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アルカナ (ARCANA)   作者: 1484ー5
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第50話 四面廻廊Ⅱ1

 アルカナ本編、今回は少し短めとなりましたが、どうぞ御覧ください。

 予期せぬ静寂が訪れた講堂内に、魔女の(シルエット)が浮かんでいた。

 まるで幽鬼のように、物言わぬ影が近付く。揺れるローブに霧がまとわりつくのか、途中でぎこちない動きに固まる。

 

 『あぁ? 片手斧(セクリス)が……』


 呟きが口をつく前に、ゴトンと何かが落ちた。続く音は、ビシャと滴る魔女自身の血液(もの)だった。


 『血、あ……?』


 赤い血潮を目にしたヘレナは、全身が血塗れとなっていた。力の入らない自身の姿に、魔女は臍を噛んだ。


 『魔力を使い過ぎたね……』


 片手斧(セクリス)を拾い上げる右手を伸ばしながら、苦痛に呻く声が 漏れる。左手が痛みに身体を押さえるように、折れ曲がる。


 (フ……、生命の壺(クラテル)から汲み出すにしても、なまなかな量じゃあ追い付かないだろうね)


 彼女の脳裏に、先程までの戦闘がよぎる。血の匂いが、戦いの残り香となって鼻孔を(くすぐ)る。

 その魔女(ヘレナ)の視線が、講堂内の或る一点に注がれていた。其処にいるのは、倒れて動かない若い魔女であった。


 (見たことが無いよ、あんな魔女。私の魔術を受けて無傷だなんて……)


 ヘレナの胸のうちに、何とも言えない感情が沸き上がっていた。好機を得たと逸る気持ちか、恐怖に似た泡立つ心か。どちらともつかない感情に、ヘレナも困惑していた。


 (星に相応しい魔女を仕留めるなら、今しかないが……)


 一度は落とした片手斧(セクリス)を握り締める。震え出す指に、ヘレナの苦笑が浮かんだ。利き腕に込めていた力を抜く。


 『身体が、言うことを聞きゃしない……か?』


 倒れた沙樹を目前にして、ヘレナはまとまらない思考に悩んだ。頭が冴えないのは、やはり戦闘で受けた傷のせいだった。抜け目なく生き抜いてきた彼女の人生を振り返っても、これ程の危機はなかった。

 気を抜けば倒れそうな身体に鞭を打ち、唇を噛む。


 (まずい、魔力と血をなくしすぎたね……。早く星々の力を貰わないとまずいことになる)


 そう言って、ヘレナの苦笑が消え去っていた。痛む部位を庇いつつ、曲がっていた身体を伸ばす。

 その表情は、まったく読めない。手に入れたいものが目の前にありながら撤退せざるをえない事実に悩んでいるようであった。

 額に伝う血を拭い、魔女ヘレナは決断する。


 (まあいい、ユビキタスの迷路からは逃げ出せないからね)


 彼女の決断を後押しするように、霧がゆっくりと講堂内に立ち込めていく。再び加害魔法(マレフィキィウム)による悪意が空間を満たし始めていた。

 すると突然、魔女の身体に衝撃が走った。


 『ぐっ!』


 肉が焼ける嫌な音が耳朶を打った。


 『ちっ!』


 翻すローブが、オレンジ色の残像を捉える。

 何かが弾かれる硬質な音が響く。弾かれた物体が、床や霧を穿つ。熱波が余韻を残して、虚空に消えていく。熱い空気が膨脹するのを見越していたのか、対流により霧が動き出す瞬間を見定めて、魔術の発露を促す術名が飛ぶ。


 『炎の矢(フレイムアロー)!』


 矢継ぎ早に飛来するオレンジ色の魔力の矢が、空間を焦がして飛来していた。予期せぬ敵襲に、魔女が応戦する。ローブを貫く魔力の矢に、魔女がたまらず膝を落とした。

 燃え上がり、焼き尽くそうとする炎が揺れる。ヘレナが焼けたローブを一瞥する。ローブを焦がす(やじり)には、或る魔力が籠っていた。

 赤熱化した金属のような光沢を持つ矢じりに、何か仕込まれている。

 フレイム・タンーー。

 およそ火属性の効果を持つ武具などは、製作の過程で特殊な触媒を使用している。その最も代表的な素材こそ火蜥蜴の舌(フレイム・タン)である。中には、その名を冠した剣があることが知られている。火属性故の発熱量はすさまじく、融点摂氏1500度以上の鉄を溶かすと言われる。

