第37話 語られる事のない戦いⅡ3
お待たせしました! なかなか進まなくてすいません。
「破ァ!」
春香の気合いが炸裂し、退魔の技が余韻を残す。
迫る魔物の手を躱し、刹那に正拳を突き込む。魔物の群れを食い破る一撃は、鮮烈でいてなお重い。
塵と化して滅する側から、新たな魔の手が春香を襲う。その襲撃を鮮やかな体術で捌き、流れるようなカウンターを決める。
「おい、無茶するな! こっちに回せ!」
「あなたこそ、余裕が無いでしょ? ここは譲りなさい!」
春香の奮戦に触発されてか、光一も玄人裸足の勢いを見せる。武術の心得があるためか、乱戦の中で構えも堂に入ったものだ。
そんな二人のコンビネーションに、魔物の勢いは減じることなく次々と湧き出してくる。同族の死体を踏み越えてくる様は、心の弱い者なら戦意を喪失しかねない。
その状況に、春香が間合いを取って下がる。
(キリがないわね、ホント)
息吹を吐く春香の周囲に、汚れた緑色の魔物達が蠢き集う。
倒れているなら、仲間でも喰らい付く魔物達。その本能優先の行動は、命を刈り取る事だけに終始しており、集団での統率は取れていない。
群れ集う悪魔達は、明らかに少年少女を獲物と見ていた。だからこそ、春香達は戦えるのだ。
(……かなり削ったんだけどなぁ)
そんな内心の愚直が、共に戦う少年に聞こえた筈はなかった。一日の長がある少女が、弱音を吐く訳にはいかない。見れば光一も群がる小緑鬼を相手に手子摺りだしていた。
疲れが、二人の士気にじわりと影を落とす。
「まったく、キリがないな!」
「ほら、喋ると体力的にキツいわよ!」
均衡が破れるその時まで、ひとつでも多く、破魔の力を叩き付ける。
少年の前に出てカバーする少女は、歴戦の勇士に違いなかった。
「まだまだっ!」
気を込めた一撃は、迫る魔物を防御ごと吹き飛ばしていく。
小緑鬼の人間の子どもに近い体格と、人形の顔形は、若い二人の胸中に躊躇いを生む危険性があった。弾け飛ぶ臓腑や血飛沫を見て、顔色ひとつ変えない少女の戦い慣れた姿に、声なき賞賛があがる。
「応援はまだなんだよな?」
「そうよ! お楽しみはこれからよ!」
春香の獰猛な笑みに、光一も応える。
中央橋の攻防は、激しさを増し始めていた。
戦略拠点となる橋頭堡をおさえる春香達に、次々と魔物達が群れ集う。破魔の気を使った技により、その脅威を打ち払う。繰り返し、繰り返し迫る敵を押し戻す。
二人の活躍に、小緑鬼達は足止めを余儀なくされていた。
春香達が狙う戦略の初手は上手くいっている。
次の問題として、クラウド・ゲイトの術者を仕留めれば終わるのだが、その彼等が出てくるまで、今一つ足りないらしいと春香が言う。
「もっとこう、派手にいかなきゃダメかな?」
「何する気だ、お前?」
意外そうな顔をする春香に、光一が尋ねた。戦いの渦中にあるため、背中越しに聞く。
「起死回生ってヤツ?」
その言葉に、少年の顔色が悪くなる。
「……嫌な予感がするのは俺の気のせいか?」
「失礼ね! 別に周囲を巻き込むような真似はしないわよ!」
フレンドファイヤの心配をされたと思った春香が声を荒げて言う。
「見てなさい。このまま押されて引き下がったんじゃ、魔術師としての沽券に関わるのよ」
そう言って九字の印を切る春香に、少年は準備のための時間が必要だと悟る。何も言わず前衛をかってでる少年に、少女の声が掛かる。
「1分でいいわ!」
「わかった!」
春香の頼みに、光一が前に出る。彼の身にも特別な力が宿っている。魔物達にとって、天敵とも言える破魔の力。
附与魔術による聖十字の加護。
彼等にとって、生命を繋ぐ神秘の力でもある其は、少年の闘志に反応して銀色の光を放っている。聖人の御業になぞらえられる奇跡の力が神威を発揮する。
光一の戦いぶりを見た春香は、自らの退魔術に集中した。
(気と魔力の融合……)
集中した春香が身を浄める印を結ぶ。古式に則り、破魔の力を高めていく。数日前、自身に撃ち込んだこともある聖属性攻撃を威力を高めて放つつもりなのだ。
昂る精神を湖面に映すように鎮め、聖なる力となす。
そして、今彼女の周囲では高まり続ける破魔の力に、ある作用が起きていた。
雷光の加護。
千々和の作成する特別な呪符は、アラベスクと呼ばれる。それは、時に術者に無いはずの属性攻撃を可能にする。春香の身に起こっている帯電状態の物理現象も、千々和の附与魔術が可能ならしめていた。
