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第1話 鳥上のシード

 定期的に聞こえてくる風を仰ぐ音、けして広いとは言えない倉庫のような場所に槍で武装した兵士と大鳥が何人、何羽も詰め寄っていた。兵士がいる場所は木製の戦艦、人類が初めて作った船は水の上だったがこの戦艦には両側部にツバサヤナギと呼ばれる植物の葉で作られた翼がゆっくりと羽ばたいており空を飛んでいるのだ。この空飛ぶ戦艦は水の上とはまた違った揺れを乗員に提供している。

「シード、今回の作戦は深追いするなよ」

「わかっているよハリー」

一団の兵士の一番前、そして真ん中に陣取っているのはどう考えてもリーダー格の人間である。やっぱりリーダー格であるシード・クリスティとハリー・アレンはフォイップ王国内にとどまらず敵国であるエアリー共和国にもその存在は知られている。”力の右腕シード”に”頭脳の左腕ハリー”……フォイップ王国軍のトップ2がそろい踏みである。別段この戦闘の重要度はそれほど高くない、だが今回の戦場が敵の領域内であるため万全を期したというわけだ。

「しかし父上は相変わらず無茶な作戦を考える……」

「まぁ仕方ないだろ、主戦場はこのユードラ半島の北部だ、半島の中部であるこの場所は優先度が下がる」

「人員不足に時間不足か……」

「だがクレインさんのことだ、よくやってくれるだろ?それは俺よりハリーの方がわかるんじゃないのか?」

「まぁ確かにそうだが……」

「もう、ミーラ山を越えた、敵地内だしそろそろ配置に着こうぜ」

「あぁシード、前衛は任せた」

「ガッテンだハリー、後ろは頼む」

そう言い残してハリーは押し込まれたように待機している兵士をかき分けて後列の方に回った。力や戦闘技術が取り柄のシードだがハリーは戦況や戦術を練るのが得意……この戦術スキルは父親のクレイン譲りだ。そのクレインは今頃操舵室で周囲を見回しているはずだ。


 そのクレインがいる操舵室、中央の椅子はやっぱりクレインの席だ。周囲には方角を見る者、周囲を監視する者、舵を取るもの……各々が自らの役目を果たそうと真剣だった。全く関係のない人が見るとその瞬間眼球に針が刺さるだろう。

「クレイン指令、もう既にヒノーキ地区です。いつ戦闘になるか……」

「分かっている……既に敵国だ、もう一度になるが本作戦の概要を確認する」

クレイン・アレンがハリーよりも年を重ねたような声で語り始めた。操舵室にいる面々は作業を続けながら耳だけでクレインの言葉を聞いていた。別に聞く耳がないわけではない、この場所はエアリーの領内のため乗組員、兵士共に瞬きすら許されない状態だった。

「本作戦はエアリー共和国ヒノーキ地区に存在されているとされる隠し拠点の捜索、及び制圧だ。本来なら念入りな事前調査の上に行うものであるが人員、時間ともにかけられないくてな……無謀ではあるが搜索と制圧を同時に行う、次にだが……」

「クレイン指令!」

「どうした!?」

見張り役の乗員が望遠鏡越しに何かを見つけた。作戦を確認中だったがそんなのは波が引くように音を立てて消え去っていく、周囲に今まで以上の緊張が走り体が小刻みに揺れ始める。

「前方に敵戦艦1!敵の警戒網に検知されたもよう!」

「1隻ならどうにかなる!総員戦闘配備!こんな街なんか無い大森林の中だ、確実に隠し拠点はこの近辺にある!」

「了解!赤の煙出します!」


 操舵室より始まった緊張感が兵士たちのいる格納庫までに届くのにそう時間はかからなかった。音がしたかと思うと窓からは赤い煙が見えてきたのだ。

「総員戦闘開始だ!鳥に乗れ!」

バラバラの掛け声とともに兵士たちは大鳥に乗る。全員が乗ったことを確認してシードはハッチをあけた。天気は神様が雲を配置するのをサボったと思える程に快晴、ただし上空なのでハッチを開けた瞬間に強風が狭い離陸場に吹き荒れた。風に負けないようゴーグルをしっかり掛け遠くを見ると敵戦艦が1つ見える。まだ遠い距離だがここから見えるということは向こうからも見えるだろう。

「よぉし!おめえら!このシードに続け!」

シードは大鳥を走らせ上空の戦艦から地上の大森林に向かって落ちていった。

 上空から見るととても小さく、低く見える木々も落下していくたびに巨大化していく、シードに続いて他の兵士がパラパラと散りながら落ちていく……しかし大鳥は飛ぶことなく翼をたたんでいた。大鳥は流線型を保ったまま、耳元では空気を着る音が騒がしい、やがて地上の大森林が限界まで近づき味方どうしが十分に散れたことを確認するとシードは大鳥の手綱を強く引く、紅色の愛鳥ボルは素直に手綱の言うことを聞き、その翼を広げた。

