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第9話 国境の町ロゼー

 オレンジの炎はもう見えない、焦げ臭い匂いも漂わない……あの巨大な毬藻はこの距離だと見えるか見えないかの小さな毬藻に見えた。

「見えてきたぞ、ロゼーだ!」

月明かりが照らす窓から外を覗くとヤカタノキをくり抜いた建物が見えてくる。シードやクラリュにとっては1年ぶりである。

「あれ?何か離発着場から狼煙が出てるけど……」

ロゼーが見えてきてようやく慣れない航海士の任務を終えたヒロキが背伸びをしながらつぶやく、煙の色は桃色だった。

「シード、あの色は何なんだ?」

「拒否られているな……」

ヒロキはシードに尋ねるつもりでいたのだがシードの回答はヒロキのためというより自分のための独り言のように答えるのであった。桃色が示す意味は拒否や禁止、この離発着場では停泊拒否だ。アクエリアスはまだ未完成の船なのだから周りから見れば得体の知れない不明船、しかもこの混乱の状況だ。拒否されるのは当たり前だ。

「仕方ない、俺が大鳥で出て話をつけてくる」

頭を掻き、いかにも面倒くさそうにシードは操舵室を出て行った。残された人達はただそれを見送るだけだった。

「クラリュ、シードで大丈夫なのか?」

「問題ないだろう、シードは兵士の間じゃ有名人だし顔パスだ」

改めてヒロキはシードが兵士として優秀で有名であることを思い知らされた。シードのような人だったら多少の無理は通じる、ヒロキはそんなシードに少しの憧れを持つのだった。

「それにしてもヒロキ、結構無理や無茶をさせてしまったな」

シードが停泊許可を得るまで少しの時間がかかる、それまで暇だったのかクラリュは適当に雑談をして時間を潰す事にした。

「はは、流石に疲れたね」

「だけどお陰様でこうしてロゼーにたどり着くことができた、礼を言うよ」

「ありがたく受け取るよ」

窓の外を見てみると煙の色が桃色から橙色に変わっていた。どうやらシードが話をつけてくれたらしい。

「橙色……許可が出たみたいだな」

クラリュは舵を動かし木の上の離発着場に降り立った。




 アクエリアスは無事に着地しクラリュを始めとした乗組員は船を降りる。降りた所は木の上であったが揺れのない足元にどこか安心する一行であった。

「妙に長く感じた……」

クラリュは眠い目を擦るのであった。ボルーキを出発したのは夕暮れの頃、夜通し飛び続け着いたのは深夜だった。

「忙しいところご苦労だった」

出迎えたのは40程の男だった。ヒロキはこの男を知らないがクラリュは……そして今、男の隣にいるシードは彼を知っていた。

「ニルスさん、お久しぶりです」

とても親しそうにクラリュは挨拶をした。

「事情はシード、及び先に首都を脱出した人たちから聞いている。話を伺いたいところだがもう深夜だ。兵舎だが宿を用意した。君たちも疲れているだろうしゆっくり休むといい」

クラリュもシードも、そしてニルスに初めて合う人たちもその言葉には甘えるのであった。

生のカロリンゴを頂きそれを飢える寸前の子供のように必死で食べた。シャワーは薪で沸かしたものをホーオン製の容器に入れたものだったが流石ホーオンの木、保温性は抜群でとても暖かかった。




 翌日……翌日と言ってもアクエリアスの乗組員は昼まで寝こけていたのだった。それから皆は朝昼兼用の食事を取り会議室に集合した。

「シードとクラリュは会ったことがあるがそれ以外は初めましてだな、私はニルス・クロウゼ……ここロゼーの軍司令をしているものだ」

話し合いの場はニルスの自己紹介で始まった。ニルスに続いてヒロキ、イル、リャーシャの順に自己紹介を行う、皆の声はとても疲れているようだった。これは昨日が忙しすぎたのか?それとも昼夜逆転に疲れたのか?それは自分たちにもわからない。

「前情報によるとクレインがクーデターを仕掛けたと聞くが……」

「はい、私は未だに信じられません」

ニルスは事前情報によりある程度知っていたのだが改めてボルーキでの出来事に対して痛感させられるのであった。

「実を言うと今朝方、クレインの名前で頼りが来た。内容はクレイン側に付かなければここロゼーに武力行使をすると……そんな内容だった」

「そんなのただの暴力ではないですか……」

ニルスはクレインのような“冷静かつ行動的”な人間ではなく“現実を捉えて現実的”な人間である。そんなニルスは情報が早かった。

「無論、こんな脅迫に応じる必要はない……私は国王側に付く、これは私だけではなくロゼーとしての決定だ」

ニルスがガデム国王につく、これはシードとクラリュの予想通りであった。彼の忠誠心はフォイップでも有名でありそれが故に国境警備という重要であり且つ主戦場ではなく比較的安全なロゼーを任されている。

