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アルカナ (ARCANA)   作者: 1484ー5
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第56話 |死線《デッドライン》1

 お待たせしました! アルカナ本編の続きをご覧ください!! いつも遅れがちなお話を読んで下さる方々へ感謝を♪

 魔女(ヘレナ)が発した魔力により、沙樹達は再び霧深き”四面廻廊“に閉じ込められていた。

 亜流の魔女たるヘレナが使う加害魔法(マレフィキィウム)。その真骨頂とも言えるのが、結界魔術の一つである四面廻廊であった。正確には、その原型(アーキタイプ)であるのだが、掛け値なしの威力を一度なりともその身に受けた沙樹達にしてみれば逃げ場の無い状況に追い込まれたと言う他なかった。

 先程から、蠕動する錯視の円環だけが霧の侵入を防いでいる。

 濃密な霧の中には、不穏な気配が感じられた。魔女の悪意が具現化したかのような空気に、足を動かすことが躊躇われた。

 だが、そんな状況にありながら事態は更に切迫していた。春香が光一を庇い、重症を負ったのだ。その傷と流れる夥しい血を見た沙樹がパニックになったとしても誰も責める事など出来なかった。

 彼女は従者たる(ウロボロス)に尋ねた。


 「ウロボロス、知ってるなら教えて! 春香を救う方法はあるんでしょう?」


 混乱した思考が、正しい方法を見付け出す事を邪魔する。


 「主人よ、その少女を助けるよりも前に遣るべき事がある」


 すげない返事に沙樹が声をあげる。


 「お願い、春香を救う方法があるんでしょう? 私のためなら黄泉の死者でも跪かせるって言ったじゃない!」


 近しい者を失うかもしれない切迫した状況に、沙樹の瞳を涙が潤す。

 興奮し、取り乱した主人を落ち着かせようと使い魔(ウロボロス)は諌める。


 「主人よ、冷静さを欠いてはならぬ。落ち着いて判断するのだ。今は敵の術中にはまった危急存亡の時。まして、魔術戦の最中とあれば尚更のことだ」

 「でも、でも何とか出来ないの?」


 魔法なら、と言いたい気持ちをこらえるだけで精一杯だった。不可能を可能ならしめる魔術の園の御業に、いつのまにか依存しかけている自分に沙樹は気付いて沈黙した。

 自分に出来ないなら、誰か出来る人にと思い、使い魔(ウロボロス)に頼ったというのに結果はこの様だった。

 こみ上げる気持ちに、感情が追い付かない。理性が麻痺して心にブレーキをかけることが出来なかった。

 そんな沙樹の内面を知ってか知らずか、光一が何も言わないまま、春香の傍らに膝を着く。


 「光一君……?」


 春香の背中側にある短剣や傷の具合を光一は顔を近付けて確認する。彼の性格を知る少女には、その行動の意味も理由もよく理解できた。何より、親友を助けようとしてくれる姿が沙樹は嬉かった。

