第19話 戦艦アクエリアス発進
戦艦アクエリアス、最新式のエンジンに装甲を備えた戦艦だ。武装も最新式……と言いたいところだったがボルーキにあった未完成の船を無理やり発進させてロゼーで完成させたという都合上、武装までは最新式とは行かなかった。ロゼーにあった補給、修理用のパーツを無理やり備え付けただけだ。だがそれでも戦艦アクエリアスは完成した。
「さて、アクエリアスが完成したところで任務だ。帰ってきて早々に悪いな」
アクエリアスが完成したということはそれを使う任務になるだろう。そうなると防衛任務や偵察任務ではなく強襲任務になるだろう。
「実は最近ボルーキの……いや、正確にはその北のウィッチ空洞に不穏な動きが見られる。クーデター側の人が集まっているみたいだ」
「ウィッチ空洞?どこよそれ」
ロゼー駐屯地の部外者は部外者でもエアリーの部外者であるミリアはフォイップの土地勘がなかった。同じ部外者でもフォイップ出身のローサはウィッチ空洞を理解している。ここはシードが説明してやることにした。
「ウィッチ空洞、ボルーキの北側にある……まぁ観光地だな」
「観光地?まさかクーデターの連中が観光?」
いや、いくら観光地だからってクーデター側の連中が揃って観光はないだろう……
「ウィッチ空洞は樹木が成長の段階で地面を地層ごと持ち上げた場所よ……まさに自然に作った要塞ね」
シードに変わってローサが説明を始めた。樹木が大地を持ち上げたウィッチ空洞は正しく自然の屋根、街一つ分はあるのではないかと思うほど巨大な屋根は観光地となっており遠くから見るとサンドイッチに見えるからか周りのレストランではよくサンドイッチが振舞われている。ジライソウが地面にある今でも木の上にホテルやレストランを建てて観光業をしぶとくやっているのだ。
「ローサの言うとおりウィッチ空洞は大自然にできた要塞だ。おそらくクレインはクーデター派の戦力をここに集結させているのだろう」
「ボルーキ自体も要塞ですがあそこは王族の城もありますからね……」
それにボルーキの毬藻の壁はよく知られている。外からの攻撃など寄せ付けないだろう。だがボルーキの壁は中に入られてしまうと自分が出にくい状況になってしまう……クーデター派があっさりボルーキを制圧しできたのはここにある。しかし王族の城もボルーキにあるので王族派も少なからず存在している可能性がある……外部内部問わず反乱の可能性がありその時にが際に対処できるようにボルーキ外での拠点が必要だった。
「クレインはハリーのような側近をボルーキに置いて脅迫などで仲間に入れた信用ができない連中をウィッチ空洞に置く採寸だろう……そのほうが安心安全だしな」
「どちらにせよウィッチ空洞に建て込まれると厄介ですね……」
「だがウィッチ空洞はまだ完全に要塞化していない、物資や人材を運び込んでいる状態だ。今のうちにここを落とす。ウィッチ空洞を手に入れればボルーキにも攻め込みやすくなるだろう」
アクエリアスの初陣はすぐそこだった。
フォイップの王都、ボルーキ……今ここの軍本部とボルーキ城を完全に握っている。クーデターを成功させるには十分な計画が必要である。つまりクーデターを仕掛けたクレインは決して出来心ではなくちゃんと計画を立てて行ったのだ。
「父上、例の拠点ですが……」
「どうしたハリー、拠点ってことはあのウィッチ空洞の拠点だろう?」
ウィッチ空洞には今、資材の搬入や人員の呼び込みを行っているのだが人員も資材の搬入もまだまだだった。王族派や内部の反乱を恐れてクレインがフォイップ各地の船を独占してしまっているので搬入が遅れてしまっている。これは致し方ないことだった。
「はい、資材搬入が遅れることも気になりますがウィッチ空洞の防衛を任せているあの2人、大丈夫でしょうか?」
「あの2人なら大丈夫だ、確かに柄は悪いかもしれないが私に賛同してくれている。クーデターを起こす前から声をかけていたし私に借りがある。裏切るようなことはしないさ……兵士ではないから力不足の可能性もあるが少なくとも一般の人よりは力がある」
ハリーはクレインがウィッチ空洞の防衛を任せている2人がどうしても気に入らなかった。1人は明らかに乱暴そうだし1人は明らかに怪しそうだし……ハリーは自分の父親が見つけてきたという2人がどうも気に入らなかった。別にウィッチ空洞は2人以外にも数部隊規模で防衛、及び物資の搬入にあたっているのだが……
「大丈夫ですかね……」
クレインの実の息子ながらハリーは不安材料が多かった。
