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アルカナ (ARCANA)   作者: 1484ー5
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第29話 異変1

 年末のため、時間が取れずに遅くなっていました。また、物足りないかと思いますが、よろしくお願いします。

 薄暗い街の輪郭が、暁光を受けて浮かび上がる。藍より濃い蒼空から切り離された街並みが、次第に色彩を取り戻していた。

 肌寒い初春の一日が始まり、早朝の陽射しを浴びて、ようやく地面が熱を帯び始めた。夜明けの大気は、まだシンとして冷えたままだ。夜も明けやらぬうちから、人波が街の中心部に流れていく様は、普段から誰もが目にすることのできる風景だった。

 澄んだ大気の洗礼を浴びて寒さに耐える人々の顔は、老いも若きも一様に、硬く冷たい。

 吐く息が白くなる様は、年頃の少年、少女達にとっても日常の出来事だった。

 緩やかな坂道に続く校門の前には、数人の生徒達が集う。朝の登校時間が間もなく終了する頃、その中心にいた少女が声をあげた。


 「みんなーっ! 集合!!」


 寄る寒さを吹き飛ばすような快活さが、檄を飛ばす。

 生徒会役員である中条の一声は、集まっていた他の生徒会メンバー達に等しく安堵の息を吐かせた。

 こちらも恒例となった生徒会の朝のお勤めが終わろうとしていた。


 「じゃあ、今朝はこのへんでお開きにしましょう。放課後は生徒会の活動はできないから、昼休みに手の空いた者から生徒指導室に来て。じゃあ、解散します!」

 「お疲れさまでした!」


 あか抜けた容貌の中条が、副会長として人の輪の中心に立つ。彼女を見る皆の視線を追うだけで、周囲への求心力が窺えた。

 指示を受け、三々五々と別れ始めた生徒会メンバー達の中に、一人だけ誰とも話さず足早に歩く影があった。その影が、呼び止められる。


 「柳楽君、ちょっといい?」


 呼び止めたのは、他ならぬ中条本人だった。声をかけられた本人、こちらは一年生の柳楽光一である。

 生徒達の波が引くのを見計らって、中条は話を始めた。


 「支倉さんの事なんだけど……。彼女、最近どうかな?」


 口調は普通だが、少々遠慮がちな上級生の物言いに、光一は首を捻った。


 「……何かあったんですか?」

 「ちょっとね、他校から面倒事が来てるみたいなのよ。他ならぬ彼女の事だし、柳楽君も知りたいでしょ?」


 訳知り顔で、中条が言う。しかし、どこか申し訳ないといった表情で彼女は光一に打ち明けた。

 ふと美貌が俯き、視線が下がる。


 「実はね……。どうも他校の生徒さん達、まだ意識が戻らないみたいなの。それで、うちにも話が回って来たんだけど……」

 「それで?」


 光一は、先輩を見て話しを続けるように促す。


 「ほら、うちの教頭先生。言われたら断れない感じじゃない? 多分そこからだと思うんだけど、生徒指導の先生から彼女に話が聞けないかってね。勿論、私からは断ったんだけど……」

 「ありがとうございます、先輩」


 後輩の笑顔が、彼女に向いた。


 「いいのよ。私も怖い思いをした女の子になんてことするのよって言いたかったし、ね。それに、彼女の事が気になるのは本当だったし……」


 自らの行動に賛同を得て、中条は心が軽くなった気がした。

 華やぐ彼女の笑顔は、明るい太陽を思わせた。


 「この情報(ネタ)で、貸し一つよ?」

 「はい、中条先輩。何かあったら、また教えてもらっていいですか?」

 「ええ、あなたもその方がいいでしょう?」


 後輩からのお礼に、彼女は片手を挙げてヒラヒラと振る。明るい笑顔に、光一も油断していた。


 「でね、その代わりと言ってはなんだけど……。あとで(・・・)手伝ってね?」

 「分かりました。放課後に伺います」

 「ごめんね、昼休みにお願い」

 「……」


 先輩である彼女の申し出に異を唱えることもできず、光一は無言の返事を返していた。

 彼にとって規則正しく、理不尽な学校での一日がこうして幕を開けた。







 「まだかなぁ? まあ、先に来といてあれだけど。柳楽君なら怒らないよね♪」


 昼休みの校庭で、中条は誰とはなしに口にしていた。

 開き直った口調も、彼女ほどの美貌だといっそ可愛くすらある。勝手に先に来て、遅れた相手をなじる。悪びれず、無自覚にやってしまうのが彼女流だった。もっとも、怒らないだろう相手を選んでいるところが、確信犯の手口だったが。

