第5話 樹海の逃走戦
「あなたたち!ここで何をしているの!」
「おや、片方は軍人では無いようだな?」
南ミーラ山頂にて遭遇した2人のエアリー兵士、男の方は明らかに大柄であり女の方はシードと同じくらいの年、飛行用の帽子を被っていてよく見えないが髪は黒のロングヘアだった。
「黒い大鳥、黒い装束、そして太刀……お前ら、黒太刀部隊の者か」
「いかにも、俺はエアリー黒太刀部隊アントニオ」
「同じくミリア……」
アントニオという名はどこかで聞いたことがある。フルネームはテオ・アントニオ、20年前のロデッサを巡った戦争にてエアリーの兵士として活躍したと……ミリアという名は聞いたことないがアントニオの横にいるような人間だ、おそらく黒の四人衆のメンバーだろう。
「黒太刀部隊、しかも黒の四人衆とお会いできるとは光栄だ」
「シード、黒太刀部隊って?」
「太刀を使ったエアリーのエリート部隊だ、しかもこいつら……そのエリート中のトップ4、通称黒の四人衆だ」
太刀は槍とは違い突く以外にも切る、凌ぐといった槍以上に柔軟性に富んだ戦闘が可能である。しかし太刀は本来両手武器である。鳥上で刀を扱うのは槍以上に難しく相当な技術が必要になる。これが黒太刀部隊がエリートと呼ばれる由縁だ。
「シード!荷物は詰め終わった!」
「ヒロキ!先にアオヤに逃げてろ!」
ヒロキのリュックサックは来た時よりも膨らんでいた。ちなみに荷物は増えていない、無理やり詰め込んだので効率よく入れられていないのだ。
「行かせるか!」
アントニオがヒロキを追い全速力で飛び去る。逃げればそれを追う、当然のことであるがボディガードを勤めているシードがそれを許すはずがない。シードも後を追おうと飛び立った。
「させない!」
無論そんなことを簡単にさせるような黒の四人衆ではない。ミリアと名乗ったその少女が太刀を両手に構えたまま突進してくる。シードはそれを急上昇することで交わした。
「ちぃ!」
「あなたの相手はこの私!」
年はシードと同じくらいだろうかシードは幼少の頃より英才教育を受けていたわけだがこのミリアと言う女、只者ではない。先ほどの突撃、初速からしてとんでもないスピードだった。その猛スピードを太刀を両手に持って行った……つまり大鳥から完全に手を離した不安定な状況下で行ったのである。さすが黒の四人衆といったところか……
「可愛い子に誘いを受けたのは嬉しいが俺は今忙しくてな……あんたのダンスに付き合っている暇はない!」
ミリアからしてコレだ、20年前の戦争の英雄であるテオ・アントニオはそれ以上の実力だろう。早くヒロキを追わなければとシードはミリアを無視して飛び立った。
山をフォイップ側に下り今は大森林へと景色が変わっていた。その深い大森林の中を木と木を縫うようにシードは飛んでいく。先ほど見たミリアの感想といえば……いや、女としての感想ではなく戦士としての感想だ。とにかく素早い、シードの大槍よりもミリアの太刀の方が武器としての重量も軽いだろうしその武器を扱う兵士の方もシードよりミリアの方が軽い、こちらが障害物の多い森の内部に入らなければあっという間に追いつかれてしまっただろう。ようやくミリアを巻いたところだ。
「あの女、音や光の親戚か何かか!?早いったらありゃしない!」
せっかく巻いたのにまた見つかってしまったら意味がない、シードは木の根元に近い低空飛行を続けヒロキを探した。ヒロキの居場所だがすぐに分かった。ヒロキに持たせていた緑のエンガオの煙が見えたからである。
「あの煙のお陰でヒロキの場所は分かったが相手にも見つかりやすいな……」
アントニオは引き続きヒロキを追いかけているだろう。俺とは違ってヒロキは民間人だ、簡単に巻けるとは思えない。シードを安心させたのは緑の煙の発信源が移動していることだった。ヒロキがまだ生きている証拠である。
「待っていろよヒロキ!」
ミリアがあの煙を見て向かう可能性が高い、シードは森の中を飛んだ。飛び去ったあとの森には風が起こり辺りの枝を揺らし葉を落とす。しかしシードにその光景は見えなかった……ずっと前を向いていたからだ。
