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第20話 自然要塞ウィッチ空洞Ⅰ

 ロゼーからアクエリアスに乗ってしばらく、地平線の先の大地が盛り上がっているように見えた。そしてその盛り上がりに近づいてくるとわかってくる。その大地を盛り上げているのは巨大な樹木なのだ。

「あれ?なんか見えてきたよぉ、ニルスさんニルスさん!あれがウィッチ空洞ですか?」

「あぁ、そうだな……ところでミリアよ」

「なんでしょう?」

ミリアはテンションが上がっていた。まぁ戦闘前だし気が沈んでいるよりは生き残れるだろうがテンションの上がり方がちょっと別な方向というか……

「いや……ウィッチ空洞は確かに観光地だが目的を間違えないでくれよ」

一応、一応だがミリアに言っておいた。だけど完全にミリアの頬は上がっており気分は観光だった。

「とにかく、もうすぐ目的地だ。早く大鳥のところに行くんだ……作戦前の最後の確認をするぞ」

ニルスは操舵室からミリアを追い出した。この間キオラで受けた傷は塞がっているがミリアはまだ復帰直後なのでできるだけ無理はさせたくない。しかしミリアやシードはロゼーにとって重要な戦力である。この2人には自分の判断で自由に行動させることにした。シードもミリアも別部隊の人間だし一人一人の力が強いので下手に組むよりも自由にさせる方が良いと判断したのだ。




 アクエリアスのハッチには大鳥と兵士が詰めていた。ミリアはだいぶ遅刻をしており後ろの方から人をかき分けて最前列にいるシードのもとに来たのだ。

「重役出勤かよ……」

さすがに何らかのアクションを取らないといけないと感じたシードは下を向いて首を横に振ることで自分が呆れていることを完全にアピールした。

「だってここはハッチが開かないと外が見えないのだもの、窓がないしウィッチ空洞が見えないじゃない」

観光じゃない……シードは心の中で突っ込んだ。口に出したらなんだか面倒なことになりそうな気がしたのだ。

「注目!」

ニルスの声が聞こえてきた……どうやら戦闘の前に激励と作戦内容の確認に来たようだ。兵士たちは全員ニルスを見るがミリアとローサは少しだけ遅れた。

「本作戦についてもう一度確認する。本作戦はフォイップクーデター派の拠点が築きつつあるウィッチ空洞の制圧だ。第1部隊は順にウィッチ空洞内に潜入、内部から制圧してくれ、第2部隊から第3部隊は外側から制圧、第4部隊と第5部隊はアクエリアスに待機、及び防衛に当たってくれ……この作戦、かつての同胞と戦うことになる。それだけは覚悟しておいてくれ……無理に戦えとは言わない」

だけど戦わぬというものはいなかった。皆、最初からその覚悟を持ってこのアクエリアスに乗っている。

「それとシードとミリア、君には遊撃隊として各自判断し行動してくれ、まだこの部隊に入ってばかりで慣れていないだろうし君たちほどの腕だと下手に組むより自由に行動させたほうが良い結果を出すだろう」

シードとミリアは“現地の判断に任せる”主義の遊撃、的確な判断力が求められる。シードはこの手の役割を受けることは至って普通、よくあることなのだが責任が多いのでどうも苦手だ。ハリーあたりは心の底から喜んでいたのだが……

「最後にローサ、君は弓の名手だが民間人だ。大鳥の騎乗はできるようだが急上昇、急下降のような兵士的な動きはできないと見た。アクエリアスの甲板上からから弓で向かってくる敵兵を撃ち落としたり仲間の援護にあたってくれ」

戦闘前最後のミーティングは終わった。各自に緊張と気合が入る。

『ニルスさんニルスさん!』

天井からヒロキの声が聞こえてきた。実はこのアクエリアス、クサデンワと呼ばれる植物が導入されており操舵室からの声をアクエリアス各場所に送ることができる。ヒロキが以前研究していたものをニルスが目をつけて急遽取り付けたようだ。目的は操舵室から砲手などへの伝達を迅速確実に行うためだという……しかしヒロキは「ツタで繋がっていないと音の振動が伝わらないから声を届ける範囲も限られる。その上に声は一方通行だ」とかの理由で開発はしたが実用化まではさせなかったらしい……だが戦艦のような限られたスペースだと使えるというニルスの判断だろう。

『ニルスさん……っていうかみんな、わかっていると思うけど念のために言うね!ウィッチ空洞では火気厳禁だから!あそこの大地を持ち上げているのは巨大なカチパチの木……薪に使われるくらい燃えやすい植物だ。チャカやガスの実はもちろん火を使うエンガオなども使ったらいけない!ウィッチ空洞をささえる柱になっているカチパチに燃え移ったら大地が落ちてきてペシャンコになるよ!』

