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第18話 砂漠の少女

 シード・クリスティとミリア・バーンはそれぞれフォイップ王国とエアリー共和国を代表する兵士だ。彼らは味方からは頼られ、そして敵からは恐れられている。しかしそんな事を知っているのは兵士だけだ。一般の人でも彼らの名を知る者はいるが兵士たちほどではない。どうやらブラックタウンの少女もその彼らを知らない1人のようだ。

「……」

彼女の名を知る者はもう居ないかもしれない、このブラックタウンに住まうものはもう彼女しかいない……手入れせずにボサボサになった髪は最近ナイフで切ったのか短くなっている。衣類は意外にもしっかりしていた。

「あの2人……男の方は服装からして兵士だな、だけど髪の長い女の方はわからない……黒い服の兵士は見たことがないし武器も持っていないから一般人か?」

フォイップの一般人にエアリー黒太刀部隊の服装が分かるわけも無かった。

「あの建物に籠城を決め込んでいるみたいだが……いつ出てくるか」

籠城を決め込むにしても一生閉じこもっているわけには行かない、いずれ外に出なければいかないのだ。こちらは食料が豊富にあるが相手は恐らく1日分持っていればいい方、戦局はこちらが有利だ。


バサァ!


大鳥の羽ばたく音、そしてそれとともに入口から1つの影が飛び出してきた。かなり早い、だが彼女の腕ならば射抜く事ができる。迷わない目つきでその影めがけ矢を放った。

「!?」

矢は確実に刺さった。だけど音が軽い、まさか……

「みがわり!?」

刺さったのはあの男兵士の上着だけだ、最初に放った矢を重しにして入口から外へ投げ込んだのだ。やられた……恐らく今の隙きにどこかに移動した可能性が高い。彼女は周りを見渡そうとしたが2人の姿はなく変わりに足元に何かが投げ込まれたのに気がついた。

「これはガスの実!?」

火を付けると数秒後に小規模な爆発を起こすガスの実、それも既に火が付けられている。彼女は物陰に隠れるしかなかった。


ボォン……


鈍い爆発の音、発見が早かったので物陰に隠れるのは容易かった。

「チェックメイトよ」

彼女の背中にはヤイバラのナイフが突きつけられていた。

「まだ終わっていない!」

彼女は矢を振り回す……黒い服の女は到底近づけない状態だった。

「あ~もう暴れるなって!こっちは怪我人!」

兵士というものは大鳥に乗った状態での戦闘を想定しており地上での戦闘など想定していない、兵士であるほどに地上戦は苦戦する。

「ミリア!」

男の声、恐らく先ほどガスの実を投げ込んだのだろう。どうやら合流しに来たようだ。

「これはエンガオ!?」

単純に助太刀に来るのかと思っていたが……エンガオはまだ残していたらしい、さすがに視界が奪われた。

「今度こそチェックメイトだ!」

視界の悪い中、矢と弓を奪われた。おそらく煙を巻く前に周囲の状況をよく記憶していたのだろう。流石に男の力には叶わなかった。

「これ以上やるのなら女でも容赦しないぞ、死なない程度にな」

少女は手を挙げた、完敗だ。




ブラックラウン“キオラ”……屋根の上で行われた格闘戦は終わった。エンガオの煙が引くとそこに広がった光景は弓矢が転がり1人の少女がシードに掴まれている光景だ。

「で、お前は何者だ?どこから来た?」

砂漠の熱い気候ど真ん中の屋根の上で軽い尋問が始まった。シードの額から出た汗が一滴流れ落ちた。

「ローサ・ブロート……どこからも来ていないわ、ここに住んでいる」

「ここに住んでいる?警戒が解除されてからか?」

このキオラの立ち入りが許可されたのは半年前だ。それまでは有毒ガスの影響で立ち入りが禁止されていたし破ったら自分自身が危険であることくらいたやすく想像つく。

「いえ、私はずっとここに一人でいた。一人だから暮らせなかった……他人のものを奪って生きていくしかなかった」

ローサと名乗る少女がここを拠点に盗人生活を行っていたのはわかった。だがそんな事などどうでも良くなるほどとんでもない言葉が出てきた。

「ちょっと待ってくれ、ずっといた?このブラックタウンにか?」

キオラはガス爆発が薬品工場に引火して有毒ガスを発生させた。それで全滅したはずなのだ。

「私だってわからない、ただいつものように朝起きたら街の中は誰もいなくなっていた。どうにか弓矢で大鳥を捕まえて街の外へ出てみれば爆発が起こったとかガスがどうたらとかの話……私はそれを信じるしかなかった」