「見えた!」
煙の発信源の根元、大太刀が太陽に反射して光るのが見えた。アントニオに追いついた。ミリアはまだ来ていないようでありシードはひとまずほっとした。
「追いついて来たか……」
木々が生い茂る森の中では大鳥は思うようにスピードを出せない、ヒロキは森を使いうまく逃げているようだった。しかもヒロキの焚いたエンガオはシードの合図にもなっていたがアントニオへの煙幕にもなっている。追いかけられているのは変わらなかったが生きているだけで上出来だ。
「いいのかいアントニオさん、俺たちは国境の真上だったが今のお前たちは完全にフォイップ領土内だぞ?」
「今お前達をとっちめれば”何もなかった”事になる」
そう呟きアントニオは背中に背負っていた大太刀を構える。目を疑った、あの大太刀を片手で持っている……しかも鳥上でだ。しかしシードはひるんでいる暇はなかった。前方では相変わらず緑の煙が視界を塞ぐ、アントニオは迂闊に煙幕の中に突っ込むようなことはしないだろう……恐らく攻撃してくるのはシードの方……シードは歯を食いしばりアントニオの動きに備えた。
「ふぬあぁぁぁぁ!」
アントニオの声と共に聞こえてくるのは石を砕いたような音にも聞こえてきたし骨を砕いたような音にも聞こえてきた。しかしシードの身には何も起こっていない、アントニオが切ったのは真横の樹木。
「マジかよ!」
樹木の太さはそれなりにあるがアントニオはそれを一刀両断した。あの大太刀あるからこそもあるがそれを扱うアントニオの力も計り知れない。
「ちぃ!」
あの骨を砕くような音は樹木が倒れる音、このまま前に進んでいたら激突しかねない。シードは手綱を思いっきり引き大鳥を急上昇させた。視界は緑の茂み、小さな枝がシードの体を何度も打ち付けた。
「む!?」
茂みを抜けて目に映るは大きな太陽、暗闇から解放された瞬間はとても眩しい、その大きな太陽の前に小さな影、ミリアは空で待ち伏せをしていた。太刀を垂直に構え重力に任せて自由落下を始めていた。
「この時を待っていた!」
「この女ァァ!」
見事にアントニオに誘導されていたわけだ。シードは大槍を構えミリアの攻撃に備える、交わすのは間に合わない、凌ぐことを考えろ……
静かな大空に1つの金属音が響き渡った。
兵士は攻撃、防御の瞬間がゆっくり見えるという、今のシードは正しくそのように見えた。最初にミリアの剣撃に対して槍を水平に構えて受け流す。だがミリアは受け流すことは想定済みだったようだ。腕をクッションのようにし衝撃を吸収すると今度は太刀を横に切り払った。
「交わされた!?」
「危な!」
一撃目は交わす時間がなかったが二激目はその余裕が出来た。上昇から水平行動に移りミリアの太刀を交わしたのだった。反応が後0.2秒遅れたらあの太刀の餌食になっていたところだろう。
ミリアは大鳥をホバリングの体制に入ったがシードは自由落下の体制に入った。一旦森の中に入って体制を……
「そこだぁ!」
「こっちも待ち伏せかよ!」
森から打ち上げられるように飛び出してきたのはアントニオ、まさかの2弾構えだった。だけど今回はまだ間に合う、落下しながら横に逸れるようにする。
「甘い!」
あの大太刀、注意しなければならないのは破壊力だけではなかった。大きな太刀はそれだけリーチが長い事を思い知らされた。
「まがれぇぇぇぇぇぇぇ!」
俺の反応が早いかアントニオの攻撃が早いか、それとも武器の性能?大鳥の身体能力?この際どうだっていい、“勝因は”……
空が切れた
シードは下へ、アントニオは上へ飛び去る、そこに血は一滴も流れなかった。
「遅かったか!?」
「そんなデカイ武器振り回してたらそら遅いさ!あばよ!」
シードはそのまま大森林の中に消えた。もうそこにはどんな声も聞こえてこない、聞こえてくるのは風によってなびく枝の音だけだった。
「……逃がしたか」
「アントニオ、さっきの奴ら追わないの?」
ミリアが上空で合流する。全く息を荒げている様子はなかった。
