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アルカナ (ARCANA)   作者: 1484ー5
43/65

第41話 強襲1

 滑り込みセーフ! かどうかは分かりませんが、アルカナをどうぞよろしく!

 午後の長崎暑は、いつも通りの騒がしさを見せていた。

 活況を呈していると言えば聞こえはいいが、こと警察署の場合は犯罪が多い事を意味する。有象無象が入り込んだ長崎市の危険な一面を垣間見る事ができる風景だった。

 少年課のオフィスでも、事情(それ)は変わらなかった。

 そんなオフィスに、黒いスーツ姿の女性が颯爽と入って来る。


 「先輩、いったい何処に行ってたんですか?」


 先に彼女を見つけ、口を開いたのは加藤の方だ。その口調が若干、非難めいた調子を帯びている。


 「加藤君、ちょうど良かった。ちょっと春香ちゃん達に会いに学校に行ってたのよ。ゴメンね、携帯取れなくて」


 悪びれず笑顔で答えるのは、立花美佐子である。少年課のオフィスを慣れた様子で横切って来る。

 彼女の顔は何時にも増して自信に溢れ、輝いていた。


 「おかげで僕はって……。なんの話を聞きに行ってたですって?」


 予期せぬ名前を聞いて、加藤の動きが止まった。

 美佐子は、荷物をデスクに下ろすと彼に向き直って続けた。


 「ふふ、経緯(いきさつ)は省くけど会って確かめたい事があってね。おかげで確信したわ。やっぱりあの娘達は、私達に何かを隠してる(・・・・・・・)。それも間違いなく重要な情報(・・・・・)をね」


 ご機嫌な様子の美佐子は、むしろ加藤との会話を楽しんでいた。オフィスに漂う珈琲の香り高い芳香が、彼女の精神をリラックスさせてくれる。


 「先輩? 何を言って……」


 加藤の口から、まるで堪えていた息が漏れるように質問の言葉が出た。


 「勿論、特捜事件の捜査(はなし)よ」


 語られる話の内容は、加藤の知りたい情報ではない。すっと、彼の周囲から音が引いた。


 「……春香お嬢さん達に、何をしたんですか?」

 「いやあね、何もしてないわよ。ちょっと話を聞きに行ってきただけよ?」


 悪びれた様子も無く、立花が笑う。無論、彼女には何の非も無い。そんな事は、彼も百も承知だ。


 「ただね、彼女達が知っててもおかしくないんじゃないかと思ったのよ。あとは勘かな~」

 「じゃあ、何を聞いて来たんですか?」


 美佐子が加藤の目を見て答える。


 「何も(・・)


