第14話 魔術戦1
まだまだ遅筆ですが、頑張っていきます。GW迄に投稿したいと思ってます。
翌日の学校は、まるで蜂の巣を突ついたような騒ぎになった。特に一年生のいる階は、皆が同じ噂話に釘付けとなっていた。
その理由は、二日ぶりに登校してきた沙樹が話す二日間の事の顛末にあった。その話を聞いた生徒達は、皆が一様に驚きを隠せなかった。
彼女が学生主事の教諭に語った内容とは、一昨日の深夜に何者かが学生寮に忍び込み、沙樹を拐おうとしたという事実だった。彼女は、たまたま眠りが浅かったため危うく難を逃れ、運良く逃げ出して今まで隠れていたと語った。
教師達は朝から慌ただしい様子で、その雰囲気が生徒達にも伝播していた。誰が話を広めたのか分からないが、既に生徒達は噂の真相に注目していた。
学校側は、警察に通報する事を決め、今後の対処を検討していた。
「久和さん、いるかしら?」
教室の入口から、担任の葛西裕子が尋ねた。二十代後半の妙齢で、黒のスーツ姿が落ち着いた雰囲気を醸し出している。短めの黒髪と細く華奢な印象を与える立ち姿が、生徒達の注目を集める。ナチュラルメイクが似合う整った顔立ちを教室内に向けると、彼女が来た理由は、すぐに判明した。
「ちょっといい? 支倉さんの事で聞きたいことがあるの。一緒に職員室に来てくれる?」
突然名前を呼ばれて驚いた春香は、反射的に自分の担任教諭に返答していた。
「はい、分かりました。沙樹ちゃんは、まだ職員室にいるんですか?」
「ええ、大変な目に遭ったみたいで……。とにかく一緒に来て」
葛西先生の言う通りに、春香は席を立つと彼女の後を追った。途端にざわめく教室内のギャラリーを余所目に、彼女の頭の中は、自らの友人を救う事で一杯だった。
黙って付いてくる春香を見て、担任の葛西から話しを切り出す。
「あなたが一番仲が良いから来て貰ったんだけど、迷惑だったかしら? でも支倉さん、本当に困っててね、良かったら力になってあげてほしいの」
ゆっこの笑顔も力がないな、と春香は聞きながら思った。元々、春香にしてみれば教師達も知らない裏事情を知っているのだ。沙樹がどんな境遇にいるのか、誰よりも良く理解していた。
「はい、勿論です。友達ですから」
葛西先生に返事をしながら、春香は昨日の事を思い出していた。
あの時、花園と呼ばれている坂の上の館、つまり沙樹の実家に立ち寄るべく、春香は急いでいだ。そして、魔術的な要因により門が開かれていない事を確認すると、彼女は近くに潜んでいたのだ。前の日の夜、坂の上の館に明かりが点っていた事は父親から聞いている。姿を現すだろう沙樹を誰よりも早く確保・保護すべく、春香はじっと機会をうかがっていた。
そうした裏話があったからこそ、高台の小さな公園で沙樹が柳楽と一緒にいるところを発見したのだ。
(沙樹ちゃんの魔力が活性化してた。それも別人じゃないかと思うくらいに……。それに、瞳の色が変化してるなんて。どういう事なの!?)
