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アルカナ (ARCANA)   作者: 1484ー5
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第51話 四面廻廊Ⅱ2

 お待たせいたしました! アルカナ本編の続きをどうぞ!!

 予期せぬ出会いに、二人の間に不思議な緊張が走る。

 その緊張を破ったのは、手に金色の燭台(トーチ)を翳した美しい女性(ひと)であった。


 「まぁ……。不思議なこともあるものね」


 その女性が口にしたのは、軽い驚きだった。夜の星空を映したような瞳に、感嘆とともに優しい色が見える。


 「あ、あぁ……」


 その声色が、沙樹の中で何度も反芻される。

 感情が心を揺さぶる。かつて聞いたことのある懐かしい響きが溢れてくる。思い出のせいで、言葉にすることが躊躇われてしまう。そんなジレンマにも似た感情に、沙樹は心を弄ばれていた。


 「本当に……」


 それでも少女は、意を決して尋ねていた。


 「……本当にママ、なの?」


 少女の声は、小さく聞き取れなかったかも知れない。

 その口からもたらされた、有り得ない言葉。それは、この世界の理を外れたものだ。死者は決して蘇りはしない。だから、少女の理性が否定する。すぐに信じることなどできない。

 それでも、坂の上にある館に残された写真にある母の姿と瓜二つな人物がいる。その現実に、少女の常識が揺らいで傾ぐ。


 「そんなこと……。う、くっ!」


 自ら口にした言葉に動揺する。その様子は、端から見ても痛々しかった。

 母の肖像。

 どれだけ求めても、得られなかった母のぬくもり。とうに死別した筈の自分の家族。

 それは沙樹にとって、何よりも欲しい安らぎだった。だからこそ、彼女は動揺を隠せない。


 (騙されちゃダメ! ママがいるはずがないんだから……)


 使い魔は言った。この迷路は、人の精神を蝕むのだと。

 しかし、その記憶すらも振り切る強い想いが、沙樹の胸に去来していた。危険だと知らせる理性が、葛藤に喘いでいた。

 見つめる少女の瞳に、いつの間にか大粒の涙が貯まっていた。


 (でも……)


 感情に翻弄され、震える手足を抑える事も出来ない。

 なまじ隠された世界の存在を知ったばかりに、一縷の望みが湧いてくるのだ。不可能を可能にする魔術の技に。

 そして何より、沙樹の魔眼が告げるのだ。目の前の人物が本物だと。森羅万象の本質を映す魔眼の能力(ちから)が、母の実在を知らせるのだ。

 感情が極まり、高揚する心が緊張感を打ち消していく。


 「……で、でも」


 流れた一粒の涙が、沙樹の頬を濡らした。


 「夢でもいい……」

 

 ぽつりと漏れた、彼女自身の声。


 「幻でもいい……。会いたかった、ママ!」


 感情に耐えきれず、沙樹の心は崩壊した。

 記憶の中の母を求めて、無意識にその女性の胸へと飛び込む沙樹の姿があった。両手で抱き締めた確かな感触に、母のぬくもりを感じたかったのか。

 寂しさに耐えきれず涙する少女は、優しく抱き留めてくれる腕に迎えられていた。

 葛藤の果てに、万感胸に迫った少女を誰が責められるだろう。彼女のとった行動は、自然な感情の現れだったのかも知れない。多感な時期に周囲との違いに傷つき、改めて知った家族を失う悲しみは、いかばかりだったか。

 頬を伝う涙は止めどなく流れて、沙樹の心の澱を洗い流していった。

 そんな彼女を抱き締め、優しい笑みを浮かべる亜也は無言だった。

 美しい瞳も伏せ、ただただ優しく少女を抱き留める彼女の姿は、母の肖像そのものだった。あまりにも母親然としていた。

 霧の迷宮に現れた彼女は、やがてゆっくりと行動を起こす。

 其処には、黄金の短剣を振りかぶる亜也の姿があった。









 一方、加藤と立花の二人は先を急いでいた。

 長崎署から目的地へと向かうべく、上階から階段を駆け降りていく。向かう先は、言わずと知れた沙樹達の高校である。


 「先輩、車をまわして来ます! 荷物を取ったら正面玄関に出てください!」

 「わかったわ! すぐ行くから!」


 二手に別れた加藤達は、一階フロアで手早くお互いの用件を済ませていく。共に事件解決に尽力してきた二人は、此処にきて息のあった行動を見せていた。


 (公開捜査に切り替わるなら、兎に角時間がないわ。確かめたいことがあるのに……)


