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第10話 エアリーからの亡命者

 フォイップ軍ロゼー駐屯地、ここの正面入口にシード・クリスティの姿があった。ロゼーはシードが以前配属されていた場所である。その為かシードの顔を知っている者はもちろんシードが顔を知っている者もいた。

「シード、久しぶりじゃないか!こっちに来ていると噂があったから探していたんだ!」

シードに声を掛けてきた少し太めの青年もシードの知り合いの一人だった。

「サム、少し太ったか?」

「それはナシだぜシード、ボルは元気か?」

「あぁ元気さ、君のおかげでな」

サムはロゼー駐屯地の専属調教師である。ロゼーの兵士が乗る大鳥はすべて彼が育てたと言っても過言ではない。シードの愛鳥ボルも彼が育てたものだ。

「また何かあったら遠慮なく相談してくれ、ロゼーにいる間はボルもここに預けておいて大丈夫だろう」

「あぁ、君なら安心してボルを預けられる」

このように懐かしい面子に再開することができた。シードはボルーキ生まれであるが兵士としての稽古はここロゼーで積んでおりシードにとってロゼーは第二の故郷である。




 待ち合わせの時間ギリギリになってニルスがやってきた。彼はいつも10分前行動を心がけるような人間だ。こんな時間に来るなんて珍しい。

「待たせたなシード」

「いえ、しかしニルスさん、どうして外に?」

ニルスとの待ち合わせの場所は駐屯地入口、いつもの事なら先ほどの会議室やニルスの執務室を使うはずだ。わざわざ外で待ち合わせをしたという事は用事は外にあるということである。

「シード、知っての通りボルーキのクーデターは既に知られている事だ。我々だけでなく一般の人間まで……」

ロゼーはボルーキとは違いツリーハウスの町、ジライソウのある地面を歩くことはできないので入口からあたりを見回した。見慣れた街、懐かしき街、少し変わった街……2年ぶりのロゼーは変わらぬところに変わるところが混じり合っておりシードの記憶を曖昧にした。

「少し風景が変わりましたね」

「君がボルーキに出てもう2年ほど立つからな」

「あの時に貰った大槍、今も使っています」

「首都着任は名誉あることだ。師としては教え子に槍を送るのは当然のことだろう」

シードはロゼーを改めて見渡し2年前と変わったところを探し出す。あそこの木にお店ができている。あっちには家が作られた。だがシードが一番気になったのは街の風景ではない。

「人が……増えましたね」

街に人が増える、これは本来とてもいいことである。人が増えることが街に活気を流し込む存在だ。だが今のロゼーは活気がないように見える。木の枝に腰掛ける人は大勢見かけるがその大半は仕事どころか住む家さえ持っていないようにも見えた。

「シード、気づくかね?彼らの様子を……」

ニルスがシードを外に呼び出した理由は正しくこの風景だった。ロゼーに溢れ出す家無き者達……これが現実であり問題点であった。

「ニルスさん、彼らは?」

「亡命者だ……ボルーキのクーデターにより国内は混乱を期している。その混乱に乗じてこのように亡命者が流れ込んだのだよ。そしてフォイップからもエアリーに亡命した者が多数いるようだ。おかげで国境地帯のこの街はご覧の有様だ」

「この人たちをどうするのでしょうか?」

彼らは軍人ではない、そのため無意味に送り返したりする事は難しい上に無用にエアリーの事を聞いてはいけない。度が過ぎた聞き取りは尋問と判断され国際問題に発展しかねないのだ。戦争中でもそれは守らなければならずまた戦争中だからこそ傷口をこれ以上広げるのは回避したい。

「無論、送り返すことはできない。ロゼーの南側にはまだヤカタノキが多数残っているし自分で開拓することを条件に住居権を与える方向になっている」

「やむを得ないですね……」

ニルスは今度は駐屯地の内部に入ってくる、シードもそれに続いた。話はこれで終わりなのかと思ったがそうではない事はニルスの口が教えてくれた。

「しかし亡命者の中で一人だけ身柄を拘束させてもらった者がいる」

「それって問題になるのでは?」

フォイップとエアリーは歴史的に仲が悪い国であるが仲が悪いなりに決まりごととして条約をいくつか結んでいる。その一つが亡命者の身柄の保証、亡命者がいた場合それの自由を認めることだ。その為に亡命者を拘束することはできない。

「しかし人が人だったのでな……私も彼女の処理には手を焼いているのだよ」

彼女というからにはその亡命者は女なのだろう。しかし身柄を拘束せざるおえないとはどのような人なのだろうか?ニルスはシードを連れ駐屯地地下……地下といっても地上よりも高いが地下にある牢屋に案内した。