春香にしてみれば、もっと早く出ていきたかったのだが、それが出来ない事情が発生していた。
黒猫の存在である。
(あの黒猫は一体なんだったんだろう? ううん、ただの黒猫なんかじゃない。それに見える何かだった……)
春香の本能が警告していた。
沙樹の細腕に抱き抱えられた黒猫から、彼女は最大級の恐怖を感じていた。思い出すだけで鳥肌が立つ。あの黒猫は、何らかの理由があって支倉沙樹と行動を共にしているはずだ。
春香が見ていた間でさえ、一般人の柳楽が駆け寄っていく時には、わざと沙樹と離れていたようだった。それでいて、一定の距離を保って彼女の傍を離れようとはしなかった。魔術師である春香が出ていった時などは、まるで刺すような視線を感じたのだ。野生本能だけではない、何かを持っていると感じるに十分な行動を示したのだ。
間違いなく、知性がある。
魔法生物の存在は耳にしたことのある春香だが、あれは伝え聞く愚鈍な泥人形や人工生命等とは違っていた。
(あの黒猫が沙樹ちゃんの使い魔だとすれば、辻褄は合うんだけど……。それが一番現実味が無いし)
全ての知識を総動員して、春香はそう結論付けていた。
『使い魔』とは、実力のある魔女が使役する魔法生物の事である。魔術師が成長して弟子を取るまでになる頃、魔法界で実力が認められた者は、二つ名を与えられることがある。そうした一部の者達だけが、強力な魔物や魔獣を使役できるのだ。初めから使い魔を使役する事にでも特化しない限り、若い魔術師が使い魔を持つ事など有り得ない世界なのだ。
そして、春香が知る限り、完全な実力主義の魔法界において強力且つ知性がある使い魔を従えるのは、世界一の魔女と名高いメディコ・ベルタくらいのはずなのである。少なくとも、魔法界で高い地位とステータスを持つ一部の魔術師達だけしか有り得ない事であった。それこそ、伝え聞くアルカナの所持者達だ。
(私が魔術師だってことがバレてるかも知れない……。ううん、さすがに其処まではないと思うんだけど)
春香は歩きながら、昨日の事を思い出していた。葛西先生が来た理由や背景などは、それに比べたら非常にシンプルなものだと思えた。
「久和さんは、頼りになるわ」
ゆっこ、こと担任の葛西裕子がそう口に出した内容を理解するまでに、春香はたっぷり数秒間を要した。
「……は?」
彼女自身、間の抜けた返答だったと思ったが、春香が思う以上に葛西は本気らしかった。疲れ気味の顔を見せる葛西先生が、春香の方を見ながら話を続けた。
「支倉さん、本当に困った情況なのよ。本人は意外と普通にしてるんだけどね。家庭の事情を含めて周囲に大人がいないんですもの。今回みたいな時こそ、誰か頼りになる人がいてあげたら彼女も心強いと思うの。大人の勝手な事情だけど、友人として助けてあげてほしいの」
「……どんな事情があるんですか?」
春香はなるべく平静を装いながら、葛西先生に尋ねてみた。しおらしい女生徒の顔で情報収集をするのは、お手のものである。
「うん? 彼女の家庭の事情は知ってる?」
「委員長から少し……」
「そう、柳楽君から。なら話すけど、実は今朝早く彼女の叔父を名乗る人から電話があったの」
意外な話に、今度こそ春香の反応が遅れる。鳩が豆鉄砲を喰らうという表現がぴったりだった。
「……は?」
「話しを聞くと本当らしくて、支倉さんにとっては肉親が見つかった訳だから朗報なんだけど……」
手を顎のあたりに置いてため息混じりに話す葛西先生は、いつもの心配性な顔をしている。整った顔立ちが曇る様は、生徒達には馴れたものだが、今の春香は違った。
「ゆっこ先生! その話しを詳しくっ!」
「ど、どうしたの?」
「そんな話聞いてません!!」
喰い付いてきた春香の勢いに押されて、葛西先生は驚きを隠せなかった。思わず反らせた彼女の背中が、廊下の壁に当たりそうになる。
(叔父さん? 肉親って……。どうして、このタイミングで出てくるの?パパの話しじゃ、沙樹ちゃんの両親は10年以上前に亡くなってて、誰も身寄りがいないって聞いてたのに!)
