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第21話 自然要塞ウィッチ空洞Ⅱ

 戦艦アクエリアスは第3部隊とシードの援護に入るために動いていた。シードが苦戦するあの鉄球男……司令官のニルスはその男に心当たりがあったからだ。

「ニルス指令、あの鉄球男に心当たりがあるのですか?」

双眼鏡を手にして周囲を警戒していたリャーシャはニルスに訪ねた。あの鉄球男は確かに恐暴そうに見えるが兵士には到底見えない、シードは確かに苦戦しているようだがそれは武器が特殊であるからであり技量の差ではないと思っていた。

「あの男は恐らく……いや、確実にライト・ブライアンだ。会ったことがある」

ライト・ブライアン……周りの反応を見る限りこの操舵室の中でその名を知っているものは約半数といったところだ。

「ライト・ブライアンの名は聞いたことがありますね」

そう発言したのは舵を取っていたクラリュだ。彼はどこでその名を聞いたかまでは覚えていないのだが確かにどこかで聞いたことある名だと感じた。

「彼は凄腕の鍛冶師だったよ……シードの持つ大槍を作った男だ。最もその後は人を殺して牢屋行きとなってしまったが」


 ライト・ブライアンの作る槍はそれは見事なものであり素材を選ぶ目もあれば素材を活かす腕もあった。彼の槍は高級品であったがそれでも長い時間待たなければ手に入らないほど人気だった。彼は職人の腕一つで巨万の富を得ていたと言われるがそれでも田舎町の端っこに存在する小さな工房から拠点を移すことはなかった。彼としてはここで家族と共に暮らしていたほうが幸せだったのだ。そんな小さい家ながらも金持ちだったブライアンの元にある日、白中にもかかわらず強盗が押し入った。犯人はブライアンが留守中を狙ったのだが妻と子供が家に残っていることに気づかずに鉢合わせ……犯人はもしもの時のために持ち合わせていたナイフで家族を殺害する。ブライアンが戻ってくるとそこには殺害された家族と金庫をあさっている犯人の姿だった。犯人とブライアンの取っ組み合いの末、ブライアンは愛用のハンマーでその犯人を撲殺した。


「あれ?その話ですとブライアンは正当防衛のようにも見えますが?」

話を聞いていたクラリュが口をはさんだ。

「もちろん彼の正当防衛は裁判で証明された。強盗に押し入ったものも賞金首になっていた者だし家族の死因はナイフによる失血死だが犯人の死因はハンマーによる頭蓋骨陥没だからな、だが防衛が過剰だった事も指摘され結局は10年刑務所に入ることになった。人を殺したにしては短い刑期だろう……だが裁判中彼はずっと“俺を殺してくれ”と言っていたらしい」

ブライアンは家族思いであることで近所からは知られていたらしい、愛する家族を失ったその損失は非常に大きなものであった。

「じゃああの男は死にたがってここにいる?」

「恐くその感情をクレインに付け込まれたのだろう」

死にたがりは戦場に時折いる人間だ。このような人間は正直言って面倒くさい……怯むことが無いので隙が極端に少ないのだ。

「とにかく今はシードの元へ急ごう、全速前進だ」

ニルスは改めてそう叫んだ。




 ウィッチ空洞内部、ここでは第1部隊が内部の制圧に当たっていた。こちらも最低限の護衛程度にしか人員がなく物資も程ほどにしか運び込まれていなかった。今、この拠点を潰してもさほど相手には被害がないのかもしれないがそれでも潰すことには意味がある。ここを制圧している第1部隊はもちろんロゼー隊すべての人間がそう思っている。

「はぁ、どうして戦場には時折あんな面倒な相手が居るのかしらねぇ?」

第1部隊にはミリアがくっついて行った。そのミリアは素直にそう口にしたのだ。内部の制圧にあたってから暫くはこちらが優勢だった。数的には劣るものの実力差で勝っていたからだ。特にミリアの存在は大きいと言える。そんなミリアが苦戦する相手は女ではあったがそれはそれは厄介なものだった。

「アハハハハハハハハハハ!」

耳を引きちぎるような嗤い声をする女だった。

「あ~もうあの笑い声聞くだけで鳥肌立ってくる……同じ女なのに何故こう違いが……」

その女は背が高めで髪が長かった。だがその女の命である髪からは色が抜け白髪のボサボサである。そして目は焦点が合っておらずどこをみているかわからない、どこから攻撃が来るかも分からなかった。そして問題は武器だ。彼女の武器はなんと太刀、ミリアと同じだ。小振りな太刀ながら両手にそれを持って二刀流にしている。

