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その七

                              17

5月4日。

事件から3日目ともなると、あの日に宿泊していた連中も次々に帰っていき、宮岡以外の関係者は全員が居なくなっていた。

捜査本部も、仮設していたロッジを引き払って、今は所轄署の2階に移動していた。

捜査員は休むことなく懸命に動き回っていたのだが、犯人を特定するまでの進展は得られず、松浦の推理も行き詰っていた。

これまでに容疑者候補と考えられたのは、キャンプ場の管理人である宮岡、隣のロッジに宿泊していた高野と愛人、被害者をモデルにして撮影した三ノ宮、の3名である。

だが、宮岡はあのロッジに入ることが可能である唯一の人物であるものの、死亡推定時間におけるアリバイがあった。

高野にはアリバイがないが、残されていた足跡から考えれば証言との間に矛盾はなく、犯人だと推定できるだけの情報もない。

三ノ宮に関しては、彼の証言を信じるなら山菜についての知識がなく、トリカブトを使った殺害方法は無理だろうと思われたのだ。

もう少し幅を広げたところで、第一発見者である鐘見が候補に上る程度であったが、彼に至っては、死亡推定時間には数100キロも離れた高速道路を移動していたことから、完全に論外であった。

どこかに見落としがありはしないかと考えた松浦が、一から見直してみようとして手近にあった調書を広げたとき、ドアがノックされた。

入ってきたのは、あの鵜川だった。

「あのぉ、入ってもよろしいですか?」

「まぁ、君も関係者の一人であるから、その出頭を断るべき理由も無いが・・・。ところで何の用かね」

「僕が出頭ですか? 素晴らしい御冗談を・・・。いえね、その後の捜査の進展具合がどうなのかと気になりまして・・・」

「特には何もない。ただの冷やかしなら帰っていいよ」

と、憮然たる顔で松浦は答えた。

「まさかぁ、本気でまだ犯人の目星が付いていないなんて仰らないでしょうね。本当はそろそろ犯人逮捕なんでしょ?」

「君もしつこいな」

「あららら、てっきり犯人が分かっていると思っていましたが、こいつは僕の一方的な誤解だったようですね」

鵜川の言い回しは、心底から呆れ果てたような口調だった。

「聞き捨てならないな。それはどういう意味だ」

松浦は顔を紅潮させて椅子から少し立ち上がり、中腰の姿勢のままで鵜川を睨んだ。

「本当に分からないのであれば・・・、ここでひとつ問題を出しましょう」

鵜川は表情ひとつ変えることなく、松浦の眼前で人差し指だけを立てて見せると、

「八つ葉のクローバーは何故消えたのでしょう?」

と、真顔になって尋ねた。

「犯人が盗んで行ったからに決まっているではないか」

「それは何のためですか?」

「そこまでは分からないが、何か理由があったのだろう」

「世界に1本しか存在しないというのでもあれば盗むだけの値打ちもあるのでしょうが、珍しいとは言っても、たかが八つ葉のクローバーでしかないのですよ。そこまでの珍品とはとても思えませんよね」

「そこまで言うからには、キミの意見を是非とも聞いてみたいものだ」

松浦は、大人気ないとは思いつつも開き直った。

「いいでしょう。その前に再確認しておきますが・・・、押し花の要領で保存したとメールに書かれていたのに、彼女が持ち込んでいた唯一の本である『山菜入門』からは八つ葉のクローバーは発見されなかったのですよね」

「まぁ、そのとおりだ」

「すると、これは実に興味深いことではありませんか?」

「君の言いたいことがよく分からないが・・・」

「いいですか? あの本の内側からも表紙からも、被害者のものはもちろんのこと、他の誰の指紋も残されていなかった。そして、そこに挟んであったと思われる八つ葉のクローバーも消えていた。そのクローバーを盗むのが犯行目的だったのだと仮定するなら、そのときに本を触ってしまった犯人が、指紋を拭き取ったのだとも考えられます」

「そんなことは、当然の推理だ」

「もし仮にそうだとしても、あの本のどこかのページには八つ葉のクローバーを挟み込んだときにできる痕跡が残されているはずですよね? つまり、草花の細胞が破壊されるときには『汁』が出ます。ティッシュで挟んであったかも知れませんが、ティッシュ2・3枚程度では完全に吸い取ることは不可能ですから、全く痕跡が見付からないはずはありません。しかるに鑑識からそのような痕跡があったという報告はなかったのでしょう?」

「ああ、なかった」

「それは何故でしょう?」

「・・・」

「痕跡がなかった理由を僕は考えました。そして辿り着いた結論は・・・、犯人は八つ葉のクローバーを持ち去ったのではなく、本そのものを持ち去ったからだということです」

鵜川がきっぱりと断言した。

「ちょっと待ちたまえ。現場に本はあったじゃないか」

「現場にあったそれが、彼女の持参していたものとは別物だったとすればどうでしょう。そう考えれば、被害者の指紋が付いてなかったことも当然のことです」

「なんだと?」

「被害者が携帯していた『山菜入門』と、あそこで発見された『山菜入門』は同じ製品なのですが、個体としては全く別物だったのです」

「それはどういう意味だ? 被害者の本を盗んでおいて、それなのに、その代わりに同じ本を返したというのか? それなら、最初から盗む必要なんてなかったのでは?」

脳味噌以外に精力を使う余裕がなくなったのか、松浦はゆっくりと椅子に腰を下した。

「盗まれた『山菜入門』そのものに盗まれるべき理由があったとすれば、果たして如何なものでしょう」

「たとえば、ガイシャが死ぬ間際に、犯人を示す文字か何かを手元にあったあの本に書いたとか?」

「おお、ダイイングメッセージというやつですね。かなり近付いたようですが、かといって、たかがその程度では、それほど惜しいとも言えませんが・・・」

「くうっ・・・」

松浦が、喉の奥から声にもならない音を発した。

「だって、そうでしょ? その場合は、単純にその本を盗み出すだけでよい訳ですから、あの場所に本が残されているなんてことはなかったはずです」

「そう言われれば、確かにそのとおりだ」

「それなのに、現場には『押し花の痕はない』という点だけが異なる同じ本が残されていた。ということは、犯人にとって『取り替えなければならない絶対的な理由』があったのだと考えられるのです」

そう言うと鵜川は、喋り疲れたかのように大きく深呼吸した。

松浦はといえば、やっと鵜川の説明が理解でき始めた気がしていた。

少しの間があってから、再び鵜川の説明は続く。

さっきまで複雑に縺れていた謎の糸が、鵜川によってなされる推理によって、不思議なほどの明快さを伴いながら見事に解きほぐされ、事件の真相と犯人の動機が明かされていく。

やがてとうとう、鵜川が犯人の名前を口にしたときには、松浦の疑問は綺麗さっぱりと消し去られていたのであった。




※さてここで、『読者への挑戦状』です。


ここまでで、全てのデータは提出いたしました。

さて、この犯人は誰でしょう?

登場人物は少ないので、当たる確率は高いでしょう。

でも、ただ単に「当たればよい」というものではありません。

何故なら、ミステリィというのは「論理の遊び」だからです。

論理的に犯人を特定できたとき、初めてそれを「解決」と呼ぶ。

『解決編』を読む前に、ぜひとも推理してみてください。

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