第24話 パニィ登場!
「父上、申し訳ありませんでした」
ハリーが頭を下げるその先にはクレインの姿だった。
「いや、適切な判断だ。ウィッチ空洞を奪われるよりはマシだ」
「そう言われると助かります」
相手がハリー以外であったらさすがのクレインも苛立ったかもしれない、流石に息子には甘かった。
「戦艦アクエリアスでシードが来ていました。他にも見知った兵士が数人、面子からして国境近くのロゼー部隊でしょう」
「ニルスか……彼もガデム国王に入れ行っていたからな、彼はシードを育てた男だしシードが頼りに行くのもわかる。その上ロゼーには今、黒太刀らしき女と謎の弓使いがいたとか……」
シードだけでも面倒なのにその上得体の知れない兵士が2人だ、これ以上面倒なことはない。シードは味方としては心強いが敵に回すと厄介、それは初めから分かっているがいざ敵になると違う……まぁそれも分かっていてのクーデター、覚悟は出来ている。
「父上、ブライアンとダイアンの様態は?」
「あぁ彼らか……ブライアンは複数の矢を受け治療中だ。幸い内蔵はそれているが当分は絶対安静だ。心配ない、彼は死ぬまで助ける……それが契約だからな」
死ぬことが彼の望むものならば死ぬことが報酬、死ぬまで助ける。それがブライアンとクレインの契約だった。
「彼と父上にどんな契約があるのかは知りませんし聞く気もありませんが……まだ戦わせるつもりですか?」
「当然と言いたいが流石に今は無理だ。十分に回復を待ってからの戦線復帰とする。彼も納得している。だが問題はダイアンの方でな」
ダイアン……重度の薬物中毒者と聞いているがそれ以上のことは知らない、とりあえず幻聴や幻覚に支配されていると聞いたし実際にそのようだった。
「左手首がスッパリといってしまったし腹部も重症だ。ブライアン以上の重賞だしもちろん安静なのだが彼女がそれを許してくれないのだよ、腹部の縫合処置はしたが無理に動いたら開くな……」
彼女のことなので絶対に動いてしまう、どんな麻薬を使ったらあのようになるのかわからないが取り敢えず味方を襲うようなわけでもないので一応頼っていた。だが彼女があの状態では長くは持たないのだ。それは今に始まったことではない、兵士を使い捨てにするような事はしたくはないが父上はとにかく誰でもいいから人員を増やしたかった。それは理解しているが心が痛む。
「ハリー、お疲れのところ済まないが暫くロデッサに行ってもらえないか?」
ロデッサ、20年前の戦争ではこの土地を争っていた。国境地帯で軍事的に重要な地点でありその上に土壌、気候も安定している。だから争い絶えない土地なのだ。
「またというか、今回はオレクスの森からそう離れていないから戦略的に重要な地点だ。20年前の雪辱といえよう」
「わかりました、では早速」
「頼んだ」
ハリーが大槍を担いで部屋を出る、そしてそれをクレインが見送った。そしてクレインは思ったのだ。あの憎き土地で再び醜き争いが行われ、そしてその地に自分の息子が自分と同じように赴くのだと……
ウィッチ空洞の戦闘から数日後、もはや毎度の事となったがシードはまたニルスに呼ばれた。一体今度はどんな任務なのだろうか?