「若い奴はいいな、余裕じゃねえか……こっちは追いかけっこでヘトヘトさ」
「もうすぐ40だけどまだまだ現役と言った元気はどこへ行ったのか……それで、追わないの?」
「やめておこう、あそこにエンガオの煙が上がっているが発信源が止まっているところを見るとエンガオを捨てて逃げたな……あれじゃあどこに逃げたか分からない」
「それにここはフォイップ領土内ですからね、援軍がくる可能性もありえます」
2人には追撃の選択肢はなかった。強い兵士は何も力だけが強いわけではない戦いの引き際、それを分かっているのが強い兵士だ。
「ミリア、どうする?奴ら死の土地の方角を覗き込んでいたみたいだが一度本部に戻るか?まだ用事が済んでいないのだが……」
「元々の任務はただのお遣いです。帰り道に済ましてしまいましょう」
「そうか、じゃあこの件はヴィンセントへの土産話ということで」
ミリア、そしてアントニオは東の方角、エアリー共和国に向かって飛び去っていった。彼らが飛び去るのを大森林の中でみたシードとヒロキは2人同時に深いため息をしたという。
フォイップ王国の王都であるボルーキと南部の町アオヤを結ぶ定期船“ハシヒメ”は1日に1往復の運転を行っている。この2つの町を結ぶ船は他にも存在するのだが今、シードとヒロキが乗っているのは午後から出港するボルーキ行きの“ハシヒメ”だった。
「ヒロキ済まないな、調査は途中だったのに首都に帰る事になってしまって……」
「構わないよシード、それに調査を再開するにしてもまだアイツ等が山頂付近をうろついているだろうし……どちらにせよ暫くはあそこでの調査は無理だ」
今回の調査の収穫は2枚の写真と測量データだった。一応女神の花が存在する事を確認できる資料である。ヒロキ的には以前のクロウバ上の調査よりも得るものがあっただけ十分だったのだ。
「しかしさっきの……ミリアとアントニオだったか、何故あいつらは居たのだろうか……」
「国境だろ?国境だから警備していたんじゃなかったのか?」
「ただの国境警備だったらその辺の兵士にやらせておけばいい、わざわざ黒太刀部隊、それもトップ4の内の2人が出るような場所ではない」
あの2人があんな場所にいた事の答えが未だ導き出されないシードであった。現在の戦争はユードラ半島北部の資源を巡った戦争であり当然主戦場はユードラ半島北部である。それなのにエアリーのエリート中のエリートが何の戦闘も起こっていない南ミーラ山に2人もいたのである。ただの国境警備にしては厳重すぎる。
「何かあると?」
「あぁ、少なくとも俺はそう思っている。だから今日首都に戻るんだ」
女神の花に関しては確かに早急な調査が必要であるが今日南ミーラ山で起こった出来事も無視できない。今日の調査は危険と判断し中止、そうなると今日出港の船に乗ってボルーキに戻りクレインにこの事を相談したほうが良いとシードは判断したのだった。
「夕日が差してきたな、そろそろボルーキかな?」
「確かにそろそろ時間かな?」
シードは何気なく窓から外を見ると西の空は雲ひとつなく見事にオレンジ色に染まっていた。空だけでなく眼下に広がる大森林までもがオレンジ色に染まっておりその絶景に酔いしれるのだった。
「なあシード、この船止まっていないか?」
ヒロキに言われてシードはようやく気がつくのだった。今見ている絶景は“動いていない”のである。船が空中で静止している?なぜこんな事を……
「……おい、何だあれ?」
「シード、何かあったの?」
止まっている船の船首の更に先、本来進むべき方向に目を凝らすとそこには一際輝かしいオレンジ色が目を奪う。
「夕焼けでよく見えないな」
「違う……」
進行方向には大きな球体の影が見えている……この影は間違いなくボルーキである。そのボルーキは他の場所よりも一層オレンジ色に染まっているように見えた。
「あれは夕焼けなんかじゃない、炎だ!」
「え……」
「ボルーキで何か起きた!」
フォイップ王国の首都ボルーキ、その上部からは熱気だろうか?空気が波打っており白や黒の煙を汚い煙突のように吐き出しているのだった。




