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アルカナ (ARCANA)   作者: 1484ー5
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第15話 魔術戦2

 GW中ですね。後半の連休に間に合ってよかったです。

 放課後の貴重な自由時間(フリータイム)に、沙樹達は市内で有名な喫茶店に来ていた。学校から行くには、路面電車(コモン・トラム)で4つほど南回りの駅まで足を伸ばす。

 観光地も近く、この時間のオフィス街としては人通りも多い場所だった。そんな雑然とした感のある、表参道に面した新しい商業ビルの一階に、目指す目的地があった。

 彼女達にとって、ここまで来るのは、ちょっとした贅沢だった。その有名店のオープンテラス席に、沙樹達5人組が座っていた。

 午後の日差しを和らげるように、そよ風がテラスを吹き抜けていく。目に爽やかな白と落ち着きのある木目のインテリアが、店の洗練された雰囲気を伝えている。

 年頃の女子高生達が集まる午後のお茶会だが、話題にしている内容が、やや剣呑なものだと言えた。

 会話の主題は勿論、二日前に起きた事の真相だった。


 「……あの時、何か大きな音がして手足が自由にならなかったら逃げられなかったかも。みんな、迷惑かけてごめんね」


 四人の顔をそれぞれ見て、沙樹が頭を下げた。緩やかにウェーブしている黒髪が、艶のある光沢を見せる。白い肌と紅い唇の対比は、紺色を基調色とした制服と相まって、彼女の魅力を引き立たせていた。

 それでも、四人に見せる少し陰のある笑顔が、辛い体験を隠しているようで痛々しい印象を与える。

 噂の的である沙樹から直接聞く話に、聞いていた智子達四人は鼻白むものがあった。一人などは無意識に身体を手で擦っている。


 「やっぱり拐われかけたの本当だったんだ?」


 一番好奇心の強い静香が尋ねる。見開かれた目で沙樹を見つめる。


 「静ちゃん! 沙樹ちゃんは、これ以上ないくらい恐い思いをしてるんだから! もう少し、言い方を……」


 好奇心に任せた静香の言葉に、流石に智子が止めに入った。親しい友人だからこその忠告だ。


 「もういいの。済んだ事だろうし」


 当事者である沙樹の返事に、むしろ静香のほうが意外だと驚く。


 「達観してるわぁ~」


 目の前の少女は、既に過去の体験を乗り越えようとしている。話した後も震えるでもなく、物静かに冷静さを保っている。落ち着いた瞳に湛える光は、以前にも増して理知的で、また蠱惑的でもあった。

 まだ成長途中ながら花開いた美貌に、誰かが息を飲む音が聞こえる。


 「……と、とにかく沙樹ちゃんが無事で良かったよね」

 「お茶しながら聞いて悪い気がした。うん」

 「沙樹ちゃん、気分直して。美味しいの食べよ!」


 智子達と反対側の席で朱美が立ち上がる。

 友人の一言に、沙樹も心が楽になった。しかし、彼女の笑顔は晴れない。心配してくれた友人達に純粋に感謝するものの、真実の全てを話せないことへの悔恨も滲む。沙樹の笑顔が曇る理由は、そんなところだった。


 「じゃあ、この話しはこれまでだね。ではスイーツの時間ということで! すいません、ハーフセットを五つ!」


 逞しい静香の声がテラスに響いた。明るい声音は、彼女なりの気遣いであった。和やかな場の雰囲気の中で、沙樹が静香達に尋ねる。


 「ところで、春香は? 来てないけど……」


 話題に出なかったのが不思議なくらい、いつもから騒ぎの中心となる春香の不在に、皆が首を捻る。視線が交差するのは、四人の誰が口火を切るか順番を決めるためか。


 「デートらしいよ? 年上の男の人と一緒に帰ったって聞いたけど」


 朱美がぶち上げた。


 「「「それ、ホント?!」」」


 沙樹の他にも聞き返す声が重なる。


 「違うって、お父さんの関係でしょ?」


 静香が反論する。これまでの春香の行動から考えて、一番説得力のある説明だと思えた。


 「違うよ、お姉さんっぽい人と一緒に帰ったよ?」


 しかし、すぐに目撃者に論破されてしまった。皆の頭に疑問符(クエスチョンマーク)が浮かぶ。沙樹も眉ねに皺を寄せていた。

 それを見た智子が、少し申し訳なさそうに口を挟んだ。

 