つまり何も見ていないし知らないというわけだ。確かガスタンクの爆発がおこったのは深夜と聞く、まだ幼かったローサはぐっすりと眠っていたのだろう。

「誰もいなくなっていた?死体すら消えたというの?」

ミリアの質問に対してローサは頷く、嘘をついているようには見えなかった。

「シード、少し怪しくないかしら……ガス爆発、そして有毒ガスの蔓延で街が全滅したのならまだわかるけど第一発見者であるはずの彼女が死体すら見ていないなんて……」

確かにおかしな事であった。キオラには有毒ガスが発生しているとして早くから立ち入りが禁止された。その間、キオラにいたのはローサただひとりだったのだ。なのに彼女は死体を見ていない。死んだというよりもキオラの人がローサを残して全員どこかへ行ってしまった方が自然とも言える。

「ローサ、5年前のあの日にガスの貯蔵タンクが爆発して薬品工場へ引火したらしい……場所はわかるか?」

「えぇ、キオラは科学、医療問わずに薬品開発で有名だったから場所も知っている。ついてきて」

正直な話、シードとミリアの任務はタツマの偵察でありキオラは任務外だ。だが個人的に気になてしまった。もう帰還予定時間はとうに過ぎている。ここまで来ると時間のズレなどどうでも良くなっていた。

「ここよ」

ガスタンクと薬品工場は街のハズレにあった。例によって青い石で作られた建物、しかしタンクらしきものは見えなかった。

「タンクらしきものは見えないな……」

「ここかしら?何もないけど石で地盤が組んであるし不自然に空き地になっている」

愛鳥クロからミリアが降り立った場所は確かにガスタンクが置いてあっても不思議ではない場所だった。

「完全に爆発したってか?」

ガスのタンクにはポリクと呼ばれる密封性の高い植物が使われる。ガスの実から抽出した気体を貯めておくにはもってこいの材質だ。ガスの火力は素晴らしいものだが手間が掛かり貴重であるため一般的な家庭では薪を使っている。おそらく薬品工場では強力な火力を必要としたのだろう……そのために遠くから砂漠までポリクの木材を持ってきたのだ。

「でも不思議ね……」

ミリアはガスタンクの跡地ではなくとなりの工場の建物……正確にはその壁を見ていた。

「薬品工場に引火して有毒ガスが出たのでしょう?」

「そうだな、化学反応だかなんだかで」

ミリアはそっと工場の壁を撫でた。青い石で造られた壁はどこまでも青く空と同化しようとしている。

「ローサ、あなたはガス爆発を見ていないし聞いてもいないのよね……」

「えぇ、夜で寝ていたから……」

ローサは爆発を見ていない、これは眠っていたのだからしょうがない……だが聞いてもいないのはどうだろうか?ガスタンクの跡地からしてタンクは研究用、商業用の両方を兼ねておりかなりの大きさがある。これだけの大きさのタンクが爆発したら爆音が街中に鳴り響き幼い子供であるローサも起きたのではないか……ミリアはそう考えた。だけど彼女は朝になるまで起きなかった。

「それにこの壁……おかしくない?」

ミリアが撫でる工場の壁、ユードラ半島では石造りの建物は珍しいので不思議といえば不思議であるが特別不審な点は見られない。

「俺は普通の石壁だと思うが……」

「どういうこと?」

シードもローサも首を傾ける。だが首を傾けたところで壁に変化が出る訳もなかった。

「普通なのがおかしいのよ……ガスタンクが爆発したとして何故すぐ隣のこの壁には焦げ跡のひとつも付いていないのよ?」

つまりこのキオラがブラックタウンになった要因に不自然な点が多いのだ。立ち入りが解除されてからシードは初めてキオラを訪れたし他の物でも例の行方不明騒ぎ(だいたいローサのせい)で訪れるものが少なかったのでこれに気がつかなかった人も多いだろう。

