第36話 語られる事のない戦いⅡ2
大変お待たせいたしました!
「撤収を急げ! 移動するぞ!」
ざわつく空気が場を占めていた。そんな空気を感じる時間すら惜しいのか、浦が陣頭指揮に躍起になっていた。
慌ただしい集団の様子に、春香達は気圧されるように固まっていた。彼女達がもたらした情報は直ぐ様伝えられ、確認された。既に異常な事態が起きている事が判明している。
ただ、それが何なのかを知らされないだけであった。
不安が、若い二人の心を急き立てる。
「花菜さん、私も何か手伝います!」
「春香、此処は大丈夫だから。いつでも動けるように待機するのもアタッカーの役割でしょ?」
「でも!?」
繰り返される押し問答は、先程から何回となく続き、同じ結論に帰結している。焦りにも似た感情に急き立てられた少女に、花菜が優しく宥める。
そして、どこか導くような眼差しが、優しく少女を諭していた。
「できるなら、あなたは帰してあげたいの。いい、春香? あなたがその子を守らないと、私達が前に出られないわ。それは分かるでしょう?」
「でも、花菜さん!」
縋ろうとする少女の手をゆっくりと振り払って、花菜は告げる。
「今回ばかりはダメ。認めないわよ」
「何があるんですか……? こんなこと、今まで一度もなかったのに!」
春香の言葉にも、真摯な感情が籠っていた。危険を省みず、自ら共にありたいと願う少女の姿があった。
二人のやり取りを聞いていたのか、進まぬ話しに仕方無しと浦が現れた。厳しくもある父親的な目でもって少女を見つめる。
「春香、あまり花菜に無理を言うな。待機の指示は、決定事項だ」
「……何が起こってるんですか?」
「心配しなくても必要があれば指示を出す。お前は、それまで後方で待機だ」
浦の説得に、花菜が僅かに目を伏せる。隠した事実を伝えてやる事ができないもどかしさが滲む。
その機微を年端もない少女が分かろうはずもない。
「なんで、どうして誰も教えてくれないの!? 花菜さんなら分かってくれると思ってたのに!」
「よさないか。お前には、お前の役割がある。指示通りにするんだ」
野太い声が一喝した。
「嫌です」
「春香!」
堪えないのは若気のいたりか。少女の反抗の火は消えない。
「教えてくれないなら、勝手にします……」
少女の態度に、花菜は決別を決めた。彼女の顔には、もどかしい悩みを振り払う事を自らに課し、迷いを捨てた者の顔つきが見てとれた。
それは、自分を慕う妹のような少女の心を斬って捨てるに近しいこと。
「春香、これ以上は時間が惜しいわ。下がりなさい」
「……花菜さん!?」
「あなたの甘えに付き合う時間は無いの。後方待機を命じます」
苛立ちを隠した表情で、花菜が光一に視線を向ける。
「あそこにいる少年を守り、後方で待機して。次の指示を待ちなさい」
「花菜さん、私は……」
消え入るような声は、誰に対する言葉だったのか。
春香は、唇を噛んで下を向く。震える肩が、見えた瞬間、春香は駆け出していた。
「春香、待ちなさい!」
その場に居られない事実に、燻っていた少女の不満が爆発した。
溢れる感情が込み上げ、心を揺さぶる。誰の諌めも聞かず、何処へ行くかも分からないままに走り出す。がむしゃらな疾走は、少女の感情のままに乱れていた。
「おい! 待てよ、久和!!」
それまで、後ろで蚊帳の外だった少年が叫ぶ。
彼から見ても、少女を心配する大人達の姿が気になっていた。その為に口を出さずに黙っていたのだ。
しかし、同級生が夜の街に駆け出したとあって、彼は行動した。
駆け出そうとする自分の身体に、見えない負荷がかかる。咄嗟に振り向き、交錯する視線は同級生の知り合いであるらしい女性を捉えた。
その美しい黒曜石の瞳にも、少女を心配する色が見える。早く行かねばと思った時、光一に目を離せない何かが見えた。
「待って。あなたにお願いがあるの」
そう言って手を差し伸べる女性の美しさに、光一は断る事が出来なかった。
光と共に、音までも消えた世界で、少年は少女を見つけた。
海に近い国道沿いには、南側に小さな果樹園を望む場所があった。街から川ひとつ隔てただけで、普段と違う風が仄かな香りを運んでいた。
街の輪郭を背にする詩的なまでに静寂な場所で、光一は春香を見つけていた。
