第34話 語られる事のない戦い3
忙しい合間にチマチマと書く。最近の定番です。
「花菜さん、なんで!? どうして? 来れないって聞いてたのに……」
自信に溢れ、”陽の気“に満ちた花菜が春香をその手で制する。まだ二十歳になったばかりの美貌は、辺りを照らす明るい陽光を思わせた。
「話しはあとよ、春香」
優しい声音と凛とした立ち姿は、少女が理想とする魔術師像だ。
「この魔女は、私に任せて。あなたは戦闘区域外に出るまで、あの少年を守ってやりなさい」
「はい! でも花菜さん、気をつけて! こいつ、近接戦闘もかなりできます」
可愛い弟子を愛でるように、花菜が微笑みを向ける。優しい心を持って育った少女に、優しい言葉をかける。
「心配しないで。間合いになんか、入れないわ」
大丈夫、と春香に向ける瞳は力強く生命力に溢れている。
事実、彼女には激しい戦闘区域に入ってきた人間が持つ緊張感などまるで感じられなかった。
黒ずくめとはいえフェミニンなスーツ姿には武装した様子もなく、軟らかい身体の曲線が見てとれる。午後の散歩に出かけたくらいの気安さと相まって、彼女の魅力を十分に引き立てていた。
絶対の自信を持つ者が放つ気を花菜は宿していた。
魔術に特化した技能を備えているのか、花菜の魔力波動には些かの揺らぎも無い。対する魔女も不意に現れた非武装状態の彼女から受ける強烈な威圧に躊躇っている。
さて、と花菜が魔女を見据えて言った。
「私の教え子達に、ずいぶんと丁重な挨拶をしてくれたのは、あなたでよかったかしら?」
腕の痛みに歪む魔女の口元を見逃さず、花菜は微笑んだ。
「師として、私から挨拶を返さなければ失礼にあたるというものでしょうね」
爆風の余波に燻る風を受け流し、靡く髪をかきあげて花菜が魅せる。
「今度は、あなたの番よ。さあ、踊りなさい!」
花菜の全身から魔力が立ち上る。其が戦闘開始の合図となった。
魔女に黒い翼が迫る。風切り音が閉鎖された空間に響き渡る。二筋の風の渦が、目にもとまらぬ早さで魔力弾を吐き出していた。
黒燕ーー。
魔術師たる花菜が使う式神である。陰陽師の系譜にも連なる守護者達が使う符術のひとつであり、その中で最速を誇る“式神”であった。
戦闘のメインファクターと言われるのは、一にスピード、二にパワー。その一を極めるべく開発されたのが黒燕であった。
空を駆ける黒い翼に、見る者の認識は追い付かない。人間の反射速度を軽く上回る性能を与えられた死を運ぶ悪魔。それ故に、守護者達が付けた渾名がスピードデーモンであった。
特殊な式神が生み出す魔力弾は、一瞬で彼我の距離を潰す。閉鎖空間内の壁や床に大小の穴を穿ち、簡単に魔女を追い立てる。
弾幕を掻い潜る件の魔女に、余裕は無い。ローブから覗く手足にも擦り傷が増えて、見る間にボロボロにされていく。
『ちっ、冗談じゃない!』
逃げの一手を取る魔女に、花菜は逃走を許さない。
彼女の視線の先を追うように、黒燕が空を駆ける。それ自身がフラッター振動でも起こしているのかと錯覚してしまうほど、凄まじい早さで魔女を追う。猛烈な風の抵抗に抗う風切り音が悲鳴にも聞こえる。空気の壁を震わせて、黒い翼がすべてを切り裂いていた。
「こちらエース。作戦参謀、聞こえる?」
スピードデーモンに逃げる魔女の追跡を命じ、花菜は通信機器に手をあてた。
「花菜! 間に合ったか?」
「勿論よ。あと、マーシャルを安全圏まで下げて。アタッカー以外は待機して!」
「解った。コントロール、保安要員に指示を出せ。戦闘区域から、脱出させるんだ!」
浦の声に花菜は失礼ね、と思いながらも思考を切り離す。これからの作業には、集中力が不可欠なのだ。
中規模結界術式は、それほど広くは無い。まだ仲間達に、聞かせなければいけない事があった。
「セカンド、聞こえる?」
「……こちらセカンドロー、どうぞ!」
「そっちに魔女を追い立てるわ。来たら大呪符でいいから、撃って!」