「どちらにせよ詳しい調査は後だな、俺とミリアじゃ詳細な調査はできないだろうしヒロキあたりを連れてくる必要がある」

もっとも情勢が情勢なのでいつ調査できるかわからないが……

「とにかく今日は帰ろう、ローサも悪いが付いてきてもらうぞ。盗賊容疑とキオラの生存者としてな」

「それは逮捕?保護?」

シードとしては前者なのだがロゼーに着いたら第三の“ある身”になりそうな気がする。シードはロゼー駐屯地司令官の顔を思い浮かべながらそう思った。




 しばしの休息の後ロゼーに帰還する。ローサは意外にも大人しかった……観念したのかと思いたいところだが彼女の顔を見てみると見ていると意外にも清々しい表情をしていた。

「状況は把握した、タツマの偵察ご苦労だった。帰りが遅いので心配したぞ」

「申し訳ありません、タツマのこともあまり分かりませんでした」

ロゼーで起こったこと、そしてキオラで起こった事を簡単に報告した。ニルスは随分と心配していたようで捜索隊を出す寸前だったらしい。

「いや、無事でよかった」

「ところで彼女、ローサですが……」

シードは脇に立っているローサを指す、彼女はかなり退屈そうだった。どうやらこの手の難しい話題が嫌い……というか慣れていないらしい。

「シード、君は私のことをよく知っている。だから私が彼女に科すものもわかるだろう?」

なんとなく、いや間違いなくニルスがいう内容がわかっていた。多分ミリアも何となくわかっている。

「あぁ、彼女か……使うに決まっているだろう。シードとミリアが苦戦した相手だ、使わないという選択肢はないだろう」

やっぱりだ……ニルスは“使うものは使う”主義なのだ。

「ローサ、君はどうなのだ?本人の意向も聞かなければね」

「受けるわ、受けるわよ。盗人でしか生きていけない私だったもの、ロクな仕事とロクな生活が保証できればそれで満足だわ」

ローサは5年前のある日、突然一人ぼっちとなった。子供だった彼女では一人で生き抜くことは難しく盗みの手を働いた。はじめは気づかぬようにこっそりと、やがて人から強奪するようになった。悪い事とはわかっている、だけど他人よりは自分を選ぶ……残酷で卑劣だ。滑稽と言われてもいい、自分でもそう思う。だから早くこの盗みの呪縛から逃れたかった……だから彼女はニルスの要請を受けた。呪縛から抜けるために……

「強力な仲間だな、軍人ではなく民間人だが……ローサ・ブロート、これからよろしく頼む」

ニルスは笑顔でローサを迎え入れた。もし彼女が断ったら窃盗罪で牢屋にぶち込んでいただろう、ローサが話のできる盗人でよかった。

「ねぇねぇシード」

ミリアが肘でシードの脇腹を突いてくる。痛くはないのだがくすぐったい。長時間は耐えられそうになかったのでシードはぶっきらぼうに返事をした。

「なんだよミリア」

「ここ、そのうち私とかローサみたいな余所者だらけになるんじゃないかしら?」

シードはため息をついた。そしてしっかりと体の中のガスを口から出して一言、

「だろうな」

ローサは主力メンバーになりうる。だがミリアに続いてローサともなると……いよいよロゼーの寄せ集め臭がプンプンしてきた。

「さて、シードにミリア、そしてローサよ。君がいない間に待ちに待った“アレ”が完成したぞ」

「アレってもしかして……」

ミリアやローサには心当たりがなかったがシードには心当たりがあった。それはシードやヒロキ達がクーデターの起こる王都から脱出する際に使った未完成の戦艦だ。

「そうだ、戦艦アクエリアスがついに完成した」

戦艦アクエリアス……フォイップの最新鋭戦艦で王族派がクーデター派を打ち破る希望の船だ。

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