第11話 国境を挟んだ2つの街
エアリー共和国首都”キルパ”、ここに黒太刀部隊が置かれている。もちろん黒の四人衆も戦闘時以外はここに居るのだが今は黒の三人衆だった。
「ミリアはまだ戻らないみたいね、しくじったのかしら?」
シズイ・ドナーはフォイップ首都ボルーキを偵察に行っていたのだがとっくに戻ってきている。彼女はこの手の隠密任務のエキスパートなのだが今回はどうも腑に落ちない結果だったようだ。
「ミリアは確かにこの手の偵察任務には慣れていない……だがそう簡単に失敗するとも思えないな、彼女のスピードは黒太刀部隊でもトップ……いざとなれば直ぐにでも逃げられると思うが……ヴィンセントよ、父親目線でどう思う?」
「アントニオ、知っていると思うが彼女は娘ではない」
「だが娘も同然だろ?あいつがこんなに小さな頃から一緒だったのだからよ」
テオは自分の手のひらを腰より低く下げた。ミリアはヴィンセントの実の娘ではない……だがミリアの人生の半分以上はヴィンセントのもとにいるのだ。20歳であるミリアにとって半分以上共にいる人間は家族同然である。
「アントニオもヴィンセントもくだらない話はそこまでにしてよ、例のロゼー攻略作戦はどうするのさ?作戦は明日よ」
「ミリア不在でも決行する、元々この作戦はタツマ部隊立案の実行でなければ意味のない作戦だ。黒太刀部隊から4人派遣はするがそれ以上の支援はしない、当然我々黒の四人衆が作戦に参加してしまえばそれはもはやタツマの作戦ではなく黒太刀部隊の作戦になってしまう」
「つまり、ミリアが戻っても戻らなくても作戦はやるってことか……」
このロゼー攻略作戦は単なる戦略ではなくエアリー軍内部の事情が関わってきている。諜報部隊タツマはこれといった戦績がなく軍内部では不信感が上がっている。その中でタツマがようやく掴んだボルーキのクーデターという情報……この情報はやがて亡命者達により一般の人間にも知られ渡ることになるのだがそれでもタツマが第一報であることには変わりない、タツマが掴んだ名誉挽回の作戦、これがロゼー攻略作戦なのだ。
「シズイ、済まないな……俺やアントニオの事情で厄介事になってしまって」
「まぁアタシは与えられた任務をするだけだけれども」
アントニオやヴィンセントの元上官や同じ部隊だった戦友……ソレミオ首相やレイヴン総司令がタツマを設立したのである。タツマは自分の部隊ではないが他人事では無いのも正直な話だった。
「しかしミリアはロゼーに偵察に行ったのだろ?もしかするとロゼーで捕虜になっている可能性もあるな……ヴィンセント、この作戦にミリアの救出作戦を合わせたらどうだろうか?彼女は黒太刀部隊……いや、エアリー軍にとって重要な戦力だし……」
「それをする必要はない」
まだアントニオは話している最中であったがヴィンセントはそれに横槍を入れた。たった一言でアントニオの周りに見えない防音壁でも作り上げたかのようだ。
「さっきから言っているだろ?ロゼー攻略作戦はタツマの作戦であって我々の作戦ではない、私たちの都合によって作戦内容を変更するわけには行かないのだよ……黒太刀部隊はあくまで彼らの支援だ」
ヴィンセントは先程から“ロゼー攻略作戦はタツマの作戦”である事を強調するのであった。アントニオもエアリー軍に入って20年以上経つから内部事情はそれなりに詳しい、だからこの作戦はタツマがやる事に意味があることもよく理解していた。だけどどこか引っかかるのだ。
「ヴィンセント、なんか今日のお前はミリアに冷たいな、いつものお前なら我が娘のために動き出すというのに……」
「だから娘ではない」
今日のヴィンセントが強調することがもう一つあった。それは“ミリアは実の娘では無い”という事だ。
「さぁ、そろそろタツマに出発するぞ!私たちは戦闘に参加しないがタツマのところには行かなければ」
「そうね、私が得た情報もタツマに伝えなければならないし」
ヴィンセント、そして彼に続いてシズイが身支度をはじめる。やや遅れて、そしてブツブツと呟きながらアントニオが身支度を始めるのであった。
ロゼー駐屯地地下に存在する大ホール、ここにロゼーのすべての兵士が集められていた。理由は全員分かっている……来るべきロゼー防衛戦の為の全体ミーティングだ。ロゼーは国境近くの街ということもあり兵員は多い、どれほどの規模の部隊がやってくるのかは分からないがこれほどの人員がいれば戦艦の1隻や2隻程度なら問題はないだろう。
ホールの壇上にニルスが立つ、遅れてその後ろにシードが立った。
「注目!」
掛け声があがり総員が敬礼をする。見事に決まっていた。ある意味ボルーキより統率のとれた部隊だろう、さすが国境地帯は違う。
「混乱している所集合してもらって申し訳ない、しかし非常事態だ」
ニルスはまずそう前置きをして話し始めた。見る者の目は真剣そのものだ。
「既に知っているかと思うが本日亡命したエアリー兵より明日、このロゼーにエアリーから1部隊が我が土地を奪おうと攻め入ってくる……我がロゼー部隊はこれを全力で阻止する。本部はここロゼー駐屯地だ。まずロゼー国境に警備兵を数人配備、ロゼーより5km地点を第一防衛ライン、2km地点を第二防衛ラインとする。ロゼーの周囲にある巨大切り株の上には撃墜用の大砲が設備されているがこれを突破されたら終わりだ。この地点を最終防衛ラインとする」
「それと、本戦闘において強力な助っ人が来た。彼は以前このロゼーに勤めていたので知っているものも多いが改めて紹介しよう、シード・クリスティだ」
「ただ今ご紹介に預かりましたフォッ……、シード・クリスティです。しばらく厄介になりますがよろしくお願いいたします!」
兵士が名乗るときはまず自分の所属名を述べるものである。シードも最初は自らの所属であるフォイップ首都第一隊を述べようとしたが結局口から出かけただけで話すことはなかった。
(シードが戻ってきたのか?懐かしいな、2年ぶりか?)
