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第12話 真夜中の防衛戦Ⅰ

ロゼー駐屯地地下、ここには牢が設備されている。シード・クリスティは今、そこに向かっていた。当然牢屋に入るわけではない、逆に人を牢屋から出しに来たのだ。その人はエアリーからの亡命者、ミリア・バーンである。

「ほらよ、差し入れだ!」

牢屋の隙間から投げ渡すのはひとつの実、柔らかく桃色の実だった。

「これは……」

「知らないのか?ならいい、ウマいぞ」

「知っているわよ!知っているとも!スクーモじゃない!」

スクーモ……一応食べ物であるが食べ物ではない。この実は果汁が豊富に含まれているのだがこの果汁、一種のアルコールが含まれており……

「なんて物食べさせようとしているのよ!変態?変態じゃなかったら不審者?それとも馬鹿!?」

要は好みを食べると感覚が鈍って目の前の人間に惚れてしまうのである。惚れ薬になるのだがあまりにメジャーすぎて騙される人間はいない。

「まあ軽いジョークだ」

ミリアからスクーモを投げ返されたがシードはどこか気分が良かった。予想通りの、そして予想以上のリアクションとツッコミを彼女がしてくれたからだ。わざわざスクーモを仕入れた価値はあったものだ。

「それで、わざわざ私にセクハラしに来ただけではないでしょう?」

「当然だ」

シードがズボンのポケットから取り出したのはスクーモ……ではなく木製の鍵だった。

「あら釈放かしら?まぁ亡命者に乱暴ごとはできないしね」

言葉の意味だけ見てみれば嬉しそうに見えているがミリアは対して感情を表に出していなかった。先程はあれだけ感情を出していたというのにその大波はもはや小波だ。

「残念ながら違う、君には悪いがこの駐屯地の最上階に来てもらおうか」

「最上階?確か展望台みたいになっていたけど……」

「展望台じゃない見張り台だ」

ロゼー駐屯地は背の高く太いヤカタノキを使っておりその最上階は遠くまで見渡せる見張り台となっている。通常では文字通り見張り役が国境地帯の監視を行うためのものなのだが戦闘となれば戦況を確認するために使われる。

「なぜ、と言っても理由はわかるけれども」

「理解が早くてなりよりだ。あんたは……」

「“あんた”は勘弁してよ……ミリアよミリア」

ミリアは鍵が開かれた扉を自分で開けた。放っておけば自分勝手に歩きだしそうな気もするが不思議と殺気は感じられなかった。

「ミリアねハイハイ、それでミリアはこれから起こる戦闘をリークした張本人だからな、あんたにはこれからいろいろ情報を得たい……ニルスさんがお呼びだ」

「わかったわよ、さあ見張り台とやらに行きましょ」

そしてミリアはスタスタと迷いなく歩き始め……

「……階段はどこかしら?」

やはり部外者は駐屯地内を理解していなかった。




 ユードラ半島は2つの国が存在する。西のフォイップ王国と東のエアリー共和国、その国境は北ミーラ山と南ミーラ山の山頂どうしを結んだ線だ。

「今日来るのか?」

「来るらしよ、あっちの国の内部からリークされたからな」

話をしていたのは国境を警備していた兵士だ。2人でひと組となって国境近くの木の枝に止まって周りを監視している。彼らの目的は戦闘ではない、あくまでも監視だ。異常を発見次第フルエコダマで各所に伝えることになっている。

「だけどよ、もう日没が過ぎたぞ。だけど戦艦なんてぜんぜん見えやしない」

「まあ亡命者といっても敵兵の情報だし信用出来るかどうかはわからないが……」

「実はスパイか工作員で混乱させたいとか……」

「ありうるなぁ」

日没をとっくに過ぎた時間、光はもちろん風の音さえ聞こえてこない。だからだろうか?あの翼の羽ばたく音だけは聞こえた。

「今の音は……」

「大鳥……?」

兵士の顔はマルから逆三角となる。そして周囲に耳を澄ませ目を細ませた。そして聞こえてくるのは何かを弾くような音……

「弓!?」

「うっうわぁぁぁぁぁっ!!」

一人の兵士はその音が弓であることにすぐに気がついた。だけど遅かった、敵はすぐそばまで来てたのだ。

「おい!大丈夫か!?おい!」

仲間を地面に落とさないように抱きかかえる。だがそのような事をしている場合じゃない早くこの事を伝えなければ……彼はフルエコダマを潰した。




ロゼー駐屯地見張り台、ここに設置してあったフルエコダマが潰れた。フルエコダマは2つで1つの実を付け片方を潰すともう片方の実も潰れる……連絡方法に使える実なのだがこの方法だと特定の1人しか合図を送れない、だから今回はフルエコダマを複数用意しリレー方式で潰す作戦を取った。見張り台のフルエコダマが潰れるまでに5組のフルエコダマが潰れている。

「敵襲でしょうか?」

シードはまだ見張り台にいた。彼は今のところ出番も役目もない、いざという時のピンチヒッターとしてここに控えている。

「むう、そのようだが戦艦が見えないな」

ニルスはオペラダケ製の望遠鏡を覗き込み周囲を探る、ここから国境までそう遠くはないがここからでは今のところ異常は確認できなかった。

「相手はタツマだからね~戦艦はひとつ持っていつと聞いたけど隠密が得意な舞台だから使っていないかも」

見張り台に用意していた椅子に腰掛けてかなりリラックスした様子のミリアがこれまた緊張感の欠片もなく話していた。

「忍びつつ進軍しているということか……」

ニルスはそれを望遠鏡越しで周りを探るがこの距離ではさすがに人は見えない。代わりに見つけたのはエンガオの煙だった。色は黒……

「“危険”か……しかしエンガオは敵に情報が漏れるから使うなと言っていたのだが」

エンガオは情報伝達手段として最もポピュラーな物だ。だた煙で情報を伝えるという都合上、敵にも情報が知られてしまう……敵に知られなくない情報の場合はエンガオの使用は避けたかった。

