第17話 ブラックタウン”キオラ”
クロウバが破壊されている、状況から見て風とかで枝から落ちたわけではなく誰かが意図的に破壊したのだ。こんな事をする所は一つしか思い浮かばない……
「タツマか!」
「それしかないわね」
何故クロウバの隠し場所が分かったのか、シードは少し考えた。てっきり答えは出ないものかと思っていたのだが案外すぐにひとつの仮説が出てきたのだ。
「ミリア、君は確かタツマに行く方法はあの子供じみた目印を辿っていく物だけだったのか?」
「ええ、多分他の黒太刀もそうだと思うけど」
「それだ……」
本当に単純な答えだ。タツマの座標といった詳細な位置情報は恐らくタツマの中でも極一部の人しか知られていない、他のメンバーや他所の部隊はわざわざ国境中央の2つの岩から始まる目印辿りの方法しか知らないのだ。この方法だと確実に小川を経由してタツマに入ることになる。
「それってつまり、私たちが小川の方向からやってくると知っていたという事?」
「あぁ、仮にスパイや亡命者がタツマの情報をフォイップ側に流したとしても対応は取りやすい、タツマを攻めるにしても侵入する方位も撤退する方位も一緒だからな……そこの警備を厳重にし罠も多く配置すればタツマでも対応できるって戦法だ」
隠密部隊とはよく言ったものだ。シードとミリアによる侵入が発覚し2人が逃走を図ったが見事な位置に罠があったし兵士の配置も完璧だった。つまり逃走方向が分かっていたのだ。
「敵を騙すなら何とやらね……私自身が踊らされていた……」
原因は分かったのだがこの状況はマズイ、クロウバが無いとロゼーまで帰れないのだ。ここからロゼーの距離は長く大鳥では体力的に厳しい、ましてや先ほどあれだけの逃走戦を行ったのだから大鳥の体力は消耗している。まず直接ロゼーまでは戻れないだろう。
「だがここに留まるわけには行かないな、脱出手段を潰しに来ているとすると……」
「はぁ、追撃の可能性があるのね……安心したと思ったのに」
当初の見立てではタツマは追撃を行わないとなっていた。人数は完全に勝っているが実力ではこちらが優っている。タツマはホームグラウンドでも罠による不意打ちしか攻撃できなかったのだからそれは間違いないだろう。それにタツマは現在、謹慎中の身である。自分の拠点内に入ってきた侵入者を撃退するならともかく拠点外に出た追撃戦は慎むべき状態だ。だがクロウバを破壊している以上そう安心もしていられない、追撃の可能性を視野に入れるべきだ。
「ただの嫌がらせならいいのだがな」
「シード、この際はロゼーでなくてもいいから別の街を経由しない?どこかしらにあるでしょ?」
「そうしたいところだがミリア、今のフォイップはあのクーデターでだいぶ混乱しているぞ」
ミリアはあたかも「あ、そうか」みたいな顔を見せた。フォイップ国内は現在、クーデター派と王制派に分かれている。王族の親戚であるシードはもちろん王政派だし行動を共にするミリアもそちらにつくことになる。
「運が悪いというかフォイップの北部の街はクーデター派が多いとニルスから聞いた。具体的には知らないが下手に街に降りるのはマズイ」
「はぁ他所者の私は町人を誤魔化せるけどシードはなぁ……」
「悪いな有名人で!」
ミリアはミリアで有名人なのだろうがエアリーの兵士なので偽名でも使えば十分に誤魔化せる。ただシードはそうもいかない、フォイップの兵士はもちろんシードの顔を知っているし民間人でもシードの顔を知る者は多いだろう。つまり街には降りられないのだ。
「いや、待てよ……降りられる場所があるぞ。それも測量ができなくても付けそうな場所が」
「どこよ、そんな都合の良い街は」
「まぁ何というか街は街でも……」
心当たりがあるというその街、それはフォイップ中北部に広がるフレディ砂漠に存在する街だった。
「街は街でも“ブラックタウン”なのだがな」
例の小川から真東に移動、国境を無事に越えることができた。追っ手は今のところない、どうやら安心してもいいようだ。フレディ砂漠はその名の通りに砂漠であり背の高い植物は愚か植物自体サボテンくらいしか生えていない。砂の中に隠れて上空からは見えないのだが砂の中にはもちろんジライソウが凄んでいる。
「肌がカサカサするわね、喉が渇いたし……水筒はあるけど勿体ないしサボテンでも頂こうかしら?」
サボテンとは水分を多く含む植物、食べれば喉を潤すことができる。
「やめておけミリア、あのサボテンはユメミサボテン……食ったらどうなることか」
ユメミサボテンは一種の麻薬成分が含まれている。食べれば名のまま夢見心地、幻覚症状が起こるのだ。