 しかし、近くで傷を見つめる少年の顔が、突然サッと青ざめていく。

 なまじっか武道の心得があるため、彼にも察しがついたのだ。人体の急所である場所に深く一撃を喰らったことに。


 「……無理だ」


 唇を噛む小さな、溢すのも辛そうな声。其れが光一にとって出来うる事の全てだった。

 春香の呼吸が痛みに耐えかねるとばかりに荒くなっていく。玉のような脂汗が春香の額に浮かんでいた。

 今となっては理由も分からない事だが、自分を庇って倒れた春香に対して、光一は手の施しようが無い事を悟っていた。

 側にいて、何も打開策を思い浮かばない事実が彼に重くのし掛かっていた。

 光一の表情に、沙樹もまた悟ってしまう。

 項垂れかけたその時、沙樹は自身が持つ可能性(もの)に気付いた。


 「……これは使える?」


 口をついて出たのは咄嗟の事ゆえだろう。

 胸元にある青い輝きに目を止める。神秘的な光を内包するペンダントが少女の胸元で揺れていた。


 「やめるのだ、主よ。それは青の護符。主のためにと先代から託された貴重な魔術遺産なのだぞ」


 先代にも仕えた錯視の蛇(ウロボロス)が目の色を変えた。


 「……これを使えば、春香の怪我を治せる?」


 まるで自分自身に言い聞かせるように問う沙樹の瞳が混乱に揺らぐ。蛇が静かに忠告する。


 「主人よ、残念だがその護符は主人のためだけにしか作用することはない。守護者などには使えぬ」


 そんな使い魔(ウロボロス)の声に、今度は少年が反応した。


 「なら、この石は使えないか? こいつは元々支倉のものだ。返すつもりだったんだ。これで……」

 「黙れ! 我らを愚弄する気か!! 赤の魔石の加護(・・・・・・・)は、既に決まっているものを! 主人が許しているのでさえなけれぱ、お前を……」

 「待って、ウロボロス! 待って、考えさせて!」


 言い争いになる場の雰囲気を少女の一言が変えた。使い魔も主人の言葉に従い沈黙する。

 光一も状況は一応理解していた。少年が口を開く。


 「支倉、早く病院に運ばないと久和は保たないぞ。この傷だ。無闇に剣を抜けば大量出血を起こして失血死しかねない。かといって、放置すると筋肉が締まって刃物が抜けなくなるんだ。止血をする以外、素人には手の出しようが……」

 「わかってる……!」


 沙樹の顔には焦燥感を表すように冷や汗すら浮かんでいた。

 春香を抱えた彼女の手が、小刻みに震えた。魔女の悪意の中に閉じ込められている状況で、病院に救急搬送するなど万に一つの可能性も無い。“四面廻廊”を破るには春香に残された時間が足りない。

 万事休すの現状に、沙樹の顔色もよりいっそう白く見える。思考回路はフル回転しているのだろう。親友のために沙樹は一縷の望みでも掛けられるものを探していた。

 刻々と過ぎる時間。それが今は親友の生命を削り取っていく。

 沙樹の力では如何ともし難い状況に、彼女の心はへし折られそうになっていた。

 春香を見つめる瞳に溢れるもの。今にも溢れ出しそうな大粒の涙が、沙樹の視界を滲ませる。


 「ごめんね、春香……」


 震える声で、親友に告げる謝罪の言葉。その言葉が、彼女の意識(こころ)に諦めという罪の意識を塗り込んでいく。


 「ごめんね。私、なんにも出来ない……」


 ポタリと春香の頬に落ちる汚れのない涙。


 「魔術の園に入ったのに、こんな時なのに……。私を庇ってくれたのに……」


 沙樹の心情を吐露する償いの言葉。


 「ごめんね……」


 もう一度、春香の頬を濡らす温かい涙。


 「私、あなたに……何もしてあげられない……。ごめんね、春香……」


 もはや側に光一がいる事も分からなくなっているのだろう。ただただ、春香へと向けられた少女の気持ちに胸を打たれる。

 せめて親友を励まそうとしてか、沙樹が春香の手を握る。

 嗚咽を抑えて泣く沙樹の様子に、彼女の使い魔が反応を示した。


 「……見ておれぬ」


 魔力の無駄遣いは本意ではないがと言いたげな顔で、錯視の蛇(ウロボロス)が応える。其れは、魔術の園の定石(ルール)からは外れた行い。効率と効果を追求する魔法界の常識を無視した行動であった。


 「主人よ、本意ではないが守護者の娘一人程度に心を痛める姿など見ておれぬ」

 「……な、にを?」


 失意に囚われそうな少女が顔をあげた。使い魔(ウロボロス)の発言には、親友の怪我を治せる見込みがあるように思えた。


 「この状況(・・・・)では館からの引き寄せ(アポート)は出来ぬ。距離が有るうえ、下手な危険を招きかねない……」


 使い魔の行動を沙樹が見つめていた。いたいけな瞳に、青く揺らめく輝きがあった。


 「主人のためにと備えた魔術触媒(もの)を使うのは気が引けるが……」


 言いかけた錯視の蛇(ウロボロス)の前に、小さな空間の歪みが見える。魔術詠唱が始まる。

 相手に見られることで発動し、焦点を結ばせない錯視の円環が其の空間の歪みを大きく見せる。

 其処から現れたのは紅い石だ。長細い其れを使い魔がカチリと牙で口に咥える。


 「此れ(・・)を使うほかないとは……」


 蠕動する錯視の円環の中で、沙樹は自らの使い魔(ウロボロス)の魔術に魅入っていた。

 取り出された紅い石が、鈍く湿った光沢を示す。

 柔らかい石ーー。

 そう印象付けられる紅い鉱物が沙樹達の前に現れた。

 其れは、鉱物に分類されながら粘性を持つ石である。其れは、あらゆる物質を変成させる性質を持ち、卑金属を黄金に変える事ができる魔術触媒である。

 凡そ錬金術に関わる者ならば、誰もが一度は探究し、その精製に携わり追い求める”賢者の石“として知られているもの。

 かつて、ドイツ人の錬金術師リヒトハウゼンが神聖ローマ帝国皇帝の前で錬成に成功し、1グレーン(0.06グラム)の粉末状の賢者の石を使って2.5ポンド(約1キログラム)の水銀を黄金に変えたと言われている。

