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アルカナ (ARCANA)   作者: 1484ー5
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第24話 嵐の予感2

 取り敢えず、続きです。

 目を閉じて思い出せるのは、まだ幼かった彼女の拙いまでの優しさ。

 光一は、まだ幼い頃に交通事故で父親を亡くした。小学生だった当時の記憶には、落ち込んだ自分を気遣ってくれた少女、支倉沙樹との交流があった。

 自身も両親を亡くしていたというのに、前向きに生きていた少女。

 その強さに、彼は強くなろうと幼い心に決めた。


 「どこか痛いの?」


 自分を気遣ってくれる彼女に、あの時の光一はかける言葉を知らなかった。


 「あっち行ってろ!」

 「泣いてるの?」

 「……泣いてない!」


 除き込むように、心配してくれた相手に、光一は涙を見せたくなかった。学校で泣いていた事を友達に馬鹿にされると考えたからだ。


 「でも……」


 幼い頃の彼に、相手の気持ちを慮れないとしても、それは無理からぬことだった。

 少女の姿は、まだ彼の傍にあった。


 「ねえ、これ……」


 差し出された少女の手に、小さな石のついたペンダントが握られていた。石の色は薄く曇った灰色。形も丸くはあったが、どこか歪な石だ。


 「何だよ、これ?」

 「御守りだから」


 少年の問いに、少女が答えた。

 照れ臭さを隠すために、袖で顔を拭く光一に、沙樹が正面から見つめる。少年が自棄になる間もなく、少女が笑顔を向けた。


 「持ってると、良い事あるから」

 「お前のだろ? これ貰えない……」


 その石を返そうとした少年の手を少女が制した。


 「私はいいの。大丈夫だから」

 「何だよ、それ?」

 「それにね、悲しい事はあるけど、楽しい事もあるから。光一君も笑おう?」


 彼女の笑顔に、引き摺られて少年も笑う。


 「……変なの」


 そうやって二人で笑った時間は、今も柳楽光一の記憶に残っている。

 昔も今も変わらない彼女の笑顔に、彼は強く惹かれていた。

 あれから十年近い月日が流れた。今や彼の手にある石は、あれから段々と赤い色身を帯び、何時からか赤い輝きを放つに至った。

 不思議な赤い石に纏わる過日の記憶。

 その石は、彼の知るどんな鉱石とも違っていた。色が変わる石など聞いた事も無い。

 しかし、彼の手には確かに赤い輝きを持つ石があるのだ。自分の記憶違いではないかと考えた事も一度や二度ではない。

 自分が持つこの石が、彼女との繋がりを約束するものでなかったら、光一も気にしなかったかもしれない。

 いつか、彼女に聞いてみようと彼は思う。

 きっと、彼女は笑って聞いてくれるかもしれない。彼の心に残る少女の優しさは、今も昔も変わらないのだから。








 長崎新地中華街ーー。

 長崎市内にあるこのチャイナタウンは、横浜や神戸南京町と並ぶ日本三大中華街の一つに数えられる。

 四方を四つの牌楼と呼ばれる中華門に囲まれ、南北に二百五十メートルほどの区画に約50件の中華料理店や中国雑貨店等の各店舗が軒を連ねている。

 そして、その地下には合法・非合法を問わず、一般に公表される人口の何倍もの華僑達が生活しており、多くの同胞達を抱えた入植地のような様相を呈していた。

 主に福建省など南部の出身者による集住によって形成されはじめ、次第に組織化されて現在に至る地下中華街は、ある目的を持った自衛集団が長い期間をかけて作り上げたものだ。

 その組織化の中核を担った自衛集団こそ、魔術協会クラウド・ゲイトであった。

 中国語圏で唯一無二の魔術協会ーー。

 本国でも北西部の国境地帯にある天山山脈に本拠地を置き、世界各地に支部を広げ拡張を続けている。当然、日本にもチャイナタウンの数に比例して、その支部が存在する。

 構成員数でいうなら、世界一とも称される魔術協会である。

 その地下中華街にある魔術協会の施設内で、二人の人物が茫然と立ち尽くしていた。

 一人は地下中華街の名士である周浩然(ジョウ・ハオラン)。もう一人は、本国の中央政界にいる政治家の第一秘書、王達喜(ワン・ダーシー)だった。

 

 「これは、いったい誰が?」


 二人のうち年配の男性、壮年の王が口にしていた。彼が目にした光景は、まさに衝撃的だった。傍らに立ち尽くす周もショックを隠しきれていなかった。

 数時間前まで、異常など見当たらなかった魔法陣が、完膚なきまでに破壊されているのだ。

 地下中華街の奥深くに設置された転移魔法陣は、いまや粉々に粉砕され、その役目を終えていた。


 「何者が……。いや、どうやって此処に?」


 周の疑問は、声となって力無く漂う。

 年齡は、まだ三十代半端。男としても脂がのった時期だ。彼自身、この地下中華街の発展に尽力してきた功績が認められており、現在の地位を築いていた。それだけに、彼にしてみれば眼前の事実が俄には信じられなかった。

