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第28話 ギョクロクの香り

「ひゃっはっはぁひゃ~!」

シードは本日の鍛錬が終了し自室のベッドでゆっくりとしていた頃だ。あまりにもお茶らけた声が部屋の外から聞こえてくるものだからシードはベッドから転げ落ちてそれはもう何事だと渋々体を起こしたのだ。

「パニィかぁ?」

最初はつい最近このロゼー駐屯地に入ったパニィ・パッツアのものだと感じた。しかしまだ14のパニィにしては声が渋い、だが彼女以外にこんな声を上げそうな人は……

「やった、遂に成功したぞ!世紀の大成功なり!」

いや、こんな声を上げそうな人が何人かいる。特に“最近このロゼーに来た何人か”がそうだ。

「おい、何事だ騒がしい」

ドアノブを重々しく回して廊下に出ると声の主は直ぐに見つかった。シードはいかにもだるそうに声をかける……その相手は“最近このロゼーに来た何人か”の一人である植物学者ヒロキ・ヒイラギであった。

「おぉシード!シードじゃないか!ぎゃひゃひゃへぃぃ!」

いつも兵士とはどこかズレているヒロキだが今日は飛び切りのご様子でシードとしては理由を聞かざるおえない

「何をどうすればそんなハイなテンションになれ……」

「聞いてくれ!俺は遂にある植物の栽培にユードラ半島で初めて成功したのだよ!これはもう超ちょぉぉおおおぉおぅう大成果!」

「せめて俺のセリフを最後まで言わせてくれ」

人の話を聞いちゃいない、どうやら理由を聞かれるのをゼロコンマ秒で待っていたようだ。

「それでどんな植物の栽培に成功したんだ?」

ヒロキにはこのロゼー駐屯地内に研究室を構えている。そこでの研究成果ということはもちろん軍事的な研究なのだろう普通はそう思う……普通は

「ギョクロクだよギョクロク!」

はい?ギョクロク?確かその植物は……

「ま、まさかギョクロクってあの高級茶葉の?」

ギョクロク……絶妙な香りと絶妙な渋みがある茶葉だがそれが高級な理由ではない、単純にこの茶葉は栽培方法が確立されておらずそれが故に高値で取引されているのである。

「ちょっと待て、どうして軍事施設で茶葉の栽培方法の研究をしたんだ?」

兵士としてこれは聞いておかねばならない……だって軍事施設で“茶葉”を研究していたのである。何度も言うが彼は軍事施設で“茶葉”を研究していた。

「ほらこの間アオヤの役所でギョクロクのお茶を出されただろ?」

そういえばそんな事もあったような……まさか

「そんとき思ったんだよ!栽培できないギョクロクを栽培できれば一儲けできるんじゃないかと!」

ヒロキがここまで清々しい顔を見せるのは初めてかもしれない……そこまで自信満々で、それでいてやりきったような面構えだった。

「いやぁ大変だったよ!アオヤから帰ってきたらもうこれに付きっきりさよ!」

「あぁそう……よ、よかったなヒロキ」

確かに凄い、凄いのかもしれないし間違いなく凄いのだろう……ただここは軍事施設であって間違えても茶葉工場ではない、いくらアオヤの取引が決まったとは言え戦時中の今に限られた資源や資産を無駄に使うようなことはしたくないのだ。

「ちなみにニルスさんはコレ、知っているのか?」

「いや、今から伝えに行くところだけど?」

無許可だった。

「ニルスさんに何て言われるか……」

シードの記憶の限りでは軍事施設や予算を茶葉研究に使ったなんて例は聞いたことがない、多分フォイップ王国中を探したって見つからないだろうしお隣のエアリー共和国を隅から隅まで探しても見つからないだろう……完全に費用の無駄だし司令にしては穏やかな方であるニルスでも怒るはずだ。そう思いシードは心の中で合掌と南無三をした。




