして引っ張る……しかし石は動かなかった。しかしこの動かないは消して落胆する動かないではなかった。なぜならば動かないは動かないのだがズズッと引きずるような音が微かに聞こえたのだ。

「引いてダメなら押して見る!」

ミリアは肩まで石に密着させて今度は押して見る……今度は動いた。しばらく使われていなかったのか押しても重いのだが確かに動くのだ。

「石造りのレールと車がある……完全に開けられる構造だな」

ご丁寧なことに階段までお出ましだ。明かりがないので中を覗くことはできない……しかしここまで怪しいと言い切れるほど怪しい場所はない、この時点で選択肢は中に入るしかないのだ。

「この上にガスタンクがあったみたいだけど……」

壁に手を当てながらゆっくりと階段を下っていく……始めは何も見えなかったがやがて3人のシルエットが把握できるようになった。今は天井、本の数秒前まで床だった場所をローサが見ている……顔は動かさずに目だけを動かして見ていた。最も何があるなんてわかるほど明るくはないのだが……

「ダミーのタンクだった可能性もあるわね……出入りする場所ならガスタンクなんて危険なものは置かないだろうし」

ミリアが持ち合わせていたカンテランが光りだすとようやく満足な視界が確保できる。しかし人間の情報量の8割を占めると言う視界という情報がもたらしたのは“探索不可”だった。

「何もないわね……」

3人同時にため息、そこには部屋すらなかった。階段を下りた先の通路は5mもなく行き止まりなのだ。

「また隠し通路の類があるのかしら?」

「いや、これは違う……この壁の向こうに確かに通路はあるだろうけど開けないほうがいい……」

ヒロキの顔は真剣モードだった。

「あの壁の上部を見てみ、僅かに隙間がある」

ローサもミリアも言われて壁を見上げる……ちょうど壁と天井の境界線に蟻でも通れないほどの隙間があった。

「あの隙間は……」

「多分だけどそこには何らかの木材を入れておいたんだ。多分毒に弱いような繊細な木をね……」

その木材はいわばストッパーだ。木材が何らかの毒で朽ちると当然木材は折れる……するとその上に仕込んでいた石のシャッターが降りるという寸法だ。

「多分ここだけではなく2重にも3重にもこの木製自動シャッターはあるね」

「下手に開けるとキオラを潰した毒ガスがまた蔓延するわね……」

そして問題はその毒ガスがどこから来たのかだ。こんな場所にこんなものあったのだからこれは薬品工場にあった薬品と爆発の炎による化学反応ではない筈だ。このシャッターの向こう側に何らかの施設があるのだろうが不用意に開けることができない……だからここからは単なる推測だ。

「この通路……南向きだよ。南にはご存知の通り死の土地がある。死の土地の毒沼でも使って兵木でも作っていたのだろう」

ヒロキはここで何故クレインが女神の花の研究を放り出したのかがわかった。もっと簡単に強力な兵木を作ることができたからだ。しかも女神の花もあの毒沼も成分的には同じ……女神の花が見つかったところでその研究にも興味が起こらずヒロキはシードを釣る餌にされたのだ。

「でも死の土地までかなり離れているわよ?戦争が始まってからでは掘っても死の土地までトンネルは繋がらない」

確かに距離は離れすぎている……しかしフォイップとエアリーの戦争は今回が初めてではないのだ。

「20年前だよ……20年前のロデッサ戦争の時からトンネルを掘っていたんだ。そしてフォイップ上層部は来るべきロデッサ奪還戦に備えてこの毒沼の研究をしていたんだ」

しかし5年前に何らかの事故がこの隠し研究所で起こった。そしてキオラは明かりの灯らないブラックタウンと化した。

「あくまでも推測だ。推測だけれども結構いい線いっていると思う……そして恐らくこの研究をしていたのは国の上層部、つまりガデム国王も関わっているだろう」

まさかと思うがクレインがクーデターを起こしたのはそんな王族の影の部分を知っての行動かもしれない……

「この事、ニルスさんにどう伝えるつもり?」

ローサが弘樹の顔を覗き込む……不安そうだった。

「街に植物性のものが消えていることと地下通路があったけど行き止まりだったことは報告するさ……でも毒沼のことは完全に推測だからね」

どんな気分かは自分でも知らないがヒロキは囁き気味にそう言った。

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