クサデンワの音声は一方通行なのでヒロキは一方的に話をはじめた。ウィッチ空洞を持ち上げているのはカチパチの木、すっかり忘れていた。うっかりエンガオやらチャカやら可燃性の植物を使うところだった。

「ってことはエンガオの煙で伝達とかはできないな……フルエコダマは情報の拡散性に問題があるし……」

「シード、この作戦は現地の判断に任せるようになる。ウィッチ空洞の外ならば狼煙や砲撃はできるが内部では危険だ。内部の制圧をする者はそのあたりに注意してくれ」

シードの不安をニルスはバッサリと“現地の判断”という言葉で片付けた。

『みなさーん!そろそろウィッチ空洞ですよぉ準備準備!』

ヒロキの気の抜けた声が聞こえてくる。そして彼の声のあとに聞こえてきたのは……

「ヒロキ!今は戦闘前のちょ~緊張している時なんだよ!もうちょっとしまった感じで言えよ!」

怒りプンプンのクラリュの声だった……

「あ~もうどうでもいいや、生きていれば」

そんなことを呟きながらシードはハッチを見つめる。ちょうどハッチが開かれて出撃の体制が整った。どうやらクーデター側の方もこちらの姿をキャッチしたらしくいくつかの兵士が飛んでいる姿を見ることができる。

「ロゼー隊、出撃だ!」

ニルスの掛け声に合わせて大鳥は次々と空に飛び立っていった。




 アクエリアスから飛び立った兵士はまず一度散らばりながら落ちていきやがて各部隊にまとまりながら飛んでいく、しかしどの部隊にも所属していないシードとミリアはそれを各自の判断で決めることにした。

「俺は外から回ろうかと思うがミリアはどこに行くつもりだ?」

一応シードは聞いておくことにした。でないとこの女は戦闘じゃなくて観光に回る……絶対に観光に回る!

「中に行くに決まっているじゃない、中がどうなっているか見てみたいし」

正直いって叫びたくなってきたのだがシードはもう諦めることにした。もう彼女のオーラはウィッチ空洞を周りたい的なオーラがバンバン放出されている。彼女のことなので死ぬようなことはないだろうけど不安要素が多い……

「この間の肩の傷がやっと塞がったというのにさぁ……」

ぽつりと呟くシードではあるがミリアは早々に飛び去ってしまいその愚痴を聴く者などもういない、仕方ないのでシードはウィッチ空洞の周囲を制圧する役目を負った第2、3部隊の後ろを付いていくことにした。

「あ、シードさん!」

第3部隊のいちばんうしろにどこかで見たことがある少年がいた。名前は確かグラム何とかと言ったか……新米兵士だがこの間のロゼー防衛戦では砲台を一個守ったらしい。意外にも度胸がある。

「右腕がついてきてくれるのですか?」

「邪魔か?」

「いえ、滅相もない!心強いこの上ないです」

そう言われるのは素直に嬉しい、だけどうぬぼれている暇は無く前方の敵影は大きくなり色を持ち始めていた。

「どうでもいいがもう上昇しないとな……先手を取られる」

「は、はい!」

仲間たちが上昇を始める、シードもグラムもそれに習い上昇をはじめる……敵兵も同じように上昇を始めているが一人だけ上昇しないものがいた。シードは自然とその敵兵を見下ろす形になる。シードは今のうちに敵兵の様子を見てみることにするのだがそこである異変に気がついた。その上昇しない敵兵の武装が気になったのだ。

「何だありゃ?」

フォイップにしろエアリーにしろ兵士は通常、ヤリスギで作った槍を装備している。これはリーチが長く大鳥の上でも翼が邪魔にならないからだ。ミリアのような特殊な訓練を受けた兵士や戦闘の補佐につく弓兵などは別の武器を持つようなこともあるが……その兵士は明らかに場違いな武器を持っていた。

「ハンマー……それとも鉄球か?」

一見すると中年太りの男でありとてもではないが兵士には見えない……クーデターのためにクレインが見つけてきた人材だろうか?

