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第22話 自然要塞ウィッチ空洞Ⅲ

 ローサ・ブロートはアクエリアス甲板上から弓を放つ、ホンの少しまで軍とは無関係であった彼女が戦艦の上で弓を放つ。ここにいる前は一人で暮らしていた。生きていく手段は他者から物を奪うことだった。実に不安定で危険要素の多い暮らし方だったがローサはその手段しか思い浮かばない不器用な人間だった。

「今の、シードの助けになったかな?」

そんなことをつぶやき次の矢を手に取る。別段距離が離れているからっと言って弓が届くのであれば当てられる自信はある。元々狩猟民族の村であったキオラで先祖代々暮らしていたブロート家だ。視力と弓だけは自信があるしそれだから人の物を盗むこともできた。

「そりゃ今までも弓なりナイフなり使って暴力沙汰になることはあったけど……殺めることは増えたわね……」

ローサは少し自分のいる場所が今どんな状況なのか分かり兼ねた。兵士と盗人……どちらがまともな職業かと言ったら無論前者の兵士だ。だけど殺人の回数は明らかに増えている。

「このまま兵士になってしまうのと盗人に戻るの、どっちがホワイトなんだか……」

ローサは周りを見渡し仲間の状況を見る。ちょうど敵とぶつかりあう仲間がいたので矢を放った。その矢は味方をすり抜け敵の眉間に刺さる……その敵は殺虫剤にやられた蚊のごとく落ちていった。

「ま、いいや……もともと生きることができれば手段は問わない主義だったし」

結局深く考えるのは止めたし無かったことにした。変に考えて味方の迷惑になるようなことはしたくない……今は一人ではないのだ。




 戦闘が行われているポイントに近づいたからか、アクエリアス操舵室では人の声が飛び交いそしてそれがただの環境音となっていた。

「ニルス指令、ローサが再び矢を命中させました!」

リャーシャは自分の声が環境音にならないようになるべく大きくハッキリとニルスに伝えた。

「さすがキオラの弓兵だな……ここまで働いてくれるとは思っていなかった。やはり盗人として牢屋にぶち込んでしまうのには惜しい」

ニルスが素直にローサを称える。予想以上の働きをローサは行っていたのだから褒めるほかはない。

「そういやキオラはもともと狩猟民族の村だったな、あの辺りは砂漠で作物が取れないから……まさかニルスさんそこまで考えて……」

舵を持ったクラリュはそう呟いたのだがこれは単なる独り言なので環境音に消えた。

「5時の方角より輸送船と思われる船が発見!まだ遠いですがこちらに向かってきます!」

「それは恐らくこの拠点に物資を運んできた船だ。最低限の護衛くらいしかないだろうし無視して構わない、兵士は出てこないさ」

ニルスも最初はそう思った。だがリャーシャの次の報告がニルスを青ざめさせたのだ。

「い、いえ……輸送船から一個小隊が飛んできます」

兵士が飛んでくる?あの船が輸送船だとしたら護衛の兵士くらいは数人いるだろう……だが彼らの任務はあくまで護衛であって戦闘ではない、中の物資が何なのかは知らないが下手に動くよりも船の護衛に当たるべきだ。下手に出てくるなんで余程の馬鹿か戦局をひっくり返せる自信のある天才のどちらかだ。

「あの金の羽は……あの顔は……」

「どうしたリャーシャ、報告しろ!」

金色の羽の大鳥……それだけでニルスはある予想はついていた。だけどリャーシャの報告を聞くまで信じたくは無かった。

「左腕……ハリー・アレンです!間違いありません!」

リャーシャはそう告げた。操舵室にいるすべての乗組員が凍りつく、元々部外者であったヒロキも例外ではなかった。

「”頭脳の左腕”ことハリー・アレン……シードの相棒にしてライバル、そしてクーデター首謀者のクレインの息子……」

ヒロキはただ自分の知りうるハリーの情報を半開きの口から垂れ流すのみだった。

「ハリーが相手では適わん、彼にはシードを向かわせろ!待機させている第4、第5部隊を出撃させブライアンを物量で押さえ込め!撤退の狼煙を上げろ、現状の戦力は状況伝達のために戻させる!ここはウィッチ空洞だが外部だ、火を使っても問題ない!」

