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アルカナ (ARCANA)   作者: 1484ー5
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第27話 アルカナ~其は力の証明2

 いつも書いている気がしてきましたが、遅れがちな更新を待ってくださる方に感謝を!

 沙樹のパートの続きです。

 暗鬱たる溜め息が、少女の口から溢れた。

 袋小路に嵌り込んだ思考が、出口を求めて彷徨っていた。揺らぐ覚悟に、気持ちも沈んでいた。


 「……どうしよう。よりによって“雲”だなんて」


 溜め息に、少女の苦悩が混じる。


 「長崎には雲に届くほどの山は無いし、かといって此処を離れる訳にはいかないだろうし……」


 あれから、沙樹もメフィスト達に詳しく聞いていた。だが、分かってきたのは上位召喚獣に関わる圧倒的な能力の高さと契約の難しさばかり。兎に角、その召喚技法は高難易度であり、成功確率は極めて低いと伝えられていた。


 「ママ、どうすれぱ雲を掴もうなんて……」


 項垂れる沙樹の背から、艶やかな黒髪が流れる。伏し目がちな瞳には、青く揺らめく魔力の灯火が震える。


 (このままだと、あの子に会えないのかな……)


 明晰夢で見た召喚獣は、彼女にとって既に得るべき仲間であり、家族であった。しかし、条件が悪い。今でさえなければ問題は少なかった筈なのだ。


 「どうすればいいの……」


 一人で悩む主人に、不意に助け船が出された。

 顔をあげた沙樹の視界に、闇より濃い黒が形を成していた。彼女の使い魔たる黒猫(メフィストフェレス)である。


 「沙樹様、よろしいですか? お客様がおみえです」

 「私に?」


 室内へと案内されたのは、よく見知った知己であった。


 「や! どうしたの、沙樹ちゃん?」

 「春香?! えっ、学校はまだ終わってないでしょ?」


 驚きに打たれたような沙樹の顔に、愛嬌たっぷりに少女が告げる。


 「抜けてきた。それより今日、何かあったの?」

 「……ありがとう、春香」

 「ど、どうしたの?」


 ほとんど泣きそうな少女の声が、春香の余裕を押し流した。あたふたと慌てる春香の姿に、黒猫(メフィストフェレス)が目を細め、暫くして部屋を退出した。

 春香が確認すべきは、親友でもある眼前の仕えるべき主人の容態からだった。部屋の奥まった場所に設えた皮張りのソファに、憂いを秘めた美貌の少女がいた。


 「沙樹ちゃん、取り敢えず体調を崩した訳じゃないんだね?」


 沙樹の様子に慌てた春香が、まずはという感じで聞いた。

 すぐに胸を撫で下ろす春香に、沙樹は下から見上げるように尋ねた。


 「……あのね、春香。春香なら、無理難題を克服しなきゃならない場合、どうする?」

 「なに、それ? 無理ゲーみたいなの?」

 「ん、ゲームじゃないんだけど……」


 春香の問い掛けに、沙樹の答えはなんとも歯切れが悪かった。それは、彼女が抱えた問題に対して巻き込みたくないという気持ちの現れだった。友人を巻き込むのは申し訳ない、でも誰かに話だけでも聞いて貰いたいという合い矛盾する感情が、葛藤となって彼女の心を占有していた。

 しかし、それが却って沙樹の視野と取るべき選択の幅を狭めていた。


 「条件がはっきりすれば、とるべき対策もあると思うけどな」


 そんな彼女の内心など知らない春香が、あっさりと別の切り口を示す。

 