「せ、説得ですか?」
まったくもって兵士らしくなかった。シードは兵士なのだから当然任務は殲滅だとか防衛だとか偵察だとか護衛だとかその辺の任務になるはずだが今回はそのどれにも当てはまることなく偵察だった。
「その通りだ」
さもそれが当然だと言わんばかりにニルスが答える。
「クーデターが始まって以降、物流がストップしてしまっている。今は大丈夫だがこのままではいずれ資源が不足してしまう恐れがある。この問題は我々だけの問題ではない、物流が止まっている以上市民にも徐々に影響が出始めている。物資が底を付いてしまってはクーデター派に白旗揚げて仲間に入れてもらうしかないからな、その前に安定した物資供給地点を得たい」
補給地点が欲しければ奪い取ってしまえばいいじゃないかとシードは感じたがそれは兵士的な乱暴な考え方だとすぐに思い直した。シードは平和主義と頭の中で三回唱えてニルスに問う、
「それで、何処の誰を説得するのですか?要はロゼーの王政奪還の為に協力すると相手に言わせればいいのですよね?」
「場所はフォイップ南部の街アオヤだ、あそこは北部の街とは違ってクーデター側に賛同していないし現状どちらにつくとも言っていない……昨日クラリュを向かわせて町長にアポを取っておいた。彼やそのほかのお偉いさんを説得して王族派に引き入れて欲しい。アオヤはパキーラ地区の森林素材に恵まれた地域、死の土地の影響は少なからずあるが資源としては十分だ」
アオヤ、以前ヒロキと共に女神の花の調査をしに訪れた以来である。確かにアオヤを始め南部の街はクーデター側に協力はしていないがそれはクーデター派が気に入らないのではなく単純に軍人が嫌いだからだ。南部の街には街を守る警備兵すらいない有様だ。ユードラ半島北部が中心の今日の戦争では南側が戦場になることがまず無くそれがアオヤをはじめとした南部の街では暴力的な兵士という職業を嫌うものが多くいる。
「クレインの方も兵士ですがこちらも兵士ですよ?軍人嫌いのアオヤの連中がどうぞと簡単に承諾してくれるとは思えないのですが……」
「シード、だから君に頼るのだよ」
なぜその結論になるのかがわからない、第一シードはこの手に関してはど素人もいいところだ。ニルスが説得に行くほうがよっぽど理にかなっているような気がする。
「な、なんでですか?」
「君は有名人じゃないか、アオヤだと君の顔を知らないものが多いかもしれないが君の名前くらいは聞いたことがあるだろう」
つまり結局のところ名前を利用したいのだった。シード・クリスティ……その名前だけで勝負するという訳である。
「まさか俺だけですか?」
「アオヤは少し遠いからアクエリアスを出す。だから操舵手のクラリュと航海士のヒロキを出す。流石に兵士嫌いの多いアオヤにゴロゴロと兵士を連れて行くわけにはいかないだろう?本当だったら戦艦であるアクエリアスも出したくないくらいだ。だが民間船もロクにない状況だしアクエリアスを使うしか道はない」
わかっている、わかっているのだが説得という今までに経験したことがない事だったのでかなりの不安があった。
「まあアポは取れているし戦艦の着陸許可も貰った。ということは向こうにも話し合いをする気があるということだろう、案外スラっと事が進むかもしれないぞ」
目を切り分けたスイカのような形をしたシードを見てニルスは活気づけのためにそんな言葉を投げかけた。お偉いさんは確かに話す気があるのかもしれないが民衆がどう思っているのかはこれだけではわからない。
アクエリアスが飛び立つ、アクエリアスは戦艦だったが乗っている兵士はシード一人だ。その他の乗員も僅かで舵を取るクラリュと航海士を担当するヒロキだけ、戦艦を動かすにしては中身が拍子抜けだった。
「いやぁシード、まさか君とまたアオヤに行く事になるとはねぇ」
シードとヒロキ、2人がアオヤに行くのは二度目だ。前回は女神の花を調査するためだったが今回は目的が違っている。
「シードとヒロキが?意外だな……そもそも2人は接点らしきものが見当たらないな、クーデターの時は一緒にいたがどのように知り合ったんだ?」
シードもヒロキも一瞬顔をしかめた。そしてその後に無理に笑顔を作り出しアハハと笑い始めた。
「ハッハッハ、まあ色々あったのだよ!」
「あぁ、色々あったね!」
