第39話 真実との邂逅2
後半戦、頑張っていきます! 応援よろしくお願いいたします!!
「へっくしょん!!」
穏やかな朝のひとときに、小さな波紋が巻き起こる。
「春香、どうしたの? 風邪?」
そう聞くのは、案じる顔も涼しげな彼女の親友。
紺色の制服を端正に着こなして、前の席から振り返っていた。その少女の瞳には、揺らめくような青の輝きが宿っていた。
「春ちゃん、今時そんな芸人みたいなクシャミするなんて貴重だわ!」
「静ちゃん、褒めるところが違うでしょ?」
「えっ? それって褒めてるの? オジさんっぽくない?」
友人達が口々に褒めそやすのは、彼女の素直な心根だろう。尤も、扱いが天然記念物並に珍獣的なところは困ったものだが。
「う~。誰か噂してるかな?」
憎めない彼女の周囲には、常々から笑顔が絶えない。年相応に女の子らしい筈なのだが、当の本人は微熱でもあるせいか、今日は女らしさの脇が甘くなっているようだった。
笑いながら静香が言う。
「あはは、それ当たってるかもね~。昨日の件で、また株を上げたものね!」
「……冗談よして」
春香の眉間に、可愛らしい皺が寄る。
「でも、さすが春ちゃんよね!」
「ホント、私らは慣れてるけど、先生達が知ったらどんな反応するだろうね?」
「あ~、それは言えてる。ゆっこなんて倒れるんじゃないかな?」
少女は、額に手を当てながら嘆息する。
「此処だけの秘密にしといて。ホント」
友人達には昨夜の事を話せる範囲で話していた。曰く、花菜と一緒の時に火事場に遭遇したこと。自分は、彼女の手伝い程度の働きだったことを話していた。
勿論、消防署から感謝状の話が出ているなどとは、つゆほども知らない彼女達だった。
ただ、他の友人達には話せない事でも、沙樹には話している。こちらも、心優しい彼女に話せる範囲で、だが。
「へくしゅっ!」
「春香、大丈夫? ホントに風邪気味じゃないの?」
「へいきヘイキ、大丈夫だよ。沙樹ちゃん」
なかば自らに言い聞かせている春香に、沙樹の顔が曇る。普段は弱った所など絶対に見せない彼女だけに、沙樹は気になって仕方なかった。
息をつく感じの春香は、見ていても精彩さを欠いていた。そんな彼女の様子に、沙樹は僅かに手を握り締める。
黙って見ていても、静香達に相槌を打つ春香の笑顔は乾いた印象を受ける。
見ていられない、というのが沙樹の正直な気持ちだった。
「あははは~」
「オデコ貸して、春香」
そう言って握り締めていた手を春香の後ろ頭に添える。
突然のことでもないのに、春香の反応が遅れた。彼女が机に手をついた時には、親友の顔が驚くほど近くにあった。その美貌に思わずドキリとしてしまう。
「大丈夫だよ。ダイジョウブ……」
無理に笑おうとする春香を、親友の瞳が射ぬく。
吸い込まれそうな魅力を放つ瞳に、春香は身を捩って離そうとする。
「じっとしてて」
心配してくれる親友に言われて、春香は諦めて身を任せた。明るい栗色の髪が揺れる。
暫くして離された沙樹の顔は、やはり心配そうな表情をしていた。
「私、ちょっと医務室で薬もらって来る。智子、春香をお願いね!」
しまったと春香が考えるより早く、沙樹は立ち上がっていた。
「あ~、沙樹ちゃん待って! いいよ、行かないで!!」
手を伸ばそうとした時には、既に沙樹の姿は自席には無かった。
今日は手の動きが遅い。身体が鉛のように重い訳でもないのに、単調な動きは自分の意志を汲み取ってくれなかった。
「春香、暴れちゃダメよ?」
教室のドアの所で振り返る親友に、春香は暴れないよ~と心の中で訴えては反芻していた。