(力の右腕がこんな時にロゼーに配属?頼もしい!)
(俺は初めて見たぜ、カッケー)
集会所がざわつく……見たことのある顔、初めて見る顔、どれも好意的な目ばかりなのでシード的には悪い気はしない、だけどシードは何かが引っかかる気がした。自分が名乗る時に所属名を述べなかったのはそれを感じたからだ。
自分の所属はフォイップ首都第一隊、つまりボルーキの兵士でありロゼーの兵士ではない。だけどシードは今、ロゼーにいる……辞令も命令も出ていないのにも関わらずにロゼーに居る。事情が事情だし事件も事件だがシードは本来ロゼーが居場所ではない、ではシードの居場所はボルーキのクレインの所か?それも現状を見てみれば正しいと胸を張って言えない。シードは兵士、それも生まれながらの兵士だ。だから自分がどの場所にいるかなんて自分で考えたことがない、自分の居場所なんて今まで兵士であった父親やニルスやクレインといったその時の上官、そして任務や命令で決めていた……“決められていた”。
だからシードは分からない、優秀な兵士であるが故にシードは自ら自分の道を決められなかった。
「国境警備のものは戦わなくとも良い、ただ周囲の警戒を怠るなよ。敵戦艦、及び敵兵を発見次第フルエコダマで第一防衛ラインに連絡、以後連絡を受けた者は同じくフルエコダマで奥の防衛ラインに連絡を取ってくれ。いいな、フルエコダマだぞエンガオは使うな」
フルエコダマ、2つで1つの実を付ける植物だ。片方の実を潰すともう片方の実も潰れる……エンガオに比べて情報伝達の範囲や密度は劣るが情報伝達時の機密性はフルエコダマに軍配が上がる。敵に知られたくない情報はこちらで伝えるのがいいだろう。
「以上だ、後ほど各員に配置を伝える。それまで待機してくれ」
ロゼー防衛戦のミーティングは終わった。シードにとってロゼーは第二の故郷だ、だから今はその故郷を守ることを任務としよう、ニルスからは頼まれたがこれは任務とは少し違う、ロゼー防衛戦の参加はあくまでニルスのお願いだ。だからこの任務は自分が自分に当てた任務だった。都合の良い解釈であったが……
「あ、あの!」
ミーティング終了後にシードに声をかけてくる兵士がいた。顔は見たことがない、おそらくシードがボルーキ配属になったあとに入隊したものだろう。
「え~と……お前は?」
「あっ申し遅れました!フォイップ軍ロゼー国境警備隊所属のグラム・キトであります!」
頑張って鍛えているようで細身ではあるが筋肉のついた兵士だった。年はシードと同じくらい、だけど経験の差かオーラがまだまだと言った新米兵士だった。
「グラムか、はじめましてかな?」
「は、はい!お初にお目にかかります!貴方の活躍はよく耳にしております、共に戦えるとは光栄です!本日は挨拶にと思いまして……」
「そうか、よろしくな。お互いに精進しよう」
「はい!」
健気な返事を残してグラムは若干スキップ気味に去っていった。純粋、そういう印象を受ける。だからシードは余計に複雑な気持ちになってしまった。彼は純粋であるがあ故に自分自身をはっきり表現している。名乗る時に所属名も述べたしシードに対する好意も率直に伝えていた。だからこそシードは自分自身が置かれているはっきりしない立場がイラついたのだった。
エアリー共和国タツマ、ユードラ半島中部の国境地帯に作られた隠し拠点である。ここには主に諜報を得意とする兵士が所属しており日々、戦術において重要な情報をフォイップ王国から持ってきている……ハズであった。
タツマはその性質上、多くの兵士には知られておらずタツマの場所はおろか存在すら知っているものは少ない、その為活躍の場は表に立つことはない訳であり評価されにくい部隊である。一応、フォイップ各所に諜報員が潜り込んでいるのだがどの人もこの人も街の住民止まりで兵士に紛れ込んだものなど一人もいない。住民程度では得られる情報もたかが知れており全くと言っていいほど成果が得られていない。その為タツマの存在を知る者からはタツマの存在性を疑問視する声が上がっている。
「おぉヴィンセントよ、よく来てくれた!」
ヴィンセントを、そして黒太刀部隊を出迎えたのはタツマの司令官であるブラッカであった。その横には若い兵士が1人いる、彼もまた黒太刀部隊を歓迎していた。
「久しぶりだなブラッカ、元気か?」
「元気……と言いたいところだがそうでもないな、切羽詰っている」