 その火蜥蜴の舌(フレイム・タン)を使った魔術の矢が、魔女に襲いかかっていた。


 『その生命(いのち)……。貰い受けるぞ、魔女よ!』


 錯視の蛇(ウロボロス)の声が告げる。

 主人たる沙樹の危機に、使い魔たる蛇の興奮は高まっていた。近付く者を容赦なく排除しにかかる様は、まさに魔術の園の住人に相応しいものだった。

 円環の魔術が、空間を埋め尽くさんばかりに広がり続けている。焦点を結ばせない蛇の魔術に、府が悪いと魔女は告げた。


 『フン、暫く預けとくよ』


 傷付いた手と身体を庇いながら、魔女が呪文を詠唱する。

 続く風切り音が、彼女の残像を貫いて消えた。霧が霧散するように、魔女の姿は見えなくなっていた。


 「悪鬼め、流石に堪えたか? だが、我も直ぐに動けぬ有り様とは! なんたる失態……」


 使い魔が逃げた魔女の追跡を断念したのにも訳があった。


 (主人を守りとおせたのが不幸中の幸いか……)


 自らの身体を文字通り盾にして、錯視の蛇(ウロボロス)は沙樹を守っていた。そのため魔女の引き起こした爆発により、身体に欠損が生じていたのだ。魔女を逃した事実に、歯噛みすると思われた。

 しかし、使い魔が発した言葉は、意外な内容(もの)だった。


 「抑え込んでいる人格が暴れ出す前に、なんとしても回復せねば……」


 緩やかな錯視の蠕動が、蛇の全身を覆っていく。

 錯視の蛇(ウロボロス)の言う人格が、何を意味しているのか。其れは、使い魔たる彼にとって明白な或る一つの事実だった。

 一匹目の蛇は、滅んでなどいない。

 錯視の蛇(ウロボロス)とは、その名のとおり始まり(アルファ)終わり(オメガ)という二つの頭を持つ蛇として創造された使い魔であった。一族から輩出されるであろうアルカナの魔女を守ることを主要命題に、存在を許された者。

 その使命を果たすため、一匹目が重篤なダメージを受ければ即座に存在が反転し、二匹目が頭となる。異なる二つの人格が与えられ、互いに主人を守るために反目し、牽制し、競争し、向上し、進化し合う。

 自らの尾を噛み、もしくは互いに合い食む蛇として描かれ、死と再生の象徴とされてきたウロボロス。その伝説の如く、彼等も内なる切磋琢磨によって現れるたびに強い個体となるように創造されたのが世界を呑み込む大蛇(ウロボロス)なのだ。


 (暫く、あの魔女は心配あるまい。むしろ、この(マレフィキィウム)のほうが厄介だ……)


 倒れた沙樹を見守りながら、錯視の蛇(ウロボロス)は思考を加速させていた。

 彼等(ウロボロス)が気付いている、自らの内に巣くう別の存在に。

 その何者かが、彼等の主人たる沙樹のことを虎視眈々と狙っていることを彼等は知っているのだ。

 一匹目の中に潜む“危険な存在”。

 それは、彼等にも知覚できない領域に潜んでいた。支倉の使い魔たる彼等にも抗えぬ力を持つ何か。それは、関わる者全てに言い知れぬ不安を与えていた。

 蛇の瞳に青い魔術光が明滅する。やがて、それは力無く消滅する。


 「どうやら、 加害魔術(マレフィキィウム)を解除するには魔力が足りないようだ」


 呟きに、使い魔の感情が滲む。判断も素早く主人の元へと這いずっていく。

 まるで眠っているような沙樹の顔を見て、青い双眸が優しい光を湛える。


 「主人よ、すまぬが流石に消耗が激しい。暫く姿を変えるぞ」


 言い終わるが早いか、蛇の周囲に錯視の円環が展開する。白と黒、縞と斑の紋様が織り成す魔法陣により、本来の姿に戻っていく。

 其処には、一冊の黒革の表装が設えられた本が残っていた。

 それから幾ばくもせず、使い魔の主人は意識を取り戻すことになる。


 「う、うぅん……」


 朧気な意識がゆっくりと覚醒していく。

 倒れていた沙樹は、自身が床に投げ出されている事に気付いた。ひんやりとした感触に、意識を巻き戻される。


 (私は、いったい……)


 ズキリと頭が痛む。そして、意識が途絶える直前の光景に思い至る。

 閃光と大音響。落雷にも似た現象が鮮明に思い出された。


 「あの魔女は? あれ……?」


 戦いの渦中にあった筈の自分は、何故か一人だった。


 「ウロボロスもいない」


 周囲に気を配るが、誰もいないとしか思えない静寂があった。


 「この本は、ママのいた実家で見た?」


 傍らに落ちていたのは、黒革の表装をした一冊の本。

 かつて見た使い魔との邂逅が、頭の中で繰り返される。見間違える筈のない記憶。それは、安堵とともに沙樹に疑問も投げ掛けてくれた。


 (……どういうこと?)