「漏れても同じということでは?敵を“見つけた”のではなく“見つかった”とか」

「なるほど……ということは交戦中か」

敵に見つかってしまった場合、味方には敵の位置を知らせる必要がある。しかしフルエコダマでは情報の発信場所を知らせることができない、だからこそのエンガオなのだ。エンガオなら煙で自分の居場所を知らせることができる。

「ニルスさん、私はまだ出なくて良いのでしょうか?」

「焦るな、これは防衛戦であって君がいつもやっている様な強襲、制圧戦とは異なる。真打は最前線ではなく最奥に起きたい、君が居なかったらここは守れないだろ」

ニルスには言われたがシードだってそれくらいは理解している。ただシードの場合はこうジッとしているのが苦手なのだ。

 フルエコダマが潰れエンガオの煙が上がってからしばらく経った。すると先ほど煙が上がった所から少し手前、第一防衛ラインにまた黒色の煙が上がったのだ。

「またか……」

しかし戦艦は見えない、ミリアの言うとおり戦艦を使わずに進軍しているのか?戦闘の常識からはかけ離れた戦法だ。

「戦艦が見えませんね……」

「だから言ったでしょ?戦艦は使っていないって」

「だがどうやって?大鳥だけだとここまで来るまでにバテちまうぞ」

大鳥は船とは違って生き物である。そして生き物である以上体力は存在する。タツマがどれほどの位置にあるのかは知らないが拠点から大鳥を使っていればここまで来るだけでバテてしまい戦闘できる状態ではなくなってしまう。

「多分国境近くに停めたのでしょうね、そこからは大鳥……隠れながら進軍しているわけだし体力は持つでしょう」

「今までにないタイプの敵だな……」

「タツマは実戦部隊ではないわ、成功法で言ったらロゼーは落とせないもの」

またエンガオの煙が上がった、今度は第2防衛ラインの位置だ。進軍が早い、もう第1防衛ラインを突破したのかというのか?

「いくらなんでも早すぎる……」

「ニルスさん、これは一体?」

「恐らく、戦闘に来ているが戦闘そのものを回避しているのだろう、実戦部隊ではないタツマがこの戦闘に勝つにはこの方法しかないということか」

なんという逆転の発想、そして見事な戦法だ。国境の監視部隊を軽々やり過ごし3つあるうちの2つの防衛ラインの隙間を縫ってきた。この速さだと戦闘は最低限、こちらの被害は少ないだろうが……現場は混乱しているだろう。

「突破された防衛ラインを下げさせる、伝令に頼まなければ……ミリア、お前の所の部隊は来るのか?」

「あの作戦はあくまでタツマの作戦……なんだかエアリーのお偉いさん絡みで難しい事情があるみたいでねぇ……うちの部隊も協力はしているけどバックアップよ」

「じゃあ黒太刀は来ない?」

シードは心底安心した。この間のミリアやアントニオも強力だったが黒太刀部隊の下っ端でも十分な戦力なのだ。あんなのが束になってこられたらたまったものではない。

「うんにゃ、私たち四人衆は参加しないけど来るには来るよ、数人だけど」

「来るのかよ!?」

安心して損した。ミリアの話ではそう多くはないようだが来ることには変わりない、とてつもなく面倒なことになりそうだ。

「シード、どうやら君の仕事が出来たようだ……」

言わずともわかるニルスからの仕事……それは黒太刀部隊の殲滅だ。シードでも手こずる相手、このような相手をほかの兵士には任せておけない。これはシードにしかできないしことだ。

「分かりました。シード・クリスティ、只今より任務に入ります!」

シードはきっちりと敬礼をして愛鳥ボルの待つ鳥小屋に向かって走った。




 大鳥のいる鳥小屋は見張り台の一つ下の階に存在する。この位置なら見張り台からすぐ飛び立てるし高度も十分に取れるからだ。

「おぉ待っていたぜシード、今から出撃か?お前がいつ出撃するのかを今か今かと待っていたぜ」

シードに声をかけてきたのは鳥小屋の主ことサムだ。シードがここにいる間、愛鳥ボルは彼に任せることになる。

「待たせたなサム、ボルの様子はどうだ?」

「準備万端といったところかな?周りの大鳥が次々出て聞くものだからボルも戦いに出たくてウズウズしていたぜ」

サムの案内でシードはボルの前に歩み寄るシード……ボルはシードを見ると細かく身震いしてシードを寄り添った。

「ボル、行こう……俺たちの場所へ」

ボルに跨るシード、そしてサムの手で開けられる外への扉……外は真夜中であったが月明かりが照らしており予想以上に明るく感じた。きっと明日は天気がいいだろう。

「君のことだから心配はいらないだろうからな……シード、飛んで来い!」

サムズアップでサムに答えたシードはボルを走らせる。まだ足元がある……大鳥が床をける音、そして振動が伝わる……だがその感覚はすぐに途絶えた。


風を切る、羽ばたく音が聞こえる、夜だったから風は少しだけ冷たかった。


既に肉眼でも敵兵の姿が見える。ロゼーの町周囲にある少し高めのヤカタノキ、そこに大砲が設置してある。この大砲のライン……最終防衛ラインを突破されては終わりだ。

「おめえら!この場の主役はこのシード・クリスティだ!」

彼はこの街を守るために飛んだ。

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