しかし、無情にもドアは閉められる。
「あ~ぁ、行っちゃったよ」
「心配させるからだよ、春香」
「……だるいのは事実なんだけどぉ」
頬杖をつく春香の脳裏に、昨夜の事が浮かんでいた。
(あんなに連戦したのは、私も初めてだったし……。ホント、死ぬかと思ったし)
造られた幻想の夜ーー。
クラウド・ゲイトとの長崎市の覇権を掛けた戦いは、まさに激闘と呼べるものだった。
そして、その渦中で発現した自らの新しい能力。余りにも多くの事が、起こった一夜だった。
(あの独特の気配……。何故だろう? 私は影響を受けなかったらしいけど、花菜さん達は苦戦してた……)
周浩然の操る闇魔法の数々が、少女の脳裏に浮かんでは消える。
あらゆるものを漆黒の闇に覆い尽くさんとする殺意と幻想の夜。呪詛を纏わせた黒魔術の技は、容易く少女達が守ろうとするもの切り崩し、呑み込もうとする。
そして、その心的表象そのものを、心の奥底から沸き上がる紅蓮の炎が焼き付くしていく。
(闇色の瞳……。そして、地獄の炎。何のことなんだか……)
激闘に思いを馳せる少女の顔には、隠しているものの疲労の色が濃い。
ほとんど徹夜となった事後処理に、守護者達は今も忙殺されているはずだ。
知らず溜め息が、口をついて出てしまう。
「日々是精進也か……。ホント、嫌になるよ」
しんみりとした少女の言葉は、誰に聞かれる事もなかった。
明るい学校の日常に、そんなものは必要無いのだ。今は年相応の自分でいたいと、春香は感じているのかも知れなかった。
「春香ちゃん。その、お客さんだよ」
呆けたような春香の様子に、クラスメイトが声を掛けた。
「ん? 誰?」
気の抜けた返事に、クラスメイトも申し訳なさそうにする。その少女の視線は、教室のドアのほうを見ている。
「あれ? 柳楽君……」
来客を言い当てたのは、朱美だった。
意外な来訪者に、クラス中の視線が集まる。噂話の好きな少女達だ。
「久和、ちょっといいか?」
よく通るアルトが、春香を呼ぶ。背も高い彼は、入り口から目立っていた。
「……委員長? 何よ、沙樹ちゃんなら外してるわよ?」
「支倉さんなら、廊下を走ってるのを見たよ。彼女にしちゃ珍しい……。ああ、彼女に会いに来た訳じゃないんだ。覚えてるか? 昨日約束した話なんだが」
何気なく話す柳楽も、よく道理は弁えているようだった。TPOを選んでいる、と言い換えても良い。
(そう言えば、そんな約束してたな……)
昨夜の顛末を詳細に思い出していたのか、春香がああ、と言って答えた。その表情が少し引き締まっている。
「いいわ、何処で話すの?」
「まあ、人気の無い場所なら、生徒指導室あたりに行くか?」
ザワリと周囲の雰囲気が動いた気がした。
沙樹に頼まれていた智子が、慌てたように声を掛けてくる。
「春ちゃん!?」
「ちょっと、どんな展開よ?」
楽しそうな静香の声が続ける。
「……ええと、これって沙樹ちゃんになんて言えばいいの?」
朱美が疑問を投げかけてくる。
「そりゃあ、アリのままでしょう」
静香が即答する。すると、それに春香が重ねてきた。
「聞こえてるから、静ちゃん」
「ありゃ、失礼しました~」
悪びれない友人達を傍目に、春香は小さな嘆息を飲み込んでいた。
頭が痛くなりそうだと考えた春香は、ふと別の視点に思い至る。噂話の生け贄は、なにも自分でなくともいいではないか。こみ上げてくる悪戯心を噛み殺して、彼女は柳楽に向き合う事にした。
立ち上がる少女は姿勢も正しく、少しはにかむ態度も初々しく、女の子らしい魅力に溢れている。微笑みを目一杯振り撒くと、やおら腰に手を当て、立ち姿も凛々しくきめる。