「何処まで行く気だ?」
薄暗い街は、まだ静かに眠っているように見える。
微かに吹いてくる風に、少しだけ夜の冷たさが感じ取れた。
「流石に危ないぞ」
「……何しに来たの?」
にべも無い返事だったが、光一は何故か口許に笑みを浮かべていた。
「喧嘩しに来た訳じゃない。停電中で、まともな街灯も無いんだ。女の子一人じゃ危ないだろ?」
「余計なお世話よ、一人で問題無いし……」
不機嫌な言葉は、少女の心の波を表していた。それでも、少年は帰らない。少女を迎えるのは自分の役目と分かっているかのようだった。
「頼まれたんだよ。あの綺麗な人から……。普段は仲がいいんだろ? 喧嘩するなよな」
「知った風な口を利かないで。あなたから花菜さんの事を聞くと、腹立つから」
「お前、ホント容赦ないのな」
光一に返す言葉が出た時、春香の腕が自分を抱くように回された。振り返らない少女の姿勢からは、心の内など微塵も感じ取れない。しかし、少年は少女に話し掛ける。
「普段は割りと器用に立ち回ってるように見えたけど、意外と不器用だな?」
「……煩い、帰って」
少女の背中に話し掛ける光一が、頭を掻く。
「あの人、お前の事を本気で心配してたぞ。俺に分かるんだ。お前も分かってるだろ?」
「ちゃんと帰るし……」
「飛び出した奴の言う台詞じゃないぞ、それ?」
「……男のくせに細かいこと言わないで」
縮まらない距離に光一は嘆息する。
「お前なぁ、せめて話す時ぐらいこっち向けよ?」
溜め息混じりに続けた一言に、少女が振り返った。
不意に振り返る少女に驚く。そして、その可憐さに、光一は暫し見とれるように言葉を失った。
「なによ?」
ばつが悪そうにはにかむ少女の頬は、幾分赤らんでいた。素の表情に涙の跡が無かったのは、少年にとって幸いだった。
「ああ、いや……」
「なによ? ホント締まらないんだから。大体あなたが来たって、頼りにならないじゃない!」
海風に果樹の香りがのって、二人の間へと流れていく。緩やかに過ぎる時間は、二人のためにあった。
「いや、お前が凄いのは分かったよ。あんなもの見せられたら、認めない訳にはいかない」
「分かったならいいのよ。それに、器用に立ち回ってるんじゃなくて、器用なの! ほんとに普段どこ見てるのよ?」
普段の威勢を取り戻した春香の態度に、光一は押され気味になる。
「いや、それは言葉の綾……」
「大体あなたはねぇ、煮え切らないのよ。違う? あんなに可愛い沙樹ちゃんと仲良いくせに、まだ告ってないとかどういうつもりよ?」
「いや、それは関係ないだろ!?」
「関係あるわよ! あなたが私達の周りにいると迷惑なの、わかる?」
春香の勢いに押された光一は防戦一方となり、大局は敗戦濃厚となる。
「私の精神衛生上よくないのよ! いい加減に決めてくれない?」
「なにをだよ? 帰る気あるのか、お前?」
迫る春香を躱そうとして、逆に光一は詰め寄られる。
「煩いわね、ホント。いい? 一週間よ! あなたに出せる猶予期間は一週間。男なら、みごと告白して玉砕しなさい!!」
「待て! 関係ない話しで誤魔化すな! だいたい今は、俺はお前を連れ戻しに来てたんだ。なんで告白する流れになってんだよ? しかも失敗前提だし!?」
「だ・か・ら・よ! お願い通り、連れ戻されてあげるわ。その代わり、あなたも約束して覚悟を決めなさい! 男でしょ?」
いつお願いしたよ?という光一の言葉は、陽の目をみることは無かった。春香の無駄に迫力ある説得に、思わず了承させられたからだ。
「その話しは後だ! とにかく、戻るぞ? いいな!」
「OK! なら、さっさと戻りましょう。あなたの明日は私が看取ってあげる! フフ……。面白くなってきた」
テンションが上がりすぎた春香に、光一も自棄になって応えた。尤も、春香のさいごのほうの呟きは少年には届いていなかったが。
ようやく話しが纏まった後、少年は肩の力を抜いた。取り敢えず、頼まれごとは達成した。難航した交渉は、少女の力業で解決した気がする。しかし、それは気にしないほうがよさそうだった。
「なあ、久和?」
「なに? まだ何かあるの?」
光一に春香が威圧を掛けてくる。しかし、光一が少女を見る様子は真剣だった。
