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アルカナ (ARCANA)   作者: 1484ー5
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第40話 真実との邂逅3

 お待たせしました! このパート最後のくだりです。

 朝の一幕から数時間後、教室では高校生らしい日常の風景が流れていた。一時限目の授業のあと、緊張が解ける休み時間に、それは起こった。


 「ねぇ、沙樹ちゃん。そんなに数学好きだったっけ?」


 穏やかなはずの日常に、波紋という一石を投じた春香が問い掛ける。

 振り返る沙樹の瞳に、青の揺らめきが見える。その瞳にほんの少し、いつもと違う色が見えた。心の内が覗いたのだろうか。答える彼女は、何かを隠しているように見えた。


 「ん? 黒猫(メフィスト)が、こういう学問らしい教科は頑張るように勧めるから」 

 「へぇ、そうなんだ。なんで?」


 気の置けない友人同士の何気無いやり取りに、何処かいつもと違う雰囲気が漂う。それは注意深く見なければ、分からない程度の違和感だった。ただ、それを拭えなかっただけだ。

 少女が浮かべていた笑みが、消えている。まるで気を取り直すかのように沙樹は続けた。


 「私、まだ色々と半人前だから。春香に教えて貰いたい事も多いし、頑張ろうかなって思ってて」

 「……このヨハネス・ケプラーって、天文学だよね? 数学と関係ないよね? わ、私の専門じゃないって知ってるよね?」


 いかにも専門書然とした装丁の本に、親友がたじろぐ。

 俗にリベラル・アーツと呼ばれる、人が持つ必要がある技芸の基本と見なされた自由七科の学問がある。

 その紀元は、古代ローマ時代にまで遡り『自由の諸技術』と言われていた。

 自由学芸七科(アルテス・リベラレス)とも言われ、主に言語に関わる『三学(トリウィウム)』には文法、修辞学、弁証学があげられ、また数学に関わる『四科(クワードリウィウム)』には算術、幾何学、音楽、天文学が数えられる。

 金銭を得ることを目的としないこれ等の学問は、古代人にとって哲学や神学と並ぶ重要な学問とされてきた。

 現代社会における分類ならば人文科学、自然科学、社会科学などとみなされる分野の科目のことだ。


 「でも、なんでこんな普通の勉強なの? 確かに魔術(あっち)のほうにも理論的な思考方法とかは必要になるけど……」

 「天文学(これ)召喚魔法(サモニング)のために必要みたいよ? 私も黒猫(メフィスト)達から聞いたことだけど」

 「えっ? そうなの? 天文学(これ)勉強したら、私も召喚獣(可愛いの)を持てるかな?」


 驚きと共に、食い付くくらいに迫る春香の様子に沙樹は狼狽えてしまった。


 「か、可愛いかどうかは分からないけど……」


 答える沙樹の声を聞いたかどうか、彼女の親友は既に妄想の中へと旅立っている。

 従魔を従えるなら絶対可愛いのがいいよね、とか愛くるしい小動物系がいいよね、とか少女らしい事を口走る春香を見て、沙樹は溜め息をついた。

 自分の不甲斐なさに嫌気がさすとはこの事なのだろう。

 改めて見る親友の横顔。凜とした立ち姿。女らしい身体のラインから、可愛らしい仕草。くるくると変わる、その豊かな表情。珍しい榛色(ヘイゼル)の瞳は、女の自分が見てもやはり魅力的だ。

 何処かぼうっとした頭に、智子達から聞いた内容(こと)が響いてしまう。

 曰く、親友と自らの想い人が、二人で仲良さげに話していたと。これまで、会えば口喧嘩ばかりしていた二人が、突然和解したかのように接していたと。

 二人の関係を信頼しているのに、何も話してくれない親友の態度に心が揺らいでしまう。

 いっそ、自分で好きな人に聞く事が出来ればいいのに、それも出来ない自分がいる。

 かといって情けない自分を曝け出す事も出来ず、沙樹は朝から悶々とした時間を過ごさなければならなかった。

 そんな感情を振り払うように、一息つく。


 (こんなんじゃダメよね……。もっと強くならなきゃ)