春香の反応に押された葛西先生が、落ち着きを取り戻していく。詰め寄ってきた春香に、驚いたような、いぶかしむような目を向けてくる。
「久和さん、ホントどうしたの?」
「いえ、それより今の話しを詳しくお願いします」
春香の再度の御願いに、葛西先生は頷いた。基本的に教諭になる者は、生徒達の成長を信じてるのだろう。若い少年少女の熱意を目にして、誠意でもって対応する。
「電話を受けたのは校長先生だって話しだから、私もそれ以上には知らないのよ」
「そうですか……」
「大丈夫よ、校長先生だって確認も無しに話しを鵜呑みにした訳じゃないんだし、ね?」
葛西先生が落ち着かせるような口調で言う。春香の神妙な面持ちに、心配性の葛西先生が藪をつついた。
「支倉さんに聞いてみるといいんだけど……。何も知らない風だっていうし」
「沙樹ちゃんは、嘘なんかつきません。そんな子じゃありません」
春香の口調に険が隠る。友人に対してなされた評価を敏感に感じ取り否定する。春香にとっても思わず漏れた反感に、葛西が教師として対応した。
「大丈夫、私も支倉さんの事は信じてる。話しが逸れるといけないから戻すけど、来て貰ったのは、あなたに話しを聞きたいって人がいらしてるからなの」
「なんですか、それ?」
至極全うな質問を春香がする。
「……実はね、あなたを呼んでるのは先生じゃなくて刑事さんなのよ」
「……は?」
春香は自分の事は棚にあげて、最近同じように会話中に単語に詰まる奴がいたなぁと回想する。
(……嫌な予感がするんですけど)
彼女の予想に反する事なく、通された職員室横の応接室には、沙樹と共に二人の人物が春香の到着を待っていた。その中に、何故か見知った人物が一人混じっている。
二十代の男女が、そこにいた。居ずまいを正して待つ二人は、何処か緊張というか気を使っている事が伺える。
春香が応接室にいる沙樹を見つけ、沙樹も春香を見て目があった瞬間、彼女はさっき感じた違和感を理解できた気がした。
華やぐというのは、彼女のことかと。
昨日もそうだが、魔力が活性化した沙樹は見違えるような雰囲気を持っていた。内面的な輝きというか、ただでさえ美しい少女が内に秘めていた魅力を解放したとでもいおうか、見る者の目を奪うような雰囲気を醸し出している。
しかも、つい二日前に誘拐されかけたとあって、少し伏し目がちに美少女が座っていたら、気を使わない方がおかしいとさえ思えた。
そんな春香の予想が本当なのか、待っていた女性が春香を認めるや、直ぐに話しかけてきた。
「あなたが、久和春香さん? 私は長崎署少年課の立花美佐子です。よろしくね。こっちは同じく少年課の加藤君」
「……どうも」
「今日は、あなたに来てもらったのは、ちょっと話しを聞かせて欲しいからなの。早く済ませるから、ちょっとだけいいかな?」
紺のスーツ姿も凛々しい美沙子が流暢に自己紹介を済ませた。少し早口に聞こえたのは、春香の気のせいだと思いたかった。
春香の反応が遅いのを固まったと解釈したのか、葛西が助け船を出した。
「久和さん、どうする? 先生もいた方がいい?」
「……いえ、大丈夫です。はは、ちょっとびっくりしたかなぁ」
「ごめんなさいね、早く済ませるから。じゃあ、葛西先生は職員室でお待ち下さい」
立花に促されて、葛西先生が退出した。
春香は応接室のソファの前で次のアクションをまっていた。視線で加藤に尋いてみると、加藤も僅かに戯けた顔で返す。やはり、想定外だ。
「待たせてごめんね。支倉さんもいいかな? ああ、久和さんも掛けて」
彼女達の担任教諭が退席するのを待って、立花刑事が薦めた。
「失礼します」
春香は沙樹の隣へと腰を下ろす。しかし、彼女は油断なく応接室中にざっと視線を通してから、相手をじっくりと観察していた。そんな彼女の用心深さなど知らずに、立花は少女達に話しを続ける。傍らに置いていた鞄から封筒を取り出す。ごそごそと中の物を出しながら、立花刑事がテーブル上に並べていく。
「あんまり、不特定多数の人には見せられないけど、この写真を見て欲しいのよ。何か気付いた事があったら教えてね」