「戻ったら教えて欲しいことがある。後で時間を作ってくれないか?」
「なによ? 恋愛絡みならお断りよ?」
沙樹の事を案じる春香だが、敵に塩を贈る気は無いらしい。
むすっとしたまま返答した春香だったが、少年の真剣な顔から、おおよその予想はついていた。間違いなく、彼が案じる少女の魔術との関わりについてだろう。
(遅かれ早かれ、いつかは来ただろうし……)
春香も応じる構えを見せた。
「分かったわよ。私もあなたに聞きたい事を聞いてないし、ね? あなたも約束してもらうわよ?」
春香は魔術が効かなかった事実を思い出し、少年の申し出に応じた。
「ああ、約束する」
「OK! なら帰りましょう」
歩き始めた春香の背中に、光一は疑問に思っていたことをぶつけた。それは、彼にとって些細なことであったし、本当にちょっとした疑問だった。
「久和? なんで、戦うことに拘ったんだ?」
その途端、立ち止まった春香は前を向いたままだ。
「なによ? 今さら喧嘩を売る気?」
険を含んだ言葉は、何故なのか。
「違うだろ? 大人がいるんだ。任せてしまっていいはずだ? なんでだ?」
「戦えるなら、大人も子供もないし……」
「でも、普通なら守られてていいだろ? あの人もそう言ってたぞ」
春香の作る細い影が、夜の景色に浮かぶ。その背中が、何故か寂しそうに映っていた。
振り向いた春香の目には、光るものが溢れそうになっていた。
「普通ってなによ? あなたの言う普通が、どれだけ素晴らしいものか分かってるの?」
春香の細い肩に、その華奢な身体に、見えない重圧があった。少女の希望が、下ろせない重荷にかわったのは何時の頃からか。
榛色の瞳に、夜の情景が映る。浮かぶ景色は、深い悲しみの色をしていた。
「……あなたに、何が分かるの?」
「分からないさ。だから分かるんだろ?」
「はぁ? 何を言って……」
二人の間に走る緊張を車輌の排気音が遮る。小さかった音は、段々と近付いて来る。
爆走して来るのは、バギータイプの車輌だ。複数のヘッドライトか横一列に並ぶのは、悪路故のものだ。ギアをあげ、エンジンの鼓動をあげる車輌に、危機感が募る。
完全に二人を捉えたのか、真っ黒な車輌が春香達の方向へと向かって来る。
険しい顔つきになった少女が、少年を腕で庇う。
「ちょっとさがってて!」
黒い艶姿の春香は反対の腕を空に掲げる。
疾走して来る車輌に対して戦う気なのか。春香の行動に、光一は予断を許さない緊張感を覚えた。
掲げた右腕の先、春香の掌中に淡い白光が灯る。
明滅する光に、光一は狼狽えていた。わざわざ相手に居場所を教えてやるとは、いかなる不利益を被るつもりか。
少年の反応に、春香は黙って視線を前に移す。
すると、疾走して来る車輌の窓から、同じような白光が灯った。
「やった! 応えた!」
減速しだした車輌に、こちらから近付いていく。春香のあとに、光一もここは従った。
ブレーキ音を響かせながら、車輌は停止する。窓ガラスがおろされ、運転手の顔が見えた。
「何してる、早く後方に下がれ! もうすぐそこまで来てるんだ。危険だぞ!」
いきなりの叱責に、春香達も困惑した。
「ごめんなさい、状況が分からないの!」
大きなエンジン音に、話す声も自然と大きくなる。叫ぶような声に、春香は肚に力を入れた。
40代の男性魔術師は、斥候役を買って出たのか、撤退すべき理由を教えてくれた。
「クラウド・ゲイトだ! 奴らが来るぞ。このままだと、あと数分で衝突だ!」
流石の春香も、その事実に驚愕した。
「えっ!?」
「乗るか? こっちは直撃しないが、状況次第じゃ分からんぞ!」
少女は、力の無い返事を返した。
「だ、大丈夫です。私達も引き上げます!」
「ああ、急げよ!」
言うが早いか、斥候役の先輩魔術師は車輌を発進させた。春香達が戻る筈の方向へと爆走して行く。
その様を見る二人の耳に、別の音が飛び込んでくる。
「な、何の音だ?」
遠く離れた場所での爆発音に、少女の身が竦む。
「久和? 聞いてるか?」
明らかな異常事態に、春香の思考は追い付かない。叩き付けられた現実に、遅蒔きながらも少女は対応する。
この街で、何かが起きている事だけは間違いなかった。
(そんな……。クラウド・ゲイトと争ってる場合じゃないのに!)