 「私が見た時には、ロビーでため息をついてましたね」


 全員の意見が一致していた。


 「「「「「何してるの?」」」」」


 解答の無い問題に五人が頭を悩ませていると、お店の女性スタッフが現れた。慣れた手つきでハーフセットをテーブルに並べていく。五つのプレートが並ぶ頃には、皆が笑顔になっていた。誰からともなく甘味に手を伸ばして、お茶会が始まった。


 「あぁ~、美味しいねぇ。ここの珈琲とシフォン、それにミルクセーキは!」

 「静ちゃん、また親父くさいこと言う」

 「ヴィンランドのは味わい深いわぁ」


 美味しいシフォンケーキと珈琲、ミルクセーキと、店の看板商品をひとつのプレートにまとめたお得なセットに、全員が舌鼓を打つ。美味しいものに飢えている女子高生達の素直な感想だった。

 朱美が沙樹を心配して、聞いてみる。


 「沙樹ちゃん、今日はこのまま帰るの?」

 「うん、通える事になったから」


 既に四人には、沙樹が実家に避難していた事を話している。朱美もまた、彼女と幼い頃からの知己の一人だった。


 「一人だし、大変じゃない? 叔父さんが来てくれるのって、まだ先なんでしょう?」


 朱美のもっともな意見に、沙樹が笑って答えた。何より、心配してくれる友人の存在が嬉かったのだろう。その笑顔は花のように見る者の心を高鳴らせた。


 「しばらくは一人だけど、でも寮生活と変わらないから」


 静香が感嘆の声をあげる。


 「あたしなら無理。ないわ~」

 「お料理できないもんね」

 「智子はいいよ、女子力高いから」

 「静ちゃん、覚える気があるなら一緒にしませんか?」


 少女達にとって気のおけない友達同士の時間は、本当に楽しいものとなった。明るいオープンテラスに笑い声を響かせ、午後のお茶会は甘いひとときとなっていった。







 季節柄、早い夕暮れまで間もなくという頃、沙樹は一人表参道を歩いていた。日が落ちるまでにはまだ時間がある。その僅かな時間を噛み締めるように、彼女は一人を楽しみ、満喫していた。

 行き交う観光客とすれ違いながら、沙樹はこれまで無かった放課後の時間を謳歌していた。いままでの彼女は、高校と寮の往復が多く、友人達とお店に立ち寄って楽しい時間を過ごす事などなかった。

 初めて得た自由に、彼女は興奮していたのかも知れない。少し遠出して、皆とおしゃべり楽しんだ事も久し振りだった。寮の時間を気にしなくていいだけで、何かいつもと違う自分がいるようで楽しかった。

 夢見る十代の少女に、現実に目を向ける努力を促したとしても、どれほど効果があるか。それこそ、神のみぞ知るというものだった。

 沙樹がウィンドウショッピングに勤しんでいる時、彼女の使い魔が告げた。


 「主よ。十分、気をつけることだ」


 突然の忠告に沙樹は驚き、同時に足を止めた。戸惑いが沙樹の思考を奪っていく。学校に行く間は決して表に出ないと、自分に約束したはずの使い魔の忠告に、彼女は周囲に目を走らせ、声を潜めて聞いた。


 「どうしたの?」


 それまで沙樹が覗いていた洋服や小物類を扱うテナントのショーウィンドウに、錯視の蛇が現れる。ガラス張りの向こう側に、円環の魔術が発動して(ウロボロス)が姿を見せる。沙樹の瞳に、青い魔力の揺らめきが見え隠れする。


 「この街に亜流の魔女が潜り込んでいる。主の魔力を認めれば衝突しよう」

 「えっ……?」


 使い魔の告げる現実に、沙樹は困惑した。まだ魔術の園についてさえ、よく知らぬ彼女は魔術師にとっての現実を理解していなかった。

 そのせいで、沙樹は蛇に返事を返すのが遅れた。それを怯えととったのか、(ウロボロス)が更に主に告げる。

 

 「仮に衝突しても、我の能力と合わせて生存確率が脅かされることはまずない。この市街地(フィールド)を選んで仕掛けて来るというのなら、余程、戦いに自信を持っているのだろう。だが、我とて魔術戦なら遅れを取らぬ」

 「なんで……、どうして私を狙うの?」


 沙樹が問い質した。


 「ククク……。主よ、心配いらぬ。我もこの街に慣れたところだ。それに、ここは囮となる人間(もの)も多い」


 そう言って周囲を紅い双眸で見回す錯視の蛇(ウロボロス)に、沙樹は悪寒に近いものを感じた。


 「……まさか、街の人達を盾にする気なの?!」


 声が震えていた。沙樹の笑顔が消え、血の気が引いていく。

 