 その日の食事のお供には早速も当然の事、栽培に成功したギョクロクのお茶が出された。ヒロキ曰く「試食会」らしい……出されるのはお茶なのだから試食会ではなく「試飲会」ではないかと思うのだがシードは突っ込まないことにした。

「ローサ……君的には軍事費用で茶葉の研究を無許可でするのはどう思う?」

シードは隣に座っていたローサに声をかけてみる。ローサも例のお茶を飲んでいた。

「まぁお茶自体は美味しいけど常識的に考えてアレよねぇ」

「だよなぁ」

そう言いつつお互いにお茶をすする……これが普通に美味いものなのだからしょうがない。

「シードもローサもアラヤラとかコラヤラいって……まあいいじゃない美味しいんだし」

向かいに座っているのはミリアだった。彼女はこのロゼーに来る前から兵士であったわけであるがどうも「美味しいからよし」との事らしい

「シードは硬いのよ、別に軍事費用を茶葉研究に使ってもいいでしょ?」

そこで場面は少しだけ変わる。シードの裏側をちっこいのが走っていった。

「パニィ、お前もギョクロクを飲むのか?」

若干ヤケになっていたシードは余っていたコップにお茶を注いでパニィに差し出す。彼女はいかにも嫌そうな顔をしていた。

「うへぇ……アタイはそのお茶嫌いなんだよね。ミクロとか他の自警団の人たちは美味しいとか言っていたけどアタイには苦いし渋いし苦手だよぉ」

まだ飲んでもいないのに舌を出して如何にも苦い、如何にも渋いことを全力でアピールしている。シードとしてはパニィをからかいたくなってきた。

「まぁ確かに子供にはきつい味と香りかもしれないな……パニィのような子供にとってはな」

茹で上がった。パニィはその場で熱湯につかりその結果真っ赤に茹で上がった。

「えぇ!?そ、そんなことないヨ……ヨユーヨユー!」

そう言ってシードからコップを奪い取るとパニィはそれを一気に飲み干した。喉にコブが出来上がったと思うとそれは腹の方へ落下しいきそしてパニィは……青ざめていた。

「……パニィおい大丈夫か?」

さすがのシードもこれには心配になる。

「顔が青いわよパニィ……」

「向かいの席のこっちまでゴクリって音が聞こえてきたわね……」

パニィの周囲360度より心配の声が上がる中、本人は沈黙を続ける。これはいよいよダメかと感じたがそこでパニィはようやく声を上げた……声というよりもむせ返る咳だったが。

「ゲッほ!ガッアエエエェェェエエ!ガッおっほ!エガッや!」

唾だかお茶だかわからないものを口から撒き散らしそして落ち着いたところで一言、

「えっっぼっ……たっ大したことないね」

お茶を命懸けで飲んで何を言うかと思ったら「大したことない」とは……無論周囲には心配の目線と痛いのもを見る目線で満ちあふれた。

「そ、そういえば噂のヒロキはどこに行った?」

「話題変えないでよ!ゲホっ!」

シードはたまらず話題を変えることにした。そしてパニィはまだむせていた。

「ヒロキなら少し前にニルスさんにお呼ばれしていたわよ」

ローサがお茶をすすりながら答える。こちらはむせていないようだ。

「ヒロキがニルスさんの所にねぇ……」

軍事費用を茶葉研究に使ったヒロキだいくら成果物が得られたとは言えあまり喜ばしいものではない普通はそう思うのだがその思いはちょうど食堂に入ってきたヒロキによって打ち砕かれた。