本来的な術者の力を何倍にも引き上げる呪符は、五行相克による思想を体現し、戦いの局面を引っくり返す切り札となる。
少女の両手が印を解き、胸の前で合わせられる。
間をおかず、包み込むようなたおやかさで開いた両手の中に、聖なる力が漲っていた。
纏い付くような紫電の光が、一呼吸ごとに激しさを増していく。
溜め込まれた力の反発力のせいか、春香も両手に込める力が増す。次第に発光するそれを腰だめの姿勢に保ち、少女は半身に構える。
込められた少女の祈りは、何を望んだものか。
「下がって!」
俯いた少女の顔は分からなかったが、光一はこのあと、奇跡の瞬間を目撃した。
春香の榛色の瞳が、通りを埋め尽くす魔の軍勢を映す。
その光景が、白い閃光に塗り潰されていく。
「歳破ァ!!」
これまで幾度となく戦いの趨勢を決してきた必殺の技に、春香は賭ける。
自身が持つ最高の破魔の力。それに、雷光の威力を上乗せした一撃が放たれた。
白い閃光が走り、雷の衝撃音が辺りに木霊する。ビル街を突き抜ける純白の衝撃に、通りにいた魔物達の姿が覆われていく。
衝撃の余波が鳴り響く戦場に、技後硬直化した一人の少女が立っていた。まさに危機的状況を一撃で吹き飛ばした退魔術の大技に、全てが沈黙していた。
目を焼く閃光が引いた時、春香達を襲おうとしていた魔物の軍勢は殲滅され、塵と化していた。
「よし!」
右手を握り締め、気炎をあげた春香に天は味方した。
牌楼と呼ばれる中華街の門に、明らかな変化が訪れたのだ。
牌楼の上で鬼火の如く、揺らめく青い光が灯っている。四神結界門を無力化する鬼門遁甲の術。それは街灯も無い街の景色に、はっきりとした存在感をもって現れた。
それを見た少女の顔が、花の蕾が綻ぶように相好を崩す。
「来たっ!」
ほぼ同時に、豪快なエンジン音が鳴り響く。ヘッドライトの光が、遠目に近付いて来る。川沿いに進入してきた複数の車輌から、見知った顔が続々と集結し、降車してくる。
「お嬢っ! 無事か?」
「みんな!」
E・コールを聞き付けた先発隊が到着していた。光一も流石に息をつき、胸を撫で下ろしていた。
駆け寄る二人に、大人達が庇うように引き寄せる。仲間の無事に、そこかしこで賞賛やら安堵の声などが聞かれた。
「よし! お嬢達を囲め! 防御円陣を組むんだ!!」
「四神結界門を封じ込められるのは、今だけだ! 攻勢に出るぞ、急げ!!」
手早く進めていく守護者達の手並みを、春香達はもみくちゃにされながら拝見していた。そこに、二人が知る人物が現れる。
「春香! よく無事で……」
「花菜さん!」
華やかなスーツ姿が乱れるのも構わず、花菜は駆け寄るや妹にも等しい少女を抱き締めた。年相応の笑顔を見せる春香に、花菜も涙ぐむ。
「あんまり無茶な事をしないで!」
「ごめんなさい……」
無事を確認する花菜の顔にも笑顔が戻っていた。姉とも慕う花菜の涙を見て、春香も貰い泣きしていた。
しかし、再会の喜びも束の間、色めき立つ周囲の仲間達が騒ぐ。牌楼から進み出る者達を認めたのだ。
「気を付けろ! クラウド・ゲイトの奴らがお出座しになりやがったぞ!!」
進み出て来る人影は、中華服を身に纏う三十代の居丈夫。眼光が鋭く、まるでこちらを射殺さんばかりに睨みつけてくる。ローブ姿の魔術師達を十数名も引き連れての遅い登場であった。
「あれが……」
「周浩然……。闇に魂を売り渡した魔術師よ」
冷たく言い放つ花菜の様子に、春香は自身も感じる魔力波動を意識した。闇の魔術独特の寒気がするような波動を感じて、少女は知らず両手を抱え込んでいた。
造られた夜を背景に、野獣のような殺気が漲る。
牌楼の前に立つ周浩然に、守護者達も緊張と怒りを顕にしていた。
まだ距離があるというのに、目を放す事が出来ない。
(この感じ……。沙樹ちゃんところの黒猫と、雰囲気が似てるんだ)
死の気配を宿すと言われる闇の魔術に、春香は忌避感を感じていた。遠目に見る中華服の男に、異様な魔力の集中があった。
「クラウド・ゲイトの周浩然だな!」
「いかにも! お前達が守護者だな? あの男はどうした!?」
返される口上に、殺気が漏れてくる。通りを挟んで相対するふたつの勢力同士が、緊張に顔を染めていく。
「誰のことだ? お前達の相手は俺達がする。外法に手を染め、一般人まで巻き込んだ落とし前は、きっちりつけさせて貰うぞ!」