 「大事のために捧げる犠牲は、古くから戦勝祈願のために行われている。それに、我は主の使い魔。主人が生き抜く術として、最善の方法を準備しているのだが、何か?」


 ほとんど反射的に、彼女は叫んでいた。


 「そんなこと、出来ないに決まってるじゃない!!」


 そんな主の叱責にも、蛇は何ら動揺を示さず、むしろ沙樹を嗜めるように言った。


 「目前の殺人に否定的でも、遠い国での戦争に無関心であれば同じこと……」

 「ダメよ!」


 沙樹の断固たる拒否の姿勢に、蛇が意外な提案をする。


 「……では主よ、場所を変えねばならぬ。あまり、時間もないようだしな」

 「えっ、どういう意味?」


 悪い予感がするなか、沙樹が自身の使い魔を見つめる。錯視の蛇が告げる現実に、彼女は凍り付いた。


 「うむ。近付いて来ている」


 不意に街行く人の視線が自分に向けられている気がして、沙樹は振り返った。視線が合う人々の顔が、厭に不気味に見える。右に左に視線を向ける彼女の目に、見えない魔女の悪意が映し出されていた。

 街行く人の影が、やけに大きく見える。

 戦いの狼煙が上がった事を沙樹は予感していた。







 「どういう事なの!? 沙樹ちゃん、移動してる!」


 加藤が運転する車の中で、春香は予想外の事態に狼狽えていた。高魔力に反応する呪符を配置していた春香は、手元にある式盤に現れた反応に目を奪われていた。円の天盤と方の地盤、ふたつの組合わせに結果が示される。

 沙樹の居場所を確認するために使っていた陣に、花園とは逆方向に進むという意外な結果が出ている。


 「お嬢さん、ちゃんと聞いたんですよね?」

 「確認したよ! 今日は皆とお店に寄るだけで、後は花園だって!」


 運転に集中すべき加藤も、春香の把握した新たな事態に気が気ではなかった。元々、彼等は春香を実家に送るという言い訳で外に出ていた。余計な立花(おまけ)が着いてこないよう苦労しながら。

 しかし、実際には魔力に覚醒した沙樹が体験した事の真実を追究するために外出したのだ。春香は、父親の孝則からも言い含められていた。沙樹から目を離すな、と。

 春香の脳裏に数日前の学生寮で見た光景が浮かぶ。友人を拐われかけた、守れなかった後悔が彼女の心にじくりと滲む。知らず親指の爪を噛んでいた自分に、春香は頭を振って気持ちを切り替える。

 隣で冴えない表情を見せる春香に、加藤が厳しい現状を伝えてきた。


 「方向が違う以上、何かあったと考えるべきでしょう」


 加藤の言葉に、春香の心が揺さぶられた。

 それでも二度と後悔したくないとの決意が、春香に気力を与えていた。


 「この先だと、造船所がある海沿いのほうならまだいいけど……。観光地なんてダメ!人が多すぎる。何かあったら、庇いきれない……」


 春香は悪くなる状況に歯噛みする思いだった。漠然とした不安を振り払うように、自分に気合いを入れる。すぐ意識が高揚してくるのが分かる。


 「お願い、急いでください!」

 「ええ、善は急げって言いますからね!」


 加藤が愛車のアクセルを踏み込む。流れるようなシフトチェンジと、カン高い排気音(エキゾーストノート)を響かせ、加藤の愛車アルファ・ジュリエッタが市街地に向かう道路を矢のように進んでいく。

 その隣で、春香も助手席のシートに身を委ねたまま、頭をフル回転させていた。嫌な予感に苛まれながら、それを打ち払うイメージを作るべく、彼女は集中を始めた。

 車が加速していくに従って、外の風景が流れるように過ぎ去って行く。それすら意識の外に追いやって、春香は集中していく。

 しかし、その集中を乱されて、春香が意識を車内に戻した。


 「加藤さんっ、何かいる!」

 「ええ、それも一匹じゃないみたいですね。団体客のお出ましですか」


 前方を見据えたまま、加藤がため息を吐く。加藤の左側、春香の座る助手席の車窓から異様な気配が伝わる。猛獣のような気配は、ひとつふたつと数を増やしていく。その全てが、どうやら同じ方向に向かっているようだった。