そして、周囲の目も憚らずに少年に言った。
「まあ、いいわ。そこまで言うなら委員長に付き合ってあげる」
流し目気味に柳楽を見る少女。その口元に明るい栗色の髪を一筋含み、小悪魔的な笑みが浮かんでいる。
「……妙な言い回しはやめてくれ」
今度こそ、ニヤリと笑みを浮かべて春香は言った。
「だ、そうよ。みんな」
「「「「はーい!」」」」
クラス中から揃った返事が返される。
頭痛がすると、言い出しそうな柳楽を見て、春香は勝ったと内心でガッツポーズを取った。
「通ってる道場の先輩が知ってたらしくて、誘って来いと言われてるんだ。こっちの気も知らずにな」
困ったような顔で、誰ともなしに光一は説明する。
「まったくよね」
「まったくだ」
気の合う二人の感想は、何故か息もピッタリと言えた。ここで間髪いれず、春香が畳み掛けた。
「なら、沙樹ちゃんには直ぐ戻って来るって言っといてくれる?」
その返事も聞かず、少女は少年を誘って出て行く。今度は彼女の方が少し急いでいるような印象があった。
「じゃね♪」
そそくさと立ち去った二人の姿が見えなくなったころ、今度は同じクラスの少女が戻って来た。誰あろう沙樹である。入れ違いになってしまった少年少女達に、教室中の視線が集まる。
「……あれ、春香は?」
薬を届けようとしていた彼女は、二の足を踏む事になった。沙樹が口を開く前に、友人達が事情を説明する。
「その、あのね沙樹ちゃん。実は、さっきね……」
焦った智子の説明が終わる前に、朱美が唐突に告げた。
「柳楽君と一緒に逃げ出したよ?」
「えっ?」
沙樹が朱美に話掛けようとしたところで、後ろから静香が彼女のこめかみをグリグリと締め上げる。
「朱美! あんたは! もう少し言葉を選びなさい!!」
「痛い、痛いから静ちゃん!」
じゃれ合う二人の少女達に機先を制されて、沙樹は智子に問い掛ける。何故か友人達が申し訳なさそうな顔をしていた。
「光一君が来てたの? 智子?」
「少し前に、柳楽君が呼びに来てね。よく知らないんだけど、約束してた事があるとかで……」
静香がまだ朱美に折檻をしながら言う。
「ごめん、沙樹ちゃん。春香も仕方無いって感じだったから」
「そ、そう? なら待つかな?」
「……ヘルプ、ヘルプ!」
「あんたは反省する!」
友人達の騒がしさに、むしろ沙樹の方が引き気味だった。春香の容体も心配だが、光一が彼女を訪ねて来たのは何故なのか。そちらも気になっていた。
(約束ごとって、智子は言ってたけど……)
二人がいないという事実が、少女の心に不安を残す。まだ不安定な十代の心に、波紋が細波のように広がっていた。
「加藤君、いる?」
立花が加藤を探してか、少年課に立ち寄っていた。会議場から来たのか、手荷物も無い。セキュリティの高い職場で、やはり特捜員の立場は特殊なものがあるようだった。
彼のデスク周辺を見回すと、立花は不思議そうに呟いた。
「あれ? 何処かですれ違ったのかなぁ……」
主人のいないデスク周りで、立花ひとりが立ち尽くす。
(聞いてみたかったんだけどなぁ……)
そんな彼女の姿を遠目に見つけた何者かが、少年課のフロアに小走りに近寄って来る。
「立花さん!」
「あら、和田君。どうしたの、久しぶりよね?」
近寄って来たのは人懐っこい感じがする若い男性だった。小太りな体格も何処かユーモラスだ。私服姿であるから、専門の係員であるのは間違いないのだが、専門職にありがちな偏屈な部分を全く感じさせない男だった。