静まった操舵室の中でニルスの声だけが余計に響き渡った。




 ハリー・アレンは別にこのウィッチ空洞に防衛に来たわけでも助太刀に来たわけでもなかった。ただ単に輸送船の護衛を頼まれそしてウィッチ空洞の視察に訪れただけである。

「まさか王族派の奴らがウィッチ空洞にやってきているとはな」

確かに今のウィッチ空洞は最低限の護衛しか持ち合わせていなかった。だが逆に言えばいまウィッチ空洞を落としても対してこちらの被害はないのだ。

「となると相手の狙いはこちらの戦力を落とすことではなくウィッチ空洞を占拠してボルーキに攻め込むことか?」

いずれにせよこのまま黙ってやられる訳には行かない、ハリーは戦場に急いだ。




 アクエリアスのハッチ前、撤退の狼煙を見て兵士たちが戻ってきていた。周りを見渡すとミリアと第1部隊が戻ってきていない、彼らは確かウィッチ空洞の内部にいるので狼煙が見えなかったのだろう。

「皆ご苦労だ……すまないがこの狼煙は撤退ではなく収集だ」

「何かあったのですか?」

周りを見れば負傷した兵士もいる。衛生兵に介抱されているその兵士は腹部をバッサリと切られていた。槍の傷には見えず確かに何かが起こったことがわかる。

「君たちに伝えることは3つ、まずはシードが戦っていたライト・ブライアン……」

「あの仏像か……ニルスさん、彼を知っているのですか?」

仏像という比喩にニルスは若干頬を緩めたが話を続けた。

「あいつの顔は知っている……殺人で牢屋に入れられた罪人だ。クレインが才能を見抜いて拾ってきたのだろう」

ニルスは彼が鍛治職人でシードの槍を作った者である事は伏せた。なんだかシードの心を揺さぶる要因になるような気がしたのだ。無論、シードがその程度で揺らぐとは思えないのだが余計な情報を与えたくなかった。

「2つめの情報、そこの負傷兵を見ればわかるがこのウィッチ空洞に太刀を持つ者が現れた」

「まさか黒太刀部隊がクーデター派に協力を?」

シードが問う、周りの兵士たちもガヤガヤし始めた。

「いや、黒太刀ではない……情報によるとミリアが知らないような素振りをしていたらしいし兵士に見えなかったらしい、恐らくブライアンと同じようにクレインがどこかで拾ってきた人材だろう……報告によれば太刀を両手に持った二刀流で奇声をあげながら戦い、あまりの異質っぷりにミリアが苦戦しているらしい」

ミリアが手を焼くほどの相手……非常に面倒な相手だ。

「最後に、アクエリアス周囲を警戒していたリャーシャがこのウィッチ空洞にハリー・アレンがやってきたことを確認した」

「ハリーが!?」

声を上げたのはシードだけではない、周りの兵士たちも右腕だとか頭脳だとかの単語を煙突から出る煙のように出している。

「ともかくこのウィッチ空洞には厄介な相手が3人いる状況となっている。ブライアンに関しては現在第4、5部隊が抑えている。アクエリアスも支援し彼を押さえ込もう……ハリーにはシード、君が行ってくれるな?」

左腕に対抗できるのは右腕だけ……それはシードも理解していた。だからシードは力強く頷いたのだ。意味は当然肯定、シードはハリーの戦法をよく知っているし他の兵士よりは対処できるだろう……最もハリーもシードの事をよく知っているのでシードの癖もハリーに筒抜けである。更にハリーは左腕で槍を持つので分かっていても訓練等で不意をつかれてしまうことがあるのだ。

「指令、シードの援護に向かってもよろしいでしょうか?」

力強く頷いたあとに苦い表情をとっていたシードを心配したのかそんな声が聞こえてきた。声の主を探ってみるとそれは第3部隊のグラム・キトだった。シードに強く憧れる新米兵士……彼に自分の弱音を見抜かれてしまったと思うとシードは自分の威厳が無くなったみたいで正直凹んだ。