 生徒会副会長という肩書きを持つ彼女が、昼休みにここにいる理由。それは、生徒会の活動に制限が掛けられたためであった。

 あらゆる課外活動は、放課後は自粛すること。

 それは、ここ数日中の市内で起こった不審な事件(・・)の悪影響であった。学校側が、生徒達を早く自宅に帰す事を決定したため、生徒会に限らず各部活動も時間制限を受けているのだ。

 生徒会もご多分に漏れず、放課後は活動出来ないこととなった。そのため、昼休みに手際よく活動するのだが、必要な指示を出した後、彼女は校庭の一角に足を伸ばしていた。

 面倒事は生徒会の同級生でもある野瀬にまかせ、彼女自身は柳楽との朝の約束に足を運んでいた。

 何が原因であろうか。足取りも軽く、ご機嫌な様子で、中条は校庭の一角にある花壇を見て回っていた。


 (あの子達、仲良さそうだし。あまり心配してないんだよね。実際のところ、友人関係は恵まれてるみたいだし……)


 中条が光一に取り付けた約束事とは、実は花壇の再生に力を貸すことである。

 生徒会の仕事でもなかったのだが、他校の生徒達と交流が増えてきた昨今、迎える立場にあった中条が、殺風景な母校の景色におもうところがあったのが切っ掛けだった。

 進学校のためか園芸部がないため、中条だけで花壇に手を着けていた。しかし、長年放置された土山は固く、男手の必要性を感じていた頃、ある後輩がやってくれた。

 他ならぬ光一である。

 彼は、沙樹の助けになろうとして他校の情報提供を受けるために、中条の名前を借りたのだ。事が済んだ後に、本人が申告してきたのだが、彼女じゃなくともそれに関しては否やはなかった。ただ、困っていたのも事実なので、それじゃあと言う気持ちになって柳楽を引き込んだという訳だった。

 彼女の顔が、さも楽しげに綻ぶ。花壇の草花を愛おしく眺めていると自然と頬が緩み、その相好が崩れる。


 (これなら来月には、色とりどりの花が咲くかな?)


 まるで昼休みの散歩という体で、彼女は校庭に佇んでいた。

 花を愛でる心優しい少女は、それ故に花壇の一角に生じた異変に気付くのが遅れた。


 「あれ、あんな花あったかしら?」


 花壇にあるひとつの花を見つめて、少女は其処に意識を向けた。

 黒い花弁に、紅い彩りがついた花だ。

 花の香りが、仄かに漂っている。甘い芳香は、彼女の鼻腔をくすぐり、意識を微睡みに誘った。

 頭に霞が掛かったように、甘く痺れるような心地よさがあった。たった今目にした記憶すら、霞んでいた。



 「あれ、見間違いだったかな? うーん……」


 見つけた筈の花は無く、頭の何処かで警鐘が鳴る。

 

 「あ……」


 それが危機感だと理解する間もなく、彼女は花壇の向こう側から覗くナニかと目が合った。

 赤い光が明滅したような気がして、中条は立ち竦んだ。そして、そのまま意識を微睡みに落としていた。

 ちょうど同じ頃、三年生の教室がある校舎の階に、光一は向かっていた。


 (……自分でやったこととはいえ、割りに合わないんじゃないか?)


 中条がいるはずの教室を、彼は訪ねた。


 「すいません、中条先輩はいらっしゃいますか?」


 先輩達の中に、見知った顔を見つけて彼は尋ねてみた。注目を集めるのは仕方無いとはいえ、生徒会の仕事と割り切る。そうでもしないと、やはり上級生のいる教室は緊張するようだ。


 「あら、茉莉花(まりか)なら週末の校庭開放の件で先に下に行ってるわよ?」

 「そうですか……。ありがとうございます!」


 光一の事情を知っているのか、クスクスと笑いながら上級生は聞き返す。

 

 「また力仕事? 大変ね」

 「いえ、生徒会の仕事ですから。失礼します」


 先輩達の目から逃げるように、光一はそそくさとその場を後にした。とにかく昼休みの手伝いを終わらせるには、中条に会わねばならない。

 それからの彼は、全力ダッシュに近い速さで校庭に向かって走り始めた。

 光一の視界に、植物の蔦に覆われた金網フェンスと広めの花壇が見えてくる。そこに、探している上級生の中条茉莉花がいた。


 「あれか。先輩!」


 駆け寄りながら、光一が声をかけた。

 動かない彼女に、彼の意識が向く。そこで、彼女の周囲に漂う見えない何かを光一の感覚が捉えた。


 (なんだ? 先輩の様子が……)


 駆ける足を無意識にゆるめて、光一は戸惑う。違和感を覚えつつも、中条の整った容姿だけが彼の意識に浮かんでいた。

 いつの間にか、周囲の物音が消えていた。


 (いや、そんな事はないか……)


 咄嗟にそう結論付けた光一は、彼女の傍へと寄って行く。


 「中条先輩、何かあったんですか? 先輩?」

 

 漠然とした不安が、光一の胸にあった。しかし、普段の彼女の人柄と朗らかさが、その不安を打ち消していた。明らかな異常に、気付かないふりをしたのかもしれない。

 高校の昼休みだというのに、周囲の音が聴こえなくなっていた。


 (……なんだ、何かあるのか?)