 そんな小さな変化が起きた教室に、クラス担任の葛西が不意に訪れた。だが、次の授業は彼女の担当教科ではないはずだ。


 「支倉さん、ちょっといい?」

 「……はい」


 驚く顔も隠せないまま、沙樹は返事をしていた。


 「あと、久和さん。あなたも」

 「ふぇ?」


 間抜けな声で返事をした春香は、我にかえったのか頬が紅潮している。

 そんな教え子達の姿を見て、葛西は微笑ましく思ったのだろう。優しく手招きして、彼女は二人を呼ぶ。そして、時間が無いのか直ぐに用件を切り出した。


 「御免なさいね。実は、また刑事さんが久和さんとあなたに会いに来てるのよ。それで、昼休みに時間を取れないかしら?」

 「……私と春香に、ですか?」


 葛西が頷いて返す。


 「ええ。この前来られた刑事さんよ。それで、二人にまた話が聞きたいらしくって」


 見合わせる瞳に、怪訝な色が浮かぶ。

 春香は、思案顔も可愛らしく顎に指を当てて考える。

 

 (加藤さん達か……。いま沙樹ちゃんの傍を離れる訳にはいかないから、二人一緒なのは好都合よね?)


 親友に向けるアイコンタクトも素早く、春香が頷く。


 「私も放課後にして欲しいとは伝えたんだけど……。やっぱり、ランチを一緒にって言ってもねぇ」


 ほう、と溜め息交じりに事情を説明してくれる。


 「大丈夫です、先生」

 「むしろ、ランチタイム大歓迎! って感じで」

 「「ね?」」


 重なる二人の返事が、意味合い的に微妙にずれている気がするのでは。そう思いながらも、葛西は彼女達の意思を尊重してくれた。

 

 「そ、そう?」


 そして生徒達の逞しさに彼女は驚く。同時に、若い二人の反応に苦慮してもいた。学業以外に時間を取られる事に、彼女が難色を示しているのが分かる。それが、教え子達のためを思ってのことだという事もだ。

 授業後の休み時間に訪れた彼女だったが、話は直ぐに纏まる結果になった。


 「分かったわ。刑事さんには、昼休みに会うと伝えておくわね?」


 次の授業まで間がない。葛西はそう思い、教室から去って行った。









 「「失礼します」」


 沙樹と春香の二人は、一階の来賓室に足を運んでいた。午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り止まないうちに、沙樹を先頭に部屋へと入った。


 「このあいだぶりね。二人とも元気そうで何よりね」


 迎えに出たのは、長崎署少年課の立花美佐子だ。そこにもう一人、加藤の姿が見えない。その事に、春香は少し引っ掛かるものを感じた。

 しかし、明るい雰囲気で迎えられた二人は、それ以上の疑念を放棄してしまう。加藤も忙しい身だ。また彼女(たちばな)の持つ親しみやすさが、そうさせていた。

 

 「じゃあ、食堂に行きましょうか? 二人とも食べる(・・・)でしょう?」


 立花のほうも、特に加藤の不在を説明する訳でもなかった。立花は、つとめて明るく振る舞っている。そんな彼女の心配とは違う切り口で、少女達が切り返してきた。


 「そんなに食べないかも……。現役のキャリアウーマンほど食欲旺盛じゃないと思いますよ? 私達、食が細いほうだし」

 「そ、そういう意味じゃなくてね。ティーンの、貴女達の心身の健康のためだったんだけど……」


 春香の返答とわざとらしい仕草に、美佐子は慌てた。

 目の前の少女達は、女の自分が見ても輝くような美少女なのだ。彼女達と比べて、本当に自分が大食漢だったらどうしようなどと無用な心配をしながら、美佐子達は食堂へと二人を案内した。


 「さあ、遠慮せず好きなものを食べてね」


 改めて美佐子が少女達へと促す。彼女達の座る一角は職員が座るスペースで、周囲に生徒達はいない。混雑する事が多い昼休みに、落ち着いて食事することができるのは良い待遇だった。


