第28話 アルカナ~其は力の証明 3
沙樹のパート、アルカナ~其は力の証明3です。ながらくお待たせしました。
アルカナ・カードは、かつての輝きを完全に取り戻していた。
神秘と同列に扱われるカードを前に、その場にいる者達は等しく言葉を失っていた。心を奪われていたと言ってもいい。
膨大な魔力を秘めると言われた現代の神秘を前に、黒猫が最も早く口を開いた。
「アルカナ、No.3……。亜也様が所有していたカードです」
「ママのカードなの?」
ゆっくりと黒猫が主人のほうを振り向く。
「はい。亜也様が所有し、世界に認められた『女帝』に間違いありません。亜也様と共に、守り抜く筈だったのですから……」
その言葉の意味を図りかねた沙樹は、従者たる使い魔に問う。
「どうして、ここに?」
「分かりません。我等もまさか……。まさか、こんなところに在るとは思いもよらぬことでしたので……」
錯視の蛇が猫に呼び掛けるため、鎌首を擡げる。
「ククク……。猫よ、これ程早くアルカナを手にする機会に恵まれるとは。見よ! 我等は運がいい」
「いや、逆だ。早すぎる……。これでは、沙樹様への教導が間に合わぬ」
「主がカードを取れば、眷属たる我等の能力も上がるが?」
「そんなことは分かっている。それでも、だ」
使い魔達の会話が聞こえた訳ではないというのに、沙樹はアルカナ・カードに手を伸ばしていた。カードを見つめる瞳は、どこか精彩を欠いていた。母が手にしていたと聞くそのカードは、美しく鮮烈な輝きに満ちていた。
夢うつつのような表情をした沙樹は、掛けられた使い魔の声に、カードに伸ばした手を止めることになった。
「主よ、先代が主のために準備してくれた千載一遇の機会を無駄にしてはならぬ!」
「ママが……?」
錯視の蛇の声が、沙樹の耳に届く。我にかえった少女は、視線の先にあるカードを見つめた。
カードの表面が、光を受けて輝いている。色彩豊かな絵柄に、深遠な意味を含んでいる。まるで見つめる者を魅了する魔法がかかっているかのように、沙樹はまだ視線を奪われていた。
「主よ、アルカナは己に相応しい者にしか力を貸さぬ。力の無い者では手に取れぬのだ。アルカナに試されるのは、魔女の血筋だ」
「魔女の血?」
「確かに……。沙樹様、亜也様の血を受け継ぐ正統な継承者たるあなたでなければ、アルカナは……いや、女帝は認めないでしょう」
「メフィスト?」
続く黒猫の声に、沙樹は振り向いていた。
「大丈夫です。沙樹様こそ、亜也様の後継者なのですから」
錯視の蛇と黒猫の声に後押しされて、沙樹は躊躇いがちに手を伸ばした。
アルカナ・カードに、細い指先が触れる。
その刹那の瞬間に、爆発的な魔力光の奔流が迸った。
(なにっ? 光が……)
強烈な閃光に眼が眩む。沙樹を中心に、輝きを放つ魔力光が幾重もの光輪を形作る。
少女が触れた手を中心に瞬時に魔力波動が広がった。
カードの裏面に描かれた女帝の顔が、若い少女のそれに変わる。
表面の紋様が、古い意匠を蝕むように新たな何かを象っていく。
溶け合い、融合する二つの魔力は、さながら美しい星の誕生を思わせるほど輝いていた。
アルカナに示された表象が、所有者たる少女の魂の本質までを写しとっていく。
一瞬の邂逅が、二つの魂を強く結び付けていた。
異にして同、同にして異な二つの魔力は、重なりあい響きあう存在となっていく。輝く光輪と共に、今代の所有者が定められた。
それは、現代の神秘を所有する新たな魔女の誕生を意味していた。
ーー魔力波動の瞬きは、始まりと同じく刹那の瞬間に終わりを迎えた。
使い魔達の眼に映る少女の姿からは、いつも以上に活性化された魔力の波が見えていた。
それは、初めて魔術の園に入った時の主人に似ていた。
(消えた……?)