 立花美佐子は、更衣室に置いていた或るものを取りに戻っていた。自分のロッカーに舞い戻り、鍵を開けるのももどかしく、中から必要な物を確保する。


 「よし、と。急がなきゃあ!?」

 「あれェ、美佐!? ちょうど良かったァ」


 突然、背後から掛けられた同僚の声に、驚きながら支度を終える。変な声が漏れたのは、公式には無かった事にするつもりだ。


 「な、なに!? 何?」

 「どーしたの? 美佐、慌てて。何かあった?」


 声を掛けた同僚が慌てる彼女の顔を覗きこむ。好奇心からくる行動に、垢抜けた容姿を持つ同僚が詰め寄ってくる。


 「何でもない! 何もないから、舞香!」

 「何もないのも寂しい話だけど……。まあ、いいか。ところでェ、今度のコンパに来れ……」


 舞香と呼ばれた同僚に、美佐子は逃げの一手を選択する。


 「ゴ、ゴメン! いま急いでて、また今度聞くから!!」


 慌てて出る彼女の頬に朱が差していた。この同僚に捕まると、大体いろんな話を聞かれてしまう。聞かれてしまった過去があるだけに、長話になることが多い。

 どうしたの美佐、と首を傾げる同僚に両手を合わせた仕草で謝りたい気持ちを伝える。

 走り去る彼女の後ろで、同僚が得心したのは美佐子が忙しいという事実だけだったが。


 「加藤君! ゴメン、待った?」

 「いえ、このまま休み時間のうちに出発しましょう」


 署の正面玄関から飛び出して来た立花を加藤が出迎える。

 運転席から窓越しに手招きする彼に、美佐子は口角をあげて応えた。

 

 「ええ、善は急げって言うものね!」


 隣で運転する加藤が頷いた。アクセルを踏み込む動作も手慣れた感で、二人を乗せた車輌は市街地へと進んだ。

 沙樹達のいる高校に向かいながら、美佐子が彼に尋ねた。


 「ねえ、加藤君?」

 「なんですか?」

 「あの老婆の写真……。預けてきたけど、良かったの?」

 「捜査本部に提出するのは当然ですよ。それより、特捜班長に呼び戻されるまでが勝負ですから、僕らも頑張るとしましょう」


 飄々と答える加藤の横顔を美佐子はじっと見つめる。


 「加藤君が入手した情報なのに?」


 彼女の問いに、加藤が前を見たまま答えた。


 「僕だけじゃありませんよ。和田にも協力してもらってますから」


 それきり黙り込んだ加藤を、この時美佐子は不審に思わなかった。

 なかなか、そうは言えない人が多いんだけどと感心し、彼女は自分の考えごとに戻ってしまった。この時、よく観察していれば常とは違う加藤の様子に気付けたかも知れない。

 それほど、この時の加藤に余裕は無かった。


 (お嬢さん、無茶はしないでください!)  


 加藤の胸に焦燥感が募る。それは、彼をして春香達にかつてない危機が迫っていることを直感させていた。


 (お嬢さんがコールしてきた以上、件の魔女が関係している可能性が高い……。学校で魔術戦になれば、生徒達に被害が出る! ダメだ、悪い予感しかしない!!)


 胸のポケットで振動(バイブ)する緊急連絡(E・コール)のアラームに、加藤も焦りを隠せなかった。

 春香は次世代のエースと目されている身だ。当然、荒事にも多く対処してきた経験がある。緊急の判断ひとつとっても、彼女のSOSには高い信憑性があるのだ。


 (先輩を出し抜いてお嬢さんに加勢する……。言うは易し、行うは難しか? この人は勘がいい。下手な真似は、守護者(ぼくら)のことに感付かれる原因になりかねない)


 チラリと助手席の同僚にそれとなく視線を送る。

 この同僚は、女傑さながらの行動力を見せる。守護者としての使命を持つ加藤にとって、秘密を知られれば放置できない事態になる。そんな危険をおかす訳にはいかなかった。

 ポーカーフェイスが、余裕の無さに曇っていた。


 (あれ!? いま加藤君、もしかして私を見てた……?)