「ありゃ、そりゃやめておこう……ところでシード、今から行くブラックタウンって?」
「あぁ、正確には“キオラ”と呼ばれる砂漠にある街だ。視界が開けているフレディ砂漠に北ミーラ山から採掘した青色の石で立てた建物がある。砂漠の中じゃ目立つから目視だけで付くさ」
「で、なんでブラックタウンなのさ?」
ブラックタウン、黒き街との異名は実に暗い……
「もう5年も前か、キオラのガス施設で大爆発が起こった……住民は全滅だという。不運なことにキオラは薬品関連の施設が多くそれらが化学反応を起こして有毒ガスまで発生した。立ち入りが許可されたのはつい最近さ」
「明かりが付かない街……だからブラックタウン」
キオラは砂漠の中でとても目立つ、だから迷わずに見つけることができた。もう視界のすぐそばまで来ている。
「なんだか寂しげな街。ねぇシード、立ち入りが許可されたのに人は戻ってきていないの?」
「人が沢山死んだ所に人は寄り付かないさ、それにここには事後調査で何人か訪れているのだが立て続けに行方不明になってしまっている」
「ちょっとまって、そんな呪いじみた話が!?そんな所に降り立つつもり!?帰る!」
だがここから帰る方法などない、大鳥の体力は限界だしキオラに降り立つしかないのだ。ミリアは喚いているが降り立つことには変わりない。
砂漠には木が少ない、それが故にキオラでは石造りの住宅となっている。北ミーラ山から運んだ青みがかった石で作られた建物は砂漠からとても浮いて見える。
「この石、不思議な色合いね」
「休みにはいいだろ?地面に立っているが建物は石造りだからジライソウの心配はない、砂漠は直射日光が激しい……この街には誰もいないし建物の中でゆっくりしようや」
シードとミリアは昨日、夜通しで戦っていた。一騎当千の確約を見せる2人だが流石に疲れにはかなわないのだ。
「さてと、ようやくゆっくりできる……ボルもクロもゆっくり休んでおけよな」
2羽の大鳥も体力の限界だった。翼を折りたたむと建物の隅で丸くなったのだ。
「さてと、これでゆっくり……」
ヒュンッ
どうやらゆっくりはできないようだった。
「きゃぁ!」
「ミリア!」
ミリアは左肩から血を流している。傍らには一本の矢が落ちていた……先端には血がついている。
「大丈夫、カスっただけ」
だが左肩を押させており痛いであろう事には変わりなかった。
「ミリア、とにかくこれを付けておけ!矢は入口から放たれた、遮蔽物に隠れるのを忘れるな!」
投げ渡すのは消毒でき血液中の血小板の動きを活性化させるキュアロエ、そして止血用の布だ。
「ありがと……しかしやられた、人なんかいないと思っていたのに」
右手と歯を使って消毒と止血を手際よく行うミリア、どうやらその手にはなれているようだ。
「もしかするとキオラで行方不明者がよく出るというのはこの矢の主に関係がありそうだな……」
「クーデター側の人間?」
「いや、その可能性は低いだろう……どちらかといえばゲリラや賊の可能性が高い」
キオラに訪れた研究員や調査員が姿を消す事件はクーデター以前よりある。もし矢の主がこの行方不明事件と関係があるのならそれはクーデターとは無関係である可能性が高いのだ。
「正直全く気配が無かったわ、だいぶ遠くから放ったと思う」
「あぁ、しかもかなり正確だ。こちらから様子を見るにしてもそのわずかな隙間を狙ってくるだろう」
加えてミリアが負傷してしまった。下手に動くのはミリアが危険だし動くにしても体力を消耗している大鳥では飛んでいる最中に撃ち落とされる危険がある。よくもまあ着陸するときに狙われなかったものだ。
「現状この建物……民家のようだがここに籠城を決め込んだほうが良さそうだな」
「消耗戦ね……最も消耗するのはこちらの方でしょうけど」
幸いにもこちらには最低限の装備が整っている、つまり最低限の戦闘が出来るというわけだ。ただし食料も最低限であり籠城を決め込むにしても長時間は無理だ。どちらにせよ日が落ちる前に決着をつけたほうがいい。
「逃げ出すのならエンガオがある、十分な数があるし一斉に燃やせば目くらましになる」
「うまくいけばいいけどね」
いや、恐らくそう甘くはない……ここから見えない位置から正確に射抜くような弓使いだ。煙幕程度で誤魔化せるとは思えない。
「とにかく敵の位置を知らないと行動ができんな……ちょっとだけ様子を見てみよう」
シードは建物の入口からそっと顔を出して外の様子を伺う……いつ矢が飛んできてもいいようにそっとだ……
ヒュン!
