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第2話 死の土地の調査依頼

 フォイップ王国の王都ボルーキ……ユードラ半島の西の端にある街である。このボルーキは非常に変わったシルエットをしており遠くから見れば巨大な球体のように見える。その球体の正体は巨大な毬藻、人類の歴史以上の時間をかけて積み重なれたその毬藻は巨大かつ丈夫な壁となっており中身を守っている。毬藻の中は人の手によってくり抜かれておりユードラ半島としては珍しい石造りの家が立ち並ぶ。毬藻上部も穴が開けられているので日差しも良好だ。

「おい、何か船が帰ってきたぞ!イル!早く照合して!」

「ちょっとまってよクラリュ!えーと……多分戦艦オーラリですな」

「クラリュ、イル!そんなことしている場合?とにかく場所を開けないと船が降りられないわよ!」

「わかっているよリャーシャ!」

船の離発着場では何人もの人がアタフタとしている。別に今回が特別ということではなく毎日のことだ。整備士のクラリュはシードの古い友人だ、真面目なやつであるのだがどうもここの職場が合わないといつも嘆いている。

「クレイン指令!お勤めご苦労様です!」

クラリュがクレインの元にパタパタと駆けてきた。息を切らしているのは走っただけではないだろう。

「うむご苦労、済まないが修理と怪我人の搬送を頼む」

「はっ!」

整備員はアタフタしながらも作業に取り掛かり始めた。「イルはアレをやれよ」とか「クラリュ!ぶつかってくるんじゃない」とか聞こえてきたがいつものことなのでクレインはもちろんシードを始めとした兵士も気に止めなかった。

「戦友たちよ、しばしの休息だ……ゆっくり休んでくれ」

「はっ!」

「解散!」

クレインの号令により戦艦オーラリに登場していた面々は解散となった。シードは心から思う、今日も生き残ることができたと。


 西のフォイップ王国、東のエアリー王国……ユードラ半島に存在する2つの国は昔より仲が悪い。この2国の歴史曰く戦争の歴史である。20年前にもユードラ半島中部のロデッサの領有権をめぐって大規模な戦争が起こった。当時は今とは違い地上で争っていたのだがある兵木がそれを変えた。その兵木、ジライソウは普段は地面に隠れているが踏んづけてしまうと歯のついた硬い葉を閉じてしまう、人の足なんか簡単に噛みちぎるほどだ。力強いだけでなく生命力も強いこのジライソウを戦時中に両国がばらまいたせいでユードラ半島は足の踏み場が無くなってしまった。

 増えすぎたジライソウの為、休戦協定が結ばれた。ロデッサの領有権は元のフォイップではなくエアリーに帰属することとなった。たまたま協定時にエアリーが優勢だっただけだ。ジライソウによって地上を追われた人々は木の上に住処を移し、大鳥と共に空を飛ぶようになった。




 ヒノーキ地区での戦闘から3日たった。戦闘の疲れが取れたシードにクレインから緊急の用事があると連絡があった。ボルーキの軍事施設にある一室、クレインの部屋の前に着くとシードは相手が見えていないのにも関わらず深く一礼した。

「クレイン指令!シード、只今参りました!」

「うむ、入ってくれ」

「失礼します」

再び一礼したシードはクレインの部屋に入る。その中には見慣れたクレインと見慣れぬ男が椅子に座っていた。男は20歳くらいだろうか?メガネに白衣を付け学者のように見える。

「クレイン指令、この方は……」

「そうだな、まずは自己紹介から頼む」

「ほいほい、僕はヒロキ・ヒイラギ、ボルーキ大学の植物学科の学生だ」

学者と思ったら学生だった。ボルーキ大学といえばフォイップ王国で最も歴史がある大学でありそして一番の名門である。見た目、喋り方ともにやや偏屈だが秀才であることには間違いないだろう。

「俺はフォイップ王国軍首都第一隊所属……」

「知っているよ、シード・クリスティ……騎士の名門クリスティ家の坊ちゃんじゃないか。その上に君の叔母さまはガデム国王の妻ときた。身分も高けりゃ戦場では一騎当千、そんな有名人を知らない程、僕は社会に疎くない」

「……なら話が早い」

なんというか……非常に話が飛びやすい人だ。一体クレイン指令は何故この人と俺を引き合わせたのだろうか?

