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第7話 ボルーキのクーデター

ダンダン!ダンダン!

「開けてくれ!俺は軍人だ!」

「シード、さっきからそればっか……」

ボルーキ目の前にして空中で止まっている定期船“ハシヒメ”……その操舵室の扉を強く叩く音が聞こえてくる。声の主は“力の右腕”ことシード・クリスティだった。

「どうしたんですか?」

中から船員が出てくる。おそらく測量士だろうか?シードが軍人であることを全面的にアピールしたからこそ開けてもらえたようなものだ。

「どうしたじゃない!ボルーキが燃えている、何が起こった!」

「何が起こったかは私たちの方が知りたいですよ!だからここで立ち往生しているのです」

「あ~もう」

シードは頭をむしゃくしゃと掻く、あまりに掻き毟るので髪の毛が何本か抜けてしまった。

「シード、イライラしている場合じゃない!もっと落ち着いて!」

「あぁ、そうだなヒロキ……」

ヒロキが怒るところを初めて見た。船内だというのにあまりに大声で叫ぶのでさすがのシードも体全体が冷え上がった。

「あんたは測量士か?船の燃料がどれくらい持つかわかるか?」

シードは冷えた体で冷静に考え測量士に聞いた。

「いつも余分に積んでいますからまだ余裕があります」

「アオヤまで持ちそうだな」

「はい、アオヤに引き返せと?」

測量士は渋い顔で返してきた。目的地を目の前にして出発地に戻ることが面倒なのか、それとも客に説明するのが面倒なのか、それともその両方なのか、どちらにせよ面倒そうであるのは変わりないようであった。

「僕もシードの意見には賛成だ。ここから見ている限り今ボルーキに向かうのは危険だ。乗っている客だって炎の上がっているボルーキに降りたくもないだろう」

もはや決着は付いていた。船乗りの人だって仕事上、客の安全が最優先である。操舵室の奥では「仕方ないか……」などのような声がヒソヒソと聞こえてきていた。船長らしき人間がこちらに向けてアイコンタクトをとっているのが見える。

「……分かりました、アオヤに戻りましょう」

言い合いに負けたのが悔しいのか搾り出すような声だった。

「悪いが俺だけはボルーキに向かわせてもらっていいか?」

「シード!正気か!?」

「搭乗口を開けてくれ、そこから大鳥で出る」

シードの所属はフォイップ王国首都第一隊所属、つまりフォイップでも首都ボルーキ所属の軍人なのである。ボルーキの一大事かもしれないこの状況に居てもたってもいられないのだった。




 定期船“ハシヒメ”の搭乗口が開けられる。ただしここは離発着場ではなく空中だった。ハシヒメの中には強風が吹き荒れていた。マットが揺れ、カーテンが揺れ、そしてシードやヒロキの髪が揺れている。

「シード、僕もボルーキに連れて行ってくれないかな?」

「大丈夫なのか!危険かもしれないぞ!」

「僕は女神の花の情報をボルーキに持って帰らないといけない」

ヒロキの目は本気だった。これは止めても聞かないだろう。

「危ないを知っての事なんだな……」

「あれ?シードは“護衛”なんじゃなかったけ?」

コイツ、言ってくれる……

「あぁそうだな、俺はクレイン指令から君の護衛任務を預かっている。任務は忠実に生きている」

この任務、ヒロキを無事に帰らせ女神の花のデータをクレインに渡す、何としてでもだ。

「ヒロキ絶対に離れるなよ!」

「了解だシード!」

定期船“ハシヒメ”その搭乗口から2つの影が飛び立った。行く先はボルーキ……燃え盛るボルーキ……




 もう夕暮れだというのに街に近づくに連れ気温が上昇していく、視界には火の粉が輝き始めシードの頬を少しだけ火傷させた。ボルーキは巨大な毬藻をくり抜いて作られた都市だが上部は太陽光を差し込むために開けられている。シードとヒロキはその穴の中から街中に飛び込んだのだった。

「これは……なんて」

見えるのは燃え盛る炎、聞こえるは人々の怒声、鼻に付くのは焦げた匂い……

「だいぶひどいな……あちこちで火が出ている」

幸いなのはボルーキが他の街とは違ってツリーハウスではないことである。火災が起きたとしても被害は他の街より被害は少ない。

「シード、まさかエアリーの軍勢が?」

「ボルーキには簡単に侵入できない、ボルーキの壁の強度はヒロキの方が知っているだろう?」

「あぁ、ボルーキのあの壁は毬藻……それも化石化した毬藻だ、強度は相当ある」

「それによく見てみろ、エアリーの兵士などどこにも見えない」

シードは上空から状況をつかもうと街の様子を注意深く見ながら飛んでいた。エアリーの兵士が一人も見当たらない、それどころか騒動を起こしているのはフォイップ兵のようにも見える。