 それは、このチャイナタウンの危機管理に直結する問題でもあるからだった。


 「これでは、我等が準備した計画が……」


 破壊された転移魔法陣を見て、やはり二人は途方に暮れるしかなかった。計画の頓挫を余儀無くされ、周が狼狽とも落胆とも取れる表情を見せた。

 よく通る声が、その重苦しい沈黙を破った。


 「何事ですか?」


 地下中華街に人影が浮かぶ。それは、遠目からも分かる妙なる影。若い女性の匂いたつようなシルエットであった。年の頃は二十歳くらいだろうか。

 白い絹の素地に、紅い刺繍の入ったチャイナドレスの裾が揺れる。その左腰には、独特の反りを持った刀剣がさげられている。

 姿を現した女の胸元には、紅い竜舌蘭の刺繍が施されていた。

 長い黒髪は美しく結い上げられ、女らしさを主張していた。手足は長く白く、均整のとれた体つきは美しくすらあった。黒曜石のような光を湛えた瞳は、地下街において魔法陣の破壊跡を視認していた。

 武侠の世界に生きる者の目だった。


 「これは、十三妹(シイサンメイ)様……」

 「完全に破壊されているのですか?」


 十三妹(シイサンメイ)と呼ばれた若い女は、歯に衣着せぬ核心をついた質問を浴びせた。


 「申し訳ありません……」

 「起きてしまった事を悔いても仕方無い事でしょう」

 「しかし、よろしいのですか? 十三妹(シイサンメイ)様」


 王が確認する。この王という男、本国の外務部長を務める男の秘書であるせいか、難事に直面しても直ぐに立ち直り、平静を取り戻していた。よほど腹が座っているのか、その表情からは真意を読み取らせない男だった。

 王の言葉を聞いて、女が答えた。


 「早急に対策を取れば、困る事にはならないでしょう。なるようならば、私達も手伝えば良いこと」


 彼女の返答も何故か、荒事に慣れた様子が窺えた。よほど重要な客人なのか、地下中華街の名士である周をさしおいて、場の主導権を握る。

 静寂を破る声が響いたのは、その時だった。

 

 「た、大変です! 周大人(ジョウ・ダーレン)!」


 慌てた男が、その場に駆け寄って来る。周が珍しく声を荒げたのは、自身の失態を隠すためか。


 「どうした! 何事か?」

 「只今、中華街の四神結界門を無視して、来訪者が押し入りました!」


 驚愕の報告に、周は狼狽えた。


 「なんだと言うのだ、手勢は集めたのか?」

 「はい、現在は地下関帝廟の入口前で睨み合っていおります。しかし、もちません!」


 報告する部下に、叱責を浴びせようとする周を軽く手で制して、十三妹(シイサンメイ)と呼ばれた女が尋ねた。


 「魔術師達は何をしているの?」

 「既に、最初に向かった者達は無力化されました」


 更なる叱責を怖れるように、部下の男がくぐもった声で返答した。怒りを露にした周が手を振りかざす。それでも客人の目を気にしてか、慌てて挙げた手を降ろし、苛立ちを隠そうとする。最早、男は保身に必死だった。


 「無力化された!? 敵の規模は、いったい何人位なのか?」

 「それが、たった一人でして……」


 震える声で返答した男は、哀れなくらい頭を下げている。周という男の普段の遣りように女の美しい顔が曇る。


 「何者なの?」


 部下を気遣うように、十三妹(シイサンメイ)が尋ねる。


 「いえそれが、その男は守護者を名乗っております」


 言いにくそうに表情を歪め、男は報告する。


 「“浦”に間違いないか、と」


 長崎新地中華街(チャイナタウン)は、騒然となった。

 “守護者”の侵入に、クラウド・ゲイトの魔術師、私兵達が慌ただしく動く。

 転移魔法陣前にいた三人も豪胆な侵入者と対するべく地下関帝廟へと急いでいた。彼等にとって“守護者”とは、この地に先住する民族の術者程度の認識だった。日本人の民族性もあって、危険視すらしていなかった。