 地下牢に入って一番奥の牢、そこに亡命者の彼女がいた。美しく長い黒髪、年はシードと同じくらい……シードは彼女に見覚えがあった、それもつい最近に出会っている。ただこの2、3日の間に色々なことがありすぎてシードには久しぶりに感じた。

「お前は……」

「あら、あなたは何時か南ミーラ山頂で会った」

亡命者の名はミリア……エアリーのエリート黒太刀部隊、その中でもトップ4の黒の四人衆の1人だ。

「知っていたか、なら話は早い。知っての通り彼女、ミリア・バーンは黒の四人衆……亡命者としては相当にビッグな人物だ」

そういえば彼女のフルネームを初めて聞いた。南ミーラ山の時は帽子を被っていたので気がつかなかったが長い髪は左右2箇所で小さく結んでいた。確かこの髪型はツインテールの亜種で名前は……忘れた、というより覚えていない。

「確かに黒の四人衆をフォイップ内で野放しにしておく訳には行きませんね……」

「失礼ね、手土産は持ってきたでしょ?正確には土産話?それとも手土産話?まぁどちらでもいいわ」

彼女のようなビッグで重要な亡命者は当然の如くフォイップでは信頼が皆無である。その為このような亡命者は“手土産”と称してエアリー側の兵木や情報を持ってくるのだ。

「ニルスさん、彼女の手土産とは?」

「それはだな……」

「ちょっと待って司令官さん、その話題は私の手土産だから私から彼にさせてくれるかしら?」

牢に入れられているというのにまるで緊張感を感じさせないミリア。ニルスの口を完全にチャックを閉じさせ自らの手土産の包を開けるのであった。

「手土産は2つ、まずエアリーで何かしらの計画が建てられている」

「何かしらってなんだよ……」

「私もよくわからないの、ただ最近はお使い任務が多くて……」

いくら黒の四人衆とはいえミリアはただの兵士だった。任務を遂行するものその目的までは知らない……シードもよくあることだった。

「南の方でサカサゴボ探しをさせられるし北の方で新種の植物を探させられるし……そういえばサカサゴボを探したときはあなたに会ったわね」

どうやら南ミーラでミリアとアントニオが居たのは国境警備ではなくサカサゴボを探すためだったらしい、国境警備にしては厳重すぎると思ったがそもそも目的が違うのであった。

「サカサゴボ?なんだソレは?」

「知らないわよ、変な見た目の植物で研究に使うとか言っていたけど……」

シードもミリアも聞いたことがなかった。植物ならヒロキが知っているかもしれない、後で聞いておこう。

「この間は国民の健康診断とかいって全国民の採血検査をしたわ……健康診断が目的ではない事までは知っているけど真の目的までは知らない、あちこち探検したり植物を配合させたり……一見全く別の目的のように見えても何か大掛かりな事をしているみたいだね」

ミリアの情報は非常に断片的なものであった。ここだけでは何が動こうとしているのかさえ掴むことは難しい。パズルのピースは当てはまるどころか揃ってさえも、そもそもピースがどこにあるのさえ分からなかった。

「もう少し情報はないのか?これだけでは判断しかねる」

ニスルでさえため息を吐くばかりだったのだ。亡命の手土産にしてはあまりにも不足気味であることくらいシードにも理解できる。

「それしか知らないの、次の情報!」

そしてミリアはニルスの問いかけをバッサリと切り捨て次の話題に入るのであった。

「明日、タツマの部隊がここを襲撃に来るわよ」

「今度は作戦の情報か……」

タツマとは聞いたことがない、土地の名前なのか基地の名前なのかそれとも部隊の名前なのか……いずれにせよエアリーがロゼーに攻めてくるということである。

「ニルスさん、この情報は信じられるのですか?」

「まぁ1つ目の情報に関しては正しいか否にかかわらず保留にするしかないだろう、新兵木だとしてもすぐに動き出すことはないだろう、本音を言えば“何か”が知りたいところだが……」

「あら、何もわからないまま何かされるより“何かあるかも知れない”と思って何かされる方がいいでしょ?」

1つ目の“何か大掛かりなプロジェクトがあるかもしれない”と言うのはその何かが分かるまで動くに動けない状況だった。最もミリアが知らないのであればその辺の兵士に尋問したところで知らないままに終わってしまうだろう、この“何か”がわかるのはだいぶ先になりそうだ。