 「条件?」

 「そっ、勝利条件」


 少女の前で腰に手を当ててポーズを作る春香は、柔らかい笑顔で続けた。


 「つまり、沙樹ちゃんは何を悩んでいて、それはどうすれぱ解決するか。命題に対する解を探すの」

 「ごめんね、春香。あんまり詳しく話すことはできないの。それでもいい?」

 「もちろん、いいよ!」


 とびきりの笑顔を見せて、春香は首肯していた。


 「なるほど召喚獣、ね?」


 漸く納得がいったという感じで、春香が頷く。細い指が顎のラインをなぞる。


 「本当にごめんなさい。全部話せたら良かったんだけど……」


 また俯きがちになる親友に、春香がカラッとした笑顔を向ける。


 「大丈夫よ、穴あきだらけのカビ臭い古文書とにらめっこするより楽勝だから!」

 「……普段何してるの、春香?」


 近代の西洋儀式魔術において、召喚魔法は元素霊などを呼び出すための儀式として体系化された。

 召喚と喚起の二つの魔術作業があり、上位の超越的存在を呼ぶものを前者で、下位の存在(悪魔や精霊)を呼ぶものを後者と区別している。

 実際には、上位の超越的存在を呼ぶ技法は失伝しているものが多く、かろうじて下位の存在を呼び出すための儀式魔法を指して召喚魔法と呼んでいる。

 しかし、下位の存在を呼び出す喚起魔法であっても召喚獣との契約に触媒(キー・ストーン)を使用する儀式魔法は、難易度が高い事が知られ、広く魔法界(コミュニティ)の常識になっている。

 また、この召喚魔法に深く関わってくるのが、神秘学者達の手習いとも云われる技術ーー。

 占星術(ホロスコープ)である。

 一人の人間が生まれた日は、星の歴史に記録される。

 即ち、魔術師の生まれた日の星の配置が、本人が意図しない領域で魂の影のように様々なものに影響を与えているのだ。

 こと、召喚魔法に限って言えば術者の誕生した日によって、天賦の才能が生まれ落ちた瞬間から、既に決まっているのだ。覆すことの出来ない星の定めは、時に運命に例えられた。

 使役・操作する召喚獣の属性に関する適性の有無は、出生天宮図に現れる座相(アスペクト)を見る事で解決する。この適性に反する属性を選ぶと、召喚獣の能力低下は避けられない。

 そのため、詳細を知りたければ十二星座(ゾディアック)が、星々の周期運動と相関関係を知りたければ星環(ルーセント)が深く関係している事が知られている。

 天上の星は、ただ其処にあり、下界の悲喜交々を見つめ続けるのみ。蓋し名言である。


 「でも、召喚獣か……。確か千々和に詳しい人がいたんだよねぇ」

 「その人に話だけでも聞けないかな?」

 「できれば、それがいいよね」


 春香の返答に、沙樹はお願いしてみたものの、不安な表情を消せなかった。

 まだ伏し目がちな親友に、春香は独り言のように言った。

 

 「まあ、沙樹ちゃんのことだから普通じゃないとは思ったけど……。初めての召喚術式が触媒(キー・ストーン)を使う高等魔術、かぁ」

 「私も色々考えたけど、煮詰まっちゃって……。頼れるのは春香くらいしかいないし」

 「えっ?」


 何か聞き逃したのか、春香が慌てる素振りを見せて振り返った。


 「……と、兎に角。雲を掴む、もしくは雲を手に取る必要があるわけね?」


 言い淀むところを必死に堪えて、春香は続けて言う。その頬は、何故かほんのりと朱が差していた。


 「そうなの。でも、メフィスト達も遠くには外出できないって」


 落ち込んだ親友の心を慰めるべく、正面から向き合う春香の耳に、さらっと信じがたい事が告げられる。


 「地形を利用出来ないなら、空しかないんだけど……。空を飛ぶ術式自体はあるらしいんだけど、私には無理だろうって……」

 「はは、あるんだ……。凄いね」


 呆れてしまった自分をたしなめ、気を取り直して考え込む春香に、沙樹は縋るような視線を投げる。

 親友の頼みとあらば、一肌脱ぐのは彼女にとって既に決定事項だった。


 「うーん。なら……」


 徐に目を開けて沙樹を見る春香は、またも突拍子もない事を口にした。


 「じゃあ、沙樹ちゃん。いっそ、自分で造っちゃえば?」








 「いいなあ、召喚獣かぁ……。私もやってみようかなぁ?」


 坂の上の館からの帰り道、春香は先ほどの親友とのやり取りを思い出していた。

 親友が、おそらく今夜にも挑むであろう召喚魔法ーー。

 その結果として得られるであろう召喚獣は、いわゆる“使い魔”とは違う。決定的な違いは、主人と恒常的に魔力的な繋がりを持つか否かである。

 知性を持つのは特別だとして、使い魔なら、主人との間に魔力供給の回路(パス)が形成される場合が多い。しかし、召喚獣には基本的にそれが無いのだ。

 魔術師が召喚獣を従える事は珍しくない。しかし、それは個別に忠誠を誓わせる使い魔とは違う。それは、あくまで一時的な、言い換えるなら戦略的に必要となるものだ。単純に戦力と言い替えてもいい。つまり必ずしも同一の個体に拘るものではない。契約(・・)なのだから。

 魔術師は、一時的な代償を差し出す代わりに、召喚獣の持つ力を行使する。代償が何であれ構わない。あくまで切り札(ジョーカー)的な扱い。それが、召喚獣のあるべき姿。そして、魔術師のとるべき在り方だ。

 

 (なんだろう? こう、私にも呼べそうなんて思えるのは……。やっぱり気分がいいからかな!)