そう言って右手で指し示した写真は、春香と同年代の少女達の写真だった。立花と加藤は、それ以上何も言わない。写真を並べただけだ。
沙樹と春香は、お互いに顔を見合わせた後、それぞれ写真に目を向けた。
殆ど違う制服姿の少女達の写真は、それぞれの学校が違う事を示している。ほぼ全員の人物像を確認した沙樹と春香は、この奇妙な提示の内容に気が付いていた。
つまり、この中に少女四人が犠牲になった放火殺人事件に関わる者がいるのではないか、と。
ソファに腰掛けて、一通りテーブル上の写真を見ていた沙樹が徐に口を開いた。
「この中には、誰も知ってる子はいません」
まるで同じような問答を繰り返しているかのような流暢な答えに、春香は素直に感心した。相手の聴きたい事とは、この場合、自分達を含めた人物間の関係性なのだ。
それでも、きっと複雑な心境なのだろうと春香は思った。沙樹の表情が、沈痛な色合いを増していくのが解る。彼女の反応を見れば、写真の少女達が被害者という枠に当て嵌まる事は容易に推測できた。
「そう。見覚えのある子はいなかったのね?そっかぁ、仕方ないね」
「お力になれず、すみませんでした」
「気にしないでね。わたしは、むしろあなたの方が心配だから」
立花が沈んだ表情の沙樹に励ますように言った。
春香は、それを横目で見ながら胸にズキンとくるものがあるのを感じていた。
彼女の感傷を無視して、立花は春香に向き直った。
「久和さんは、どう? 話しを聞く前に写真を見て誰か知ってたりする?」
立花刑事の質問に、春香は意識したわけでもなく、気になった事を逆に尋ねてみた。
「あの、なんで貴理ちゃんの写真があるんですか?」
そう質問した直後、立花達の顔色が変わった。
「春香お嬢さん!」
「は、はいっ!」
それまで鳴りを潜めていた加藤が、春香を呼んだ。
「今なんて言いました? いまキリなんとか言いましたよね!」
「ご、ごめんなさいっ!」
普段は見せない加藤の迫力に、春香は押されて焦ってしまった。というより、追い詰められていた。
「ちょっと、加藤君! なに女子高生に迫ってるの! ダ、ダメよ! ダメなんだから!」
出遅れた立花が、後ろから割り込もうとする。慌てた手が加藤のベルトを掴む。
「先輩っ、ちょっと何するんですか?」
「まだ高校生よ! 分かってるの?」
「何言ってるんですか! 知り合いですよ!」
「悪い男がつくような嘘は、やめなさい!」
加藤の背後から、立花が羽交い締めにしようとする。その様子を見て、春香はここを乗り切る事は、至難の技だと悟った。
テーブル上に並んだ貴理子の写真は、昨日春香が見掛けたものとは違っていた。しかし、どう見ても彼女にしか見えない顔なのだ。
「……あ、あの。加藤さんの言ってる事が正解です」
おずおずと手を挙げて、言いにくそうに事実を告げた春香に、部屋中の視線が集まる。
「それ、本当?」
短く尋ねる立花に、春香は首肯した。
「だとしたら、加藤君。先にご両親を説得して!」
「ええ、それしかないでしょうね。久和参事官には、後で僕から話しておきます」
「彼女の話しは後で詳しく、ね?」
連携を取り戻した二人は、何か齟齬を感じながらも話しを進めた。今の彼等は、得難い情報提供者を逃がすまいと一致団結していたため、些細な事は意識していないらしかった。
「取り敢えず、春香お嬢さん。放課後付き合ってもらいます」
「えっ、そんないきなり……」
悪ノリする春香に、加藤が嗜める。
「真面目な話です」
「はい」
二人のやり取りを見ていた沙樹が、真顔で春香に聞いた。
「春香。どうして話してくれなかったの?」
「沙樹ちゃん、知ってるくせに真顔で聞かないで!」
春香の一言で予定が崩れたものの、立花達は学校での用件を終えた。
しかし、その場にいる沙樹は、まだ春香と話していない事があるのか、彼女の後を目で追っていた。
沙樹の心情を現すように、その瞳に青い魔力の揺らぎが煌めく。耀くような美貌を曇らせる一言が、その口から漏れでた事は、その場にいた誰も知らないことだ。
それは、聞こえないほど小さな呟きだった。
「春香、どうして話してくれないの? 」