 霧が消えていない以上、戦いは終わりを迎えた訳ではないようだった。正確な居場所も分からない状況に、沙樹の危機意識が警報を鳴らす。背筋にぞくりとした悪寒が走る。

 数メートル程度の視界しか確保できない世界に、閉じられた感が否めない。


 (移動したほうが良い、のかな……?)


 落ちていた(ウロボロス)を手に取ると、少女は起きて制服の埃を払った。

 どちらを見渡しても霧の中だが、少女の歩みは確かな方向を目指すべく踏み出された。

 霧の中、宛どなく進むしかなかった。数歩もするうちに、彼女は異変に気付いた。

 ひたり、と足音がする。

 静寂の支配する世界に、沙樹の気持ちが不安に萎縮しそうになる。


 「なにっ!?」


 わずかな物音に、次第に過敏な反応を示す。だんだんと心の中にある何かが変質していく。

 強い緊張感が、少女の顔を強張らせる。


 「……誰、なの? 其処に誰かいるの?」


 上手く誰何できなかったのは、極度の緊張のためだけではなかった。


 「だ、誰? 誰かいるの?」


 今度は、何者かが背後を通る気配がした。

 返事の無い閉じられた空間に、沙樹の神経が磨り減っていく。我知らず、手を握り締めていた。


 (こんなところに、普通の人がいるわけないよね……)


 霧の向こうに、蠢く気配がある。沙樹には、そう思えてならなかった。微かに聴こえる足音が、霧の中に潜む息遣いが獣のように思えてならない。

 少女が動きを止めて、聞き耳を立てたその瞬間、後方から沸き立つ気配が大きく弾けた。


 「Woooooh!」


 野獣の咆哮が迫る。

 霧の中から、黒い野獣の爪と牙が鋭く光る。刹那の間、形を見せた魔獣が跳躍していた。

 咆哮は、少女の心を恫喝するに十分な雄叫びだった。

 沙樹の胸元にしまっていた青い宝石(ブルーカーバンクル)が俄に輝く。

 空間に伝播した魔力波動に呼応する力があった。

 赤い光が、少女と魔獣を分かつ。

 繊細でいて、淀みの無い魔法陣(ヘキサグラム)が空中に現れては消えていく。くるくると回る其は、音もなく次第にゆっくりと回り、回転を止めた。

 白く、しなやかな細腕が骸と化した獣の残骸を指差していた。

 霧の中から、小さな魔法具《トーチ》を手にした人物が現れていた。手元の灯りは、銀色なのに時々翡翠のような色合いを見せる。不思議な明かりは、何故か沙樹に安堵の息をもたらしてくれた。

 いつのまにか現れていたのは、妙齢の美女がひとり。鼻梁の通った美しい(かんばせ)はシミひとつ無い完璧さ。豊かな黒髪は流れるように艶を含んでいる。瞳に宿す輝きは、夜空の星よりも美しかった。

 沙樹が、向けられた視線に動揺する。

 霧の迷路から歩み出た人影は、細くたおやかな印象を与える女性(ひと)だった。身体の線が女性らしい曲線を魅せ、その美貌を引き立てる深紅のドレスを身に付けていた。

 まるで合わせ鏡のように、よく似た容貌をした二人。本物の姉妹かと見紛うばかりの二人の顔立ちは、血の繋がりを連想させるに十分だった。

 深紅のドレスを着た女性の胸元を飾る見慣れぬ赤い石が光っていた。


 「……あ、あぁ!」


 目の前にいる女性に感じ入るものがあるのだろうか。沙樹の取り乱しようは、見たことがないほどだった。その顔は、信じられないものを見ている者の顔だった。

 年上の女性が、沙樹に気付いた。


 「……まさか。まさか、ママ?」


 優しく微笑む女性は、在りし日のアルカナの魔女、支倉亜也そのひとだった。
















 色々な事がありますが、その中のどれだけのことが意味のあることでしょうね。

 タイトルは「四面廻廊Ⅱ」となりました今回、まだまだ盛り込んでテンコモリでいきましょう!

 次回もアルカナ本編をよろしくお願いいたします!

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