第23話 嵐の予感1
創作途中で、一部のデータが消失しました。流石にへこんだ結果、遅れて投稿となりました。
昼休みの後半戦、春香は紆余曲折があって自らの主人となった親友、沙樹を探して奔走していた。
息を切らす吐息が、響く。
どんな理由であれ、彼女の使い魔であり守護者である黒猫に任された護衛の任務中に、沙樹を見失ったのは失敗に他ならない。
もし、この件を黒猫に知られたなら、啖呵を切った手前、春香が責任を追及される事は想像に難くない。いや、むしろ彼女だけならいいのだ。
ふっ、と息を吐き障害となるものを飛び越していく。
通っている高校で符術を使う訳にもいかず、春香は身体に魔力を循環させて有事に備えた。
校内に魔術の痕跡は見当たらず、魔力の気配も無いことは確認したものの、一抹の不安が顔を覗かせる。
そんな春香の心配を余所に、割りとすぐに護衛対象は見つかった。それも校舎一階の職員室の近くでーー。
「なにやってるの!?」
教材であろう月球儀を抱え、柳楽に付き添って歩く沙樹を見つけて、春香は思った事をそのまま口にしていた。
「春香、なに?」
楽しそうに、そして少しはにかむように微笑む少女の笑顔に絆されて、春香は二の句が継げなかった。呆れたと言おうか、急速な脱力感と言おうか、何とも複雑な感情の発露に春香の精神力が試されている気がした。
自然、矛先は隣にいる少年に向かう。
「委員長~、なに女の子に重い荷物を持たせてるかな~?」
春香の非難が柳楽に向くが、彼も山のようなプリント類を手にしていた。むしろ、そのせいで春香の事を軽く無視している。
「春香、大丈夫よ? これ、見かけより軽いから」
「そんな問題じゃなくて!」
沙樹の笑顔に、怒りに転換しようとした春香の感情も水を差されてしまった。
六百万分の一というスケールの月球儀は、かなり精巧に出来ており、JAXA監修との謳い文句が納得の出来映えだった。春香もその完成度に、一時怒りを忘れてしまう。
あれが静かの海なんだと分かるくらいには、彼女も天体に興味はあった。ただ、それも少女の手が持ち続けるには、少々大荷物のように見える。
(ちょっと人がいない間に……)
本当にお邪魔虫よね、と春香は心の中で毒づいていた。
察するところ、この荷物を抱えて歩く柳楽を見つけて、沙樹が手を貸したのだろう。優しい親友の性格を考えれば、すぐに分かる事だ。
「あー、すまない。俺が一度に運ぼうとしてたら支倉がな……」
「まったく悪びれてないよね、それ!」
思わずつっこみを入れる自分に、春香はもう怒りのやり場がないを悟った。
そして、沙樹から月球儀を受け取ろうとして笑顔で拒否された彼女は、涙目で柳楽に向き直った。
「貸しなさいよ!」
後ろで親友から笑われているのが嫌なのか、嫌いな相手に手を貸すのが癪に障るのか。自分でやっておきながら、春香は一抱えある紙の束に怒りをぶつけるしかなかった。
「なんだよ、あれ?」
「照れ隠しよ、きっと?」
彼女の後方で仲の良い二人の会話が聞こえた気がしたが、春香は聞こえないフリを決め込んだ。今の自分の顔を見せたくなかったからだ。
やっぱり人払いをかけとけば良かったかなとブツブツと呟くが、もはや後の祭りだった。
結局、プリント類などを職員室前まで運んだところで他の生徒会のメンバーが彼女達を救ってくれた。
そのため、手伝った沙樹と春香は隣にある個室で少し待たされる事になった。
春香は、これ以上の面倒事が嫌なのか、部屋の入り口に内側から人払いの魔術をかけている。
そのため、この部屋に来れるのは、この部屋にいる沙樹に用事がある柳楽だけのはずだ。
何か春香にとっては面倒事が堂々巡りをしているだけのように見えるが、彼女がそれに気付いているかは甚だ疑問だった。
それから間もなくして、応接用のソファに座って寛いでいた春香が、ふと腕時計型の情報端末を見ながら言った。固い液晶画面の表面が、緩やかなカーブを描いている。
「委員長、昼休みに何してるのかな?」
「生徒会でしょ? 光一君らしいわ」
沙樹の口元が緩む。あたら待つことに慣れているのかと思ってしまうほど動じない彼女を見て、春香は納得していた。