 「いいんですか?」


 美味しいと評判の学食のメニューを見ながら春香が尋ねた。キラキラと瞳が輝いている。


 「勿論よ、心配いらないわ。経費だし、ね?」

 「やった!」

 「春香、そんなに頼んだら……」

 「大丈夫よ、支倉さん。高校生の頃は、しっかり食べなきゃね?」


 ある意味、素直な春香を沙樹が止めようとする。彼女のほうは、立花に奢ってもらう事に抵抗があるようだった。

 しかし、立花の対応に沙樹もそれ以上は何も言わず、三人での食事は大過なく始まった。

 そして、食事が進んだところで、美佐子は話を向けてみることにした。


 「昨夜はどう? よく眠れた?」


 この問い掛けに、春香が照れたように答えた。


 「はは、お気遣いなく。元気は高校生の特権ですから」

 「羨ましいわね」


 沙樹は大人しく聞き役になっている。彼女は昨夜の事情を知らない。


 「私なんか、徹夜明けはくたくたになるし、お化粧のノリは悪いしでいいこと無いわ」


 おどけた様子の美佐子に、二人も相好を崩す。


 「刑事さんって、あの(・・)事件の捜査を担当してるんですよね?」


 今度は少女達が質問を返す。


 「ええ、そうよ」

 「まだ犯人は捕まらないんですか?」


 その言葉に、立花は答えに窮した。

 ここにいる少女は、未遂に終わったとはいえ未解決事件の被害者なのだ。質問した春香の横で、沙樹が視線を落としていた。立花の胸がジクリと痛む。


 「ごめんなさい。犯人を捕まえるために捜査はしてるけど……。詳しい話は出来ないの」

 「それじゃあ、今日はどんな用件なんですか? 私達にってことは、あの事件の関係(こと)ですよね?」


 春香の切り返しに、美佐子は感心した。そして笑みがこぼれる。


 「ホント、流石に久和参事官の娘さんね。しっかりしてる」


 本当に嬉しそうに微笑む美佐子を見て、二人とも頭に疑問符(クエスチョンマーク)が浮かぶ。


 「ねぇ? 春香ちゃん、将来はお父さんみたいに県警(うち)に来ない?」

 「は?」


 話の飛躍に、二人の少女達はついていけなかった。


 「昨日の件でもね、たぶん感謝状が出るわ。詳しいことは、お父さんから聞いてね」

 「は、話が見えないんですけど?」


 二人の会話に、沙樹が入る。


 「あの、春香が昨日火事の現場に居合わせたことは聞いてます。他に何かあったんですか?」


 優しげな美貌が、僅かな不安に曇る。その表情さえも、絵になるような少女だった。


 「久和さんはね、人命救助に協力してるの。ホントに立派よ? 簡単に出来る事じゃないわ!」


 それにね、と続ける立花をよそに沙樹と春香が顔を見合わせる。


 (春香? 何したの?)

 (な、なんにもしてないよ? ちょっと手伝っただけだから。ホント、ホントだよ?)


 アイコンタクトで意思の疎通を図る二人に、美佐子は気付かない。

 心配する沙樹の視線に耐えかねて、春香が口走る。


 「そ、そう言えば! 今日は加藤さんは来てないんですか?」


 不自然な話題の提供に、春香がまずいと冷や汗をかいた。しかし、美佐子のほうも誤魔化したい話題であった。


 「うん。彼は別の用事があるから来てないわ。彼も色々と忙しい身だから!」


 思わず声が大きくなる美佐子だったが、二人の少女達はそれなりに納得する。

 犯罪予知プログラムによる発生予想図ーー。

 特殊なプログラムによる犯罪発生因子が現された地図上の情報は、部外秘のものだ。

 普通の高校に、犯罪発生因子が存在するという事実は、隠しておかなければならない情報であった。ましてや、美佐子がその情報に基づいて行動していることも。その情報が、正しいルートで与えられたものではない事もだ。


 「そっか、加藤君と知り合いだったよね?」

 「そ、そうなんですよ。ホント、こんなちっちゃい頃から知ってるんで腐れ縁って感じで……」


 春香が右手で示す子ども時代の背丈を見て、美佐子が驚く。

 やだ、そんな小さな頃からなんて危ないわ、とか呟く声は、幸いにして少女達には聞こえなかった。


 「支倉さんは、その後大丈夫? 夜とか、暗い場所とかに抵抗があったりはない?」

 「……もう、大丈夫です。春香もいますし」


 ここで沙樹が笑顔を見せたことで、立花は救われた気がした。

 特に女性の場合、凶悪事件の被害に逢ったせいで、PTSDなどの後遺症に悩まされるケースがあるのだ。まだ十代の少女が、誘拐まがいの事件に遭遇したことの重さを美佐子は改めて知った。

 