周囲の変化に気付いた沙樹が、眩しそうに細めていた眼を開けた。先程までの閃光は唐突に消え、辺りには静寂さえ漂っている。
「私、いま何かを……。あれ?」
沙樹は、言い掛けた言葉を見失っていた。刹那の瞬間に刻まれた少女の記憶は消えていた。
(何だったんだろう? 何かあったような……)
カードを手に、ぼんやりとする主を見て、使い魔達が寄り添う。
「沙樹様、どうかされましたか?」
黒猫の問いに、沙樹は答えようとして、止めた。
自分は何を聞こうとしたのか。違和感があるものの、その正体が分からなかった。
使い魔達は先程までと同じ場所で主人である自分のことを待っている。何より異変があれば、見過ごすような不忠な使い魔達ではない。その事は沙樹自身が知っている。
使い魔達の様子から見るに、何事も無かった筈だ。そう考えると、沙樹は自分の使い魔にこう答えた。
「ごめんなさい……。大丈夫よ」
使い魔達の心配を宥めながら、沙樹は手に取ったカードを見つめた。女帝である事を示す色鮮やかな絵柄と共に、落ち着いた色調の紋様が刻まれたカード。
自らの所有物となったそれを感慨深く見つめていた。
「本当に綺麗ね。それに……これって花冠かな?」
カードを手にした沙樹が、その表裏を見回していた。
女帝の絵柄が外側にあるまま、沙樹の視線が止まる。それを見ていた使い魔達が、途端にざわめく。
「花冠!?」
黒猫が驚愕も露にして聞いた。
「お待ちください、沙樹様! そのカードを見せて貰えませんか!!」
「どうしたの、メフィスト?」
青い揺めきを湛えた瞳が、自分の使い魔を映す。両手で広げて迎え、抱き抱えた黒猫の前にアルカナ・カードを示す。
「こんなことが……」
震える声で溢された言葉は、明らかな畏怖と驚愕だった。
「メフィスト……? 大丈夫、気分が悪いの?」
「猫よ、どうしたのだ? 記念すべき主の晴れの日に、何があるというのだ?」
使い魔の顔色は晴れない。警戒するような視線を向けたまま、黒猫が動きを止めた。
「どうしたの? これって何かあるの?」
主からの問い掛けに、黒の使い魔が返答する事を忘れていた。
固まる黒猫の背を撫でながら、沙樹はカードを見つめた。
「アルカナに、花冠のシンボルが……」
乾いた声で、使い魔が言う。
「これが、なに?」
「シンボルは、魔術師のもつ力の性質そのものと言われています」
黒猫が我にかえったように主人である沙樹に話し始める。
「魔術師の力を象徴するものとして、アルカナに出る事がある、と聞いていますが……」
主従の会話に、錯視の蛇が割って入った。
「猫よ、アルカナにシンボルマークを持つのは、僅かに数人だったと記憶しているが?」
「確かに……。沙樹様、”花冠“の意味するところは、栄誉と成功です」
首を傾げるように自分を見返す沙樹に、黒猫がゆっくりと説明した。
「つまり、沙樹様の魔力の本質が生まれながらにして栄誉を約束されているという事を意味しているのです」
語られる事実に、沙樹はまだ事の重大さを認識出来ないでいた。
「しかし、これでは沙樹様のことがシャルパンティエどもに知られてしまうことに……」
「シャルパンティエ?」
「はい。同じアルカナ所有者の1人で、魔法結社を組織する輩です」
黒猫の答えに、言外の嫌悪が窺えた。見つめる沙樹の眼に、使い魔の感情が揺れる色彩となって見えていた。
「油断のならない相手です」
怒りの赤い魔力光を伴い、黒猫が沙樹に警告した。
「良いではないか、猫よ。主は正統にして秀逸な魔女。いずれは魔法界へ名乗りをあげるのだ」
「馬鹿な!! 同じアルカナ所有者達でさえ、羨むようなシンボルなのだ。沙樹様の身に何かあってからでは取り返しがつかぬ!」
「猫よ、もともと魔術師の世界に、和睦など無いのだ。あるのは互いの神秘を認めさせ、序列と位階に縛られた蕀の……」
「黙れ、蛇よ!」
赤光を放つ黒猫の怒気が、魔力を伴って周辺の空間に作用していく。術者の意図をして、作用の強制力を高める黒猫の闇属性魔法の一端が露になる。
「待って、メフィスト。私は大丈夫よ」