「ではクレイン側と戦闘になると?」

クレイン側との戦闘、シードにとってはかつての仲間たちと戦うことになる。特にハリー、彼と戦うことになろうとは……

「そうなるが……ひとつ問題がある」

シードは一瞬頭を捻る、ヒロキもそうだった。しかし全員が全員そうではなくクラリュを始めとしたボルーキの整備員は察しがついていた。

「“船が無い“ですよね?」

回答を出したのはクラリュだった、その回答が正解であることはニルスの頷きにて分かる。クラリュはニルスの頷きを確認して補足の説明を始める。

「クーデターの起こる前の日、クレインは“来るべき大戦闘のために全戦艦を一斉点検する”と言ってフォイップ各地から戦艦を呼び寄せている……船を動かす人も一緒にね。あの時は忙しくなるが必要なことだと思ったが今思えば各地から戦力を奪いクレインに対して反抗させないようにする為の策略だったというわけだ」

戦場において戦艦はとても重要な存在だ。大鳥では一度に飛べないような距離も飛べるし火力も兵士以上だ。そんな戦艦を奪われてしまっては戦闘なんてできやしない、ましてや向こうが一方的に握っていればそれはもはや恐怖だ。

「俺もクレインにとっては邪魔な存在だったらしいです。同じくクーデター前日、ここにいるヒロキの護衛任務としてボルーキを立っています」

「君は王族と親戚だし私の教え子だ。クーデターが起きたら君が王族に回るのは予想の範疇だろう……それに君の腕はフォイップでも指折り、クレインが警戒するのも当然だ」

クレインは周りから戦力を奪い、そして邪魔な人間をボルーキから追い出した状態でクーデターを決行した。クレインは決して衝動的な行動をせずに綿密な計画を立てて実行したということになる。

「しかし幸運な事が一つある、フォイップの最新式戦艦アクエリアスだ。これがある事は非常に大きい……クラリュ、アクエリアスは未完成と聞くがここで完成させることは可能か?」

「あとは武装と内装のみです。内装に関してはここの設備や材料だけでも完成するでしょう。武装は……本来搭載予定の武装で無くてもいいのであれば数日で完成できるでしょう」

「それで構わない、早急にアクエリアスを完成させてくれ」

フォイップでは戦艦の造船は基本ボルーキで行われるのだが補給修理のために各街でも多少の設備や材料がある。アクエリアスには最新鋭の武装を詰め込む予定であったのだがここは手持ちの兵装に切り替える事となった。今の状況では仕方ないしそれに兵装抜きで考えてもアクエリアスには優れた航行性能がある。他の船を出し抜くにはこれだけでも十分だろう。

「ではクラリュ、イル、リャーシャはアクエリアスの作業に当たってくれ、こちらからも僅かだが人手をだそう」

「ありがとうございます、では早速」

ボルーキの整備員3人は会議室を退出した。早速アクエリアスに取り掛かるらしい。

「シードは20分後にこの建物の正面入口に来てくれ、場所は覚えているな?」

「はい、それでは失礼します」

続いてシードも会議室を去る、残されたのはクレインと兵士でも整備員でもない学生のヒロキであった。

「ヒロキ、君は学生だそうだね?」

「はい」

初対面の人間相手には当たり前すぎる話題、しかし当たり前な話はここまでであった。

「君はシードに護衛されていたらしいが一体何を研究していたのかな?単なる護衛任務にしてはSPが豪華すぎるような気がするが……」

ニルスの目つきはまるでヒロキの心の蓋を開ける勢いであった。

「それはシードをボルーキから追い出すための口実だったのでしょう?」

「ただの護衛任務ならシードでなくてもいい、それくらいシードもわかるだろう。だがシードは不審がることなく君の護衛任務を受けた……そこが引っかかるのだ。ヒロキ、君の研究とは……」

ヒロキはここで黙り込んだ。“女神の花”の存在はそう簡単に知られてはいけない、それはヒロキにもよくわかる。シードの元上司、そして話からして師匠だろうか?ニルスの事は信用できないわけではないが初対面なので信用するにも至らない……

「今の私には自分がやっている研究を他人に話していいものなのか判断できません……だからその質問には答えられません」

この回答により長い沈黙が訪れるのではないかとヒロキは感じた。しかしその予想とは裏腹にニルスはすぐに口を開いた。

「そうか、なら構わない」

ニルスは自分の質問などどうでもよかったと言わんばかりに別の話題を始めたのだ。

「次の質問……正直これは質問というより勧誘だが君は測量が出来るらしいね。それでアクエリアスをここまで導いた」

「はい……」

質問の内容は先程とは全く別のものだった。てっきり同じ質問を遠まわしにするだけと思っていたヒロキは拍子抜けしたのだがそれは1拍子に終わった。“勧誘”という言葉が引っかかったのだ。