「だが、これを乗り切ればいいじゃないか、厳しい戦いになるがな」
タツマに与えられた名誉挽回のチャンス、それがロゼー侵攻である。ボルーキでのクーデターはタツマによってエアリーに知らされたが何分情報が重大かつ巨大すぎた。一般の人も行き渡りこの情報だけではエアリーの手柄とは言えなくなった。
「ともかくクーデターがタツマだけの情報とは言えなくなってしまった以上タツマの手柄とは言えない、タツマの手柄にするにはこのクーデターの混乱中に何らかの形に残る手柄が必要だった。これは情報という形では成し得ない、だからロゼーを攻略するという形に残る手柄を立てるんだ」
「あなた達には厳しいのじゃない?」
シズイはキッパリと言い切った……だが事実であることには変わりない。タツマは本来諜報組織、一定の戦闘技術は磨いているが水準は低いのだ。
「言ってくれる、そこのねーさんはお偉いさんかな?」
ブラッカの横にいた青年が食いついた。若干感情的になりやすい人間のようだが実力はそこそこあると思える。少なくともヴィンセントやアントニオはそう思った。
「うちの若いものが失礼したな、そいつはヘンリ……タツマの中では最も戦闘に長けた兵士だ。無論、タツマ所属だから諜報分野も優秀だ」
ブラッカの紹介にヘンリは鼻を鳴らすことで相槌を打った。確かにヘンリは優秀な兵士だろう、彼の筋肉のつき方を見れば分かる。ヴィンセントとしては黒太刀部隊に引き込みたいくらいである。だが少々浮かれが出ているようだった。
「そうだろうな、アントニオはどう思う?」
「一回模擬戦をしてみたいくらいだ」
アントニオはガハハと指を鳴らすがこれは案の定ヘンリは喧嘩腰になってしまい……
「やってみるか?今から……」
などと言ってしまうのであった。
「ヘンリ!明日は重要な作戦なのだぞ!体調は万全に……」
「分かっているよブラッカさん!」
当然の如くヘンリはブラッカよりお叱りを受け……
「アントニオ、少しは冗談と本気を使い分けろ」
「へいへい」
アントニオもヴィンセントからお叱りを受けるのであった。
「無論、我々では成功法でロゼーを突破できるほど実力はない……だが我々にも長けているものがある」
「なるほどな……」
ヴィンセントはブラッカのこの一言だけである程度の戦略を把握したのであった。
「もちろん野戦だ。夜間中の不意をつく、この混乱の中だから警戒は薄いだろう……その辺りの事前調査はそちらがやってくれると聞いたが?」
この作戦はタツマの作戦ではあるが黒太刀部隊もバックアップ部隊として参加している。本来は黒太刀部隊が実戦、タツマがバックアップのはずなのだが……何らや立場が逆転してしまっている。
「あぁ、我が黒太刀部隊からボルーキとロゼーに1名ずつ派遣した。しかしロゼーに派遣した者は事情により戻ってきていない……済まないがボルーキだけの情報になってしまったが勘弁してくれ。シズイ、簡潔で構わないから情報を教えてやってくれ」
「簡潔にといっても簡潔な情報しかないのだけれども……」
シズイはそう前置きをした。シズイが先程から固くなったトマトのような状態なのはその為だ。隠密系の任務が得意なシズイはそれなりにプライドがある。
「まずボルーキに潜入することは出来なかった。地表に4箇所ある入口はすべて封鎖、天井に開けられた穴も厳重な警戒が敷かれている。物資の搬入搬出は一隻一隻に立ち入り検査が行われ当然大鳥での飛行も禁止、上からは目立つし下は入る隙間すらなかった。さすがボルーキね、いつもなら住民や荷物に紛れ込めるけどこうなると無理だわ」
「情報は無しか……」
ブラッカは心底残念そうだった。これからロゼーに攻め込むのに情報は無し、しかもボルーキの情報まで満足に得られなかったのでは戦闘を行うのに不安がある。
「でも流石に手ぶらでは帰れないわ、その変わりだけどボルーキの北にあるウィッチ空洞にフォイップ兵が資材搬入をしている。自然を利用した拠点でも作ろうとしているのかしら?」
「そこのフォイップ兵は果たして王族派かクーデター派か……どちらにせよボルーキは厳戒態勢を維持できる、そしてダムダ空洞の拠点、自体は収束しつつあるということか」
「そうね、つまり明日を逃すとチャンスはもうない」
結局は明日だ。ロゼー進行戦は決行されることになる。ミリア不在のまま……