「了解だが、魔獣がしぶとい! 牽制しか無理だ!」
無線からはセカンドロー達がいまだ交戦中である様子が伺えた。短い返答は、戦闘の激しさを連想させた。即座に花菜は続ける。
「わかったわ。なら、無理せずに撤収して! こちらで仕留める」
「わかった!」
「コントロールから各員、主戦闘をフロントローに一任する。各員は、戦闘区域からの撤収を開始せよ! 支援要員は参集の準備に入れ!」
花菜の指示に、コントロールの無線が飛ぶ。再び慌ただしくなる守護者達に、花菜が呼吸を整える。
さあ、いくわよと筆頭魔術師が呟く。
「並列起動開始!」
その魔力反応に、春香が振り返った。榛色の瞳が見開かれる。
「第一の要諦、”黒鉄“」
「えっ? 花菜さん、いったい……」
何してるの、と春香は続ける事ができなかった。膨れ上がる花菜の魔力に、危険を感じたからだ。
地鳴りに似た共鳴音が周囲に響き始める。
「第二の要諦、“剛力”」
花菜の足元に二メートルもの方術の円陣が浮かび上がる。これも彼女の符術なのか、魔力が充実した途端、彼女の背後から“何か”が出現した。
重低音をたてて現れた其は、鋼の光沢を持つ巨大な存在感でもって他を圧倒する。
「セカンドからコントロール! 魔獣はまだいるが、戦闘区域から撤収する。魔女の姿は確認したが、スピードデーモンに追われてるぞ!」
なかばヤケクソになったセカンドローの無線が、守護者達に届く。そんな仲間内の状況を聞いているのか、花菜は術式を編み続ける。
「このまま誘導するっ、頼むぞ!」
セカンドローからの無線を掻き消すほどの轟音が鳴り響く。
巨大な歯車が金属音をたてて魔力を伝達する。方術の円陣の中で、機械仕掛けの身体を持つ鋼の魔神が咆哮をあげた。万力で締め上げた金属を無理矢理引きちぎろうとすれば出るだろうか。聞くものに、不快さと威圧を与える咆哮が響く。
予想外の事態に、春香は驚きを隠せないでいた。
「あ、あれって……|機械仕掛けから出てくる神!」
全高は上半身だけだが、それても五メートルにはなろうか。鋼の身体を持つ魔神が、術者たる花菜の背後に現れた。
倒れている光一に駆け寄った春香が、その足を止めて見入る。いましも身体を支えていた両腕を魔力により駆動させ、魔神が動きだそうとする。
スピードデーモンと同じく、戦闘のメインファクターであるその二を極めるべく開発された式神が、其処に出現していた。
自らの師匠である花菜が、かつて殲滅戦に使役したと聞く秘蔵の式神の出現に、春香は呆然とする。
力の象徴ともいえる鋼の魔神が、機械仕掛けの両腕を開いて待ち受ける。
急き立てられる予感に、春香は倒れている光一のもとへ急ぐ。
「身体に異常は無し、と。”破“っ!」
呪符による束縛を発気で解く。
「うっ、久和。お、お前は……」
「話しはあと、あと! 外に出るわ、急いで!」
痛がる光一を説き伏せて、春香は身体を起こすために手を貸す。
間もなく、激しい魔術の打ち合いが始まる。“魔術の師”たる花菜のそれは、呪符の一枚でも並みの魔術師なら数発で目眩を起こすほどの魔力を込めて放たれる。
(あれは花菜さん、怒ってる!? 怒ってるよね? まずい、まずいよ!)
繰り出される魔術による被害を予想してか、春香の顔色が青褪める。
そんな弟子の焦りを知ってか知らずか、花菜の集中と詠唱は高まりを見せる。既に既定量の魔力を溜め込んだ方術の円陣が、発動準備に入る。
一見、唸る円陣の中で物静かに見える花菜も、心中穏やかではなかった。それどころか、噂の魔女を目の前にして、花菜の熱い血潮が滾る。
(魔術に携わる者は、自ら魔の領域に踏み込むもの……。覚悟はしてるわ)
まるで自分に言い聞かせるような花菜の言葉は続く。
(でも、悪戯に生命を弄ぶような真似は許せない……。私の居ない長崎でしてきた所業と、守護者達にしてくれた仕打ち……。決して見過ごせないわ!)