怒りに燃える守護者の姿に、嘲笑うかのような声が聞こえた。
「先日の非礼を詫びるならいざ知らず、あくまで言い掛かりを付けて此方に攻め入るつもりか?」
「非礼!? 市内に武装した私兵達を蔓延らせておいて、非礼だと!? それがクラウド・ゲイトのやり方か!」
今、守護者達の指導者である浦は、この場にいない。後方での作戦参謀としての立場があるため、迂闊に動けないのだ。だからこそ、エースである花菜が、先発隊の指揮を取るために来ていた。
そして、その花菜を守るため、敢えて他の門弟達が矢面に立っている。
「あくまでシラを切り、浦を出さないつもりか! いいだろう! ならば望み通り、一匹残らず叩き潰してくれる!」
敵対する魔術師の態度に、いきり立つ者が出ていた。
「クソッたれ! 待ったなしかよ……」
守護者の中に、ぼやく者も出る。交渉する余地すら無いクラウド・ゲイトの頑なな態度に、皆が殺気立ってくる。
魔力が動く気配があった。空間を伝播してくるなんとも言えぬ気持ち悪さに、数人が顔を顰める。しかし、それ以上に守護者達の顔に覚悟の色が見えた。
そしてそれは、春香も例外ではなかった。
(……まさか、また闇の魔術を行使するつもりなの? いったい、何人犠牲者が出てると思ってるのよ!)
義憤に猛る春香の魔力が、危機的な状況に際して三度赤い煌めきを発現させる。
深い怒りに起因する魔力の高まりが、彼女の能力『マルチトラック』を無意識に発動させる。周囲の空間に干渉する魔力が、次第に熱を帯び、火花散る煌を次々と顕現させていく。
鮮やかな緋色の発火現象に、クラウド・ゲイトの魔術師達も気付く。
「ほう、やる気になったのなら結構。手応えがなければ面白くないからな」
周浩然の顔が、嗜虐的な性向の笑みを漏らす。
中にはあからさまな構えをとって、こちらを挑発する術者までいた。
「春香? あなた、どう……」
隣で少女を気遣う花菜の目に、爆ぜては消える小さな赤の煌めきが見えた。それは、今や春香を中心に無数の小さな輝きを見せている。
(この火は何処から!? それに、これは魔術による無詠唱や遅延式の結果じゃない! この娘の魔力が直接的に炎をあげて……。まさか、発火能力者!)
春香の魔力の高まりに気付いた守護者達が、皆真剣な目付きに変わる。
この年下の少女が、自分達の遅れのために自ら死地に飛び込み、奮闘したのだ。生命の危険を省みず魔物に挑んだ献身に、また利他的な感情から怒りに燃える姿に、見る者の心が震えた。
地下中華街を根城にする魔術協会クラウド・ゲイトと、この街を拠点とする守護者達とが睨み会う。
一触即発の緊張感が、糸のようにキリキリと音をたてて張り詰めていく。
クラウド・ゲイトを向こうに廻して、通りのこちら側では、春香の膨大な魔力が熱量に変換されていく。
「春香! 落ち着いて!」
肩にかけた花菜の手が、思いがけないほどの熱に晒される。しかし、それでも花菜は肩にかけた手を離さない。
その熱に焼かれて、美しい顔が苦痛に歪む。それでも命懸けでクラウド・ゲイトの侵攻を止めてくれた少女に、そんな顔を見せる訳にはいかなかった。
(怒りに我を忘れてる!? まるで感情を支配されてるような!? でも、このまま暴走させるわけには……)
黒曜石のような花菜の瞳に、何かを訴える意志の力が宿る。
肩にかけた手に力を込める。焼けつくような痛みを花菜は無視する。
「春香? 春香、いい? 初撃は任せるわ。貴女の火で穢れを祓うのよ。できる?」
「……花菜、さん? あれ!?」
耳元で聞こえた花菜の声に、我に返った春香が振り返った。
途端、彼女の周囲に広がる煌めきが透けるように散っていく。
「春香、できるわね?」
「はい!」
頷く少女に笑顔を見せて、花菜は焼けた手をそっと離した。
穏やかな表情が戻った春香は、対決色を示す牌楼前の勢力を見る。先ほどまで感じていた不気味さは、もう感じない。
決然として前を向く少女の瞳に、死が溢れた夜が映る。
この造られた夜を破らなくてはーー。そう彼女が考えたのも無理からぬこと。
ゆっくりとした所作で右手を掲げ、魔力を練り上げる。春香は、闇を打ち払う初撃の魔術に集中した。
同じ頃、歓喜に包まれていた坂の上の館で、厳しい顔を見せる者がいた。館の守護者、黒猫である。
(この波動……。何者かが闇属性魔法を使ったな!)
