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アルカナ (ARCANA)   作者: 1484ー5
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第35話 語られる事のない戦いⅡ1

 仕事が忙しいと無理ですよね、色々と。

 長崎新地中華街ーー。

 異国情緒が溢れるチャイナタウンの街並みの奥で、異質な場所へと通じる入り口がある。

 地下関帝廟。そこが中華街の地下に広がる魔法界への通路であり、一般人を踏み込ませないための”(ゲート)“でもあった。

 過日、ここが一人の男に脅かされたことは、まだ記憶に新しい。

 そんな魔法界に繋がる場所では、緊張感に似た空気が張りつめていた。

 落ち着いた色合いの中華服に身を包んだ男が、部下らしき者からの報告を受けている。年のころは三十代らしく、男として脂ののった貫禄を見せている。短い黒髪を撫で付け、年齢の頃にありがちな恰幅のよい体躯をしている。

 この中華街の顔役、周浩然(ジョウ・ハオラン)であった。

 彼の前で、影がひざをついて頭を下げた。


 「ご報告します、浦の居場所が判明しました。市内において、武力行動を取っています」

 「何処だ!? 見せろ!」


 影が手にしていた紙筒を受け取りひろげると、市内の地図が浮かび上がるように現れる。電子化(ペーパーレス)時代に照らし合わせて考えても、敢えて紙媒体が使われている理由がそこにあった。