 有史以来、星の数ほどいる錬金術師達がこぞって探究してきた石。人間に不老不死の力を与える霊薬エリクサーと同一とも言われ、又は其の材料の一つとも言われている。

 沙樹の掌にも収まる位であるそれは、まるで水に濡れたような光沢を見せた。


 「綺麗な石……」

 「主人よ、そなたのために析出した最高の魔術触媒だ」


 蛇が咥えていた“其れ”を沙樹の掌に載せる。しっとりとした感触が、伝わってきた。

 鈍く、しかし時にヌラヌラとした照りを見せる石は、まごうことなき魔術世界の産物に他ならなかった。


 「主人よ、この石の精製には原物質(トリア・プリマ)を用いる」


 錯視の蛇(ウロボロス)が講釈をたれる。


 「……トリア・プリマ?」

 「いかにも。トリア・プリマとは、万物を構成する根源となる3物質のことだ。言い換えれば“塩”、“硫黄”、“水銀”のことだ」

 

 関心を得たとばかりに使い魔(ウロボロス)が沙樹に説明を続ける。いつしか、その双眸に青い光が伴っていた。


 「その原物質(トリア・プリマ)黒化(ニグレド)させるために腐敗させ、次に精を抽出して再生させるため白化(アルベド)し、その後に熟成させる事で赤化(ルベト)へと至り、もって精製されたものが”其れ“なのだ」

 「……えば、いいの?」


 なに、と使い魔(ウロボロス)が尋ねるより早く、沙樹が質問を飛ばした。


 「……それを、使えばいいの?」


 聞こえてくる主人の声は、思いがけぬ剣幕を見せて迫る。在りし日のアルカナの魔女のように。

 これには使い魔(ウロボロス)も躊躇した。


 「ねえ、教えて? 此れを使えば……。此れ全部を使えば春香は助かるの?」


 錯視の蛇(ウロボロス)も此れまで見た事が無い主人の態度に、その身を硬直させていた。


 「ウロボロス! いったい、何をどうすればいいか教えて!!」


 流れる涙が沙樹の頬を濡らす。


 「主人よ、治癒の術式にも様々なものがある。魔術触媒を使う方法ならば、そもそも傷を無かった事にするだろう」


 冷静な使い魔の説明を受けて、沙樹の様子が落ち着きを取り戻すかと思われた。しかし、止めどなく流れる赤い血の色が、彼女の理性を狂わせていた。


 「……早く、お願いよ」


 瞳を閉じて沙樹は願う。親友の死が迫る。その事実をなんとか回避したい一心であった。

 抱えた春香の呼吸が弱々しくなっていた。ぐったりとした身体を沙樹に預け、春香は言葉もない。


 「主命とあれば。主人よ、術式の選択は任せてもらう。それと魔術触媒(柔らかい石)を削り取って、破片の分量を正確に計らねば……」

 「そんなことしてたら間に合わない! 使って!」

 「なに?」


 蛇が確認するように沙樹に尋ねる。


 「其れ(・・)、全部使って!」 

 「ムウ…………」


 沙樹の真剣な瞳が使い魔(ウロボロス)を射ぬく。

 主人の持つ魔眼の力により、(ウロボロス)は主命を断ることなど出来なかった。


 「ウロボロス、お願い!」


 自らの主人に懇願され、もはや事後承諾するしか(ウロボロス)に残された道はなかった。

 治癒と再生の魔術詠唱が始まる。その傍ら、誰にも聞かれないほどの二つ口(スプリット・タング)が囁くようにこぼした。


 「たかが怪我人を……。死者の蘇生でもないというのに賢者の石を丸ごととは……。我が主人の剛毅なことよ」


 やがて春香の全身を囲む魔法陣が発動する。独特な魔力の感覚が辺りを押し包む。


 「支倉? 大丈夫か?」


 光一は、沙樹の泣き張らす姿に心配のあまり声をかけていた。視線を向けた先には、少女の青く揺れる瞳があった。


 「光一君……、春香は治るよね?」

 「ああ、きっと大丈夫だ」


 見つめる少年の瞳が少女を励ますように受け止めていた。


 「春香をお願い、ウロボロス」

 「主人よ、問題は無い……。むしろ過剰だと言える」


 そう言い切った(ウロボロス)の返事を聞いても沙樹の泣き顔は晴れなかった。使い魔の力により、魔法陣が展開していく。複雑にして精緻な紋様の数々は、魔法界でも稀な奇蹟を実現化させようとしていた。