「住民らしき人間が暴動を起こしているようにも見えるが……兵士同士が争っているようにも見えるな」

「つまりこの騒動はボルーキの住民、もしくは兵士が起こした暴動だっていうこと?」

「とにかく情報がいる、ついてこい!」

この騒動の引き金を探す必要がある。シードはいつも自分がいる詰所に向かうことにした。争っているのは兵士もいる。軍の施設に向かうということは誰が敵で誰が味方なのかわからない状況に突っ込むことになるのだった。


 見慣れぬ日常の中で見慣れた詰所が目に映る。しかしその見慣れた詰所はほかの場所よりも火の手が強かった。

「シード駄目だ、火の手が強すぎる!」

「ヒロキ!済まないが炎の中を突っ込むぞ!」

「正気か!?」

「“知り合い”がいた」

詰所の脇に見える軍用艦の離発着場、炎に包まれたその中に整備士クラリュの姿が見えたのだ。クラリュはシードの古くからの知り合いだ。シードの乗った船を整備してくれる事もあるが船を操縦する事もある。

「あいつなら何か知っているかもしれない」

「え、ちょ……シードちょっと待ってよ!」

炎の中に突っ込むシードを見失わないように追いかけるヒロキ……鼻をくすぐる煙、視界は炎のオレンジ色ばかりでヒロキは今自分がどこを進んでいるのか?そもそも何処が北で何処が南なのか?挙句にはどちらが上なのか下なのかさえ曖昧になってきた。

「くぅぅう……やっと抜けたぁ、服が焦げちゃったよ」

無事に停泊上に辿り着けたのだがヒロキは自分の心配よりも服の心配をするのであった。

「服の心配をしているくらいなのだから大丈夫そうだな」

「もうこんなのはゴメンだよ」

この燃えるボルーキに突入する前、シードは護衛だからヒロキを守ると言ったのに今のシードは護衛どころか護衛対象を放ったからしにする男に成り下がっていた。

「シード!無事だったか!」

シードの姿を見つけたのかクラリュが駆け寄ってくる。クラリュは作業着姿だったがこの炎の中で焦げていた。

「クラリュ、何が起こったんだ!俺は任務でボルーキを離れていて戻ってみたらこのザマだ!」

「じゃあシード、何も知らないって言うんだな?」

「あぁ、何も知らねえ」

クラリュはここで顔を地面に向いたのだった。クラリュは何かを知っている……だけどその現実を認めたくないような……

「教えてくれクラリュ、何が起こったんだ!」

肩を揺さぶるシード、首を支点に揺れるクラリュの体……三半規管が狂い始めて気持ち悪くなったクラリュは観念したようにつぶやくのだった。

「クレインさんが……クレインさんがクーデターを起こした」

やっとの思いで絞り出した声だった。

「なっ!クレイン指令だと!?」

シードもヒロキも正気を保てなくなった。クレインはシードにヒロキの護衛を頼んだ張本人、そのクレインがシードの留守中にクーデターを引き起こした。それが現実だった。

「ハリーはどうした!あいつはクレイン指令の息子だろ!止めにいかないのかよ!」

「シード落ち着いて!」

ヒロキはシードに対してまた怒った。我を忘れているシードを止めるのは本日二度目だ。

「ハリーも父親の意見に賛同したらしい、親子揃って首謀者というわけだ。その2人だけではない、一部の兵士や更には民間人にも有志者を密かに募って事を起こしたんだ」

信じられない、信じたくない情報がクラリュの口からドボドボとひっくり返した桶のように流れてくる。クラリュは「知らなかったんだ……」と付け加えた。シードもあのクレイン指令とハリーがこんな事を考えていたなんて脳みそを絞り出したって出てきたことなんてなかった。

「クーデターを起こした連中は王室に不満を持っていたらしく城を完全占拠している。正しい情報かわからないがウィル王子が殺されたとか……」

「ウィル王子が!?」

「すまないシード、君にとっては辛い情報だったな」

ガデム国王の息子、ウィルはシードにとって幼少の頃からの仲だ。ウィルとはここ数カ月会う機会がなかった、シードは最後に彼と会ったのは何時だったのか、最後に彼とあった時にどのような会話をしたのか……必死でそれを思い出そうと頭を揺らすのであった。

