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第8話 王都脱出

 フォイップ王国の最新式戦艦アクエリアス、まだ完成前のその船の中には1人の兵士、1人の学生と3人の整備員がいた。

「ヒロキ、いいのか?このままアクエリアスに乗っていて……この船は今からボルーキを出てしまうのだぞ」

その1人の兵士シード・クリスティは1人の学生ヒロキ・ヒイラギに訪ねた。ヒロキは元々ボルーキの学生である。成り行きとは言えボルーキを離れていいものなのか気になったのだ。

「僕は構わないと思っている。女神の花のデータを持ち帰る予定ではあったけど依頼者が王族に反旗を翻してしまってはね……正直、今の状態でクレインさんに会えないだろうし会えても女神の花の情報は渡せない……」

それはクレインが女神の花を悪用する可能性が高いということを遠まわしに言っていたのだった。状況とは言え自分の上官を否定されるのはいい気分ではない、それにシードはいまだにクレインとハリーがクーデターを起こしたのが信じられなかった。


 アクエリアス操舵室、人数こそ5人だったがここは炎の中、非常に慌ただしい雰囲気を出していた。

「しかしクラリュ、ボルーキを脱出するにして何処に向かうんだ?クーデターはボルーキで起こっているがボルーキは王都だ、他の街も混乱しているだろうし俺たちを受け入れてくれるところなんて……」

今ボルーキでは大きく分けて国王派とクレイン派の2つの勢力があると考えられる。恐らく近場の街では既にクーデターの情報は行っているだろうしフォイップ各街も動揺しているだろう。その中でボルーキの、それも未完成で得体の知れない船を停泊してくれるところはあるのだろうか?

「シード、あるじゃないか……かつて君が勤め、そして僕も勤めたことのある街が」

シードにとってクラリュのヒントは答えに等しかった。

「ロゼーか!ニルス指令の所だな」

「その通りだシード」

ロゼー、フォイップ中部の国境地帯にある街である。シードはかつてこの場所で国境警備に勤めていたことがあった。古い付き合いであるクラリュと出会ったのもここである。

「知っての通り、ニルスさんは国王を崇拝している事で有名だ。シードや僕とも知らない中ではない、きっと受け入れてくれるさ」

フォイップの兵士として、そして親戚としてシードは当然国王派である。そしてニルスも確実に国王側に付くだろう

「行き先は決まっているのだが不安点があってな……実は今、アクエリアスに航海士が居ない」

「おいおいマジかよ」

ポツリとつぶやくクラリュに思わずシードは反応をしてしまった。これはだいぶ大事だ。航海士がいなければ何処に行ったらいいかはもちろん自分が今どこにいるかさえ分からなくなってしまう。この混乱の中、正確にロゼーに向かえるかは難しいだろう。

「コスパスやジーピス、器具はあるのだが僕もイルもリャーシャも機械には詳しいが測量の技術は無くてな……」

「シード、クラリュ、その話だが僕にやらせてもらえないか?」

手を挙げたのは植物学者、ヒロキだった。

「そうか……ヒロキ、君は測量ができたな」

「本当か!?」

クラリュの目の色が明るくなる、鴨が葱を背負ってきたというものだろうか?ヒロキは以前の南ミーラ山頂調査で測量を行っていた。

「専門ではないけどね」

「現在地と方位さえわかればいい!これで船を出すためのメンバーが揃った!」

クラリュは力強く拳を天井に向けた。


航海士が揃い、発進の準備が整った。気分は上々であるクラリュはデッキの中央で皆の前で叫ぶ。

「アクエリアス、発進の準備が整った!舵は俺が取る!」

舵を取るのはクラリュ、シードは彼の操縦する船に乗ったことがある。安心も信頼もできた。

「リャーシャ、周囲の警戒を頼む!シードは敵襲時に対応してくれ!」

「一人で?勘弁してくれよ」

シードは力の右腕と言われているが結局のところ1人の人間である。一度に複数責められてはさすがにアクエリアスの安全は保証できない。クラリュはどうもそのあたりが理解していないようだった。

「位置測量はヒロキ、初めてだろうが頼む。イルはヒロキのサポートを頼む」

「俺は測量できないぞ」

「測量自体はヒロキがやってくれる。イルはその情報を元に進路を決めてくれ、地図があれば出来るだろ?」

「へいへい」

シードと同じようにクラリュにやられている人間がここにも一人いた。

「アクエリアス、発進!」

クラリュはエンジンのレバーを引き船全体に振動が加わり始める。様々な戦艦に乗ったことのあるシードであったがここまで人の少ない戦艦は初めてだ。

「まずはこの炎の離発着場を抜けることだ、リャーシャ!」

「4時の方角、炎が少ないよ!」

「そっからなら行けるな!了解!」

クラリュが舵を入れることでまた違う振動がアクエリアスに加わる。アクエリアスの船は木製だが戦艦なので耐火性は万全だ。しかしこの炎の強さとなると話は別である。

「抜けろおぉ!」

窓から見る景色はまだ炎のオレンジ、オレンジ、オレンジ……オレンジの数を何回か唱えたところで遂にオレンジが夜空の紫となる。

「炎を抜けた!ヒロキ、東はどっちだ!」

「えっと……右側!」

「2時の方角くらいかな?」

ヒロキは慣れていなかったので時計を方角に使っていなかった。結局イルが訂正する。元々植物学者であるヒロキに航海士をやらせるのは無理があるのは分かっていたが先行きが不安だ。

「シード!誰かこっちに向かってくる!」

シードを呼ぶリャーシャの声、誰か向かってくることは予想していたが発見されるのが早かった。アクエリアスが今、空を飛んでいることは異常である。アクエリアスの存在を知っている人だったら不審に思って近づいてくるだろう。