 ロゼーの戦士たちは皆、各々の任務につく……それを成功させるため、生き残るためにだ。シードは第3部隊を引き連れウィッチ空洞の北部に向かう……ハリー・アレンの所だ。目の前に一個小隊が見える……その中央には黄金の大鳥がいた。

「いた、あの黄金の大鳥“ゴル”!久しぶりだなハリー!」

あの左腕……多分倒せない、だけどこのまま引き下がるわけにも行かないのだ。そしてこちらから黄金の大鳥が見えるということは……ハリーからもシードが見えるということだ。

「あの灼熱の大鳥、シードか!?あの時アクエリアスに乗ってどこかに行ったと思いきや!」

お互いがお互いを捕捉した。ここからだ……シードは叫ぶ。

「各自散開して周りの兵士をどうにかしてくれ!俺はあの左腕をやる!」

落下からの攻撃に入るために上昇する。上り上り上り上り気圧すら薄くなった感じた頃、その落下と攻撃の交錯の時が訪れるのだ。

「シード!次に会ったときは殺すと言ったはずだぞ!」

「ハリー!君はまだこんな事を続けるのか!」

ハリーは左利きであるため攻撃は左からくる。しかもハリーの事だから搦手で来るはずだ。

「ぬぁぁあああ!!」

シードの攻撃は直線的だがとっさの反応をするし何より力はシードの方が力がある。

「やぁあああああ!!」

右腕と左腕、その性質は全く異なる。それが故だろうか?それとも何か別の障害があったのだろうか?お互い攻撃を受け流す事が精一杯だった。

「ハリーは何故あんなことを……ガデム王を裏切るようなことを!」

再び上昇を続けながらハリーに問う、そしてハリーは逆に問うのだ。

「お前はなぜガデム国王に忠誠を誓う?表向きに見ればそれは格好の良いようには見えるだろう、しかしそれでお前はいいのか?唯唯人形のように糸を操られ自分の意思すらその忠誠とやらに薄め消え去られて行くのだ。エアリーの国を見たことがあるか?あそこじゃフォイップのような国をこう呼ぶらしい……“独裁国家”とな」

再び交錯の時、やはりお互いが凌ぐほかない……結局急下降は無駄となりシードもハリーも他の兵士がぶつかり合っているのを見ながらまた上昇するのだ。

「そう思うなら別にクーデターを仕掛けなくても……!無駄な労力、無駄な戦闘、無駄な戦火、無駄な犠牲……ただそれを生むだけだ!王国に不満を持つのならエアリーにでも亡命すればいいだろ!」

「そうだろうな、そう考えるのが俺や父上だけならそうでもいいだろう……だが生憎そう考えるのは俺たちだけではない、そしてこのクーデターに参加しているものすべては他国に“逃げる”ことではなく自分の国に“立ち向かう”ことなのだ。立ち向かうことでこの国そのものを良い方向へ変えさせるのだ!」

言い争うばかりで何も進んでいない、肉体的な戦闘でも精神的な舌戦でもなにも進んでいなかった。また翼をたたんで槍を突き刺そうとするがそれ以前にお互いの動きを警戒してしまい凌ぐことを優先してしまう……不毛だった。だがその時なのだ……こんな時こそ自体は変わるものなのだ。近くである音が耳に入り音をひろった耳はその空気の振動があまりにも大きすぎて頭ごと振動した。

「今のは大砲の音!?」

「どこからだ!」

その音の発信源はすぐにわかった。アクエリアス……その大砲は戦艦アクエリアスより発射されていた。

「アクエリアスは確かあのブライアンとかいう仏像を押さえ込んでいたはずじゃ……」

予想外の参戦にシードは素直に驚き素直に口にした。作戦内容に関わるので本来は叫んではいけないのだが……

「何、ブライアンだと!?」

ブライアンと言えばクレインが牢獄から連れてきた人材である。アクエリアスはそれの押さえ込みをしていた……それなのにアクエリアスが今ここに来ているということは……

「まさか予想以上に事態は悪いのか!?」

ハリーはそう言い残してウィッチ空洞の内部めがけて飛んでいった。

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