音がした方向へ身体ごと向き直る。その動作が、非常にゆっくりしたものだった事を春香は認識出来ない。自分の予想を超えた事態に、いや予想した最悪の事態へと現実が追い付いてきているのだ。この後に起こる事態もまた、彼女の予想通りなのかも知れなかった。
「どうして……?」
異様な魔力が空に舞い上がる様を見て、春香が言う。平和とはいかなかったが、まだ均衡が保たれていた街は無くなっていた。
混沌とした魔力が、伝播してくる。その気持ち悪さに、少女が顔を顰める。
何者かが仕掛けた、造られた夜が牙を剥く。
そんな予感を得て、春香は身震いしていた。
(行かなきゃ……)
光一の方を振り返る春香。しかし、彼女は上手く伝える事が出来ないでいた。彼を見て、やむなく走り出す。どうか先に逃げて欲しいと願いながら、春香は予感の根源へと向かった。
「おい、待て! そっちじゃない!」
後ろから響く声に、少女は振り向けない。危機感が彼女を追い立てる。さっきの先輩魔術師が言っていた。まもなく衝突すると。ならば、既に来ているはずだ。
此処に続く大通りを狙って、橋頭堡を確保しにくるはずなのだ。
中央橋に到着した春香達が見たものは、中華街から溢れ出す魔物の軍勢。不気味な緑の体色に、低い上背。醜い顔形に鋭い牙を持つ魔物達。それらが、統率も取れないままに行進する異様な場面であった。
「……嘘。あれは小緑鬼」
呆けたような声が春香の口をついて出た。眼前の異様な光景に、尚も理解が追い付かない。観光通りや築町通りに溢れる魔物達の行状に、春香ならず、光一も驚きの声をあげる。
「なんだよ、あれ……?」
既に襲われたのか、犠牲者らしき死体が道路上に見えている。いや、貪欲な魔物に襲われてそれすらもなくなりつつあった。全てを喰らう魔物達の飢餓感は、次々と獲物を狙って拡がりを見せていた。火の手も上がり、煙が夜空を覆うように広がる。
呆然としていた自分に喝を入れ、首を横に振って春香は気を取り直した。
「花菜さん達は、これを知ってたんだ。だから、私達に下がれって……」
「久和? あれは、なんなんだ?」
春香は、同期生の冷静さに感心した。こんな場面を見せられて、パニックを起こさないだけ優秀だと言えたからだ。
自分でも真剣な表情になるのが分かる。春香は、光一に言い聞かせるように言った。
話す途中にも、犠牲者が増えている。彼女もこれほど酷い惨状は見たことが無かった。
「委員長、あなたは下がってて。ここからは、私達の出番だから」
「なにを言ってるんだ? 早く逃げないと……」
「ええ。だから委員長は避難してくれていいわ」
「バカ言うな! 俺ひとりだけ逃げてどうするんだよ? 早く……」
意を決した春香は、魔術師として言う。冷徹なまでに冷えた頭で、思考していく。
「じゃあ、どうするのよ? 逃げ遅れた人達を見捨てて行けって言うの? それに、逃げても無駄よ! 見なさい! この街の夜が、どれだけ危険で死に溢れているか!」
春香の指差す川の対岸には、地獄絵図が拡がり始めていた。彼にも分かるのだ。目の前の光景を止める術がないことを。
「あれはね……。あれは、リトルグリーンマン。大陸の魔術師にも使える者はごく少数といわれる秘術中の秘術よ」
春香は、自分の話が、一般人の理解を超える範疇にあることを分かっていた。それでも言わなければならない。そう、彼を救うために。
「大陸の魔術協会が統一されていなかったころ、抗争に関わった都市がひとつ陥落されたの。その時には2万人が殺されたわ」
榛色の眼差しに宿るものは、単純な責任感や使命感などではない。それだけで、危険を省みず戦場に飛び込む者など居はしないのだ。
「委員長は戻って、このことを知らせてきて。あの病院の場所は分かるでしょう?」
「男の俺が、一人で戻れるわけないだろ!」
「誰のためにやってると思ってるのよ! 戦いに不馴れなあなた達に、させるわけにいかないじゃない!」
お互いに、利他的な理由から撤退を拒んだ二人ーー。
光一の姿に、春香はさきほど自分を止めた花菜の姿を脳裏に重ねた。