「まさかフォイップにも太刀を使う人間がいるなんてねぇ……最もあんなの兵士じゃなさそうだけど」

そんなこと呟いているうちに下のほうから上昇しながから斬りかかってきた。どうやって大鳥に指示出しているのか知らないが普通は落下しながら攻撃することを考えると離れ業だ。

「はひゃぁ……」

ミリアは間一髪で交わした。少し安心したのだが上空から水滴を数滴浴びた。空洞内で雨?そう思った矢先に人が降ってきたのだ。どうやらミリアは攻撃を交わすことができたがその上を飛んでいた味方が切られたらしい。

「ちょっと!アンタ大丈夫!?下手にこっちに来るから!」

右腕を伸ばしその兵士を拾う、だけどあの女はわざわざ待ってくれるような相手ではない。

「そこでヤレルぅ!」

「おかしな奴なんかにやられるかぁ!」

人を掴んでいる中ではまともに飛べない、だからミリアは重さを逆手にとって落下することにした。少しだけ右にそれて落下。一撃を避けるには十分だった。

「ミリアさん、ラインをこちらに!」

第1部隊の仲間、とりあえず彼は任せても大丈夫たろう。相手も相手で一番厄介なミリアに固執している。

「お願い、それとアイツになるべく近づかないで!巻き込まれる!」

仲間に怪我人を託して体制を立て直す。相手の動きは読みにくいけどその分隙が多い、冷静になれば勝てるはずだ。

「アハハハハハハ!」

嗤いながらあの女が突撃してくる。その突撃の仕方も蛇行しており一見すると避けにくいものであるが。

「だけどその動きは上に飛べば!」

突撃の方法もある程度のパターンがある。何をどう教育すればこんな兵士が出来上がるのかは知らないけど所詮は人間だ。

「ガルルゥ!」

「あら?女なのにはしたない」

こんな言葉をかける余裕すら出てきたところだ。だからミリアはそろそろ止めと太刀を構えた。

「リャッハァー!」

白髪の女が飛び込んでくる……今度は上下のジグザグだ。ジグザグの幅はバラバラだが左右のどちらかに避ければ交わすことは容易だ。そして攻撃することも簡単である。

「だって絶対に私の所に来るのだもの」

女と女、2つの影が重なる時に血しぶきが上がった。ミリアはホバリングを維持しただけで特別動いていない。ただ彼女が勝手に叫びながら勝手に突っ込んできただけだ。ミリアの心残りとしては血しぶきが予想より小さかったこと、そして手応えもどこかカスカスであったことだ。

「でも流石に逸れたかぁあんなに動くのだもの」

ミリアは後ろを振り返る。白髪女は両手に太刀を持っていたがそのうち左側がなくなっている。それもそのはずであり彼女の左手は手首からバッサリ切り落とされていたのだ。そしてその断面図からは工事の途中で切られた水道管のようにドボドボと血を吐き出すばかりだった。

「すぐに止血すれば命は助かるかなぁ、気持ちの悪い人間だから止めを指したいところだけど生憎私は死に体の人間に止めを指す趣味は無いので……」

テンプレートなら決めゼリフを抜かしていたミリアだったが白髪女のほんの小さな声でミリアのセリフは消された。

「フフ……」

……今、この女はなんといった?いや、これは言葉ではなく笑い声だ。

「ちょっと待て、この状況で嗤う?」

時折戦場には非常に面倒な人間がいるものでありそれらは2つのパターンにある。ひとつは技術がある面倒な兵士、もう一つは死にたがりの面倒な兵士だ。

「これは後者の方だなぁ……この状況で嗤っているし」

そして一番の問題はこの状況下でも相手はこちらを睨んでおりその目はまだ戦う意思を感じる猟奇的な目だった。

「ヒャハ、ヒャハハハハ……アハハハハァ!?」

白髪女の目が光っていた。獲物を見た肉食獣のような目をして……




 空洞の外で戦うシードは非常にイライラしていた。戦場ではこんなイライラが最大の敵である事は理解しているつもりなのだがあの鉄球には非常にイライラさせられる。弓よりも範囲は狭いがその分、隙も範囲もなく近づくことができない。