「ハリー、心配なら明日一度見てくるがいいだろう。ハリーにはなるべくボルーキにいてもらいたいのだがウィッチ空洞も一度見ておくべきだろうし」
要は視察だった。ハリーはクレインにとって最も信頼できる存在、なるべく近くに起きたい……しかしウィッチ空洞も時期に重要な拠点となる。どうせ訪れることになるだろうしハリーが視察に言っても立場上問題ない。
「はあ……確かに」
「ついでだから資材の搬入も頼む、今や軍用艦だけでなく輸送船もこっちの手だからな、モナイの資材や食料をウィッチ空洞まで運んできてくれ、ウィッチ空洞はまだ資材が足りていない……空洞をそのまま拠点に使えるとは言え設備が必要だがらな」
これはもはや視察どころか任務な気がするがもはや気にしない……うまい口車に乗せられた気だ。わざわざフォイップの北部にある林業街モナイまでいって戻ってくるのだから結構な時間がかかる。
「父上、まさか最初からそれ目当てでは……」
「今考えたさ、それに私の元を訪れてきたのはハリーの方ではないか」
確かにクレインの元を訪れたのはハリーの方だ。ハリーは別にクレインに呼ばれたわけでもなく単純にウィッチ空洞のことが気になってクレインに聴きに来ただけ……だけどどこかクレインに乗せられた感がある。人を動かす才能は息子ながらに評価するのだがどうしてもハリーは父親を抜け出せない……そこが悔しかった。
シードとミリアはじっくり休んだ。タツマで夜通し戦った後でキオラでローサとの戦闘だ。いくら優秀な兵士といえど結局のところ生身の人間である2人は流石に腰と肩が悲鳴を上げ始めており満腹に食事をとるとそのまま眠ってしまった。後から聞いた話だがミリアは就寝前にしっかりと入浴していたらしい。しかもちゃっかりVIP用の部屋の風呂に浸かっていたらしい……フレグラの花の香りはさぞいい香りだっただろう。
「ヒロキ、やっぱり君はアクエリアスに乗るのか」
翌日だ。アクエリアスに乗り込んだシードはヒロキに会った。
「もちろん航海士でね」
ヒロキはロゼーで唯一とも言える測量士だ。船を動かすにおいて必要不可欠である航海士の役目を得ることになった。しかしヒロキは元々ボルーキ大学で植物学を専攻する学生……測量の技術はたまたま持っていただけで専門職ではなかった。
「大丈夫なのか?この間ボルーキから来たときはかなり戸惑っていたが……」
クーデターの起こったボルーキから脱出した時を思い出す。ヒロキは測量こそしたことがあるが航海士など初めてだった。測量している間に現在地がズレると嘆いていたような気がする。
「シードが出かけている間に航海士の勉強をしたから大丈夫だよ……多分」
どうやら多分らしい、前回は無事に目的地にたどり着けたのだが果たして今回は大丈夫だろうか……
「ヒロキなら心配ないさ」
奥からアクエリアスを建造した整備士クラリュが顔を出してきた。どうやら準備は整ったようで出発を待つだけのようだ。
「クラリュ、アクエリアスの完成おめでとう」
「最後は突貫工事になってしまったが問題ないさ、それにしてもヒロキのやつは勉強熱心だな、与えられた研究室で植物の研究をしたいとか言いながらも航海士の本や資料にへばりついていた」
「研究もしたいところだけどこっちが優先だからね~講師がいなから大変だったよ」
ここには測量できる人間がヒロキしか残っていない……残りはクーデターの前に船と一緒にボルーキに行ってしまったからだ。そのためロゼーにある船はアクエリアスだけ、操縦できそうな人はクラリュとその同僚であるイルとリャーシャ、航海士はヒロキしかいない……ヒロキとしては講師のいない中、独学で学ぶ必要があった。
「クレインの策略とは言え船や乗組員の不足は困ったものだよ」
クラリュは笑いながら頭を掻いていた。船やそれを動かす者はクレインが王族派の反撃を恐れてクーデター直前に大規模点検と偽ってボルーキに集めてしまったのでロゼーでは兵士は足りていても整備士や操縦士などが足りていない、アクエリアスを運用できるぎりぎりの人数だった。
「とにかく今回はアクエリアスの初陣だ。シードもヒロキもしまって行くぞ」
クラリュの掛け声にシードとヒロキが答えてお互いの持ち場についた。
「どうやら準備は万全のようだな」
そこにニルスが加わる、何やらご機嫌のようだった。同胞に向けてとはいえ久々の出撃にテンションが上がっているのだろう、ニルスはアクエリアスの船長だが今にも走り出しそうな様子だった。
「ニルスさん、ということは……」
「あぁ、戦艦アクエリアス出発だ!」
ニルスは高らかに宣言した。