「戦えばわかるだろうが嫌な予感がする……」

異質だ、あまりにも異質すぎる……ほかの兵士は上昇を始めるのにその男だけはその場に残り続け仏像のようにとどまっている。武器はどうやら鎖につながれた鉄球のようだった。おそらく重いボススイカに鎖をつないだものだろうか?おそらく重さは3ケタ行くだろう鉄球を余裕で持っている。それをもつあの兵士も支える大鳥も相当な力だろう。シードはこの敵兵の名前がわからないので便宜上“仏像”と呼ぶことにした。ギャグではない、大真面目だ。ずんぐりしていて動かなかったらそれはもはや仏像だ。よくわからない敵兵は名前をつけてマークするに越したことはない。

「ま、仏像の前にこいつらだな」

敵兵は仏像だけではない、他の敵兵を退けるために十分な高度をとり今度は落下する・・・そしてその落下中に交差する相手をその大槍で突き刺す!しかし今回はお互いがお互いだった……もともと互いが味方同士、敵も味方も尻込みしているようだった。それはシードも例外ない、大槍で刺すにしても場所は選んでいる。急所を外しているので運が悪くない限り死ぬようなことはないだろう。落下中に3人の敵兵の腕やら足やら大鳥やらを愛用の大槍で突き刺していよいよ目前には仏像が待ち構えるのだ。

「さて、それでは今日のメインディッシュかな?」

シードは槍を仏像に対して突きたて重力に任せて落下する。それでもその仏像は動かなかった。


ピクリ……


シードが仏像のすぐそこまで迫った頃、遂に仏像が動いた。注視していなければ気づかないほど小さな動きだが確かに彼は動いた。そして次に彼は鉄球を持っている右腕を上げていく、繋がれた鎖がジャラジャラと音を立てて黒光りする鉄球が持ち上がっていくのだ。

「やばっ」

シードは急降下から一転して急上昇、体制が崩れてしまったがこの判断は正解だった。シードの真下、1メートルもないような地点に弧を描きながらその鉄球が剛速球で掠めていったのだ。

「あぶねーなこんちくしょう!」

「……」

ほかの人間が使わないような武器だ、間合いもスピードも全く違っており厄介な事この上なかった。

「こりゃ参ったな……」

幸いにも他の仲間は仏像の取り巻き兵士に当たってくれている。シードはこの仏像に集中できるのだがあの鉄球には手を焼きそうだ。それに……

「こいつには容赦とか手加減とかは無いようだな……」

同胞どうしの戦場、シードも含めて皆尻込みしているところがあるがこの仏像にはそれが感じられなかった。




 一方こちらは戦艦アクエリアス、操舵室ではある騒ぎが起こっていた。その内容はもちろんあの鉄球を持った男の話題だ。双眼鏡を握っていたリャーシャが叫ぶ。

「ニルス指令!10時の方角で第3部隊とシード・クリスティが交戦中です!数だけで言えばこちらが攻勢ですが……」

「なにか不安でもあるのか?」

リャーシャの報告は内容だけ言えばいい情報であるはずなのだがリャーシャの言葉はどうも歯の間に何かが挟まったような感じだった。

「いえ、第3部隊は優勢ですが単独で戦っているシードが苦戦しています」

「あのシードが苦戦しているだと?」

ニルスはそれはそれは驚いた。幼少の頃から訓練を受けている上に若いくて力のある男だ。経験も力も豊富な彼を翻弄させる者がフォイップにいるとは驚きだ。そんな者などニルスは“頭脳の左腕”ことハリー・アレンくらいしか知らない。

「一体どんな相手なのだろうか?」

ニルスも双眼鏡を手にして窓際に立ち双眼鏡を覗いてみる……シードの姿を探すより先にその相手を見つけた。武器が異様なのですぐにわかったのだ。

「あれは鉄球?なんというものを武器にしているんだか……」

いくらシードでもあんな物を振り回されたらたまった物ではないだろう、そりゃ苦戦するわけだ。しかし鉄球を振りまわすなんていったいどんな奴なのか?ニルスは気になり相手の顔をよく見ることにした。やがて人がはけて行きその鉄球男の顔がよく見えるようになるとニルスは口も眉毛もVの字に曲げた。その顔はどこかで見た……確実に見た顔だからだ。

「なぜあいつが……そもそも彼は兵士ではないはずだ!」

その鉄球男をニルスは知っていた……ニルスが彼に会ったのは戦場ではない、出会ったのはとある鍛冶工房だったのだ。彼は武器職人、彼はシードの持つ大槍を作った男……

「確証はないが嫌な予感がする!クラリュ、アクエリアスを動かせろ!第3部隊及びシードの援護に入る!」

そしてニルスはクサデンワの送信口を荒々しくとり大砲の砲手を務めるイルと甲板上で敵兵を狙撃しているローサにこう叫んだ。

「イルにローサ、シードの援護に入る!鉄球男を妨害してくれ!」

あの鉄球男は兵士ではない、本来ならシードがあっさりと倒してしまうであろう男だ。だが彼の経歴のせいだろうかニルスは心の中心から砂漠化していくような気分であり気が気でなかった。気持ちが悪かった。

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