親友の境遇を思い出して、自分の至らなさ、考えの足りなさに胸を突かれた。慌てて話題を替えてしまう。
「ええと、まだ時間があるから聞いてもいい?」
親友の問いに、沙樹がこちらを向く。
「なに?」
揺れる青の輝きが、春香の視線を奪う。背筋にぞくりとするものを感じて、春香は誘惑を振り切った。
「あのさ、沙樹ちゃんちの黒猫のことだけど……」
親友に気付かせないように、春香は少しだけ視線をずらす。
「春香。黒猫のこと、悪く思わないであげて」
返ってきたのは、意外にも謝罪の言葉だった。表情が曇るのは、彼女の持つ優しさ故か。
「私のママの使い魔だったみたいなの。だから、私にも良くしてくれるんだけど……」
「お母さん、高名な魔女だったんだよね?」
確認ではなく、むしろ興味があるという風情で春香は尋ねていた。しかし、沙樹の返答は春香が予想した範疇を外れて終わる。
「私、本当に知らないの。自分のお母さんのことなのに、本当に何も……」
やぶ蛇になってしまったと、嘆くより早く新しい話題をと春香は思った。思ったのだが、口をついて出たのは同じ話題だった。
思わず自分の頭を叩いてやりたくなる春香だったが、やり直せる筈もない。
「……そ、それよりさ。坂の上の館には、魔女の庵があるって言われてたの知ってた?」
「何、それ?」
春香は沙樹の瞳を見て、軽い胸の疼きを覚えた。塞いだ表情は、この少女には似合わない。
「沙樹ちゃんの家は、当然、高名な魔女でもあったお母さんが居を構えた場所なんだよね。そういう場所は、大抵が魔術でもって他人を寄せ付けないようにしてるの。入って来ても何らかの形で排除されるケースがほとんど」
揺れる青の輝きが、親友の瞳を彩る。その輝きが、真っ直ぐに春香を見つめていた。
「坂の上の館には、ごく一部の守護者しか入れなかったの。強力な結界で守られ、近付く者は守護者達が排除して。私が聞いたのは十年間くらい閉じたままだったって。ずっと守ってたんだね」
沙樹の表情に、改めて気付かされた驚きが浮かぶ。
「沙樹ちゃんが来るのを待ってたんじゃないかな?」
「……メフィスト達が?」
上手く言葉に出せない想いが、輝く瞳に揺らめく光となって現れる。
(ずっとママの居場所を守ってくれてたの?)
心が高揚する事を自覚しながら、沙樹は目の前にいる親友を見た。
「春香、ママの事を教えて? 知ってる事ならなんでもいいから」
「……私も詳しくないけど、それでも”アジアの真珠“は知ってるよ。日本に唯一人のアルカナの所有者だもんね」
生前、親友の母親に付けられていた通り名は、今も魔法界で知らぬ者が無い。この世界で生きるようになった春香も例外ではなかった。
「日本に一人?」
春香は頷く。
親友のため、自分の知っている世界の事について忌憚の無い話を続けた。
「そう。亜細亜圏でも二、三人しかいないって言われてる貴重な神秘の体現者達」
「そうなの?」
「アルカナ・ナンバーズは世界に22人。魔術師の最高峰を指す言葉だよ!」
素直に感心した様子の沙樹に、春香は次の一手を仕掛ける。心なしか、春香の顔が晴れ晴れとしている気がするのは気のせいだろうか。決して、これまで鬱積していた鬱憤を吐き出すためではない筈である。
「一人は、クラウド・ゲイトにいる“伽藍の魔女”だね。あ、クラウド・ゲイトって言うのは中国の天山山脈に拠点を置いてる魔術協会の事でね、そこにいると言われてるの。それも女性だって噂だし、ね」
そもそも魔術師達の情報は、各地の魔術協会によって必ず秘匿されている。固く閉ざされた神秘の扉を開ける者は、それだけ貴重な存在なのだ。
興味深そうに聞き入る沙樹に、春香が裏情報を提供する。
「世界中の華僑が、その威を借りてるけどね。中華街なんて、ホント歩きにくいったら……」
昔日の惨事を思い出したのか、途中顰めっ面になる春香の語り口に、沙樹は花のような笑顔を送った。
「ナンパだよ、あれ?」
彼女がナンパされるところを想像して、沙樹は吹き出した。親友ならば、必ずナンパ男を撃退してくれる筈だから。
春香も沙樹の反応が面白いのか、口が益々滑らかに回った。
「クラウド・ゲイトの魔術師達は面子に拘るから、交渉できるか分からないって言われてるけど……」