 春香も捉えているのだろう。加藤と同じく車窓から伝わる気配に敏感に反応する。


 「やだ、海沿いじゃないって事は……。市内で何かやる気なの?!」

 「穏便に話し合いで済むならいいけど、そうじゃ無さそうだ……」


 二人の心配が杞憂ではなく、むしろ心配が的中する予感に、春香が戦慄する。

 自分達より先行する気配に、加藤は焦りを覚えた。焦燥感に駆られてハンドルを握り込む拳は、苛立たしさを抑えるかのようだった。

 

 (呪符は手持ちの数だけ……。参ったなぁ)


 春香は術者として、冷静に手持ちの装備を確認していた。比嘉の戦力差を分析するためにも、やらなければならない事だ。恐らく、接敵まで時間がない。春香は、その余りの劣勢さに愚痴をこぼしそうになった。

 そんな時、二人の乗る車に、異変が起こった。


 「外から!」


 ドン、と衝撃音が響く。車の外から何かがぶつかる音に加藤も春香も冷や汗をかいた。衝撃はそれほど強くはない。しかし、時速八十キロメートル以上の速度で走る車に、いったい何者が追い縋るのか。

 驚きを隠せない二人に、更に原因不明な衝撃が襲う。車内に反響する音は、衝撃以上に春香達の耳に響いた。天井から、トランク付近から異様な衝撃が続く。加藤が確認したバックミラーやドアミラーには、風景以外の何も映らない。それでも段々と数を増す衝撃に、加藤の表情も厳しくなる。

 春香は、もし横転したらとの不安からドアの取っ手を掴んでいた。喉元から競り挙がってくる恐怖を呑み込んで抑える。バンバン、と連続して外から叩かれているような衝撃音に、加藤も春香も表情が引き攣っていく。

 それでも速度を落とさない加藤達は、もう市街地の近くまで来ていた。その行動力に苛立つように、車内に一際大きな音が響く。


 「手形!!加藤さんっ、これ騒霊(ポルターガイスト)です!」


 春香が見た後部ガラスに、赤黒い人の手形が付けられている。血の赤に染まる手形を見て、春香の背筋が凍る。

 ただの騒霊(ポルターガイスト)ではない。人を呪い殺す目的で放たれた、悪霊に近い類いのものだった。


 「うおっ!」


 驚愕の声とともに運転席の窓ガラスに赤い血の手形が付く。この霊は、間違いなく春香達二人を狙っている。二人に危害を加える目的で、高速で走る車の視界を奪い始めたのだ。その証拠に、フロントガラスに次々と血に染まった手形が付けられていく。

 瞬く間に視界を奪われていく。真っ赤な血糊は、ガラス越しに怨嗟の色を見せつけていた。


 「くそっ! こいつ……」


 加藤の愛車アルファ・ジュリエッタが急制動をかけた。耳をつんざくようなスキール音が響く。咄嗟に、春香は手元の呪符を握り混んだ。

 不安定な挙動となった加藤の愛車アルファ・ジュリエッタが傾き始め、慣性の力に抵抗しきれずガードレールへと近づく。

 フロントガラスにわずかに残された視界から見える光景に、春香は咄嗟に迫り来る衝撃に備えた。

 衝撃の直前、フロントガラスの隙間からこちらを覗く悪霊の目が見えた気がした。

 派手な音をたてて、二人の乗った車がガードレールにぶつかり、やがて停車した。

 白煙をあげるエンジンは、完全に停止していた。フロント部分を大破させて、道路脇の路肩に停車している。車内では、エアバックが破裂していた。衝突の余波なのか、車内に細かな粉塵が舞っていた。

 加藤はハンドルに突っ伏して起きてこない。春香は、助手席に倒れたまま動かなかった。

 靄がかかったような意識の中で、春香は視界に入るものをぼんやりと眺めていた。彼女の呪符も全て飛び散っている。


 (私、助かったんだ……)


 車内に舞う細かな粉塵を見て、春香は状況を理解した。偶々彼女の視界に入っていた一枚の呪符が、象徴的に春香の脳裏に焼き付く。


 (……こんなもの、どうしてあるんだろう? なくなればいいのに)


 危機に際して高まる魔力が、春香の思考を写しとっていく。彼女の能力、『マルチトラック』が無意識に発動していた。

 彼女の視界の隅で火の手があがったのは、それから間もなくのことであった。














 まだまだ執筆のペースが遅くて、自分でもガックリです。次回もよろしければお付き合いください。

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