「何かヒロキのやつ妙に上機嫌だな」

このパターンは違う、怒られたのではない……ヒロキは確かに変わったやつだが怒られて喜ぶような奴ではないのだ。

「ヒロキ何だ何ご……」

「シード聞いてくれ!」

やっぱり話を聞いていない、今朝だってそうだ。

「例のギョクロクだがニルスさんから正式な感謝状を頂いたよ!」

「へい!?」

「驚ね……」

シードは目を見開きローサは目を細めた。ミリアはお茶を啜っていたしパニィはむせている。いずれにせよニルスが感謝状まで用意するなんて滅多なことではないのだ。

「なんだってそんなことに?」

「ほらほらエアリーから亡命者が何人か来たでしょ?」

フォイップでのクーデターによりフォイップ国内が混乱それに乗じて何人か……いや、何人もの亡命者がフォイップに流れ込み何人もの亡命者が流れ込みそして流れ出していった。

「やってきた亡命者はロゼーの未開拓地でせっせと働き自分の家を作っていた訳だ。だけどそろそろ家も店も畑も鳥小屋も十分な数になった。亡命者にはそろそろ定職についてもらうことになる訳だけど畑をちと開梱しすぎて畑が余ったらしい」

「つまり?」

どことなく話の方向性が見えてきたが一応聞いておく

「その畑でギョクロクを育てようというわけさ稼げるね!高級茶葉のギョクロクだから確実!今のところロゼーでしか栽培できないから完全独占!」

両手を腰に当ててその腰は反り返っている。多分彼は今人生で最も……輝いている。




それからあまり日にちが立たなかった。だけど物凄くロゼーが変わった。もうあちらこちらが茶葉畑である……ロゼーが茶葉の産地になるとはかなり相当意外だ。

「ニルスさん……まさこうなるとは」

「いやシード、これはかなりのプラスだ。アオヤから物資を運び入れる代わりに兵士を派遣することになったが兵士の数には限りがある。その点茶葉は生産性があるからなアオヤとの関係も円滑になるというわけだ」

どうやら既にロゼーは茶葉の産地として定着しつつあるようだ。しかもヒロキのやつちゃっかりギョクロクの品種改良にも成功したらしく香りや味も様々なものができた。現在アオヤに向かって茶葉を出荷している。

「そしてだなシードそれだけじゃない、本当にヒロキ様様だ」

ニルスから“様様”などという言葉が出てくるとは思わなかった。

「実は輸出先が見つかった」

輸出?出荷ではなく輸出とニルスは言った。これは少しニュアンスが異なる。

「その輸出先とは……」

「エアリーだ正確にはエアリー共和国南部のグルガリと呼ばれる場所だが」

一瞬、そしてその一瞬の後でもシードは理解できなかった。

「え、エアリー!?なぜまた!?」

「いざ亡命者達にギョクロクの栽培を提案したところ亡命者の一人に今もちょこちょこエアリーに戻っている人がいた。その人に運び屋を頼むことにしたのさ」

恐らくその人はエアリーに残してきた家族や友人に会いに戻っていたのだろう……国境を越えるしかなり危険を伴う行動だが……まあ事情があるのだろう

「報酬はかなりのものだ。他にも金目当てでこの仕事に参加する者がいる」

「しかしこれって……“密輸”では?」

まごう事なくこれは密輸、下手したら国際問題に発展しかねない……エアリーにバレてはいけないしフォイップのクーデター側に見つかっても面倒なことになる。

「何を言うシード、エアリーだろうがクーデターだろうが関係は今最悪だ。つまりこっちから何をしようがこっちの勝手、アオヤからは資材が得られるしエアリーのグルガリからは金や資材だけでなくエアリーの情報も得られる」

茶葉貿易、ロゼーにて茶葉貿易がまさに始まろうとしていた。ロゼーは昔から防衛の街として知られておりその生まれも数百年前のエアリーとの戦争で拠点だったとさえ言われている。間違っても農村地帯ではないのだ。

「まさかロゼーが茶葉産地になろうとは……」

「ヒロキのおかげだな」

なぜだろう?なぜか納得できない……確かに結果にはプラスなのだろうが無許可で軍事費用を茶葉研究に使っておいて褒められるのは納得がいかない

「ま、まぁ……いいやプラスなら」


もう、どうにでもなれ

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