 学校へと戻る道すがら、春香は空に向かって右手を高く挙げていた。

 彼女の行動の原因は、別に魔術に携わる者だけが持つ理由によるものではない。単純に、十代の少女らしいものだ。

 それは、彼女なりのガッツポーズ。

 友達からのありがとうの賛辞に気を良くした結果だ。それは自己評価と呼べるものだ。

 春香は、ただ嬉しさに高鳴る胸を抑えきれない。

 そんな彼女のことを誰が笑えるだろうか。彼女とて、まだ十代の少女なのだ。

 子供ではない。しかし、大人にも成りきれていないーー。

 彼女の両親がいたならば、そんな高校生らしく振る舞う春香に、今は良くやったと励ましの言葉を送ってやっただろう。


 (何か良いことありそう!)


 学校へと戻る足取りも軽く、春香は坂道を下る。

 そんな春香の行動が、一時的な魔力の高まりを引き起こす。彼女の能力、マルチトラックが再び無意識に発動する。

 麗らかな春が近づく午後の陽光に、焔色の何かが煌めいた。

 それは蝶々のように、赤に朱に煌めく羽を羽ばたかせて、わずかな時間だけ陽の光を跳ね返す。

 そして、それは現れた時と同様に、唐突に消えた。








 その日の夜、坂の上の館は歓喜に包まれていた。

 光輝く魔法陣の中に現れた、一際異彩を放つ影。長く大きなそれは、ゆっくりと魔力の漂う海を泳ぐ。


 「ルン、おいで!」


 まだ興奮冷めやらぬ様子で、沙樹が駆け寄る。

 魔力の海を悠然と泳ぐそれが、彼女を見つけて寄り添うよう泳ぐ。

 室内の薄明かりに照らされて、床上の魔法陣が幽かに煌めく。


 「来てくれてありがとう。嬉しいわ」


 黒と白を基調にした今宵の彼女の服装は、装いもシックなセパレートスーツ。魔術師の礼装である。羽織るローブは背中側に流し、両手でルンを迎えていた。

 主人への敬意を示すルンが、少女の身体に巻き付くように周囲を旋回する。


 「おまえ、角と髭が無いのね。でも、可愛い」


 まるで可愛い子供をあやすように、沙樹は破顔した。

 鋭い顎に並ぶ牙。固い竜鱗は独特の艶を持ち、光沢と共に角度によって日の光を掻き消す。四肢は短く、長く巨大な体躯は魔力の海を横切ってなお、尻尾までが見渡せない。東洋の龍に相似する姿は、正に神秘を体現していた。


 「沙樹様、ルンとの契約も無事に終わりました。これで何時でも呼び出す事が可能です」

 「角や髭なぞ、後世の画家が付け足したものにすぎぬ。主よ、魔術師ならば見たままを信じなければならぬ」


 二匹の使い魔達が、少女の傍らに座る。

 新たな仲間を迎える喜びを彼等も感じているようだった。

 召喚獣との原初の契約において、時に必要とされる触媒(キー・ストーン)

 上位召喚獣であるルンとの契約に必要なそれは、”雲“。

 高難易度と言われた由縁は、魔術師にとって高所限界での精密な魔術作業を要求するためである。

 この難点を克服するため沙樹が準備したもの。それは、密閉した容器の中に雲を生成するという新たな技法。

 現代の物理に馴染みのある高校生なら、別に難しくないはずだ。

 空のペットボトル内に水滴を入れ、蓋を密封する。その容器に、外部から一定以上の高い圧力を掛け、その後一気に圧力を除去する。

 すると、減圧した容器内の温度は一気に下がり、その温度差から容器内に水蒸気の塊が生成される。

 それは、人工的に造られた雲。しかし、紛れもない”雲“なのである。

 例え触媒(キー・ストーン)が密閉された容器の中にあったとしても、魔術的には障害にならなかったのだ。

 先ず、断熱圧縮によって容器内の温度が上がり、水滴が気化する。その潜熱は、圧縮が解かれた際に引き起こされる気体の断熱膨張により、容器内の水蒸気の熱を奪い、水滴を形成させる。