黒い宝石のような毛並みを見せて、使い魔が窓辺に寄る。外に広がる夜の景色と、煌めく星を見て何かを感じとっていた。
「クラウド・ゲイトか。だとすれば、手子摺るかもしれぬ」
そう言って身を翻す黒猫は、館の主人に視線を移す。
(沙樹様に心配をかけぬ成果を見せてくれればよいが……)
黒猫の翠色の双眸に、暗い闇の精霊が持つ感情が過る。
静かに窓辺を退き、室内へと歩みを向ける。その影が、黒よりなお昏い、何者にも染まらぬ意志を秘めて密度を増す。
やがて、室内から姿を消した使い魔は、坂の上の館からいつの間にか姿を眩ませていた。
同時刻、長崎市内の幹線道路上で、悶々としている二人の捜査員がいた。
加藤と立花の二人である。
二人は、先ほどからいっこうに進まない道路渋滞に辟易していた。
「どうして進まないの!? もう、何十分たつと思ってんのよ!」
立花の声に、加藤も同意する。
「先輩、降りましょう。その方が早そうですよ」
「ええ、そうね。そうしましょう!」
先刻から、繁華街に救急隊のサイレンが響いていた。彼等が向かう先にも、火災発生の一報があった。渋滞自体も、それを考えれば無理からぬことだと理解できる。
しかし、警察官として、彼女の心が一刻も早く現場に駆けつけたいと叫んでいた。
あの先にある何かが、自分を呼んでいるーー。
美佐子には、そう思えてならなかった。
加藤の運転で、車輌を路肩に止めると、二人は立ち上る黒煙を見上げた。
降車して、すぐに走り出す。
「加藤君、行きましょう!」
「ええ、少し状況が変わってるようですしね」
駆け出す立花に、冷静な加藤が応える。
彼の言葉にあった手懸かりに、彼女は気付かない。加藤らしからぬ失言は、彼の焦燥感に起因していた。守護者達の状況が、彼にも届いていたのだ。携帯端末に送られてきた春香のE・コールが、彼の焦りを増幅させていた。
いやが上にも膨れ上る予感は、彼にとって悪いものしかなかった。
(花菜さんがいても、安心は出来ない。相手はクラウド・ゲイト。やはり、周浩然が来るか……)
駆ける立花の横を並走しながら、加藤は思考する。
「加藤君、あれ!!」
立花の指差す方向に、魔力の乱れが感じられる。戦闘区域となったNo.2だ。
「……煙の方向は、中華街ですね。さっきの渋滞だと、消防車も来てないかも知れませんよ、あれは!」
純粋に、仲間達の安否を懸念する加藤の表情は暗い。
「仕方ないわ。先に、そっちから行きましょう!」
「ええ!」
数分後、向かった先で二人は立ち上る煙を見た。ただ煙はあるものの、火は見えない。
中央橋付近の路上は、喧騒が支配していた。
現場を発見した二人は、人垣を掻き分けて進む。周囲に声をかけてみても一部の人々は、野次馬の如く群れるだけだ。
その奥で、逃げ遅れただろう負傷者を肩に担いだ人物がいた。
数人の市民が、消防車も到着していない現場に留まり、救命活動をしている。顔を見合わせた二人は、すぐさま二手に別れる。
「加藤君、こっちを頼める?」
「任せてください。先輩もそっちを頼みますよ!」
「ええ!」
路上に広がる人だかりを掻き分けて、美佐子は前に出る。前に出て、負傷者を担いでいるのが、黒いスーツ姿の若い女性だと知る。
その女性が、負傷者を担いだままふらつくのを見て、彼女は声をかけるより先に行動していた。
「掴まって!」
負傷者側から二人を支え、すぐに自分の肩を貸す。重くのし掛かる体重をものともせず、美佐子は近くの歩道へ先導する。
「あ、ありがとう……」
まだ学生のような若い声に、美佐子は驚愕した。声の主を知っていたからだ。
「……あなた、久和さん?」
「えっ? あ……」
春香を見つめる美佐子は、自分を待つ何かに出合う。その人物こそ、戦闘に巻き込まれた市民を救う春香だった。
その日、長崎市内で発生した建物火災は中華街の一角を焼失させ、死者・行方不明者多数を出す惨事として報道された。
そこに、魔術に関わる一切の情報はなく、人知れず活躍した者達への賞賛もまた無かった。
真相は人々に知られることなく、語られることはない。それだけは、はじめから決まっていたのだ。
春香や花菜といった、守護者達に焦点を当てたエピソードとして考えた話しでした。アンサングヒーローというのは、個人的には好きですね。