「背中に回り込んでみっかぁ」

鉄球の届くギリギリのところで小回りし後ろに回り込んでみる。回り込んでみること自体には成功したが……

「危ねぇ!」

仏像はシードの姿を見失ったと思うと鉄球を辺りかまわず振り回し始めた。どうやらそう簡単にはやらせてくれないらしい。

「面白いんだか面倒なのか……」

今まで大槍のような近距離武器、弓や大砲のような遠距離の武器は相手したことがあるシードでもこのような中距離武器は相手にしたことがない。ましてやこのような鎖でつながれた鉄球なんて武器があることすら聞いたことがないわけであり今まで頭に詰め込んだマニュアルが聞かないのだ。この仏像は兵士であればあるほどドツボにハマってしまう。

「俺なんかが相手するより第3部隊の誰かがやったほうが楽か?」

そう思ったが自分の思いを自分で否定した。ほかの仲間だと余計に危ないような気がするし何よりあの仏像はシードに固執している。あの仏像はこの面子の中で一番厄介なのがシードと睨んでるからシードを狙う……そう言われればそうだし実際にそうなのだろうがシードはもっと他の理由があるのではないかと思うのだ。実際、あの仏像はシードだけには目を光らせる。シードの槍の先端だけは特別な目を向ける……そんな気がするのだ。

「っとそんな事を考えてる暇はなかったぜ」

今は何が何でも兎に角何でも戦闘中であり戦闘に集中するべきだ。余計な詮索など戦闘の前か後にするべき……そら見ろ、あの仏像が鉄球を振りかざそうとするではないか。

「集中!」

神経系の先っちょの先まで電流を流し相手の攻撃に備える。例の鉄球が飛び込んでくるだろう……

「右っ!」

鉄球の動きは振り子上に飛ぶかまっすぐ飛ぶかのどちらかだ。何れにせよ鎖の長さより離れれば問題は無いのだ。だがそれではいつまでたっても勝利はやって来ない。だからシードはあの仏像が直線的な攻撃をするのを待っていたのだ。

「振り子上に振り回されると近づけないがこの直線的な動きなら懐に飛び込めるってわけだよ!」

ようやくだちと長いあいだ戦っていてようやくこの仏像の隙ってのがわかった。鉄球をまっすぐ投げ込むようなこの攻撃、この攻撃を待っていた。大鳥と大鳥の羽どうしが密着するギリギリまで近づいていく……

「懐に飛び込めばいくらなんでも……」

「ふぅん!」

シードは詰が少し甘かった。もし彼が”右腕”ではなく“左腕”だったらこれ程度の

事はすぐに判断できたのだが……

「そうか、あの武器は弓や大砲とは違って鎖で繋がれているから……」

そう……だから鎖を強く引けば鉄球は戻ってくる……!

「しまった!」

仏像は鎖を引き続ける。このままだとシードの頭は鉄球にぶち当たることだろう。だがこれは仏像自身にも言えることだ。つまり捨て身の作戦……死にたがりにも程がある。

「く、くそぅ回避……間に合うか!」

大鳥で密着状態なので変な行動を取ってしまうと落鳥の危険がある。緊迫した状況でこんな細かい騎乗する自身は半分くらいしかない……だがシードとしては嬉しい誤算があった。

「ぐわぅ!」

仏像がうめいている?その右肩には矢が一本刺さっていた。

「しめた!鉄球の動きが遅くなっている!」

これなら落ち着いて交わすことができる。シードは下降して鉄球を避けた。やがて鉄球は仏像めがけてぶつかる……と言いたいところだが勢いが弱まったのかキャッチされた。

「しかしさっきの弓は……ん?あれは」

遠方から見える船、あの船は……もしやアクエリアス!?そして大砲を打ち放つその甲板の上には……

「ローサ!?今の矢はローサか!よくもまぁあんな距離から射抜けたもんだ」

ローサの弓の腕は一級品と思っていたがここまでとは……味方に惹きいられてよかったと心底感じた。これがエアリーに目をつけられて向こうに行ったらと思うとゾッとする。

「とにかくアクエリアスが来てくれたなら心強い……ってん?」

目を凝らすとその先にもう一つ船が近づいているのが見える……見ればあれは戦艦ではなく輸送船のようにも見えるが……

「このウィッチ空洞に物資を運びに来た船か?ここが戦場になっているとも思ってなかっただろうしなぁ」

シードはこの時予想はしていなかっただろう……その船にはあの“頭脳の左腕”が乗っていることに……

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