 翼を広げると5メートルにもなる大鳥、戦闘用に訓練されたその翼は力強く空気を捕まえては投げ出した。上昇を続けながら前へ進んでいく、初めは点にしか見えなかった敵戦艦も形がはっきりと視認できるようになり敵兵の姿も見えるようになった。どうやら敵も動き出していたらしい。お互いの軍勢は上昇しつつ近づいていき高度と距離が十分に達したその時、兵士たちは手綱を前に、大鳥は羽ばたいていた翼をたたんだ……空気を捕まえる術を無くした大鳥と兵士たちは次々と落下していく、しかしそれは意図した落下だった。

「一番槍は、このシードだ!」

落下しつつも前進を続ける大鳥、それは敵も同じだ。やがて2つの軍勢は落ちながらも交錯する点がある。シードやほかの兵士は槍を地球の重力に任せ敵とすれ違う瞬間に賭けた。


一度目の交錯


シードの槍は見事エアリー軍兵士の左肩を貫いた。貫通した槍は骨をも砕き腕が風と共に飛ぶ、地上の大森林ギリギリになってシードは落下をやめ体制を立て直す、上空からは大鳥が、血が、人がボトボトと落ちていった。上空の交錯は本の一瞬、しかしその一瞬で運命が決まる。その一瞬を戦闘が終わるまで繰り返すのだ。





「被害は少なそうだな」

クレインは戦艦内でじっと戦闘の様子を見守っていた。兵士たちは急上昇、急下降を繰り返しその交錯の度に何かが地上に落ちていく……それが大鳥なのか人なのかそれとも違う何かなのか、肉眼ではわからない。

「クレイン指令、未だ隠し拠点は見当たりません」

「うむ、戦艦が見えたということはこの近辺にあるはずだが……少々危険だが船を前進させよう、戦艦が来た方角に拠点がある可能性が高い」

「了解!」

フォイップの戦艦はその翼を羽ばたかせゆっくりと全身をはじめる、しかしその全身はある音によって止められた。


サクッ


「指令!」

船はすぐに緊急停止させる。舵取りの乗員はすぐにクレインの指示を仰いだ。

「今の音は矢か!?場所は!?」

「近くに敵影なし、おそらく真下だと思われます!」

「緊急上昇!早くしろ!」

クレインが叫ぶ中でも矢が戦艦に刺さる音が数え切れないほど聞こえてくる。木製の戦艦では音はよく響いてくるのだ。


ドコォォォォ!!


真下の敵は弓兵ばかりかと思っていたが一際大きな音、そして振動が船を襲いかかる。

「大砲か!早く上昇しろ!高度を高く取れば矢も大砲も届かない!」

「今、やってますって!」

大鳥とは違い巨大な戦艦は急には上昇できない、矢や大砲が届かない位置に来るまで戦艦が持つかが勝負だった。

「ボムスイカ投下しろ今すぐだ!」

「はっ!」

ボムスイカ、皮の部分が非常に硬いスイカだ。高所から落として割るとその破片が辺りにばらまかれる。このボムスイカには火薬を詰めており破壊力は抜群だ。

「ボムスイカ投下開始しました!」

船の底の一部は外れるようになっている。その空いた穴からボムスイカを投下するのだ。ボムスイカは大森林の中に消えていきやがて静かな爆発音が聞こえてきた。高度をとっているからこれくらいの音だが実際は爆音だ。

「攻撃は止んだみたいだな、被害状況は?」

「戦艦右底部に損害がある模様、しかしまだ飛べます」

攻撃が止んだのは敵を殲滅したからなのか、それとも船の高度をとった為なのか、そんなことを考えている暇はなかった。“攻撃が止んだ”今はそれだけで十分のなのだ。

「先ほどの攻撃、森林に隠れた伏兵かもしれんが噂の隠れ拠点かもしれん、一応現在地を測量しておいてくれ」

「多少時間がかかりますが……」

「構わん、だがなるべく急いでくれ……測量が終わり次第作戦を終了する」

隠し拠点の制圧は叶わなかったもの戦艦に穴があいてしまっては仕方がないしこの作戦での犠牲は最小限に抑えたい、拠点の大まかな位置がわかっただけでも収穫とし本作戦を終了することとなった。