 美佐子は、加藤の横顔に違和感を感じて、ふと思う。


 (あれ!? なんで? ん~?)


 美佐子が彼に持つ印象は好意的なものだ。それ故に、彼女の少女的思考回路(・・・・・・・)が暴走する。


 (ハハ、まさかねえ……?)


 チラリと見た加藤は、いつもと違う雰囲気を持っていた。真剣な顔つきは、大人の男性が持つ精悍さを感じさせた。


 (さっきの舞香じゃないけど、意外と人気者なんだよね)


 加藤君狙いの若い女性職員がいることは、美佐子も知っていた。

 

 (たぶんコンパの話も加藤君を連れてきてってことだろうし……)


 そこまで考えて、何故か美佐子はイラッとする。しかし、それ以上は理由がわからずに放置する事にした。

 美佐子も今は先を急ぐ身だ。


 (後でいいか……。まだ久和さん達に聞きたいことがあるし。やっぱり私がなんとかしないと!)


 彼女の視線も春香達の高校がある方向を向く。しかし、まだ見ぬ事態に彼女の予想は大きく覆されることになる。









 投擲された短剣が、黄金色の軌跡を描いて霧の中に吸い込まれる。

 単純に放られただけに見えた其れは、まるで意思を持つかのように飛翔して、敵に突進した。

 其れは霧の中で液状化し、特殊な化学反応を引き起こす。電子の結合を無理矢理に剥がし、物質を崩壊させる作用が励起される。強酸による腐蝕効果に似た音が、霧の中に木霊する。

 『万物融解液』がもたらした結果に、魔獣達の断末魔があがった。

 だが、そんな外界の些末事などとるに足らないと、女性の表情は語っていた。

 沙樹を抱き留め、彼女の嗚咽が鎮まるまで待ってから、漸く沈黙を守っていた女性が話し掛けた。

 

 「危ないところだったわね、可愛い魔女(・・)さん」


 えぇっ、と声にならない声があがる。見る者全てを魅了する微笑みが、沙樹だけに向けられていた。


 「はじめまして。私の名前は、エリカ・フォレスト。”三重に偉大なヘルメス“よりトリスメギストスを名乗る事を許された錬金術師(アルケミスト)の一人。此処には探し物(・・・)をして立ち寄ったところよ」


 エリカと名乗る其の女性は、優しく沙樹の髪を撫でながら自己紹介を済ませた。

 胸に抱いた少女(さき)から全幅の信頼を態度で示されたせいだろうか。彼女のことを母鳥が翼に雛を囲うが如く、あらゆる物事の中心に据えているように見えた。

 沙樹が、赤く腫らした目元を拭う。

 他人の空似とは言うものの、自分に話し掛けてくれる女性の正体に困惑していた。

 優しい微笑みが、自分を見つめてくれる。そんな無償の愛情に、甘えていたい欲求が沸き起こる。


 「あ、あの……?」


 改めて見る女性の容姿。

 向けられた明るい笑顔は、泣いていた自分さえ思わず微笑み返してしまいそうになるほどに魅力的だ。艶のある黒髪は、まるで絹糸のように細く豊かに流れている。色白でシミひとつ無い白晰の美貌は、女性なら誰もが羨む完璧さだ。赤い唇も大人の女性がもつ色気を感じさせ、形の良さに驚く。そして、夜空の星を映し込んだかのような黒い瞳は、神秘的な輝きを湛えている。

 その全てが、えも言われぬ魅力となって完全な造型(びぼう)を見せていた。

 身に纏う深紅のドレスは、シルクの光沢が美しい逸品(オートクチュール)だ。

 背後に黒い外套を流しているが、鮮やかな赤がよく似合う女性だった。

 錬金術師が纏う衣服は、その色にも意味があると言われている。”黒“は、富と財産を表し、“白”は、不老不死の永遠を。”赤“は、神との合一を、それぞれ意味していた。目の前の女性もまた、そんな世界を生きる人物なのかも知れなかった。


 「本当に不思議ね」


 優しい微笑みが、沙樹に向けた。


 「エリカ……さん?」

 「大丈夫よ、落ち着いて。何者も貴女を傷付ける事はできないわ。安心して」


 大人から優しく諭されることで、沙樹は漸く現状を認識できるだけの余裕が生まれた。


 (やっぱり、ママじゃないんだ……)