 「ここは……。はて?」


 浮かび上がった魔力文字による情報を見て、周は首をひねった。

 前に控えている影を呼びつけ、質問する。


 「おい、此処は何処かの組織が拠点にしていた場所なのか?」

 「いえ、そのような情報はありません」


 事務的に聞こえる影の答えに、周が苛立ちを見せる。影を指差して返答を強いた。


 「仮にも連中が狙う場所だ。何かがあるはずだ!」


 声を荒げて怒鳴る上役に、仕える影は沈黙する。答えるべき情報がないためだ。

 その暗黙の了解を知りながら、周は苛立ちを強めた。力でその地位を奪ってきた男に特有の(さが)が現れていた。

 心を占める怒りに流されまいと右手で額の汗を拭う。冷静さを取り戻すべく、彼も自身の法則に従った。その目に、冷酷な光が宿る。


 「あの病院に何があるのだ?」


 独り反芻するように自問したのは、彼自身の癖なのかもしれなかった。

 限られた情報と、これまでの奴等の行動から、隠れた真実を推理していく。打ち消された可能性は、いずれも二度と芽を吹くことはなかった。

 浮かび上がる虚像は、誰のために都合が良かったのか。本来なら、周本人こそ気付いたはずのことに、怨恨の感情が混じり、彼の判断力狂わせていた。


 「我々の知らない奴等の敵対勢力がいたということか……。よし、あの区画を封鎖しろ」


 控えていた影に、わずかな変化があった。

 傍目には分からないほど些細な違いは、影の答えに疑問を差し挟んだ。


 「よろしいのですか?」

 「どういう意味だ?」


 思わぬ質問に、周の苛立ちが膨らむ。

 膝をついたまま微動だにしない影の答えは、淀みなく発せられた。


 「いえ、まだ本国からの客人も帰られていないのではないかと」

 「かまわん! どうせ本国には知られるのだ。此処で博打に出ないなら、いつ出るというのだ!」


 怒鳴りあげる主人の声を命令と受けて、影は頭を下げる。周浩然の目には、ある種の気迫が満ちている。それは部下を従わせるに十分なものがあった。

 もう一度、手元の地図を見やって周は命令を下す。


 「潜り込ませている奴に至急連絡をとれ! 魔術師達を呼び集めろ!」


 部屋から退出する影を苛立ちに満ちた目で見送り、周は自らの椅子に深く座り直した。

 その喉から、疲れともつかない息が洩れる。

 落ち着きなく、乱れる視線を疲労と断じて彼は目を閉じた。用意させていた酒が注がれた杯を手にして、一気に煽る。熱い酒精が喉元を過ぎる愉悦に、己の気概を露にした。


 「見ていろ。其処が、奴等の死に場所だ!」


 浦に飲まされた煮え湯が、彼の日常を大きく変化させていた。

 忌まわしい記憶を消すには、浦への報復しかなかった。


 「この恨み、今日こそ晴らしてみせる!!」


 彼以外に誰もいない部屋で、一人の男が気炎を吐いていた。








 時を同じくして、長崎市内の某所で睨み合う二人の人物がいた。

 一人は進学校の制服を着た少年であり、もう一人は黒いスーツに身を固めた少女だった。周囲に巻き起こる剣呑な空気が、二人の関係を如実に表す。

 対峙する二人の距離が、その現状を示していた。


 「あなた、いったい何者なの? 返答次第じゃ、私にも考えがあるわ」


 身構えて、警戒の色を隠さない春香に、少年こそ警戒心を顕にしていた。

 少女の醸し出す雰囲気が、彼の知る高校でのそれと齟齬をきたしていたからだ。腑に落ちない、そう表現したい状況に光一はたたらを踏んでいた。


 「俺にも説明する時間をくれないか? 全部話す」


 何も考えずに話せば良くない事態に陥ると感じた彼は、ゆっくりと少女に話し掛けた。

 そして、少女の反応も予想外のところから返されてきた。


 「やっぱり! あなた、何処の魔術師なの?」

 「えっ!? いや……。魔術師ってなんだよ? 俺はこの石のことを……」

 「惚けないで!」


 言い淀む光一を敵と判断したのか、春香の態度が硬化する。


 「待ってくれ、本当に! 落ち着いて話し合えばわかる」

 「あなたとなんか、解り合いたくないわよ!」


 護身術らしき構えを取る春香を見て、光一は声を強めた。

 何が間違っているのか分からない事が、彼の焦りを招いていた。


 「待てって! お願いだから、落ち着いてくれ!」


 両手を前に出して彼女を制したはずが、何故か春香の警戒心は針が降りきれてしまっていた。


 「洗いざらい、喋ってもらうわ!」


 特殊警棒(スタン・バトン)が伸びる音が響く。ジリっという紫電の発する音が、細い電光と共に洩れる。

 普段は見せない春香の気迫に、光一は当てられたように声をなくしていた。

 沈黙した少年の力を値踏みするような視線が飛ぶ。言い難い空気が、二人の間に漂う。


 (いや、この雰囲気は尋常じゃないだろ!?)


 向けられる真剣な瞳。一切の妥協を許さない気迫に、光一は呑まれていた。

 彼とて、同年代の少年としては強く逞しいほうだ。幼少から格闘技も習い、喧嘩のひとつも嗜んだくらいだ。しかし、目の前の少女の気迫は、これまでの彼の経験にも無いものだった。

 そして、彼もまた閉鎖空間での戦闘を垣間見たのだ。獅子のような黒い猛獣を彼女が軽くあしらう様を見ていたのだ。

 眼前の少女が、見た目ほど可愛い存在ではないことを知っていた。いや、知らされたというほうが正しいのかもしれない。

 そんな少年の胸中など、お構い無しに春香が詰め寄る。


 「もし、あなたが沙樹ちゃんのことを騙してたなら、覚悟してもらうわ!」


 決意を込めた春香の言葉に、光一は生唾を飲み込んだ。


 「……冗談だろ、久和?」

 「本気よ、わたし……」


 向けられる榛色(ヘイゼル)の瞳は、光一に言い知れぬものを感じさせていた。

 どうすれば聞いてくれるのか、彼の焦りだけが肥大化していく。

 張り積める緊張の糸が、二人の距離を頼りないものにしていく。

 いつ破れるか分からないそれに、少年のほうが根をあげはじめていた。

 ふと、公園の街灯が揺らぐ。

 夕闇を纏い始めた夜が、密かに息づく気配を見せる。

 再度、街灯の光が絶えた。辺りに静寂と闇が降り注ぐ。


 「なっ、これは?」

 「停電なんて……」


 緊張感を解かれた二人は、辺りを見回す。

 光が落ちた街並みは、暗いヴェールを掛けられたように静寂に包まれていた。突然の静けさを糧に、市内の一角を切り取るように、闇が光を侵食していく。

 少女の視線の先、表通りの向こうにはまだ街の灯りが空を白く染めているのが見える。

 春香達がいる区画だけが、突然の停電に見舞われていた。


 (作戦参謀は何も言ってなかった。ということは、予期せぬ事態が発生したとか?)