女神の花の件に関しては2人だけの話となっていた。これは無差別な殺戮兵木となりかねない女神の花をなるべく知らされないようにするためだ。だがこの女神の花は既にクレインに知られてしまっている。クレインはヒロキの留守中にクーデターを仕掛けたのだからヒロキの情報はいらないようにも見えるがシードは若干の不安があった。
「なあヒロキ」
クラリュに聞き取られないようにヒソヒソとヒロキに話しかけてみた。
「なんだい?」
てっきり大声で返事をするのかと思ったが意外にも空気を読んだヒロキは小声で返事をした。
「この件、いつまで俺たちだけで握っていればいいんだ?」
「実は昨日、ニルスさんには話した」
ここでシードはズッコケてしまった。そんな話も完全に相談なしだったし事後になってから知った。
「おいおいおいおい……」
「一応理解してくれたさ、だけどこの話は他の人にはするなって……クレインは女神の花で動くことはないだろうけど余計な混乱を招くとかどうたらで」
ニルスの判断はごもっともだった。もし死の土地の毒沼を作り出したのが女神の花ならばそれが兵木に転用された時の威力は想像を絶する……だからこその最重要機密だった。結局この件は知っている人が一人増えただけで進展は特になかったのだ。
「おいヒロキ、今どのへんだ?どっちに進めばいい?」
「はいはーい、今!」
ここでクラリュがヒロキを呼び出したのでこの話はここまでになった。
「え~と、そろそろアオヤが見えるんじゃないかな?」
アオヤに着陸した。事前にクラリュが話をつけていたらしいので着陸はすんなりと出来た。クラリュは昨日、民間船でアオヤに来たらしいが町長のアポはすぐに取れたらしい。
「ロゼーからお越しの方ですね?」
アクエリアスから降りるならいなや男が声をかけてきた。もしかしなくても町長の秘書か何かだろう、シードは頷くことで答えた。
「町長がお待ちでございます。ささ、こちらのクロウバへ」
ご丁寧なことにクロウバには既にゼンマイが巻かれており羽は回り始めていた。どうやらこのクロウバで向かうらしい、
役所はアオヤらしいツリーハウスだった。しかし住宅や商店よりも一回り大きいヤカタノキの上にこれまた少し大きめの5階建ての木造建築だった。シードたちはその建物の最上階に案内される。そこは町長室と会議室が設けられており今回の話し合いは会議室で行われることとなった。会議室には既に中年の男が待っておりその貫禄からか彼が町長であることはすぐに理解できた。
「私が町長のオーサ・ワジャポンです。ささお掛けになって」
やけに丁重なおもてなしだった。ご丁寧なことにギョクロクのお茶まで用意されている。これほどの高級茶葉はいつ以来だろうかとシードは一口お茶を啜ったがどこに高い要素があるのかさっぱり理解できなかった。
「それで町長さん、ロゼーに物資の協力はできるのですかい?」
シードはこの手の状況に慣れていなかった。あまりにも直球すぎる言葉だったものなのでクラリュとヒロキの頭ががっくりと下がりそしてシードの頭を同時に叩いた。
「シード、もうちょっとオブラートに包んだ言葉をかけろよ!」
「もうちょっと頭の良さそうな言葉遣いを!」
言葉が完全に物理と化してシードに殴りかかった。
「いや、その件に関しては事前にそちらのクラリュさんから聞いています。その件に関しては受け入れる方針です」
「えぇ!?」
町長からとんでもない言葉が出てきた。ロゼー側としては物資不足の問題が解消されるのでありがたいのだがいくらなんでも話がうまく運びすぎている。
「やけに素直ですね……」
「こちらにも事情があるのです。例のクーデター側と思われる連中から脅迫まがいの手紙が届いておりまして」
そのような手紙はロゼーにも届いたとニルスが以前話していた覚えがある。クーデター側に協力しないと武力行使に出る……そのような内容だった。
「無論、このような脅迫に応じるつもりはありませんが我々には抗う手段がないのです。確かにこの街は軍人を嫌う人が多いですし事実私も良い印象を持っていません……」
バッサリと言われたがアオヤでは当たり前のことだったがこれほどハッキリ言われてしまうとさすがのシードも凹む。
「ですが極端な武力嫌いが今祟りました。ここには常駐している兵士がいない、待人が独自に設立した自警団はいますが彼らでは本職の兵士にはかなわないでしょう……つまりこれは交換条件です。森林を握っている我々アオヤはロゼーに物資提供をしましょう、その代わりロゼーからは兵士をお借りしたいのです」