 そう思うと、途端に恥ずかしさが込み上げてくる。赤面するのを感じて、沙樹は自分の頬が熱くなるのを感じていた。


 「そんなに私は、貴女のママに似ていたの?」


 不意に其の女性から問われ、沙樹は言葉にできずに首肯する。

 記憶の中にある母の肖像。それに最も近しい人物が目の前にいる。例え母でなくとも、身寄りの無い少女には、それだけで嬉しかったのだ。


 「そう、光栄だわ」


 優しく笑うエリカに、沙樹の心はもう揺らぐことはなかった。

 そんな二人のやり取りの陰で、様々な魔法陣が二人の足元に浮かんでは消えていく。無詠唱の魔術効果が呼吸の如く施されていく。

 

 「私が此処に立ち寄った理由は、貴女にあるの」

 「……わたし、に?」


 頷いたエリカが、金色の燭台(トーチ)を持つ手で自分の胸元を指し示す。燭台(トーチ)の銀色の光りが僅かに揺れた。


 「貴女、これとよく似た青い宝石を持っていないかしら?」


 そう言うと、エリカは胸元に輝く赤い宝石に手に寄せていた。


 「青い宝石(ブルーカーバンクル)っていう名前なの。実はね……。以前(まえ)に私が持ってた事がある宝石なの」


 エリカの胸元には、赤く輝く宝石が煌めいていた。 

 近くに寄せて見せられる宝石(それ)は、色こそ違えど少女の知るある宝石(・・・・)に似ていた。


 「……これ、ですか?」


 エリカに言われるまま、沙樹は先日、黒猫(メフィストフェレス)から譲り受けた輝石(それ)を取り出す。

 いつの間に光り始めたのか。鮮烈な青い光を放つ宝石があった。

 

 「ど、どうして? いつの間に光って……?」

 「ほら、私の赤い宝石(レッドストーン)とお揃いなの、ね?」


 エリカが宝石を寄せてみると、二つの輝石が共に輝きを増し、一瞬強く光った。

 それから直ぐに光は収まり、後には二つの宝石が揃っていた。


 「貴女、お名前は?」


 エリカが少女に尋ねた。美しい瞳が輝いている。


 「……支倉沙樹、です」


 沙樹が躊躇いがちに名乗る。


 「そう、沙樹(・・)ちゃん。いい名前ね」


 まるで少女の名前を忘れたくないかのように反芻する。エリカと名乗った女性は、やがて沙樹に再度尋ねた。その表情は優しくもあり、同時に真摯なものだった。


 「それより、どうして貴女は霧の迷宮に?」

 「そ、それは……」

 「この霧は、古い(タイプ)の魔法による現象(もの)よ。貴女が自力で出るには、少し難しいと思うの」


 沙樹の顔が不安に曇る。その瞳に、魔力特有の光と影が揺らめいた。

 少女の悩みを慮って、エリカと名乗る女性が声を掛けた。


 「心配しないで」

 「えっ……?」

 「私が出口まで送ってあげるわ」


 彼女の好意を嬉しいと思う反面、甘えてはいけないと自省する自分に沙樹は狼狽えた。

 首を横に振ってエリカに訴える。


 「でも、春香が! あ、あの……。まだ友達がいるんです! 何処に消えたのか分からないけど、帰るなら春香も一緒に……」


 沙樹の話に耳を傾けたエリカが、周囲の気配を探る。魔力の波動を操って、見えない領域を探知する、


 「確かに……。友達(・・)も一緒に帰ればいいのね?」


 空いた手に魔力が籠ったかと思うと、空中に小型魔法陣が次々と煌めく。


 「来たれ(Follow me)