「だが問題は2つ目、ロゼーに軍勢が来るのは明日だ……これは早急に対策を練る必要がある」

「信じるのですか!?」

「用心することに越したことはない、それに今のフォイップは非常に混乱している……私がエアリーの指揮官ならこのチャンスは逃したくないだろう」

ニルスの言うことも正しかった、ボルーキでクーデターが起こったという情報は既に国境を超えてエアリーにも知られている……だから亡命者が訪れ、そしてエアリーに亡命するものが増えているのだ。フォイップで今、最も混乱しているのは間違いなくクーデターが起こったボルーキだが国境地帯も亡命者の対応で混乱している。ロゼーが正しくそれを映し出していた。

「状況はご覧のとおりだ。シード、早速だが明日訪れるであろうロゼー防衛戦に参加してもらいたい……これだけのことを言うために散歩に付き合ってもらってすまない、話というか用事は以上だ」

「…………」

シードは黙る、ニルスは非常に軽くロゼー防衛戦に参加を要請してきた。ニルスはかつての上官であり師であるが今の上官ではない。つまり本来ならこれを断ることができる。

「いえ、俺も……ロゼーの現状がよくわかりました。防衛戦には参加しましょう、我が故郷の為に」

断れなかった。ロゼーはシードにとって第二の故郷、見過ごすわけには行かない。それも理由だがシードには自分の所属であるボルーキに戻るわけにも行かない、道はこれしかなかった。

シードは立ち去ろうと歩き出す1歩2歩……3歩目に差し掛かったとき、ニルスは付け足しの言葉をシードに貼り付けた。

「そうだ、君にも伝えておくべきだった。君が連れてきたヒロキだが航海士及び兵木開発者としてフォイップ軍に入隊となった」

「ヒロキが?」

「今はこの建物の兵木開発室にいるだろう、顔を見せてやってくれ」

顔を見せてやれと言われなくてもシードはヒロキの元に行くつもりだった。




 シードはこのロゼー駐屯地に長いあいだ勤めていたがロゼーに兵木開発室があることは初めて聞いた。シードは兵士であるため開発室のようなバックアップ部隊訪れることは少い、それが故にシードは知らない訳だと思っていたのだがそもそもこのロゼー駐屯地には兵木開発部が存在していなかった。5年前までは存在していたのだが兵木開発を首都に集約するとの事でロゼーの兵木開発部は廃止、部屋だけ残ったと言うことだ。

「5年前、俺がロゼーに着任した頃か、兵木開発部を知らないのも無理はないが……」

兵木開発部、それは駐屯地の2階の奥……シードはこの場所に訪れることは非常に稀であった為に慣れた駐屯地内でも少し迷ってしまった。

「ヒロキ、居るのか?」

初めて立つそのドアの前、やや埃っぽいドアを叩くとしばらくしてドアが開いた。中から出てきたのは白衣に三角巾を身につけたヒロキの姿だった。そういえばヒロキの白衣姿は久しぶりに見る。

「おぉシードじゃないか」

だいぶ楽天的に振舞うヒロキはどこか高いテンションを放っていた。

「“おぉ”じゃない、軍に入ったんだって?」

「裏方さんだけどね~、見てみてよシード、この部屋を!ここにある機材だが5年前の型落ち品ばかり、だけど当時の最新最高級品を使っているから今でも見劣りしない、どれから紹介しようか……」

またヒロキの暴走が始まってしまった。彼は自分の専門分野の話になると止まらなくなる。

「しかし5年間も放置されていたから状態が悪い、綺麗に磨いてあげる必要があるな……だけどその前にこの部屋自体が埃っぽいからそこから掃除を始めているのだが……」

「わかったわかった、よくわかったよ」

シードは強引にでも話を切り上げる、これもいつものパターンだ。

「シード掃除を手伝ってくれるとありがたいのだが……戦闘があるんだって?ニルスさんから聞いたよ」

「あぁ、明日にはここが戦場になるだろう……」

ヒロキがニルスから戦闘の話を聞いているとは思っていなかった。ヒロキはつい先日まで一般の学生だった人間である。そんな彼にニルスは軍の情報を教えた……ニルスはヒロキに対してどれほど期待しているのかがこれで分かる。ヒロキは植物に詳しく測量もできる……今のロゼーにおける人手不足の状態では正に喉から手が出るほど欲しい人材だ。

「黒の四人衆が亡命したと聞いたが……」

「あぁ、あの時の女のほうだ。あいつが情報を持ち込んできた」

「シード……気をつけて」

ヒロキはそれを言うと部屋の掃除に戻っていった。開けっ放しのドアの前でシードは掃除をするヒロキを見る、ヒロキはわざと忙しそうにしているように見えた。

「ヒロキ、これだけ聞かせてくれ……何で軍に入ったんだ?」

ヒロキは時計のネジが切れたかのようにピタリと行動をやめた。

「……自分にできる事をしようとしているだけさ」

彼は振り向かずにそう言った。シードは「そうか」とドアを閉めて去っていくのであった。

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