 ただ一人、”浦“を除いて。

 急いで走ってきた周が見たのは、地下関帝廟の入口前で十数人もの私兵達を相手に、一歩も退かず立つ男の姿。

 得物は持たず無手の構えだが、魔術師同士の戦いに、それが何の意味も持たない事は誰にも明白な事実だった。

 壮年の顔は厳しさの中に不貞不貞しいほどの凄みと、円熟した練達者が持つ独特の雰囲気を纏っている。一目で凄腕だと理解させられた。

 周が口を開くより早く、男が話し掛けた。


 「久しぶり……。いや、初めましてと言うべきかな? クラウド・ゲイトの諸君」


 あまりの余裕綽々とした挨拶に、周が警戒を示す。


 「いったい、何用ですか?」

 「あまり性急な質問は野暮というものだ。余裕の無さが透けて見えるぞ」


 まるで何者も自分を害する事などできないという自信の顕れか、侵入者の態度は露骨な挑発を見せた。周の手が止まる。

 

 「我々は共存共栄を望み、手を取り合ってきたはず。このような突然の挨拶とは、失礼というものでしょう?」


 精一杯の強がりを見せて、語気を荒げて浦を非難する。しかし、侵入者も態度を崩さない。片手で顎髭を擦る。


 「我ながら理解に苦しむものだ。共存共栄など、掲げた覚えが無いものでね」

 「これは、異な事をおっしゃる!」

 「共存は仕方無しと理解している。だが、それも我々のテリトリーを侵犯して来なければの話だ!」


 浦の眼光が、凄みを増す。

 何か得たいの知れないものを見るような目で、周が浦を見つめた。


 「これらは、そちらの魔術師が市内で遺したものだ」


 浦が懐から取り出したものは、大陸式の呪符。大陸の道士(タオシー)などが使用する特徴的な呪符だった。それも完全に戦闘用のものだ。

 まとめられ、分厚い束となったそれを無造作に放り投げる。いったい、何人の相手に奪って来たのか。

 呪符は、周の足元に落ちた。


 「私は、いや我々は長崎の静かな街並みこそを望んでいる。お互い、嫌な腹の探り合いは無しにしたい」


 浦が、鋭い眼光を新手の三人に向ける。


 「今や我々が守る長崎に、無断で入り込む魔術師は排除させてもらう事にしたよ」


 片手の掌を上に向けて、守護者が続けた。


 「だが、我々も鬼じゃない。出ていく事には寛容だ。私としては、可及的速やかな理解を求めるつもりだ」


 周が脂汗を流しながらも、浦を睨みつけていた。


 「……手を引け、と?」

 「ここは横浜や神戸ではないという事だ」

 「少し、よろしいかしら?」


 唐突に、艶やかな声音が場の緊張を解いた。


 「何者がそちらの領域を侵犯したのか伺っても?」


 十三妹(シイサンメイ)と呼ばれた女が、張りつめた場の中で陶然と微笑む。浦を前にして、さして緊張すらしていないように見える。

 その態度に、只者ではないと看破するように、浦が視線を険しくした。


 「それに答える義務は無い」


 守護者としての経験から、彼方の主導権を持つ者が誰なのかを理解していた。

 美しい女だが、決して気を許せる種類の人間ではないというのが、浦の下した判断だった。その腰にある刀にも、浦の眼光が飛ぶ。


 「……ただ、その魔術師の行為は我々にとって耐え難いものだとだけ答えておこう。それと、今後も無用な魔術儀式は違法な行為として控えてもらいたいものだな」


 浦が十三妹(シイサンメイ)を見ながら告げた。


 「例えば、転移魔法陣とか……」


 表情を変えない十三妹(シイサンメイ)を見て得心がいったのか、浦は口元に軽い笑みを浮かべた。


 「話はそれだけだ。それでは、よろしく。クラウド・ゲイトの諸君」


 踵を返す守護者に、残されたクラウド・ゲイトのメンバー達が臍を噛んだ。後ろを見せる浦の気配に些かの油断も隙も無かったからだ。

 周の叱責が飛ぶ。


 「情報部を呼べ! すぐにだぞ!」


 混乱する者達の中で、唯一彼女だけが冷静に侵入者の力量を推し測っていた。


 「あれが守護者……。魔術師を歯牙にかけぬと噂の浦健児。アイ様に、お伝えせねば」

 「あの浦の話……。あれは、この街で何か事を構える腹づもりでは?」


 王が横合いから十三妹(シイサンメイ)に尋ねた。

 その質問に、女は美しい顔を歪め首を振った。


 「ついに、魔女の後継者が決まったに違いないわ……。そのための牽制ね」


 十三妹(シイサンメイ)と呼ばれた女、玉鳳は悔しげに唇を噛んだ。 


 「つまり我らは、出遅れたということよ!」



















 前回のデータ消失が影響して、今回も遅れがちに……。しかもヒロインが出ないので筆が進まないこと、進まないこと。

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