 「そう。でも無理しないでね。被害のせいで、しばらく眠れなくなったりする事もあるから」


 被害少女を気遣う彼女は、優しく沙樹のことを見ていた。

 その気持ちは、沙樹にも十分伝わった。


 「それに、午後から全校集会だっけ? 先生達から皆に話があるだろうから、そこで聞いてね」

 「よくご存知ですね?」

 「刑事さんって、いろんなこと知ってますよね」

 「それが仕事だしね」


 そう言って笑う美佐子は自信に溢れ、輝いていた。


 「ところで最近、事件の前後で何か変わったことがなかった?」

 「「えっ?」」


 不意に試された問い掛けに、二人の少女達が固まる。春香から沙樹へ、美佐子の視線がゆっくりと移動する。


 「あの、それは……」


 躊躇いがちな沙樹の声は、途切れてしまう。不安に揺れる瞳が震えていた。

 美佐子の目が真っ直ぐに沙樹を捕らえる。仕掛けられた問いに、少女の答えが詰まる。次の瞬間、時間が止まった。


 「何か不審なものを見たりしなかった? 今まで無かったものが目についたり、身近になかったかな?」


 美佐子の質問に、少女の喉が鳴った。相手の目的が分からず、沙樹は内心戸惑っていた。知らず手に力が入る。

 睨まれた訳でもないのに、沙樹は追い詰められていた。目を逸らす事が出来ない現実に、少女の頭は真っ白になる。

 そんな緊張を横から春香が破った。


 「どういう意味でしょうか?」


 厳しい視線を立花に向け、春香は質問を質問で返した。敵意を隠さなかったのは、親友を庇うためか。


 「あら? ごめんね、言い方がキツかったかなぁ」


 カラカラと笑う立花の様子に、春香の表情は訝しんだままだ。


 「ほら、あなた達色々あったじゃない? 他人(ひと)には話せなかった事があるんじゃないかなって?」


 加藤の同僚であるこの女性は、掴んでいる。その何かが、自分達の足元を脅かす。沙樹は、そんな気がしてならなかった。

 

 「そ、それは……」

 「待って、沙樹ちゃん! 何も話すこと……」

 「大丈夫よ、支倉さん。私の仕事は、あなたを守ること。あなた達を襲った奴を捕まえるためよ」


 途端に、春香の警戒心の針がマックスまで振り切れる。


 (思ってたより、キレるんだ。この女性(ひと)……)


 立花の言動は、誰が見ても被害者である沙樹を慮ってのものだ。

 さすがに加藤の同僚と言うべきなのか。それとも、この女性がキレるからこそ加藤が付いているのか。

 思いがけない伏兵に、少女達は慎重になった。


 (沙樹ちゃんは心理戦に向かない。純粋さが、仇になってる!)


 重苦しい空気を嫌うように、春香が打開策を求めて思考を始める。全力全開の思考作業に、春香は集中する。

 ひと呼吸に満たない時間が、沙樹と春香には長い沈黙に感じる。

 

 (これは、ひょっとして……)


 賭けに近い罠を仕掛けた美佐子は、思わぬ反応に驚いていた。

 決して表情には出さない。あくまで自分は被害少女を心配する大人だ。そこにつけこむ形になったのは本意ではないが、美佐子には手懸かりが必要だったのだ。

 そして、この少女達は何か(・・)を知っている。


 (ちょっと、試してしてみるかな……)


 二人の沈黙を見て、美佐子が続ける。


 「なんでもいいのよ。この事件は不可解な事が多くてね。いえ、むしろ多すぎるくらいだわ」


 二人を見ながら、美佐子は全神経を集中させる。少女達の挙動を見逃さないように。彼女達の態度に潜む真実の欠片を見落とさないように。


 「あなた達が周りに喋ったら信じてもらえないと思ってるような、そんな荒唐無稽なことでもいいの。知ってたら、教えてくれないかしら?」


 立花の目に、有無を言わせぬ迫力が宿る。綺麗なアーモンド・アイが、今は怖いとすら思えた。

 沙樹に疑惑の目が向けられる。

 目撃者として警察にマークされること。それは春香達にとって、何よりも避けたい非常事態に他ならなかった。


 「あ、あの……。私……」


 震えている手に、力が入らない。

 違う、何も知らないという一言が出てこない。言うことを聞かない自分自身の身体に、沙樹は冷や汗が止まらなかった。

 向けられた疑惑の目に、まだ十代の精神(こころ)は怯えることしか出来なかった。

 

 













 次の投稿は、「強襲1」になる予定です! また次回の投稿で、お会いしましょう♪

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