 意外な答えに、加藤も思考が止まる。彼の警戒心が危険信号を発していた。


 「具体的な話って言われたら、まだ何も聞いてないわよ」

 「なら、何故……」


 職場で交わす何気ない会話に、息が詰まるような衝動に駆られる。


 「相手がそうと言わなくても知る事はできるわ。それこそ、知ってる(・・・・)でしょ?」


 彼女が言うそれは、取り調べの技術だ。普通、参考人に対して使う言葉ではない。矛盾する美佐子の問いと答えに、加藤は悪い予感が拭えなかった。


 「春香ちゃん達を見てたらね、まるわかりだったの。それに、心配しなくても春香ちゃんじゃないわよ?」

 「えっ?」

 「それを知っているのはね……」


 新しい玩具を買って貰った時の子供のような目を見せて、美佐子は言う。


 「支倉沙樹さん」


 綺麗なコーヒーカップを持つ手の人差し指が、或る少女を示すように立てられる。

 衝撃的な話の飛躍に、加藤は頭の切り替えを迫られることになった。

 そんな彼の事情も知らず、美佐子は掴んできた情報を加藤に話していた。


 「彼女が、間違いなく特捜事件に関する何か(・・)を知ってる。おそらくだけど、誘拐未遂に逢った時に相手の、犯人の顔とかを間近に見たんじゃないかな?」


 陶器製品(ファイヤーキング)のコーヒーカップを煽り、卓上に置くと椅子ごと彼に向き直る。

 美佐子が腕を組み、少し見上げるように加藤との距離を縮めていた。


 「それで手懸かりになる何かを掴んでる」


 聞きたくなかった名前を出された事で、彼も狼狽えていた。加藤らしからぬ冷静さを欠いた反応だった。


 「待って下さい! 先輩、何してるんですか? いや、何をする気ですか?」


 見上げる美佐子は、上出来でしょうと胸を張っている。

 明るい雰囲気はそのままに、美佐子は掴んだ情報の確度を確信していた。


 「うん。まだ物証はないわね。でもね、間違いないわよ」

 「いや、そんなことじゃなくてですね?」

 「え~? いい情報だと思うのに~?」


 狼狽える加藤を捕まえて、美佐子が頬を膨らませる。彼が、評価してくれないと勘違いしたのだ。


 「勝手に行って来たのは謝るわ。でも、あなたに話せない事もあるから……」


 春香ちゃんは知り合いでしょ、と美佐子は言う。そして、悪意無く彼にバッドニュースを聞かせ続けるのだ。


 「女同士じゃないと話せない事もあるのよ。ホント、行ってみたのは正解ね」

 「いったい、何があったんです? 先輩、僕にも分かるように説明して……」


 くるりと背中を見せて立ち上がる立花に、焦った加藤が食い下がる。彼も聞き捨てならない事を聞いたのだ。坂の上の洋館に住む、彼等の主人に関わる事をだ。


 「勿論、あなたの意見も聞くわ。むしろ、春香ちゃん達が何してるのか詳しく知りたいしね」


 そう言う彼女の目に、捜査官としての光が見て取れる。有能な女性捜査官である彼女が、本気で興味を持った証拠であった。 

 近くにあるコーヒーメーカーから、美佐子は香り高い一杯を手に取る。翡翠のような色合いをしたコーヒーカップは、彼女のお気に入りだった。自席に戻る彼女の姿を加藤が目で追い続ける。

 私はね、と立花が話を始める。


 「……たぶん、彼女達は犯人に繋がる手懸かりを掴んで、それを自分達で探してるんじゃないかと思うのよ」


 コーヒーを一口飲み、その余韻に浸るようにまぶたを閉じる。

 再び、イタズラを思い付いた少女のような笑顔で、美佐子は語った。


 「く~っ! 少年探偵団みたいよね?」


 いいなぁ~! 私も学生だったら、まぜて欲しかったなぁ~等とまるで警察官らしからぬ感想を美佐子は聞かせてくる。その呑気な様子に、加藤の注意力が逸らされる気がして語気を荒げた。


 「何を言ってるんですか? 高校生に危ない真似をさせる気ですか!」

 「だ、か、ら、知りたいのよ。いい? 加藤君も協力してよね? 春香ちゃん達の行動している理由はこれで見当がついたから、あとは進展具合よね?」


 美佐子が笑った。


 「彼女達、割りと分かりやすかったから次もイケるかなぁ」

 「えっ? それはいったい、どういう……」


 加藤の疑問が氷解しないうちに、立花は話を続ける。


 「だって、明らかに庇ってるんだもの。春香ちゃん、優しい()よね?」


 明るく話す美佐子が、今の加藤にはいっそ憎らしくすらあった。

 でも分かるな~、あそこまで可愛いと春香ちゃんじゃなくてもほっとけないよね~等と惚気る美佐子がいる。相方の気も知らないで、だ。


 「先輩、僕も伝えないといけないことありました……」

 「ん? なに?」


 伏せた視線のせいか、加藤の表情は読めない。ただ、冷たくすらある口調で捜査方針を伝える。


 「公開捜査が決まりました。まもなく発表になります」


 腕時計を見ながら、時間が迫っていることを告げる。

 思わぬ情報に、立花の顔色が変わった。驚愕に、直ぐに言葉が出ない。


 「……どういうこと? 公開捜査!?」


 驚く彼女の顔を視界に納めたまま、加藤が告げた。


 「先輩がいない午前中の捜査会議で、この話が出たんです」


 食い入るように聞く美佐子に、加藤が淡々と語っていく。


 「本部長が決断しました。時間切れです」

 「……そう。確かに、四人目の少女のことを考えれば時間切れかも」


 美佐子の顔色に出たのは驚愕というより、理解という感情だろうか。予想していたはずのことを忘れていたかのような反応に、気まずい雰囲気だけが残っていく。


 「マスコミにも相当量の情報が流れるはずです。実際、東京のテレビ局から正式に取材の申し入れがあってるそうです。先輩 も知ってるでしょう? あの『ザ・ウォンテッド』からです」

 「……もう、なの?」

 「はい」


 彼等のいうテレビとは、未解決事件の追跡調査をテーマとした番組だ。豪華な俳優陣を使った人気番組で、サスペンス調のドラマ仕立ての中に、リアルの現場検証を取り入れている。また、遺族の協力のもと、様々な関係者のインタビューやふんだんにCG映像等を使って事件の真相に独自の視点と切り口で迫るのだ。

 そして、放送と同時に全国の視聴者からリアルタイムで情報提供を求め、実際に事件解決に寄与している。

 警視庁すらも長年捜査を継続中の未解決の殺人事件(コールドケース)には、協力を求めている番組なのだ。

 少女四人が犠牲となった今回の殺人事件は、まさにテレビ局の格好の的であった。


 「でも、早くない? 捜査員の増員があって、今からっていうのに……」

 「仕方ありませんよ。上の決定なんですから」


 美佐子の動揺に、加藤も拳を握り締めている。捜査環境が変わる。それは、下手をすれば彼等は特捜本部から外されるかも知れないことを意味するのだ。

 まだ公開されてない情報が何処まで流されるのか、それは人命優先のことゆえ仕方がないことだ。誘拐等の特殊な事件では、被害者の安全を優先するため情報統制が行われる。マスコミにも協力要請がなされ、不都合な真実は隠されるのだ。