 「春香……」


 少女が少年の側に居る。心細い筈の少女を気遣うように、少年も彼女の側に居る事を選んだ。

 やがて飽和していく魔力の波を感じながら、沙樹は春香の治癒術式をつぶさに見守っていた。たまたま視線を追って動いた手が、光一のそれと触れる。触れた箇所から伝わる手の温かさが、沙樹の涙を止めてくれた。


 「支倉、大丈夫だ」

 「うん……」


 沙樹の手を握った光一の手。伝わる温かさに、少女の不安は緩やかに紐解かれていく。不器用な少女も少年の手を握り返す。心細いと感じていた不安は、いつしか泡のように消え去っていた。

 確かな手の温もりに、少しだけ心を強くした沙樹は倒れた春香を見つめる。

 治癒術の魔法陣に囲まれた春香。その背に突き刺さる短剣が痛々しかった。

 二度目となる親友の魔術による治癒を見ていた沙樹の耳に、聞いたことのある声が響いた。


 「此処にいたんだね、お嬢ちゃん?」

 「こんな時に!? 主人よ、気を付けろ!」


 霧の中から足音が響く。やがて見えてきたのは年若い魔女の姿。かつて日野貴理子と呼ばれた少女の成れの果てと言うべき姿が其処にあった。

 足音が止まった。辺りの物音が、同時に消えたような錯覚にとらわれる。

 危険な気配を色濃く残す霧の迷宮に、主人たる人物(ヘレナ)が現れていた。


 「私の声が聞こえているね? この身体になったことで解るだろう」


 魔女の声が響いた。幾何学模様の生成りのローブが揺れる。


 「覚悟はいいかい?」

 「あなたは……。どうしてこんなことを! 何が目的なの?」


 沙樹の真剣な問いが魔女の表情を変える。


 「さあ、どうしてだろうね……」


 クスクスと笑う魔女の表情は、年若い十代の其れだ。だが、その眼の輝きが行き場の無い殺意に満ちている。


 「強いて言うなら、私の(たましい)の奥底から強い衝動が……、本能的な何かが沸き上がるからよ」


 沙樹達を見つめる瞳に、炎の色が満ちている。狂おしそうな炎が、何かを焼き付くしても足りないと叫んでいる。


 「そんなの理由に……」

 「お喋りは終わり。あなた達と私は相容れない……。それが事実よ。そして、それで十分だわ」


 話しは終わりとばかりに魔女の手がローブの裾裏を払う。優雅な仕草はヘレナ本人のものか。

 取り付く島もな無い魔女との応問に、少女の手が握り締められる。

 冷静さを失いかけた少女が、ふと意識を取られた。顔を左右の空間に振り向ける。

 まるで誰かの声が聞こえるかのように。

 まるで彼女の身を案じる声が届いたかのように。

 沙樹は再度魔女ヘレナに視線を向ける。冷静な表情で相対する沙樹に、周囲の者は声も無かった。まるで邪魔をしてはならないとでも言うように。

 対峙する二人の魔女。緊張が嫌が上にも高まっていく。

 遠く主人を求める声がする。

 霧の迷宮の奥深く、其の空間の深遠から主人を求める声がする。

 その声は、時計が埋め込まれたイースターエッグに封印されている。魔術的なパスを通じて主人に呼び掛ける声は、彼女の最強の使い魔のもの。

 ルンが暴れる理由。それは、術者である沙樹の不安がダイレクトに流れ込むからに他ならなかった。主人の身を案じ、不安に駈られて心細くて哭いているのだ。その声が、沙樹の耳に届いていた。

 相容れない二人の魔女。どちらかが全てを失う互いの生命を賭けた戦いが始まるーー。

 二人の魔女が生死を分けるその瞬間が、刻一刻と近づいていた。












 いつも遅れがちだと言っている気かします。さて、アルカナ本編は今年春の連休ころの完結を目指します!もっとも、文章にするのが難しいシーンばかりになるのですが……。

 まずはしっかりと作品を書き上げることを目標だと宣言して、後書きとさせていただきます!

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