「それにしてもクレインさん、僕の護衛にこんな豪華な人を用意してくれるなんて思ってもいませんでしたよ」

「それだけ事態は急を要するということだ……」

「護衛?それに急な事態とは?」

その答えを待っていましたと言わんばかりにヒロキはあるレポートを取り出す。数枚のレポート用紙の表紙にはこう書かれてあった。


“女神の花、実在の可能性について”


ヒロキ・ヒイラギの名前が書かれたそのレポートにはそう書かれてあった。表紙の下は本文だろうか?数千字にも及ぶその文字の羅列は見ていて非常に疲れそうだったので読むこと自体を諦めた。

「女神の花……これって」

「文字通りの意味だ」

「文字通りだよ」

文字通りだと言われたって意味がわからない。“女神の花”と言えば大昔から語られている“三種の神木”の神話に登場する毒の花である。

「この間、僕は大学の研究の一環でフォイップ南部にあるパキーラ地区の調査を行ったんだ」

シードは読むのを諦めたレポートを今度こそと読み始める。内容はパキーラ地区から南に向かって望遠調査を行った結果、”死の土地”と呼ばれる場所の奥底に何かしらの植物があることを確認したとの事だった。

「知っての通り“死の土地”はユードラ半島の先端にある強烈な毒気漂う場所だ。あまりにも毒が強すぎるからフォイップもエアリーも欲しがらない……ある意味では平和な土地だね」

シードが珍しく文章を読んでいる最中にもヒロキは話を続けていた。結局ヒロキが説明するのではないかとシードは再びレポートを読むのをやめた。文字を読むのと同時に人の話を聞くなんて器用な真似はシードにはできない。

「“死の土地”ではあらゆる生物、植物は生息できない……だけど観測ではひとつだけ植物が生えていることが確認されてしまった。あんな猛毒の中で平然と生える植物なんて女神の花以外には浮かばないよ。強烈な毒を持った花なら強烈な毒の中でも生きられるだろうしね」

しかしいくらなんでも話が飛びすぎている。植物が生えるはずの無い場所に植物が生えていた、だからと言って神話の中に登場する植物を引き合いに出すのはどうかと思う。

「シード、バカバカしい話と思うかもしれないが自体は急だ」

長い付き合いからか、クレインにはシードの心が読めているようだった。クレインは一度、服の襟元を治すと目つきを変える……この目つきは軍師のものだった。

「仮にこの植物が女神の花だった場合、この花は兵木に転用できる……それこそ一つで国一つ滅ぼす程の……」

「つまり女神の花を手に入れてエアリーを潰すと?」

兵木という言葉が出てようやくシードはこのレポートの重大さを理解し始めた。シードの手に持つレポートが急に重く感じる、手には汗が出始めていた。

「使いはしないよ……政治的に利用させてもらうがね。女神の花を持っているという事実だけでエアリーには十分な圧力を掛けることができる」

脅しというと聞こえは悪いかもしれないが現在戦争中だ。殺し合いと脅し、どちらが人道的かと言われれば脅しに決まっている。血は流れると死に至るが血が流れなければ命に別状はない。

「クレインさん、女神の花は兵木として使えませんよ。使ったら自然にどんな被害があるかわからないからね……肝心のオレクスの森が毒で腐ったらたら元も子もないし」

「確かに……そうだな」


 オレクス……この木はユードラ半島北部の大森林に自生する巨木である。この木から取れる樹液は発火性が有り機械や暖房などの燃料として使われる。5年前にこの発火性の事実が発見された時には正にエネルギー革命だった。その上オレクスの材木は耐熱性にも耐火性にも優れその上に丈夫と来たものである。オレクスは瞬く間に植物界の中心となった。

 しかしオレクスは十分に成長するまで数十年かかる……需要と供給が間に合わず僅かに残ったオレクスの奪い合いのためにフォイップ王国とエアリー共和国の戦争が始まった。それは半年前のことである。