 この大気中の水滴と氷晶が雲の実態であり、全てであった。

 そして全ての相転移が、うまくいった証拠でもあるのだ。

 新たな魔法の成果に、召喚獣へと声を掛ける者達がいた。


 「久しいな、ルンよ」

 「……ククク。変わらぬ偉容よな。さすが竜王といったところか」


 沙樹が流石に召喚魔法陣の後処理を始めたころ、かつて先代の主人に揃って仕えた者達が旧交を温めていた。

 応える偉容は、かつての仲間を認めてか、その姿を実に十数年ぶりに主人以外の者に晒していた。その巨大と言える体躯は、いまだ室内に充満する魔力の海を悠然と泳ぐ。

 しかし、次第に純度の低下してきた室内の海から深く潜って隠れていく。


 「あっ……。待って、ルン!」


 魔法陣の構成に使用された物質を片していた沙樹が、振り返る。

 持っていた粉末状の鉱石や宝石の類が、少し床に溢れる。


 「沙樹様、仕方ありません。ルンは顕現する間、常に高純度の魔力の海にいなければなりません。これ以上は沙樹様のお身体に障ります」

 「でも! まだ一緒に……」


 黒猫(メフィストフェレス)の翠の瞳が、優しく主人を見守っていた。


 「これからは何時でも会えるのです。むしろ、日をあけず召喚してやると良いでしょう」

 「まだ一緒にいたかったのに……」

 「主よ、ルンの姿を知ることができたのは栄誉なのだ。昔から、真実を見ることができた一部の者だけが、幻獣種の原初の姿を捉えてきたのだ。主の魔眼が、そうさせたのだぞ。誇るべきことだ」

 

 使い魔達の説得に、彼女も渋々とだが承諾した。そして、彼女の承諾によって魔力の海が消滅する。

 完全な魔力供給の停止によって、沙樹の周囲に変化が生じた。

 室内の魔力の塊が溶け、まるで空気が軽くなった感覚がする。薄明かりの室内が、より明るさを取り戻した。

 室内に居た者達の感覚が、もとの空間のそれに馴染む。

 

 「……何かしら?」

 「沙樹様、どうされましたか?あれは、魔力光……?」


 少女が見つめる先に、魔力の光があった。ルンを縛っていた卵型の置物インペリアルイースターエッグが割れて、残った残骸の欠片が幽かに光を灯していた。

 沙樹が近づくのを追って、使い魔達も駆け寄る。

 卵の欠片の中に、光る何かがある。

 それは、確かな存在感を示して魔力波動を発していた。


 「あの子のかな?」


 細い指先が、そっと触れる。すると、一瞬弾かれたように光が消え、其処に一枚のカードが浮かんでいた。


 「綺麗なカード……。なんだろう、懐かしいような感じがするけど」


 彼女より、むしろ使い魔達が言葉を無くして立ち竦んでいた。


 「……そんな。まさか?」


 少女の手元にあるカードを見たまま、黒猫(メフィストフェレス)が固まっていた。


 「主よ、それを早く手に取るのだ! それはアルカナ! 主は、それを持つに相応しい者。正統な継承者なのだ! 早く手に取れ!!」

 「えっ、これがアルカナ……?」


 錯視の蛇(ウロボロス)の叫びに、むしろ沙樹が困惑した。思わず手を引っ込めてしまう。

 そんな二人のやり取りなど眼中に無いかのように、黒猫(メフィストフェレス)の声が、一つの単語を紡ぎ出す。


 「女帝(エンプレス)……!?」

 「知ってるの、メフィスト?」


 美しい図柄と繊細な模様のカードは、まさに今造られたかのように真新しかった。

 かつて、先代の所有者であった母の死によって失われていたはずのカード『女帝(エンプレス)』。十数年ぶりに世界に現れたカードは、在りし日と変わらぬ美しい輝きを誇っていた。

 










 いつも読んでくださる方に最大限の感謝を!!

 あなたに幸多からんことを!

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