その幻想を振り払うように、目を閉じる。そこで、ふと奇妙な違和感に気づいた。
「……それ、何を持ってるの?」
「ん? ああ、これか? あの人から渡されたんだ。お前のことを頼まれた時に……」
光一から感じる魔力の波動。それは、確かなものとなって春香の感覚に訴えてくる。
本来なら、あり得ない現象に気付くのが遅れていた。自分の失敗を恥じる春香の目に、信じられないものが映る。
「聖十字紋章!? それも聖属性魔法の……」
春香の瞳に、歓喜の色が浮かぶ。
花菜の心遣いに、改めて感謝することになった春香は、もう怯えて震えているだけの少女ではなかった。
「これなら、行けるかも知れない……」
「おい、久和!?」
一瞬で雰囲気が変わった春香には、もう悲壮感の欠片も無い。守護者としての自覚が、彼女を一人前の魔術師へと換えていた。
「……ねえ、率直にあなたに問うわ。こちら側に踏み込む気はある? あなたが大切に想うものは、こちら側にあって世界の渦の中心にあるわ。守りたいなら、危険を飼い慣らす覚悟が必要よ」
春香の言葉には、それまで無かった希望の色があった。しかし、光一を見つめる榛色の双眸は深い闇を湛えている。
「聞かせて? あなたは、どうする?」
意味不明な選択を迫る少女の後ろに、光一は地獄の底で燃え盛る紅蓮の炎の揺らめきを見た気がした。
「……俺は、何をすればいい?」
「教えてあげる。生き残る方法と、生命を繋ぐ技を!」
そう言って笑う春香の笑みに、少年は自分を翻弄する運命の悪戯を感じていた。
中央橋の欄干に、魔物達の死骸が打ち捨てられていく。
肉を叩く打撃音が、闇夜に響く。いまだ停電中の市内で、人知れず命懸けの戦闘が続く。
その戦闘の中心に、二人の少年少女がいた。
「響け、雷帝撃!」
迸る雷光に、魔物達の軍勢が焼かれていく。莫大なエネルギーの奔流に、小緑鬼が屍を晒していく。辺りには、魔物の皮膚が焦げた匂いが充満する。
奮戦する春香の胸元には、雷光を象った金色のペンダントが煌めいていた。そして、少年の胸元にも楯を模した銀色のペンダントが揺れていた。少年も神聖な気を纏い、魔物達を拳だけで次々と屠っていく。
「いいな、これ?」
「バカ! 素人は前に出ないで!」
戦闘中に話し掛けてくる光一を春香が窘める。此処までの戦闘は順調だ。あとは春香のE・コールに気付いてもらうだけだ。
「委員長は私が討ち漏らした奴を仕留めて!」
「了解!」
息を合わせる二人に、湧き出すほどの魔物達が押し寄せてくる。数の暴力に任せた魔術に、少年少女は巧みな戦術と技で立ち向かっていた。
中心街へと続く橋頭堡を死守すべく、春香達は立ち上がった。ここを譲れば、県庁を含む街の中心地が目と鼻の先にあるのだ。
「ほんとに不本意よ。あなたなんかに背中を預ける事になるなんてね!」
「何か言ったか!?」
「何も! ほら、気をつけて!」
春香の放つ雷光が、地上に蠢く魔を祓う。状況は最悪。絶望的な戦闘だが、死地に飛び込んだ二人の士気は高い。
勇敢な二人の戦いは、始まりの鐘を鳴らしたばかりだ。
そんな戦闘を稲佐山から見下ろしている人物がいた。女傑、十三妹である。
山の展望台に近い場所にあるホテルヒルトンに、何時の間に居を移していたのか。窓から望む世界有数の夜景に、彼女の顔は満足しているようだった。
「フフ……、守護者達は優秀ね。戦略的な思考に基づく行動と、素早い立ち上がり。小人数でも立ち向かう勇気は、浦が育て上げたのかしら? 賞賛に値するわ」
しかし、美しい顔をわずかに歪めて、彼女は吐き捨てるように呟く。
「それに引き換え、バカな男……。アイ様の威を借りるだけの狐など、滅びればいい」
侮蔑を含んだ物言いにも、彼女の美貌は輝きを失わない。
「自分が、蟷螂の斧とも知らず。フフ……、この国の言葉だと、窮鼠猫を噛むだったかしら?」
妖艶な笑みを浮かべて、彼女は外を見遣る。
「まあ、私には関係の無いこと。じきに、決着がつくというもの。それまで、ゆっくりと拝見させてもらいましょう」
守護者達の戦いは次回までです。もっと魅力ある話し、展開をと考えながら書いていきたいです。