 だが、被害者の安否が不明な期間が長期化する場合、今回のように公開捜査に踏み切ることになる。秘匿捜査の進展と一般からの情報提供とを天秤に掛けて、あくまで被害者の安全確保を優先するための措置であった。そして、それは捜査経済上も利に叶った方法なのだ。


 「……加藤君、私達にもまだ出来ることが有るわよね?」


 重苦しい空気を破ったのは、他ならぬ美佐子だった。


 「何か考えがあるんですか? 明日には捜査体制の見直しがありますよ? 新しい捜査員が決まった時に、僕らの名前があるかどうか……」

 「だったら、私達を捜査員から外せないと思わせればいいのよ」


 立花の口から出たのは、逆転の発想。あとは、それを実現するためのプランが必要だった。


 「手掛かりはあるんだから、まだ出来ることはあるはずよ。あるんだから……」

 「それで?」


 聞いていた加藤が、具体案を促す。


 「あるんだけど……、どうしよう?」

 「……先輩。途中までは格好良かったんですけどねぇ」

 「なによ! 困った時の相棒でしょ?」


 彼女がむくれたように頬を膨らます。それを見た加藤の表情が、幾分柔らかくなっていた。


 「タイムリミットを引き伸ばすために、僕もカードを切りましょうか。行き当たりばったりのやり方だと、説得力も弱いですしね」

 「何があるの?」


 美佐子が尋ねる視線の先に、加藤が胸のポケットから何かを取り出す。

 それは美佐子にとって、見覚えのあるものだった。

 一枚の写真。四角い用紙に写された画像は、あの重要参考人の姿だった。

 







 『沙樹様、ご覧ください』


 黒猫(メフィストフェレス)の声が、脳裏に響く。昨夜の出来事が鮮明に思い出されていた。


 『その護符(アミュレット)は、亜也様が使われていたもので、ある高名な魔術師が対で(・・)作成したもののひとつです』


 柔らかな口調は、沙樹に安心感を与えてくれた。何より渡された物が母の使っていた品物であるということが、沙樹には重要だった。


 『青の秘石(ブルー・カーバンクル)、そう呼ばれています』


 翠色の双眸が、優しく沙樹を見ている。


 『その本質は“収束するもの”と云われています。身につけた者にとって強力な魔術の護符となり、対になる護符(タリスマン)赤の秘石(レッドストーン)とは引き合う性質を持ちます』


 微笑むように向けられる目線に、昨夜の自分は嬉しさと恥ずかしさがない交ぜになった顔をしていたことだろう。


 『残念ながら赤の秘石(レッドストーン)は散逸してしまったのですが、このカーバンクルは亜也様が沙樹様にと残されていたもの。館の後継者となられた沙樹様がお持ち下さい。きっと亜也様もお喜びになるでしょう』


 胸元にある確かな手応えに、彼女は縋っていた。不安を打ち消すように握り締めた手に、ぎゅっと力が籠る。

 しかし、握り締めたのは一瞬。制服の下に隠したそれを他人に気付かれないようにと両方の手でただ押さえ直す。

 端から見れば、不安げな表情と相まって胸が苦しいのではないかと思えるくらいだ。

 そんな不安に、沙樹の心は揺らいでいた。


 (どうしよう? どうしたら……)


 美しい黒髪が、震える肩を隠している。沙樹の頭の中では、昼休みに美佐子から言われた言葉が繰り返されていた。


 『あなたは、知ってるんじゃない?』


 美佐子の一言が与えた衝撃は、甚大なものであった。記憶の中の彼女が見せる微笑は、年上の女が持つ余裕なのか。

 交渉ごとなどしたことがない沙樹は、彼女に手玉に取られてしまったのだ。


 『ね? 貴女のことは知ってるわよ……』


 喋ってしまいなさい、と囁くのはいったい誰であろうか。

 不安に苛まされた少女は困惑し、震えていたのだ。彼女の住む世界に、甘えなど許されない。味方してくれる者など期待できなかった。

 こんなものは幻想だ、と頭では理解できる。沙樹とて分別のない子どもではないのだ。


 (落ち着いて……。こんなのは悪い想像でしかないの。大丈夫、きっと大丈夫だから……)


 それでも、大人にもなりきれていない十代の精神(こころ)には重すぎる現実だった。困惑が、少女の不安を煽っていく。

 

 (……ママのペンダント)


 昨夜、初めて眼にしたアミュレットの輝きを思い出す。寄る辺のない迷い子のような沙樹の心に、ペンダントだけが確かな安心感を与えてくれた。


 (黒猫(メフィスト)……。お願い、助けに来て!)


 沙樹の瞳に揺らめく青の輝きが、心なしか弱まっていた。魔眼がもたらす効果が、彼女の精神状態に左右されることを沙樹はまだ知らない。

 少女の心が助けを求めている事を誰も知るはずがなかった。















 こう、時間が取れないというか遅筆な自分が悪いというか。遅くなってすみませんでした。めげずに続きを書いていきます!

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