昨夜の事を考え、春香は嘆息まじりに肩をすくめて言う。
「師匠がいるしね~。今回は本気みたいだし」
「危ないのは、やめてね」
「いくらなんでも、いきなり喧嘩を売ることは無いだろうけど」
笑える話にならないのを承知で、春香も苦笑した。聞き役をしていた沙樹の瞳に、明らかに好奇心が光っている。魔法界に関する事柄では、これまでなかった反応だった。
「ねぇ、春香。他にはどんな事知ってるの?」
珍しい沙樹の頼みに、春香はやや驚いていた。そこで、彼女は確認するように聞いてみた。
「魔法界のこと? じゃあ、有名どころから話せばいいかな。まずなんといっても世界一の魔女、メディコ・ベルタ。中南米の魔女なのに本場、欧州の挑戦者や刺客達を全て退けてる本物だよ。医者でもあるらしくて、地元民に無償で治療院を開いている話が有名なんだよね」
いつの間にか、春香の語り口が変化していた。まるで、教鞭を取る教師のように。優しく諭すような語り口で春香は続けた。
「次はロシアの”雷帝“イワン。絶対魔法防御を無視する雷神の鎚の使い手。北極圏からユーラシア大陸のほぼ全土で、雷光を見れば彼の仕業と言われるくらいの有名人だよ」
春香の舌がいよいよ滑らかに回る。楽しそうな口調が弾む。
「あと一人挙げるなら、“塔の魔女”かな? 大英帝国の首都ロンドンに世界一と言われる魔術協会があるの。そこで一番の実力者が名乗れるのが塔の魔女。男でも女でもいいらしいよ」
興味深く聞いている沙樹を見て、春香は何故か納得していた。
「まるで、お伽噺みたいね」
「本当にね! いやあ、沙樹ちゃんとこんな話をしてみたかったんだよね!!」
「そうなの?」
「勿論!! 話せる相手がいなくてさ……」
少女達の楽しい会話を遮ったのは、他ならぬ彼女達の待ち人だった。
入り口が開く際に鳴る電子音が、来訪者の存在を告げる。
「ごめん、待たせた。支倉いるか?」
入り口から背の高い少年が入って来る。その後に、細いがすらりとした人影が連れ添うように続く。その女らしいシルエットを持つ姿に、二人の目が止まった。
柳楽の後ろにいる美しい少女は、彼女達が知る同級生ではなかった。年の頃は一つ上に見える。明るい性格が容貌にも現れた万人受けする美人だった。見知らぬ少女は、沙樹達を見て悠然と微笑んだ。
「光一君。その……誰?」
「沙樹ちゃん待たせた上に女連れとか……。委員長サイテー」
あら噂の美少女じゃない、と件の少女が言った。
「柳楽君、モテるのね。やるじゃん。こっちの娘も凄く可愛いし」
「先輩は黙っててください。俺から話さないと余計ややこしくなりますから」
「あら、そうなの?」
珍しい柳楽の弱腰な態度に、春香の視線が獲物を見つけた狩人のように光る。
柳楽の背をヒヤリと嫌な汗が流れ落ちた。
「へえ~。委員長、この前は大人しそうな貴理ちゃんで、今度はお姉さんなんだぁ?」
「えっ?」
驚く沙樹の顔を見て、柳楽が焦った表情を見せる。
「いや、違う! 待ってくれ! 違うから、この人は生徒会副会長の中条先輩だ。知ってると思うが……」
春香が容赦なくつっこむ。
「ナンパ男」
焦る少年の姿が何故か哀愁を誘う。
「お前、聞いてないだろ?」
「知らないわよ、バカ!」
立ち上がった春香が、沙樹の手を取る。
「沙樹ちゃん、行こう!」
「ごめんなさい……。あ、待って春香!」
段々と剣呑な雰囲気を醸し出していく情況を中条だけが、冷静に見守っていた。修羅場的な混乱の様相を見せるそれを、一人眺めている。
無情に、入り口の扉が閉まる。扉の電子音が鳴るが、誰も聞いてはいなかった。
余裕のある中条が、脱力した柳楽に労いの言葉をかける。
「あら~、お邪魔しちゃったかな。大丈夫? 追いかけなくていい、柳楽君?」
「いえ、元々遅くなるから帰って貰おうとしたんですから……」
はあ、と肩を落とした柳楽が返答する。
たった今、出ていった自分の想い人を思い出すように、小さな声で言った。
「……参ったな。いったい何時になったら、返せるんだろうなコレ?」
柳楽の手に、見慣れぬ赤い石が握られていた。それは、宝石のように光を湛えた美しい輝石だった。
前回、『力の証明』と紹介していましたが、次に持ち越しました。はい。