「わかったよ、今出る」

出来るかはわからない、だけど出るしか選択肢が無かった。今、アクエリアスにいる兵士はシードしかいないのだ。

「シード、脱出までの時間稼ぎさえできればいい!頼む!」

クラリュの声に対して右手を振ることで返しシードは愛鳥ボルのいるところまで駆ける。

「ボル悪いが頼むぞ」

大鳥にまたがりシードはハッチを開けるレバーを引く、いつもは誰かがやってくれるのだが今回は自分だ。




 アクエリアスに向かってくる兵士は1人、シードは心の底から安心した。相手が1人ならシードだけでも対応できる。シードは大鳥の高度を上げる、できるだけ高度を上げたら翼をたたみ落下しながら攻撃するのだ。こうする事で大槍での攻撃時に翼が邪魔になることは無い。

「向こうも出てくるな、それはそうか」

相手の大鳥も上昇をはじめる。狙いはこちらのようだ。大鳥での戦闘は急上昇からの急下降が基本、それを理解しているということは相手は兵士である。兵士であるなら戦艦アクエリアスの事も知っているだろう。未完成のアクエリアスが飛んでいたら不審がって飛んでくるだろう。

「だが一人くらい!」

限界まで上昇し今度は翼をたたんで急下降をはじめる……相手も下降を始め落ちる。落ちながら交錯する地点、そこが勝負どころだ。


交錯の時……


この時、シードは時間がゆったり流れるように感じる。だからシードは相手をしている兵士の顔がよくわかった。

「……は、ハリー」

間違いない、あの兵士は“頭脳の左腕”ハリー・アレン!

「ハリイィィィィ!」

シードとハリーが空中でにらみ合う、ハリーはただシードを睨んでいるだけだった。

「ハリー、答えてくれ!なぜこんなことを!?クーデターなんて!」

「……」

ハリーは黙る、ただ黙る。そして黙るだけ黙って気が済んだのか?言うべき話が纏まったのか?ただ単にシードがやかましかったからか?遂に口を開いた。

「シード、俺は父上に付きそう……」

「なぜ!?」

「シード、まだわからないのか!?このフォイップはガデム・サイエ……いやサイエ家による独裁によって成り立っている、500年もだ!その500年の間にどれだけ戦争が起きたかすぐには出てこないだろう!」

ハリーは強く、はっきりと言いたいことを言う……シードには言い返す暇さえ与えずただ自分、そして父親であるクレイン・アレンの主張騒がしい念仏のように唱えるのであった。

「20年前の戦争によって俺たちは母なる大地すら失った、それが今の暮らしだ!空は広い……けど俺たち人間は本来、地上に住むべきもの……空に居場所はちっぽけな樹上しかないじゃないか!この状況を作り出したのは誰だ!?20年前の戦争を指導したのは即位した頃のガデム・サイエなのだぞ!」

「では何故ウィル王子を殺した!?彼は無関係だろ!」

シードはようやく一言だけ言い返すことができた。しかしこのセリフではまるで「ガデムだけ殺せばいいだろ」と言っているようなもの、シードは言ったあとで後悔するのであった。

「王子が無関係?笑わせてくれる!王族というだけで同罪だ!ウィルは一人息子だから確実に次に即位するのは彼だ!だけどサイエ家が国を引っ張れるほどの力があるとは思えないね!」

「ガデム国王は……まだ無事なのか」

ウィル王子は死んだ、これは確定的なものとなった。だがサイエ家はまだ現国王のガデムが残っている。シードはせめてとガデムの安否を問うのであった。

「さあどうだか?」

ハリーの返事はあまりに素っ気なく、冷たいものであった。

「まぁ、交渉材料になりそうだから生きているかもな……」

そう言い残しハリーは回れ右をして立ち去ろうとする。

「シード、君は確実に王族側に付くと思っていたよ……君の家と王族は仲がいいからね。この計画には一番の障害だった」

「だから俺を南ミーラ山に行かせたのか……」

「まあ実際に命令を出したのは父上だがね」

視界が揺らぐ、シードにはもうハリーの姿を見ることが難しくなってしまった。あの“死の土地の調査依頼”の時から事は始まっていたのだ。全てはクーデターにおいて最大の障害となるシード・クリスティをボルーキから追い出すため……

「君がここまで早く帰ってくるとは思ってもいなかった。そうすれば友である君とこうして戦うことは無かったのに……」

「生憎、調査が中止になってしまってな……それにしてもまだ俺を友というのだな」

再び両者に沈黙が訪れる。この沈黙は先ほどの緊迫感ではなく虚しさで包まれていた。

「シード、今はアクエリアスでボルーキを去れ……シードの腕だから父上も“シードと出会ったが逃がした”と言えば納得するだろう」

「……言葉に甘えるとする」

正直な話、ハリーにクレインの所まで連れて行ってもらい親子2人にすべてを問いただしたい所だった。だがそれは叶うはずのない話、むしろハリーが見逃すと言ってくれればボルーキ脱出は現実の話となるのだ。アクエリアスにはクラリュやヒロキといった仲間がいる、選択の余地はなかった。

「シード、次に会うときは君が死ぬ時だ……」

「そのセリフ、そのまま返すよハリー」

今のシードにハリーは倒せない、今のハリーにシードは倒せない……これは技術的問題もあるが心的な問題もあった。だから2人は戦闘を先延ばしにすることにしたのだ。


ハリーは炎の中に帰る

シードはアクエリアスの中に帰る

ハリーはボルーキにとどまりシードはロゼーに向かう

2人は予期していたのか、それともしていなかったのか

同じ体の右腕と左腕がちぎれることに

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