軽く息を整えて、和田と呼ばれた男性警察官が話し掛ける。
「加藤先輩、何処か知りません?」
期待した眼差しで立花を見ると、間髪入れずに質問する。愛嬌のある目は、二十代前半に見えた。
顔見知りであるのか、立花のほうもフランクに答える。
「何か用件だった?」
「先輩から頼まれていた件で、見て欲しいものがあったんで持ってきたんですわ」
「そうなんだ。ん~、困ったわね。私も探してるんだけど、いないんだもん……」
立花の返事に、和田も返答する。
「ああ、じゃあ立花さんから渡しておいてもらえません? 同じ特捜班だし」
予想外の提案に、美佐子も聞き返していた。
「えっ?」
「じゃあ頼みますわ!」
勝手に進んで行く話に、美佐子が慌てて止めようとする。
「ちょっと、和田君! 私よく知らないんだけど!」
ええから、ええからと大きめの封筒を渡してくる和田を見ながら、しまったこいつも変人だったと美佐子は後悔する。
「どうしよう、困ったな……」
帰っていく和田の後ろ姿を眺めながら、美佐子は手にした封筒に目を落とす。そして、再度主人のいないデスクを眺めた。
「加藤君……。やっぱりいないよね?」
預かりものを持ったまま、彼女は考え込む。再び、視線は手元の封筒に戻る。
(でも、同じ特捜事件って言ってたわね?)
既に微妙なニュアンスが変わっている事には目をつぶり、あっさりと美佐子は考えを改める。
「覗いちゃおうかな?」
封筒は、いい塩梅に封がされていない。紙のそれが折り曲げられただけだ。
「いや、でもダメ! もし加藤君のプライベートだったら……。う、でも」
葛藤が彼女の心を支配する。
ほとんどダメな子の言い訳のような言葉を使って、美佐子は自己正当化し始める。
「むしろプライベート……。見てみたいかも? いやいや、ダメでしょ? 思い直すのよ、美佐子!」
此処に加藤がいれば、さぞ面白いことになっていたことだろう。それくらい、立花の一人百面相はくるくると表情を変える。
(そう言えば、以前何処かの窃盗事件のことを調べてたことが……。あの時は、まだ秘密だって言ってたけど? でも、和田君が見て欲しいって来たから……)
邪なものに心の隙を突かれた哀れな者の姿が其処にあった。
「ちょっとだけだから、ゴメンね!?」
小さな声で加藤に謝る。
「これかな?」
そして、彼女は思いがけないめを見る事になった。
(これは? いったい何処から……)
封筒の中から出てきたものは、とある資料であった。
犯罪予知プログラムーー。
警察署でも、プロファイリングなどの犯罪分析官だけが使用する類いのものだ。
複雑なプログラムは過去の犯罪発生に関する膨大なビッグデータを活用して、類似犯罪がいつ、どこで、どのように起きるのかを具体的に示す事が可能となる。データ上の犯罪発生に関する因子を解析し、数値化されたデータが地図として表示される。その表示区域には、犯罪発生因子があるとされ、犯罪の起こりそうな予測ポイントとして特定されるのだ。
まだ実証実験中のもので、正式導入は警視庁くらいだが、その恩恵は東京都特区において街頭犯罪全体量の約二割近くを抑え込んだ実績がある。
「……何よこれ?」
明らかに何かの事件に関わると思われる資料が、立花の目を釘付けにしていた。そして、その中にある一枚の写真に目を奪われる。そこに写されていたのは、行方不明中の少女の行方に関わる重要参考人。
まだ公開されていない、あの老婆の姿だった。
読んでくださる方々には、感謝しても足りないくらいです。なるべく早めの更新ができるように頑張ります!