魔神を従えた戦女神は、敵を屠るべく魔術を編み上げる。それは、生命を刈り取る魔術が産む業の深さを知っているからこそ、覚悟を込めて放たれる時を待つ。
地響きにも似た魔力の共鳴音を響かせ、魔神が魔力を収束し始める。
「あなたは、ここに戻って来るしかない……。その時が、勝負よ!」
力の象徴と呼ばれる魔神を従え、花菜は戦女神さながらの佇まいを見せた。全身に溢れる魔力波動が魔神のそれとリンクする。光を宿した魔神の双眸から、赤い光りが輝く。
幾ばくもない時間のあと、ついに事態は変転する。
「来たぞ!」
セカンドロー二人が駆け込んで来たと同時に、二人の後方や別の通路から複数の魔獣が姿を現す。
獰猛な雄叫びをあげる黒い魔獣の背には、憤怒に燃える魔女の姿があった。相手を射殺さんばかりに睨みつけている。
その視線を花菜は見逃さない。
「第三の要諦、”衝撃“!」
花菜の放つ鍵語が、魔術を次の段階に押し進める。
機械仕掛けの魔神が、両腕を持ち上げて拳を固める。その迫力に春香は一目散に外へと向かう。肩を貸した光一の体重など、間違いなく無視している。
迫る魔女の眷属を背後に感じながら、春香は一般人である少年を守ろうと文字通り奔走していた。
「私からの挨拶代わりよ、受けてみなさい!」
魔神が吼える。その両腕を降り下ろし、床に叩き付けた事で発生した衝撃波が魔力によって増幅されていく。
続く衝撃波が、魔神の前面に集中して放たれた。
『なめるんじゃないよっ、小娘が!!』
魔女の手にも邪気の波動が生み出されていた。威力は魔神のものとは比較にならないが、それを一点に集中させていく。
閉鎖空間内に割れんばかりの轟音が鳴り響く。花菜の放つダブルスペルの初撃が起こした耳を劈く衝撃に、中規模結界術式は破綻した。
周囲に支援要員達が忙しく立ち回るなか、春香は呆然として立ち竦んでいた。
戦闘後の慌ただしい喧騒に囲まれながら、春香に動きは無い。春香の心は、ついさっき使用した魔術である反閇に思いを巡らせていたからだ。
本来、反閇とは陰陽道における歩法のひとつである。大地を踏み、吉凶でいう悪い方角や邪気を踏み破る呪法だが、守護者達が使う呪符魔術のそれは違う。一種の領域魔術として、効果の及ぶ範囲内にある対象を捕らえ、中に閉じ込めてしまう迷宮として確立している。
それは、魔を退ける戦闘を生業としてきた彼等が独自に編み出した魔術。まさに実戦で威力を発揮する魔術である。
しかし、今はそれも無意味なものと化してしまっている。
わずか数分前、春香は中規模結界術式の外で魔女と相対した。
有り得ない姿を目撃するという異常事態に、春香は困惑すると同時に躊躇いを捨てなければならなかった。
後方支援要員ばかりがいる場所で、戦える者は自分しかいない。絶対に退けない場面に、少女は身震いにも似た感覚に襲われた。
使う呪符は手元に残った大呪符のひとつ、”反閇“ーー。
魔女を無力化しようと放った呪符は、確かに効果範囲内に魔女をおさめた筈だった。
しかし、春香が放った呪符は発動したものの、獲物を捕らえた手応えに欠け、気付いた時には既に、魔女の姿は、影も形も見当たらなかったのだ。
撃破すべき対象が消え、取り逃がした衝撃が次第に重くのし掛かる。この現実に、春香は無意識に自分を責めた。
周囲の喧騒を何処か遠くに聞きながら、春香は花菜を探した。魔女と対峙し、一撃を与えた師匠を探した。彼女の身も心配だった。負ける筈がない、とは思っていたが、不安が幾つも脳裏をよぎる。
その不安を消すために、師の姿を探した。探して、彼女に縋りたかったのかもしれない。
春香の不安とは、迷宮が打ち破られたことに他ならない。もし、この魔女が結界術式に通じる迷宮を無効化したのならば、自分は対抗手段を無くしてしまう事を意味していたからだ。