「クレインさんやハリー自身が王室に不満を持ったのか、あるいは持っていたのか知らないけどとにかく僅かな情報によるとそうらしい」

王室は今から約500年前、このボルーキ建造した指導者の子孫である。王室の歴史はボルーキの歴史なのだ。しかし長引く世襲制やいがみ合ったままのエアリー共和国の事もあり王室に不満を持つ人間も少なからずいた。最もクレインやハリーがその人だとは知らなかったが……

「シード、僕は今からこのボルーキを脱出しようと思う……それが先決だ」

「脱出?手段が?」

ボルーキから他の街に行くには大鳥の体力だけに頼るには不満がある。人や大鳥の体力に加え不測の事態を考えると船が欲しくなっていくのだ。

「ここにある船のほとんどはクレイン派が抱え込んでしまった。だけどそれを逃れた船が一つだけある、ついて来てくれ」

クラリュは炎に包まれる離発着場の中、シードとヒロキを手招きするのであった。


 ボルーキはフォイップ王国の王都ということもあって軍用艦は沢山ある。そしてシードはその軍用艦の殆どに乗ったことがある。しかし今、シードの目の前にある船は乗ったことがない船だった。

「この船は確か……」

「現在、建造中の最新式戦艦“アクエリアス”だ。まだ完成する前だからクレインに取られなかった」

数多くの船を乗ってきたシードもまだ完成前の船には乗ったことがなかった、当然のことである。シードもこの船が造られている事は知っていたが中身を見たことはなかった。

「ちょっと待ってくれ2人とも」

最新式の戦艦を前にして待ったをかけたのはヒロキだった。

「クラリュ、君は確か“建造中”と言ったよね?飛べるのかい?」

ごもっともな意見だった。見た目は完成しているようにも見える船であるが建造中であることには変わりない、シードもこの船が完成するまでもう少しかかると聞いていた。

「建造中といってももう殆ど完成している、出来上がっていないのは兵装だとか細かい設備だとか……一般の船で言ったら飾り程度のものだ」

「兵装がない?今ボルーキは戦場同然だぞ……」

シードがクラリュにクレームを付けるが彼はあっさりとした一言でこれを黙らせた。

「そこは問題無いさシード、君がいるからね」

この言葉にシードはため息を付くだけだった。どうやらシードが未完成のアクエリアスに乗ることは決まっているらしく拒否権も無いらしい。

「とにかく今の状態のボルーキでは何もできない、ここは一旦ほかの街に行ってそこの人に状況を知らせることが先決だ。俺は戦えないしどちらにせよ力だけで解決できる問題じゃない」

クラリュの言葉には説得力があった。シードは一騎当千の優れた兵士であるがこの状態では誰が味方で誰が敵か分からない……戦うことが事態を余計にややこしくしてしまう事は目に見えていたのだ。

「俺はクーデターが始まった時、このアクエリアスの中にイルとリャーシャと一緒に隠れていた。案の定クレイン派は建造中であるこの船に見向きもしなかったよ。ここが静まったらアクエリアスを動かすために必死で作業したさ」

クラリュを先頭にアクエリアス船内に入るシード達で、その中には既に2人の作業員がいた。シードやクラリュにとっては見慣れた2人だ。

「イル、エンジンの調子はどうだ?」

「おぉクラリュ、エンジンは問題ないぞ、タビリンの調整は済んだ」

アクエリアスのエンジンにはこの為に品種改良したタビリンをエンジンに積んでいる。船を作るのにわざわざ植物の品種改良から始まっているアクエリアスは非常に多くの時間や人材、お金を使っている。

「リャーシャ、燃料は?」

「大丈夫だよ、オレクスは満タンさ」

アクエリアスの燃料は例によってオレクスの樹液、枯渇しつつあるオレクスだが新型のエンジンのおかげで超省エネになっている。航行性能の割には超低燃費なのだ。

「じゃあ飛べるみたいだな」

「おうともさ!」

イルとリャーシャはクラリュの仲間である。シードもこの離発着場で何度もあっているので顔なじみだ。

「早速出航だ!アクエリアスのデビューがこんな形になってしまったが頑張っていくぞ!」

クラリュの掛け声にイルとリャーシャは気合を入れるのであった。基本的に船には乗らず整備に徹している3人だが船に詳しい彼らだ、きっとやってくれる。シードも背負っている大槍を撫でて彼なりの気合を入れるのであった。

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