使い魔同士の争いに、沙樹は手を翳して止めに入った。言い聞かせるように優しい口調で彼等の主人が告げる。
「私の事は大丈夫よ。今さら怖いものはないし、きっとなんとかなるわ。だから喧嘩しないで」
「沙樹様、どうかシャルパンティエどもを侮られることがありませんよう。連中は魔法界の管理者を自称して、反発する末端の魔術師達を迫害するような輩です。決して心を許してはなりません」
いつにない黒猫の様子に、沙樹は宥めようとしていた手を止めた。使い魔の身体が、弾むように彼女の腕の中から離れる。
振り返る使い魔の身体には思いの外、高い魔力が漲っていた。
「沙樹様、アルカナとは魔法界における“象徴”なのです」
「メフィスト?」
「覚えていてください。アルカナは……、そのカードは現代の神秘と呼ばれるだけの力を所有者に与えると共に、魔術師にとって力の証明となりうるものです」
主の事を心配する使い魔が、翠の眼を細める。
「世界に示された沙樹様の力を、アルカナが磐石のものとするのです」
「……メフィスト?」
「もはや賽は投げられました。これを危難と避けることは出来ません」
再び大きく開いた翠の眼は、真摯な光を写していた。
使い魔の声に、沙樹は胸の奥に何かが引っ掛かっていた。ただ、その不安が何なのか理解できないまま、彼女は使い魔の忠誠に心を打たれることになった。
「沙樹様の栄達のため、我等は必ずやあなたの力となりましょう。どのような危険があろうとも、我等はあなたと共にありましょう。我等が主、アルカナの魔女よ」
館の主は、会うたびに美しくなる。とは誰の言葉だったかーー。
先代の主人である支倉亜也が長崎に居を定めた頃、この地には来訪者が絶えることなく訪れていた。亜也の美貌は輝くばかりに美しく、見る者全てを魅了したものだ。
その娘である沙樹もまた、過日の光景を彷彿とさせるかのように、美しさに磨きがかかってきている。特に魔力を解放してからの彼女は、まるで在りし日の母親を追いかけるように、日に日に美しく成長していく。
流れるように緩くウェーブのかかった黒髪は艶めいて、きめ細かな白い肌と相まって見る者の視線を奪うだろう。潤んだように輝く瞳は、青く深く神秘的な魅力を宿して多くの人を惹き付け、虜にするだろう。紅い口元や細い肩も少女の愛らしさと女性らしさを際立たせて、庇護欲を掻き立てることだろう。
特に、年頃の少女は変わるものだ。
それも亜也の血を引く娘となれば、美しく成長するのは火を見るよりも明らかなことだ。
過去を振り返る黒猫の脳裏に、かつて亜也と過ごした日々が写し出されていた。
二つの時代を生きる使い魔の眼には、再び隆盛へと動き出した、荒波のようなうねりを感じていたのかもしれない。
それでも、使い魔の顔色は晴れない。
先日からずっと、深い瞑想を続ける黒猫の瞳の奥には、苦悩にも似た凝りがあるように思えた。
「確かに、これほど安全な場所はない。亜也様ならずとも、ルンを守護役に二十重の結界に守らせるなら、アルカナを死守できるだろう」
翠の眼を細めて、考え事をする黒猫の周辺に、暗く重い闇が蟠っていた。薄暗い部屋の中に、蝋燭の灯りが揺れる。
「しかし、それでは亜也様は西の魔女との戦いにアルカナを持たずに挑まれた事になる……」
思わず漏れた魔力の波に、蝋燭の灯りが大きく揺れた。
「いや、そんなはずは無い。私は見たのだ。この眼が、亜也様の顕す神秘の数々を……」
長い沈思黙考の後で、黒猫はユラリと身体を起こす。
「いったい、どういう事だ?」
闇の一点を凝視したまま、使い魔は呟く。まるで有り得ない事を見てしまったかのごとく。
「……俄には信じられぬ」
怒りを押し込めた声で、黒猫は闇に昂る。
「このような事は、ベルタ様でさえ……。いや、違うな」
生前、亜也が進めていた研究があった。アルカナ所持者の一人と協力して、共通の成果を求めていた時期があった。
「亜也様……。あなたは、いや……。支倉の一族は、いったい何をしようとしていたのですか?」
次の「閑話休題2」は、夜までに活動報告でお知らせします!