少女の中で、音の消えた時間が過ぎていく。
やがて少女は、頼るべき師を見つけていた。
「春香?」
今にも泣きそうな弟子の姿を見つけて、花菜が声をかけた。
周囲で支援要員達が作業を進めるなか、花菜は浦と話していた。恐らく、今後の対応を決めていたのだろう。夜に紛れた魔女を追うか否かを。
空には宵の明星が早くも浮かんでいる。夕焼けは落ちかけ、辺りには夜の空気が漂いはじめていた。
「花菜さん、ごめんなさい……。逃げられちゃったみたい」
「どうしたの? まさか……、あなたのところに来たのね?」
うん、と頷く春香を見て、花菜が彼女を抱き寄せた。
「よかった。あなたが無事で……」
抱きしめた腕に力を入れて、花菜は春香を感じていた。その後、真剣な表情で春香を見つめる花菜の瞳は、少女身を案じる慈愛に満ちていた。
「春香、これを」
そう言って手渡され、寄越されたものを見て、春香が固まる。
「わっ、えっ? これ、アラベスク!?」
「使い方は分かるわね?」
符術師である花菜が造る特製の呪符。特殊な用途にあるもの、高い威力を誇るものなど、特別な呪符に相応しい形を与えている。
その手渡された呪符を見て、春香は緊張する。
「どうして、これを……。花菜さん、何かあるんですか?」
「あなたも顔を見られたわ。念のため、護身用にいつも持っておくのよ」
優しい口調で諭す花菜に、春香が尋ねた。その返答に、少女は少しだけ魔女の視線を感じた気がした。
あの魔女は、あの人物は、身間違いの筈だ。あの人が魔女の筈がない。私の見間違いでなければ、あの人の未来は呪われたままだ。
「春香、どうしたの?」
はっとした少女は自分を案じてくれる存在に改めて気付く。
「あっ、いえ、なんでもない……です」
「本当に大丈夫? どこか怪我してない?」
「だ、大丈夫です! もう、花菜さん心配しすぎ!」
春香は雷光を象った呪符、八星紋章を握り直して笑った。残る手をヒラヒラさせて、空元気をアピールする。
自分でも嘘が下手だと思うのだから、その話題になったら親しい人を誤魔化せる自信がなかった。
「……それより、あの魔女は満身創痍って感じでした。もう戦えないと思います。多分、ですけど」
「聞いていたのと違って、チグハグな印象を受ける相手だったわね。ちょうど、その話をしていたのよ」
そう言って浦を見上げる花菜に、春香は思わず動揺を悟られまいと顔を伏せてしまった。手のひらが汗ばむ。
「無理もあるまい。花菜の“式神”を相手に無事で済むほうがおかしいからな」
豪快に笑う浦に、花菜が抗議の声をあげた。
「それは偏見です!」
「わかった、わかった」
世代を繋ぐ二人の指導者達の話し合いに、春香は首を突っ込まない。ヤブヘビにしかならないからだ。
先程までの戦闘は、思い出しても身震いするものがあった。浦の指摘に、春香もうんうんと納得する。
(さすがにアレを向けられたら逃げるかな。うん)
慕っている花菜への酷評に、春香も賛同していた。ふと、気になる単語に少女は意識を留める。
「花菜さん、その……。さっきチグハグって言ってたのは?」
鋭い視線を向けた花菜が、春香をじっと見る。
「あなたは感じなかったのね。魔力と身体が馴染んでない術者が、大体あんな感じかな? 要するに、魔力制御に問題を抱えているの」
「……馴染んでいない?」
「今まで戦った仲間達の話をまとめると、もっと魔術寄りで、体術はできないと思われていたの。ところが、いざ戦ってみると見込み違いのうえ、見習い魔術師のような魔力波動の特徴が出てる。これって、狙って出来る事ではないのよ」
これには春香も同意した。魔力制御は、慣れれば慣れるほど術式の構築速度が上がり、体得したものは文字通り身体が覚えてしまう。
花菜の推察が、魔女の秘密を明かしていく。実際に戦った者の言葉は、何よりも重く響く。