「国民の暮らしのためにもオレクスの森は確保したい……しかし開戦から既に半年以上過ぎ戦争が長期化しつつあるのも現状だ。ここは是非とも女神の花を確保して協定に持ち込みたい」

「20年前の戦争ではロデッサをエアリーに取られましたからね……」

最も20年前のことをシードはよく知らない、ロデッサ地区の安定した土地を巡って争ったこの戦争はシードの生まれる1年前の出来事である。シードが物心ついた時には既に人々は地上ではなく木の上で暮らしていた。全ては20年前の戦争で使われたジライソウのせいだ。

「シード、この女神の花だがなるべく急いだほうがいい……まだ気づいているとは思えないがもし女神の花の実在がエアリーに知られてしまったら……」

そこから先はクレインに言われずとも理解できた。仮に女神の花がエアリー共和国にわたってしまった場合、こちらが戦局的にも政治的にも不利になってしまう……クレインが「事は急ぐ」と言うのも無理はなかった。

「この件、ガデム国王はご存知なのでしょうか?」

フォイップ王国を取り仕切っているのはガデム・サイエである。王国であるフォイップではすべての決定権は国王ガデムにある。フォイップ今後の状況を担うこの作戦にも当然ガデムの許可が必要である。更にガデムはシードの叔母の夫……つまり義理の叔父である。個人的にもガデムの意見が気になった。

「国王の耳には一応入っている、書簡ではなく口頭だがな。当然だが女神の花実在の情報はトップシークレット……公にはできん」

「まぁ当然だね~このレポートは本当にごく一部の人しか見ていないから」

女神の花の存在はエアリーには知られてはならない……しかし情報というものは厄介なものであり目には見えないし僅かな隙間からも漏れ出すのである。情報を外に漏らささない為には情報を可能な限り出さないことが必要でことはシードにも理解できた。

「これも正式なものではないが国王からの許可は頂いた。シード、引き受けてくれるな?」

クレインがシードを静かに睨みつける、クレインは行動的な作戦をねることで有名だが本人は非常に心が読みにくい人なのだ。しかしクレインの心中にはいつも「国民の平和のために」という信念がある。

「分かりました……女神の花、入手に全力を尽くします!」

「ありがとう……」

クレインは静かに頷いた。

「自体は急を急ぐ、済まないが明日にでも行動を開始してくれ」

「まずはどうしたらいいでしょうか?」

「それは僕から説明させてくれる?」

ヒロキは立ち上がりそして例のレポートの最終ページをシードに見せてきた。そこには望遠鏡越しで撮った女神の花の写真が載せられていた。

「この写真、見ればわかると思うけどものすごく不鮮明なんだ」

モノクロ写真の中央には確かに何かある。しかし元々がモノクロ写真とは言え中央の何かは真っ黒である。その上に輪郭は2重にも3重にも振れてしまっていていた。植物のようにも見えなくはないが……

「もちろん死の土地に直接は入れない。だからこの写真は毒気が及ばない位置からクロウバに乗って撮ったものなんだ」

クロウバとは2~3人乗りの小型飛行機である。大四葉と呼ばれる巨体植物を回転する羽、及びゼンマイ式動力に利用している。

「空中だから揺れは生じる、だからそんなボケボケの写真になってしまった。このままじゃコレが植物なのか岩なのか小山なのかわからない。一応女神の花の位置を測量したのだけど正確に測量できたかどうかも怪しい」

「シード、まずは女神の花が本当に存在するのかを再調査してくれ。調査場所は南ミーラ山頂……あそこなら高さも十分にあるし正確な調査が行えるだろう」

「南ミーラ山……」

クレインが提案する南ミーラ山頂、それは言うまでもなくフォイップ王国とエアリー共和国の国境である。国境地帯での調査……民間人であるヒロキ一人では危険すぎる。

「主戦場はユードラ半島の北部だが南部でも国境は国境だ、何が起こるか分からないししっかりと護衛を頼む」

「よろしくね~」

クレインとヒロキは性格の違う挨拶をシードに向けた。シードはこの任務の重要性を噛み締めるのであった。


戦場から帰ってきたシードに待っていたのは護衛任務……いつもとは違う任務内容であったがこの任務には国の行く末がかかっていた……

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