 即座に、金色の短剣が其処に出現した。如何なる錬金術の技法により産み出されたのか。見事な装飾の施された短剣は、主人の手により新たな使命を与えられる時を待っていた。

 先程、投擲され敵を屠った短剣であった。その短剣を腰に差して準備を終えたのか、エリカが沙樹を誘う。


 「さあ、此方(こっち)よ」

 「あ、あの……!」


 その言葉を最期に、二人は迷宮を抜けるべく前へと進んだ。

 手と手を取り合った道行きの後、エリカは歩みを止めた。美しい笑顔が、傍らに立つ沙樹にだけ向けられる。


 「あなたの友達は、この先よ。気を付けてね」

 「はい」


 短い間に、沙樹はエリカに信頼を寄せていた。返事をする声には迷いが無かった。

 美貌の錬金術師は、金色の燭台(トーチ)を掲げて霧の中の一点を指し示す。


 「出口は向こう。このまま真っ直ぐ進むこと、いい?」

 「はい! 有り難うございます」


 腰を折り、沙樹は綺麗な御辞儀を見せる。


 「私はまだ探し物があるから、此処までだけどね。会えて嬉しかったわ」

 「……その、また会えますか?」


 遠慮がちに尋ねた少女に、エリカは応と答えた。


 「ええ、きっとまた会いましょう。またね(・・・)、沙樹ちゃん」


 素直な少女の返事を受けて、エリカが破顔する。優しい表情のエリカを見れば、其処に無償の愛情を見出だしたことだろう。

 まるで母親のような物腰が、沙樹の警戒心を解いていた理由なのかもしれなかった。

 やがて、明るさを取り戻した沙樹が手を振りながら歩き出す。

 その様子を見送るエリカの口から、聞こえないほど小さな声が漏れた。


 「ひどいなぁ……。こんなに可愛いだなんて誰も思わないわ。ディアボロスの言うとおりになるのは癪だけど、帰ったらお礼状と何かを送らなきゃならないわね」


 彼の御仁は、最近愛らしい弟子を取ったと聞く。


 「本当にエリカ(・・・)には助けられてばかりだし、私もこの“時の迷宮”を早く抜けて、完全なる物質(アルカナ)を探さなきゃ」


 金色の燭台(導きの灯)を掲げ、エリカと名乗った其の女性は踵を返した。

 しかし、ふと何かを思い返して振り返る。その瞳には、霧の中に消えていく愛らしい少女の後ろ姿が映っていた。


 「沙樹(さき)、ありがとう。ママって呼んでくれて嬉しかったわ」


 長崎市に居を定めたアルカナの魔女は、アムリタと呼ばれる霊薬を精製することに成功して世界にその名を広め、威信を高めた。

 その際、一説には失われた聖遺物を得るため、時の迷宮に挑んだとも言われている。それは、彼女がアルカナの魔女となって間もない頃のこと。沙樹の母親である支倉亜也が、生涯の伴侶を得る前の話である。









 沙樹がエリカと別れて、僅か数分で霧が晴れていった。視界が良くなったころ、彼女は意外な人物に出会った。

 少女の耳朶に聞き覚えがある少年の声が届く。


 「おい、支倉か?」

 「光一君、なの? 本当に!?」


 霧の中から現れたのは、見慣れた高校の制服を着た男子生徒。戦いの直前に別れた柳楽光一だった。彼は一般生徒を逃がすため、生徒会メンバーとして行動していた。

 沙樹を残して行った事に責任を感じて、彼は戻って来てしまったのだろう。


 「よかった。探しても見つからないし。いきなり大音響が響いたから、もしかして……」


 光一に再会した喜びも束の間、少女は少年の胸に光る或る物に目を奪われていた。


 「……それ?」

 「支倉? えっ?」


 彼の胸に目立つ赤い石を、沙樹は注視していた。

 それは、この霧の迷宮で出会った錬金術師エリカが身に付けていたもの。さっき見たばかりの赤い宝石だった。


 「どうして光一君が、その赤い石を……?」

 「その、昔な……。小さかった頃に、支倉が俺にくれたんだ、けど……。覚えてないか?」

 「えっ?」


 予想だにしない光一からの問いに、沙樹の手が口許を隠す。


 (御守りだから……)


 かつて、自分が母親から貰った其れを光一に渡した記憶が甦る。そして、何より光一が持っていてくれた事に、沙樹は感謝した。 

 少女は霧の中に振り返る。

 其処には、もう誰の姿も見つける事は出来なかった。


 (まさか、本当に……?)


 不思議な邂逅は、沙樹の心に安堵と勇気を与えてくれた。それを人は、後に奇跡と呼ぶのかもしれない。

 常識では図れない出会いに、沙樹は信じる事を選んだ。
















 色々とキャラクターを出している今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

 難産になった分、少し長めでした。また次回もお付き合いください!

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