喫茶トワへようこそ
ふと思いついたお話です。
カランカラン♪
入り口扉のベルが来客を知らせます。
「いらっしゃいませ」
看板お嬢さんのレイさんが笑顔で出迎えました。年のころは20代前半の清楚なお嬢さんです。焦げ茶色の髪と目をしてますが、その顔立ちは東洋的とも西洋的ともとれます。
「久しぶり~!いつものお願い!」
入ってきたのは、常連の清少納言さんでした。十二単をずるずると引っ張って中に入ってきます。レイさんは、さっとテーブルと椅子を動かし、清少納言さんが座りやすいようにしました。
「おや、お一人ですか?紫式部さんは?」
カウンターの向こうから、これまた優しげなマスターが声をかけます。20代半ばの青年紳士なマスター、黒髪黒目のトワさんです。トワさんも国籍不明な人でした。
「ん、紫ちゃんは今原稿に追われてるのよ。道長さまにせっつかれててね~。連載抱えてると大変よね~」
「まあ、それは。後でいらっしゃるんでしょう?お好きな抹茶パフェの用意をしておきましょう」
レイさんがそう言ってカウンターのマスターに目で尋ねると、マスターはうなずきました。それを見ていた清少納言さんが、首を傾げます。
「うーん、その意思の疎通ぶり。ただの仕事仲間じゃないわよね。マスターとレイちゃんてどんな関係なの?わからないわぁ」
「内緒です」
清少納言さんの問いに、マスターとレイさんは揃ってにっこり笑いました。
清少納言さんは、ふうと息をつくと、レイさんが持ってきたコーヒーフロートを受け取り、飲み始めました。
「あぁ~、ここはいいわぁ。落ち着けるのよねぇ」
「宮中は大変ですか?」
「ん~、時めく方は変わるから」
「今は紫式部さんのご主人様かしら」
「ええ、私もね、そろそろ身の振り方考えないとね~」
清少納言さんは、ふふっと笑ってコーヒーフロートを口にします。
しばらく静かな時が流れました。時折氷の音がするだけです。
バタンと扉が勢いよく開きました。やつれた紫式部さんがヨロヨロと入ってきます。レイさんがすかさず十二単の裾を持ちました。イスの背をつたいながら、清少納言さんのテーブルへとたどり着きます。
「…お疲れさま」
「つかれた…いつものお願い…」
紫式部さんはテーブルに突っ伏して注文しました。レイさんがはいと言ってカウンターに向かいます。
「うう、物語なんて書くんじゃなかったぁ」
「よしよし、頑張ったね」
清少納言さんは紫式部さんをなぐさめました。こんなことはこの店でしか出来ません。なにしろ、宮中では、仕える主人も本人達もライバルと見なされているのですから。
この店の中でだけ、一文学者として思う存分話ができるのです。普段なら知識をひけらかしてると見られてしまうような話題だって話せるのは、何て幸せなんでしょう。清少納言さんは、紫式部さんの頭をなでながら、そう思うのでした。
この喫茶店がどこにあるのかとか、どうして来れるのかとか誰にもわかりません。ある日扉が開くのです。
お客さんは清少納言さんと紫式部さんだけではありません。外国の人も来ます。この間はサッポーさんとオースティンさんと4人で女子会をしていました。今度は樋口さんを呼ぼうと盛り上がっています。
勇ましい戦士もいますし、政治家や科学者もいるようです。聖徳太子と対面したときに紫式部さんと清少納言さんが固まっていたら、プライベートだから楽にして~と言われて、脱力したものです。
外国の方と雑談していたら、思いついたと大慌てで出て行かれ、次のときに手をとってあなたの言葉のおかげで大発見が出来たと感謝された清少納言さんは驚くばかり。
オーナーとレイさんは、そんな人々に分け隔てなく接します。そんなオーナーとレンさんだからこそ、人々は時間を見つけては喫茶店にやってくるのです。
カランカラン♪
入り口扉のベルが来客を知らせます。
「いらっしゃいませ」
ここは時空の狭間の喫茶トワ。紳士な青年マスターと清楚な看板お嬢さんが迎えてくれます。さあ、今日のお客様は、どんな方でしょう?
登場人物
清少納言さん…言わずと知れた平安時代の女流文学の担い手。「枕草子」
紫式部さん…言わずと知れた平安時代の女流文学の担い手2。「源氏物語」
サッポーさん…レスボスのサッポー。古代ギリシャの女流詩人。
オースティンさん…ジェーン・オースティン。18世紀イギリスの女流作家。「高慢と偏見」
大発見した外国の人…ニュートンかアルキメデスお好きなほうをご想像ください。
以上、うろ覚えな但馬の記憶より。史実とは違うかもしれませんが、ファンタジーですから。