「ヒロキ、君はボルーキ大学植物学科、植物のエキスパートだ。植物に詳しい即ち兵木に詳しいと言って差し支えないだろう」

「確かに植物に関しては我ながら詳しいと思いますが兵木となると……」

「そして君は不慣れだが測量もできる、正直言って君のような人材は欲しい」

ヒロキの言葉を鼓膜に振動させることなくニルスは“勧誘”を始める。とてもストレートな勧誘だった。

「現在ロゼーではアクエリアス以外に船は無い……それだけでなく船を動かす人間もボルーキに行ってしまって不在なのだよ、船を動かす者はクラリュ達が居るが航海士は不足している。王制を取り戻すためにも君の力が必要だ。」

「……どうしてそこまで王室や王政に拘るのでしょうか?」

ヒロキのこの発言には2つの目的があった。1つは単に話題を変えたかった。もう1つはニルスのガデム国王に対する忠誠心だ。彼の忠誠心はシードやクラリュから聞いていたし本人からもそれを思わせる言葉がある。なぜそこまで忠を尽くすのかヒロキは気になった。

「君は20年前のロデッサ戦争は知っているかね?」

「ええ、歴史の講義で学びました」

「そうか“知らない”のか……」

ヒロキは18歳、20年前のロデッサ戦争は実際には知らない。終戦日に合わせて行われた式典にはヒロキもボルーキ大学学生代表として顔を出した。

「私はロデッサ出身だった、20年前はフォイップのため……いや、それ以上に故郷のために必死に戦ったさ」

「その戦争は確か……」

この20年前の戦争の結果は敗退、だがこの戦争は何も結果だけで済む問題ではない。ジライソウ、人類を地上から追い出したあの忌々しき兵木が初めて使われた戦争だった。

「ジライソウをどちらが先に使ったのかは知らない、だがそんなことはどうでもいいのだよ……結局“両国が使った”のだからね」

無論ジライソウは先にロデッサで使われた。故郷がジライソウに覆われていく……その中ニルスはどのような気持ちで戦ったのか?ヒロキには想像できない。

「ジライソウの影響は何も肉体的ダメージだけではない、兵士の精神にもダメージを与えた。ジライソウによって蝕まれていく故郷、傷を受けていないにもかかわらず立つことができなくなる兵士達……もはや戦わずしても勝敗は決していた。その時だった、即位して間もないガデム国王が激励に来たのは」

戦場において重要なのは力や頭脳ではない、精神だ。心無きもの亡き者に等しい。満身創痍の兵士たちにガデム国王はこう語ったのだった。

「皆よ、もういい……もういいのだ。君たちは己の心と戦った、それでいいのだ。私たちは故郷を失うことになるがそれだけだ……己の命まで失うことはない」

ニルスはこの時感じたのだった、故郷を失っても国は失わないと……

「シードの父親、スロクも20年前に共に戦い、そしてガデム国王に賛同した。彼には随分と世話になった。シードも昔は父親に槍を教わっていたが怪我で退役したてな、まだ幼かったシードを育てる人が必要だった」

「恩返しにシードを育てたと?」

「どうだろう、自分でもよくわからない。ガデム国王からも彼の教育を頼まれた……彼は騎士の家系だが教わるべき人間がいないとね」

結局ニルスは罪滅ぼしにシードを育てたのかどうかについては答えなかった。ただニルスは遠い目をしているだけ……

「ニルスさん、私は軍人ではありません……だけど私は今、自分でも恐ろしくなるような研究を行っています……」

「だから私に教えなかったのか、だがそれほどの研究になると……」

「少なくとも私の研究はクレインに知られています。私をダシに使ってシードをボルーキから追い出した……つまり私の研究はクレインにとってはどうでもいいものだったのかも知れない、だけど私は気がかりなのです“この研究は誰に伝え、誰に伝えぬべきなのか”を……」

ニルスは黙っていた。顔はこちらを向けているが瞳孔までこちらを向いているかは分からない、だけど耳の穴はこちらを向いていることは確かなようだった。

「私はこの研究は自分で守ろうと思います。守るためなら手段は問いません」

そして軽く深呼吸をしてヒロキは遂に口を開いた。

「その手段がもしアクエリアスの航海士になることが解決方法なら……私はそれをやりましょう」

航海士になる事が研究を守る事になる……正直言って繋がらない、だけどヒロキはじっとしていられなかった。ボルーキでクーデターが起こり、シードが戦いクラリュは船を動かした。ヒロキは一度は航海士を引き受けたものヒロキは軍の人間ではない……本来ならもうボルーキからの難民として保護されてもいい身だ。

「燃えるボルーキをこの目で見て、アクエリアスを見て、人を見て……それで終わりにはできません。私には不足している航海士になれる力がある、それを持っていて何もしないのは卑怯じゃないですか……」

「……ありがとう」

ニルスはただ一言、その5文字だけの言葉を空中に浮かべた。ヒロキはその5文字で十分だった。

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