 特殊警棒(スタン・バトン)を持つ手を下げて、春香は思いを巡らす。今回の作戦行動のために知らされていたことを記憶から引き揚げ始める。

 思考をフル回転させても、満足な結果は得られなかった。

 辺りを静寂が包んでいく。

 都市機能が停止した街の中、彼等があずかり知らぬところで、ゆっくりと静けさが変質していた。


 「なに? この感じ……」


 春香の感覚は、集中していたからこそ感じた微細な変化を確信していた。

 直接、魔力の伝播を感じ取ったわけではないのだが、彼女の第六感(それ)は魔力感知能力を凌駕する。


 (静かだ……。静かだけど、なんだろう?)


 春香の前には灯りの消えた夜の街並みが広がり、その周りを地上からの反射光を得た空がうっすらと彩っていた。

 逆説的な芸術の表現を見下ろす夜空は、地上の二人すら一枚の絵画に見立てているようだった。

 少女の鼓動が早鐘を打つ。

 

 「どうしたんだ?」


 突然、何かに集中し出した少女に、少年の声が届く。


 「久和?」


 いまや彼を気にした風でもない。光一に背を向けた春香は、停電中の街並みを見つめていた。

 見つめる先には、闇が降りている。街中の不思議な光景に、少年少女は立ち尽くしていた。


 「来る……」


 不意に溢した一言は、光一の興味を誘った。


 「えっ、何が来るって?」

 「分からない。けど、分かる。良くないものが、近付いてくる」


 空間を伝播する魔力のそれを感じたのか、少女の顔は魔術師のそれに変わる。

 光一に向けられた榛色(ヘイゼル)の瞳は、ある予感を得た魔術師のものであった。


 「一緒に来て!」

 「ちょ、ちょっと待てよ!」


 敵対していた光一の手を取って、春香は元来た場所へと走り出す。まだ完全に警戒心を解かないのか、反対の手には特殊警棒(スタン・バトン)を握ったままだ。

 走り出す二人が目指すは、守護者達が集う戦闘区画のど真中だった。


 (このこと、急いで花菜さんに知らせなきゃ! 絶対、悪い予感がする)


 先ほど感じた魔力は、今も春香の感覚に引っ掛かっている。まだ微弱なものだが、きっと花菜なら感じている筈だ。

 少女の崇拝する筆頭魔術師(ポールシッター)は、これまでも数々の難題を解決してくれた。春香が頼るのは、彼女をおいて他にないのだ。


 「おい! そっちは、さっきの病院だろう!?」

 「いいから、黙って来て!」


 停電の影響は、市民生活を直撃する。

 間もなく人々の関心と不満が、この停電に向くはずだ。此処でことが起きた場合、魔女の災禍を解決するために秘密裡に事を運んできた彼女達の努力が無に帰すことは簡単に予想できた。

 守護者達の持つ人員・物資は、無尽蔵ではないのだ。大規模な停電による市民の注目下、誰にも知られずにいられるはずはなかった。 


 (もし、この予感が当たっていたら、このまま戦闘になるかも!? ダメ、ダメ! いくらなんでもそれは無理だし)


 少女達が疾走する先には、目的地が見えていた。撤収作業中の守護者達がいる病院施設前に、二つの影が駆け込んでいた。









 人工的な光源がなくなった街並みは、そのまま原初の闇に堕ちていた。

 その闇の中から、蠢くもの達が進む。

 ひどく醜悪で、腐臭のような匂いが鼻を突く。ぎこちない動きが示す、本能優先の行動原理。

 人ならざる者達が、無言で近代的なビル群の間を進む様は、さながら死者の行進に似ていた。黄泉の闇から湧き出たそれは、物言わず、唯々進んでいく。

 何かを求めて彷徨うような足取りは、進む先にあるだろうものを渇望していた。

 その求めるものが、生け贄の血と臓物だとしても。

 血を求める本能が、彼等を歩ませる。

 闇の中、獲物を求めて彷徨う。

 それが、唯一の使命だとでもいうように。

 彼等、緑小鬼(リトルグリーンマン)ーー。

 かつて、大陸でひとつの都市を滅ぼしたと言われる悪夢の夜が、この長崎市内で再現されようとしていた。












   

 



        

 対決が近いことは近いのですが、もっと盛り上げていきたい今日この頃です。

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