 普段から見せる彼女のいたずら心を知っている光一だが、眼前の様子には何処か馴染まないものがあった。不意に、身体が冷えていくような錯覚を光一は覚えた。


 「……先輩、何してるんですか?」

 「行かなきゃ……」

 「えっ?」


 光一の問い掛けに、消え入りそうなか細い声で、中条茉莉花は呟いた。


 「先輩……?」


 その様子が、彼女の視線の向く先が、光一に更なる不安を与えた。


 (なんだ? いつもの中条先輩と様子が……)


 光一が迷う間に、中条はふらふらと歩き出す。虚ろな目が映すのは、花壇の先にある金網フェンスの向こう側だった。

 見えない何かが、彼女の意思を惹き付けていた。


 「行かなきゃ……」


 大切にしていた花壇に無造作に足を踏み入れた彼女を見て、光一は悟る。目の前の尋常じゃない行動は、彼の知る中条先輩のものではなかった。


 「失礼します。先輩……なっ!!」


 掛けた言葉は、文字どおり凪ぎ払われた。肩を掴もうとした光一の手が、横合いから衝撃を受ける。

 払われた中条の手が、体格的に上回る光一を撥ね飛ばしたのだ。


 (いや、馬鹿力にも程があるだろ!!)


 転びかけて、光一も何とか踏みとどまる。しかし、彼の脳裏には違和感が肥大化する。


 「……先輩、どうしたんですか?」


 答えない彼女に、光一は問い詰める。


 「茉莉花(まりか)先輩!」


 強い呼び掛けにも答えない。いつもの彼女は、親しい友人達にしか名前を呼ばせていない。むしろ嫌がるところがあった。後輩には、必ず名字で呼ばせていたのだ。だからこそ、その反応を期待して呼び掛けた光一は、裏切られる結果となった。

 眼前の彼女の様子に、光一は躊躇った。此方など眼中にないかの如く、花壇の草花を踏みしめていく。

 光一の耳に、踏み拉かれた花や球根の音が響いた。


 「……腹が減ってたからなんて、言い訳にしたくないよな」


 身体を張ってでも彼女を止める。そう覚悟を決めた少年は、すぐに行動を起こした。

 先輩が正気に戻れば、何事も解決するのだ。この場合、彼に見過ごすという選択肢は無かった。


 (すいません、先輩!)


 多少強引に中条の右肩を掴むと、柳楽光一はその手を引いた。


 「なっ!」


 思わず出たのは驚愕の声であった。振り返った中条茉莉花は、既に目の焦点があっていなかった。異常な事態に、反射的に手を離す。


 (何かの病気……。いや、発作の類いか?)


 頭のなかをぐるぐると危険信号が廻る。


 「先輩……」


 理性の力で本能的な忌避感を抑え、光一は状況を把握しようとしていた。

 夢遊病か何かだろうかーー。

 理由は分からないが、光一としてはこのまま彼女を見棄てる訳にはいかなかった。その決断が、彼を危険にさらした。

 彼女を捕まえるべく、離した手を再び伸ばす。その手が、また弾かれていた。


 「行かなきゃ……」


 漏れ聞こえた少女の声に、光一は背筋に冷たいものを感じた。

 虚ろな目が、虚空を見据える。

 目の前の少年など視界に入っていないかの如く、ゆっくりと後ろを向き始める。それでも、その異常な事態を打破すべく、光一は前に踏み出していた。十代の少年が見せる胆力としては、大したものだった。


 「帰りましょう。先輩、皆が待ってますよ」


 あくまでも病気の類いと思う光一は、少女を保護すべく歩み寄る。温かい手を取る。中条茉莉花の手を取って、光一は言った。


 「戻りましょう。一度落ち着いてからにしましょう、先輩」


 その言葉に、少女は振り返った。 

 虚ろな目に、理性の光が窺える。異常な行動は鳴りを潜めたように収まっていた。


 「帰りましょう」


 呼び掛けた声に反応を見せる彼女の後ろで、暗い赤光が明滅した。

 見えない何かが、少女を呪縛していく。その手に、小刻みな震えが伝わる。少年が掴んだ手の異変を感知した時、少女は既に何かに取り憑かれていた。

 彼女の周囲に、怨嗟の呪縛が走っていた。















 ようやく光一のパート、というわけではありませんが、活躍するかもです。少年は、失敗や挫折をバネに成長を遂げてほしいと思う今日この頃です。

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