「花菜さん……?」
「さっきおじ様から話は伺ったわ。館の守護者が一度討ち取ったのなら、納得だわ。この魔女は復活してる。方法は分からないけどね」
春香の持つ八星紋章が鈍く輝く。春香は耳を塞ぎたくなった。知らない世界の事のように、現実感が感じられない。闇に捧げられ、生け贄にされた少女のイメージが浮かんでは、消えた。
「あの子はどうしてるの、春香?」
「えっ?」
突然掛けられた想定外の質問に、春香の思考回路は止まる。
「ほら、あなたが助けた少年よ。ボーイフレンドなんでしょう? 後で紹介してよね」
可愛いらしくウィンクする花菜に、少女の顔がみるみる赤変する。
「か、か、か、花菜さん!?」
「ちゃんと聞かせなさいね、春香♪」
違います!と全力で叫んだつもりだったが、春香のそれは言葉になっていなかった。慌てふためく弟子の主張を余所に、花菜は浦との話し合いに戻っていた。
これには、さすがに邪魔するわけにもいかず、春香は渋々引き下がった。全然納得などしていなかったが。
それまで、手際よく作業を進めていた支援要員達の手が止まる。注目を集めた気がして、春香は足早に其処から立ち去ることを選んでいた。
向かった先は噂の少年、光一のところである。
まだ頬を朱に染めたままの春香は、目前の課題をクリアするために集中した。
問題児、光一の処遇についてだ。
花菜からは、無関係な少年の扱いは一任されていた。あとは春香の胸三寸だ。腹いせにどうしてやろうかと考えをまとめながら、春香は拠点へと足を進めた。
(仕方無いわね。魔術に関する事は、忘れてもらうしかないし……)
高鳴る胸の鼓動を抑えながら、春香は拠点のひとつに到着した。近くにある公園の駐車場に、数台の車輌がまとまって駐車している。
其処に、保護された光一の姿があった。
「お疲れ様です」
光一を保護していた仲間達に一礼すると、春香は少年の傍へと寄った。防寒用の上着を貸して貰っていたのか、車輌の外で待つ彼は少女を胡乱な目で見ていた。
無言で見つめ合うのは不本意だったが、彼は他ならぬ親友の想い人だ。手荒な真似は出来なかった。
「大変だったわね、巻き込まれちゃって」
機先を制して、春香が先に告げる。光一の話をマトモに聞く訳にはいかない。
「言っておくけど、他言無用よ。世の中には、知らないほうが幸せな事もあるの。あなたも下手な正義感は出さないでね? 手荒な真似はしたくないから」
ああ、と気付いた振りをして彼女は続ける。此処まで、敢えて眼を合わせていない。
「でも大丈夫、あなたには怪我ひとつ無く、お帰りいただくわ。私の信じるものに誓ってね」
流れるような動作で、春香は呪符を手にする。彼からは見えないように、魔力を流している。
あとは発動を待つだけとなった矢先、光一は口を開いた。
「たぶん、無駄だと思うぞ。久和」
(えっ!?)
心を見透かされた気がして、少女の動きが止まる。この少年は何を言っているのか。
「い、いったい何を言って……?」
「まあ、やってみてくれたほうがいいか」
春香の問いに、光一は小さく口篭もる。その態度は、まったく意味が分からないと春香は思った。
再度手を掲げ、呪符を見舞う。
発動したのは、強力な暗示を与える呪い。それが何の前兆も無く、弾かれたように消えた。
「えっ、あれ!?」
呆然とする春香の前に、少年は何も語らず立っていた。
有り得ない状況に、春香は眼を点にするしかなかった。ようやく絞り出した声は、彼女の動揺を如実に表していた。
「……あなた、いったい何者なの?」
原稿データの変遷が分からなくなると、やはり最初のプロットがものを言うのですね。
書いていて、あれもこれもと考えるのは危険でした。自分なりの区切りまでとしたので、前回と同じくらいの長さになっています。感想を聞かせて貰えれば幸いです。