 落下しながらの交錯は既に何度も繰り返されていた。シードとハリー……フォイップのトップ2が出てきているためだろうか?敵兵には怖気づいている様子も見て取れる。

「煙?」

自分の船から煙が出ている。煙といっても船が燃えているわけではなくエンガオの葉を燃した信号用の煙だ。煙の色は黄色、この色の意味は撤退や作戦終了である。

「向こうで何かあったか?」

「シード!」

ハリーも船からの発煙を見たのかシードに向かって文字通り飛んできた。それほど大掛かりな戦闘ではないとはいえ傷ひとつ付いていないのは流石である。

「ハリー!あれは……」

「とにかく撤退だ!俺は味方の兵士を誘導する」

「あぁ、それまであいつらをどうにかする!」

シードとハリーはそれぞれ逆方向に飛んでいった。ハリーは味方に声をかけながら蝶のようにゆっくりと、シードは敵戦艦に向かって隼のように全力で飛んでいった。


背を低くし前傾姿勢を保ったシードは戦場のどの鳥より速い、シードの手綱使いも流石であるが愛鳥ボルが居てこそなのだ。落下しながら戦う戦場ではスピードすなわちパワーとなる。

「エンガオとチャカ……」

先ほどは信号として使われたエンガオだが燃やすと激しい煙を出すエンガオは煙幕としても使われる。チャカの枝で着火させると小さな葉からとは思えないほど猛烈な煙が吐き出された。

「くそぅ!何も見えねえ!」

「ただの煙幕だ!臆するな!」

やぶ蚊のようにまとまっていた敵陣に煙を吐き出したままシードは旋回をしていく……エンガオの煙は即席の積乱雲のようになり敵兵団に絡みついていった。


「あばよエアリーの皆様!」


それだけを言い残しシードは飛び去っていった。帰り際敵兵から何か言われたような気もするがどうせ悪口なのでシードは聞く耳すら持たなかった。




 嵐のまえの静けさとはよく言うものであるが嵐のあとも静けさが訪れるものである。ヒノーキ地区より離脱したフォイップ軍の戦艦「オーラリ」戦闘により多少の被害はあるもの航行には問題がなかった。

「船の状況は問題ないとして燃料は?あとどれくらい残っている?」

「まだ余裕あります。燃料タンクはやられませんでしたし戦闘時間も短かったですから」

操舵室ではクレインが国境越えに向けた支持を細かく出していた。ミーラ山を越えてしまえば既にフォイップ王国内だ、敵も消耗しているしうかつに追撃はできないであろう。

「父上、ただいま戻りました」

戦闘が終わって早々にハリーが操舵室に入ってきた。息こそ荒げているものその体には傷が一つもついていなかった。軽くランニングをしたと思われてもおかしくはない。

「お疲れだハリー、兵士たちはどうだ?」

「行方不明者2名……カイとドンです」

「むぅ、少なく済んだといえば幸いだが……」

操舵室内の気圧が下がっていく、空中の戦場において死体が上がることなど非常に稀である。それにこの場所は敵国、捜索もままならない。

「報告を続けます。行方不明者2名、重症5名、他軽傷多数……現在応急処置を受けています」

「了解した」

報告が終わり操舵室には沈黙が訪れる、今聞こえてくる音は船が羽ばたく音だけだ。

「父上、この先の予定ですがロゼーに立ち寄るのでしょうか?」

2人の行方不明者がいると言う気まずい状況に耐え兼ねたハリーは話題を変えた。少しでも気分をよくできるように、現実から目をそらすために……

「あぁ、そうだな……燃料には余裕があるし直接ボルーキに戻ろう」

「一応船の応急処置はシードが行ってくれていますが……大丈夫でしょうか?」

「国境を越えてしまえば問題ない、こっちの顔もあるしな……」

この戦艦オーラリは王都ボルーキの所属である。一応同じ国なので国境付近のロゼーに立ち寄って補給や修理をしてもいいのだが所属でもないのに補給修理を押し付けるのは申し訳ない。

「まぁ問題ないなら大丈夫でしょう。私も早いところボルーキに戻りたいくらいです」

「ハリー、戦闘の後で疲れているだろう……休んでいていいぞ。シードも船の穴さえ塞いでくれればそれでいいと伝えてくれ」

「はっ!それでは失礼いたします」

操舵室からハリーの姿は消えていった。クレインは船の進行方向である西を見つめる……北と南にはそれぞれ山がそびえ立っていた。このユードラ半島は西側のフォイップ王国と東側のエアリー共和国という2つの国がありその境目は2つの山である。北ミーラ山と南ミーラ山の山頂どうしを結んだ線が国境であり現在戦艦オーラリはその山のちょうど間を航行している。

「クレイン指令、たった今国境を越えました」

「うむ」

国境を越えたためだろうか、操舵室では安堵のため息が複数聞こえてきた。結局ため息をしなかったのはクレインただ一人だ。

「ボルーキに帰るまでが作戦だ!それまで気を許すな!」

乗員の気を引き締めるためにクレインはあえて強い口調で叫んだのだが返事をする者は誰一人いなかった。

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