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アルカナ (ARCANA)   作者: 1484ー5
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第2話 序幕1

 近代における科学の発達は、19世紀の産業革命以降における人類の発展に大きく貢献した。トーマス・エジソン等に代表される先駆者達の偉業は今日における我々のあらゆる活動的基盤をより豊かで、より生産性の高いものへと変化させていった。

 特に、技術革新の波は日進月歩の勢いを緩めることなく、 自由競争の原理や市場経済の拡大という追い風を受けて、あらゆる分野に科学による明確な理論と法則性の光を投げ掛けてきた。

 続く20世紀において、危機的状況にまで発展した政治的な対立を象徴する軍事大国間の冷戦も同世代の終わりになると次第に収束し、その文明的なエントロピーを減速させたが、結果として世界情勢は21世紀という新しい節目を迎えながら、一層の複雑化と混迷化の歩みを強めていった。

 民族主義が台頭する変革の時代に突入しながら、世界中の多くの国で自由が勝ち取られ、平和を享受できる期待感と、時代が動く時に当事者として立ち会う興奮に多くの人が沸き返っていた。

 もはや世界中のどこにも、古い迷信や不可思議な謎が蔓延る余地など無いように見えた。

 そうした科学万能の時代においてさえ、魔術継承の徒による飽くなき神秘の探求は人目を避けるように密かに続けられ、神代の時代から連綿と受け継がれた青い血脈を人知れず、しかし確実に後世へと残していった。

 迫害と災厄の時代を生き抜いてきた魔女達が属する魔法界(コミュニティ)において、権威の象徴とは力であり、そこでは、塩の国の医師(メディコ)ベルタを頂点とする22人の魔法使いこそが法であり、正義となった。

 そして、現代の日本にも魔法使い達の系譜を伝える血脈が人知れず残されていた。








 朝の早い時間帯。肌寒い、空気がまだ暖まっていない世界に、差し込むような朝日がゆっくりと登っていく。色彩をなくした世界に、陽光が時を告げて回っていた。

 世界の下端には、線を引くように細い道がいく筋も通っている。

 その内のひとつ、なだらかに下る坂道を一人の少女が歩いていた。

 遠目に見るその姿は、繊細でいて優美。成長期の狭間にある十代特有の線の細さが見てとれた。ただ、彼女を見かけた誰もが、内に秘める輝きにその存在感を認めたことだろう。

 緩やかなウェーブを描く黒髪は、艶めくように背中から腰あたりまで伸びている。肌は白く、紅い唇がとても対照的だ。黒い瞳には理知的な光を宿しているものの、まだあどけなさが残っている。

 紺色を基調とした学校の制服は、一見、彼女の雰囲気を落ち着いたものにしていたが、生まれもった華やかさと言おうか、内面に持つ輝きまでは隠しきれていなかった。

 美しい風貌を宿す少女の名前は、支倉沙樹と言った。

 少女が歩く道は、坂の下の学校まで続いていた。元々、寄宿舎からの登下校に使われる道だ。

普段から多くの人が行き交う道だが、夜が明けて、朝陽が差し始めると、ようやく同じ学校の生徒達や出勤途中の OL、サラリーマンが、ぽつぽつと駅前へと続くこの道筋に集まってくる。