町長の条件はこうだった。ロゼーはそれなりに部隊が多いので1部隊程度ならアオヤに貸しても良いかもしれない、いずれにせよニルスに相談する必要があるがこの条件なら飲んでも良いだろう……要するにギブアンドテイクだ。
「……と我々行政は言いたいところですが」
町長が独り言の呟くと椅子から立ち上がり窓から外を見た。ロゼーから来た3人は立ち上がりこそしなかったが町長の目を追って窓を見る。窓からは日が差し込んでいたが不意にその日光が途切れた……窓の外を大鳥が通り過ぎたのだ。それも一羽ではなく複数の大鳥がどうやら役所の周りを旋回しているようで窓の外をよく見るとクロウバが数機飛んでいる。
「何ですかあの連中は?」
「先ほど言った自警団ですよ、彼らは行政が組織したものではなく私設の組織です。だから我々でも止められないのですよ」
建物の外が騒がしくなったが建物の内側も騒がしくなってきた。ガヤガヤドヤドヤとそのボリュームはみるみる内に挙げられていきその人の声をミキシングしたものは5階であるこの会議室まで聞こえてくる。
「ねー、アレ大丈夫なの?」
ヒロキはのんきにそんなことを言っているがこれは多分大丈夫ではない。音が近くなっているのだ。その音は階段をドタドタ駆け上がる音でその音が聞こえてきたかと思うと会議室のドアが開けられた……正確には蹴り飛ばされた。ドアが真っ二つに割れて木屑を吐き出しながら宙を待っている。
「アタイの街に軍人は入れさせないよ!」
自警団の連中のお出まし、最前列はなんと子供だった。12位のその少女は後ろに何人もの大人を引き連れており子供ながらに自警団で可愛がられているようだ。手にはナイフまで握っている。
「パニィ、その兵士どもをとっちめようぜ!追い出そう!」
後ろの男、おそらく自警団のリーダーだろうか?彼もまた荒々しい口調だった。
「ミクロに言われるまでもないね。やいそこの暴力野郎!痛い目に会いたくなかったらさっさと尻尾巻いてこの街から出ていくことだね!」
パニィと呼ばれたその少女がシードに向けて指差してくる。なぜか自信満々だった。
「嬢ちゃん、悪いが子供と話している暇は……」
「嬢ちゃんじゃないパニィ・パッツアだ!」
その嬢ちゃんパニィは耳の先まで真っ赤にした。表情がコロコロ変わって面白い、もうちょっとだけ弄ってみたいが取引が白紙になってしまうと横にいるヒロキやクラリュだけでなくロゼーに帰ってきたらニルスにまで怒られてしまう。
「パニィなハイハイ、言っておくが俺たちはこの街を侵略しに来たわけじゃない、物資提供を条件に守るために来たのだ。それはわかるか?」
「わからないね!アオヤを守るならアタイたちで十分だ!あんな人殺し家業に守ってもらうほど落ちぶれちゃいないよ!」
後ろからはそーだそーだと声が聞こえてくる。後ろにいるのが親なのか兄貴分なのか姉気分なのかは知らないがこの自警団あってのこのパニィ・パッツアなのだろう。
「話がややこしくなってきたな」
シードは頭を掻いていたが横っちょのクラリュは「半分はお前が変に挑発したせいだ」とか言っていた。
「おいそこの野郎!」
言い合いを割って出たのは自警団のリーダー格ミクロだった。シードにガンをつけてきている。
「シード・クリスティだっけか?お前は相当やり手らしいな!そしてここにいるパニィは俺が育てた……と言いたいが実際は違う、パニィは我流だ。全く基本がなっていないがそれ故に彼女について行くのは骨が折れる。あんたが相手でも引けを取らないだろうさ」
そしてミクロはパニィにアイコンタクト、彼女は目を活気づかせ少しだけニヤリと頬を上げると唇を大きく開いて宣言するのだ。
「シード・クリスティ!このパニィ・パッツアがアオヤの誇りにかけてアンタに決闘を申し込む!」
その声は会議室の窓が震えるほどだった。続けてパニィが言葉で畳み掛ける。
「アンタが勝ったら資材支援と街の防衛の交換条件を許す!だけどアタイが勝ったらこの街から大人しく出て行きな!」
突如として火蓋が切られる決闘、対戦カードは力の右腕シード・クリスティとアオヤ自警団最年少のパニィ・パッツア……この決闘が始まるまで1時間と掛からなかった。