その一閃は両者なくシードの眼球めがけ飛んできた。
「危なっ!」
最初とは違い飛んでくるかもしれないという前提があった為避けることはできた。どうもこちらの好きにはさせてくれないらしい。
「少なくとも入口が見える位置にいるってことか」
「裏口から回ればいいのかしら?窓とか……」
相手は少なくともこの建物の入口が見える位置にいる。であればそれ以外の入口……この際は窓でも何でもいいので建物から出られる場所を探そう、籠城を決め込むにしてもこちらからの攻撃手段が欲しい。シードとミリアは部屋の周りを見渡すが……
「くそぅ、運が悪い!この部屋……玄関か?ここから別の部屋に行くにはあのドアしかないが入口から直線上の位置にある。別の部屋に行こうと思っても狙い撃たれるな」
「もっと籠城に向いた建物に篭るべきだったわ……」
といっても襲われるとは思っていなかったし弓使いだとも思っていなかった。休憩に使う建物は目に付いた建物を使っただけだし運が悪いと言われればそれまでだ。
「ミリア、なんか使えそうなものないか?俺は遠距離相手に使えそうなものはエンガオとガスの実くらいだが……」
ガスの実に火を付ければ数秒で小規模な爆発を起こす。投げ込めばちょっとした攻撃くらいは出来る。最も敵の位置がわからないのだが……
「あっそういえば」
ミリアが何かを思い出したかのように自分のバッグをあさり始める。やがて出てきたのは小さな手鏡だった。
「なんでこんなもの持っているんだよ……」
「女としての常識よ」
ミリアはそう言うが兵士は普通持ち合わせていない……荷物は最低限にするのが兵士としての常識だと思うが彼女は女としての常識をとるらしい。
「だがこれは使えそうだミリア、それで敵の位置はわかるか?」
「うん、やってみる」
手鏡はポケットサイズなので小さいのだが弓が届かない位置から外の様子を探るには十分だった。可愛らしい粧飾付きの手鏡は建物の外を映し出しやがて人影を見つけ出す。
「いた!髪の短い女の子みたいね」
ボサボサなショートヘアのその少女はミリアよりも小柄で年下に見えた。建物の屋根に陣取りただ弓の弦を伸ばしいつでも射抜けるように狙いを定めている。
「今まで矢は1本ずつしか飛んでこなかったし相手はあの子だけと見ていいでしょうね」
「だがガスの実を投げ込むにはちと遠いな……」
「何を言っているのよ右腕さん」
ミリアは立ち上がった。もう左肩の血は止まっているようだが……
「ミリア、もう大丈夫なのか?」
「幸い応急処置が早かったからね、まぁ本調子とはいかないけど……だけど私は黒太刀、あなたは右腕、ゲリラだか賊だか知らないけど1人相手で手こずるペアじゃないでしょ?」
その言葉を聞いたシードはニヤリと笑顔を見せて立ち上がるのだった。