 その何気ない風景の中で、少女の姿は周囲に溶け込むようだった。ただ、冷たくも清々しい空気が満ちる町の中にいて、彼女の心は晴れないままだった。

 規則的な足取りで進む姿は、雰囲気のせいか、どこか物憂げに見えた。たどたどしいというか、何事かに迷っているとでも言えばいいだろうか。

 心に晴れない霧がかかったような、そんな表情をしていた。

 そんな重い空気を打ち消すような声がかかったのは、彼女の花のような顏が、ちょうど下へと俯こうとした時だった。


 「沙樹ちゃん、おはよー!」


 ため息など吹き飛ばしてしまう声は、後ろから聞こえてきた。明るい笑顔を浮かべる少女が、沙樹の後方から走ってくる。


 「春香、おはよう」


 びっくりしたのは、ほんの一瞬。屈託の無い笑顔をくれた友人に、沙樹は返事を返した。

 俯いた顔は、ちょっとだけあがっていた。けれども、考え事が終わらないよとでも言うようにまた少女は沈黙する。


 「どうしたの、何か考え事?」


 尋ねた少女は、久和春香と言った。まっすぐだけれど、ふわりとした髪は優しい栗色で、肩口で綺麗に切り揃えられている。薄茶色の瞳は美しいヘイゼルで、明るい髪色と相まって少女の魅力を形作っていた。

 友人の様子から何かを感じ取った春香の顔色に興味と好奇心が浮かぶ。


 「だいじょぶ。何でもないから」


 そう言って心配ないと返した沙樹の返事は、春香の無言の追及に 消されてしまった。


 「ん~? ちょっと、変かな……」

 「やだ、何かついてる?」


 顔や目元を押さえる仕草に、春香が尋ねた。


 「……昨夜、何かあった?」

 「相変わらず、変なところで勘がいいのね。もう」

 「ナニしてたの?」


 優しい微笑みを浮かべる春香だったが、問い詰める内容に容赦はない。友達を心配する優しさ半分、好奇心が半分というところか。


 「本当に何でもないの。ちょっと夢見が悪かったって言うか……」

 「そ、その夢にあたしは出てきた!? 出てきてない、どっち!?」

 「食い付くところがそこ?もう、朝からテンション高すぎじゃない、春香?」


 心配をかけまい、また悟られまいとした先ほどの苦労が沙樹の中でガタガタと崩れていく。


 「それより、今日は英語の補習があるけど準備してるの?」

 「……昼休みまでに終わると思う、かな?」


 他愛ない学生同士の戯れに、沙樹の心は昨夜の夢から、新しい朝へと引き戻されていた。

 そして、そうさせてくれた友人に、自然と感謝の言葉と笑顔を送りたい気持ちになっていた。口許も綻び、何より雰囲気が和らいでいた。

 二人が通う市内にある私立高校は、県内でも指折りの進学校だった。普通科だけでなく、多くの学科があるため、生徒数もそれなりの規模になっていた。毎年、県外からの新入生を受け入れるため、学校の寄宿舎に住んでいる生徒達もいるほどだ。最も、何事にも例外はつきものだが。

 彼女達の日常は、行き交う生徒達と共有するこの朝の時間と共に、一日の始まりを告げていた。学校までの短いけれど貴重な一時が、彼女達のすべてだった。

 市内の風景に、朝の輝きが次第に色を落としていく。道行く人影の喧騒も賑やかなものに変わっていた。やがて、二人がビル街のある表通りへと出た時、道路上に特徴的な二本のラインが刻まれているのが見えた。オフィスが立ち並ぶ街並みの中を路面電車(コモン・トラム)が流れていく。

 線路沿いの歩道を歩く頃には、二人を含む生徒達の流れが、校門へと続いていた。

 学校前にある路面電車(コモン・トラム)の停留所からも、多数の生徒達が流れて来る。学校の正門付近では、おはようの挨拶がこだましている。沙樹と春香の二人も楽しそうに笑いあっている。

 沙樹が正門をくぐり、春香が続いた。

 この時、ちょっと遅れた春香の手元で鈴の音が鳴った。彼女の学生鞄に紅白の矢柄模様が結い付けられ、綺麗な組紐の先には金色の小さな鈴が光っていた。転がるような鈴の音は、聞く者の耳朶をくすぐるように響く。

 校内へと流れていく生徒達の波に、たくさんの少年、少女が合流していた。

 春香の視線が、一人の少年の姿を捉えていた。視線が細められる。わずかな表情の変化は、他人では分からないことだろう。彼女自身、必要以上に関わりたくないと言うことか。

 朝のひとときに、微かに影が射した。


 「む、出たなお邪魔虫」


 明るい笑顔で微笑む少女は、小さく呟いていた。






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