小話 ~ジュード~ ドラッド砦の悪夢1
今日の任務はリアナと二人で地方の視察だ。不謹慎ながら、珍しく彼の心は浮き立っている。なんせ、目に入れても痛くないほど可愛がっている妹と二人きりなのだ。護衛騎士として大半をヴァリアスと共に過ごし、束の間の休息には呼んでもいないのになぜかゼイスがいる。休日は兄や父に奪われ、滅多に独占できないのだ。仕事であっても嬉しくないはずがない。乗り手の気持ちが伝わったのか、リュシーも時折歓びを表すように、空中で大きく回転してみたり鳴いたりしている。その間、ルークーフェルがそっぽを向いてるのは愛嬌だ。
天候にも恵まれ、比較的楽な行程も間もなく終わる。目的地が見えてきたのだ。
先代より外交を重視する政策に変わってから、この国には戦争が起こっていない。大陸随一の面積を誇るバーリアス帝国は数多の国と隣接しており、肥沃な大地を要する帝国に一地方でも奪おうと以前は争いが絶えなかった。しかし、先代、今代の外交政策の手腕は見事で国境線は数十年変わっていない。
けれど、隙あらば虎視眈々と狙っているのは、いつの時代も変わらない。隣の芝が青ければ欲しいと思うのが人の心情。自国が荒れ地ならば尚更。そういう訳で、いつ戦争が起こってもいいようにと平和ボケしないよう定期的に地方対抗戦と呼ばれる模擬戦争が行われるのだ。この模擬戦争、本番さながらに行われるため、毎回怪我人が絶えない。殺傷能力のある武器は禁止されているが、代わりに木剣や先を柔らかい素材にした鏃を使うことになっている。各地方で勝ち抜き戦となり、兵士一人一人の働きは、覆面兵士によって査定が行われるので、そのまま自身への評価に繋がる。勿論、優勝した地方には相応の賞金が貰える破格っぷり。竜騎士も例外ではなく、どれだけ優れた兵士を育てるかで指揮官としての資質を問われる。
因みに国が毎回賭の大本締めとなり、国民に娯楽を与えている。この賭の収入が莫大な演習費に当てられていた。
生憎、この地方の担当者は研究者気質の竜騎士であったため、滞りなく治めてはいたようだが、武官としての能力は低かったようだ。地方対抗戦の歴代の戦績は、ここ数年全敗という最下位を記録している。それを憂えたヴァリアスによって派遣されたのがリアナとジュードだった。ジュードが担当している地方は、過去3回行われた対抗戦で上位争いに食い込む手腕を生かされて、リアナは人事の立場からというのがそれぞれの理由。
予め部下を仕込んで、一通りの状況を確認したのだが。
「酷いな」
「酷いですね」
無駄飯食らいという言葉が主従二人の脳裏に過ぎったのは言うまでもない。明確な数値を弾き出しているそれらに目を通しながら、渇いた笑い声を出したのはほんの数日前のこと。三桁ぞろ目隊の協力の元、主な証拠が集まるのを待って、ようやく皇都を発ったのだ。怒濤の日々を思い返し、頭が痛くなってくる。報告者の性格か、誰それの頭は実は鬘だとか、どこぞの御仁は相手にされてないことにも気づかず、せっせと金を貢いでいるとかどうでもいい内容まで書かれているのは愛嬌だ。
今回の主な任務は二つ。一つは大規模な人事の一新。明らかに不正を起こしている砦責任者の少将を筆頭とした以下八名の将校らの罷免及び降格、また荷担している人物の処分をすること。これらは既にヴァリアスから書面で許可を貰っており、後は当人に渡すだけ。
もう一つが、地方対抗戦に備えての訓練と準備だ。今回赴く砦は守備を前提としているので、いかに罠を張り巡らすかも腕の見せ所なのだ。
予定時刻より少し早めに着いたのだが、見張りが気づいたのだろう、ドラゴン用の厩舎には砦責任者である少将が出迎えに来ていた。最早軍人とは思えない肥え太った胴回りを見てジュードが不快げに鼻を鳴らす。
揉み手をしながら近づいてきた少将に、笑顔を貼り付けたままリアナは握手を交わした。勿論、少将が背中を向けたところでジュードがハンカチで丁寧に拭ったのは言うまでもない。
「ようこそ我が砦へ。何分古い砦ですから、なかなか手入れも難しく……」
言い訳のつもりなのだろうか、それを右から左へと聞き流しながら人気のない廊下を歩いていく。窓の外へと視線を移せば、いかにもやる気がなさそうに男達が訓練を行っていた。ちゃんとやっていることをアピールしたかったのかもしれないが、動きを見れば一目瞭然である。訓練の意味をはき違えてないだろうか。ふつふつと込み上げる怒りに、しかし二人はそれを表に出すことはなくあくまで接待に甘んじる。既に皇都へ転送する準備は整っており、今日中にも決定が下されるだろう。
自分が捕まるなど微塵も考えていない少将は、竜騎士二人に対して必死に売り込む。言及を避けてのらりくらりと躱す内に客間へと辿り着く。そこには主立った責任者達が揃っていた(予め集めるよう指示を出しておいたのだ)。ざっと見回して、全員の特徴が報告と一致するのを確認する。
始めるという意味を込めてジュードを見上げたのだが、なぜか顔を赤らめて視線を外された。上目遣いは反則だ!と心の中で絶叫しているのだが、リアナがそれを知る由もなく。
まぁいいかと流して、改めて向かい直った。その類い稀なる美貌を前にして例外なく息を呑む男達と一部の女性陣に、ふっと見惚れるような微笑を洩らし。
「単刀直入に言います。既に心当たりのある方はいるでしょう?大人しく自首してください」
と言い切った。
唖然とした彼等を前に、次々と不正の証拠を挙げていき、その度に待機していた部下達が該当する人物を拘束していく。一連の作業は瞬く間に終わり、彼等が我に返った時には護送用の馬車か、煌びやかな応接間のどちらかに居た。
「判ってはいましたが、見事に上層部は真っ黒でしたね」
「残ったのはたった三人か。本当にこの人数で地方対抗戦に出るのか?」
「明けの人事異動までは我慢するしかありません。当座はマルーカ中佐に指揮を預けます。代理印は僕が押しますから、仕分けだけよろしくお願いします」
「ポノス大尉はジュード様と警備の立て直しを。ロイヤー少尉は砦の兵士を全員中庭に集めてください」
名指しで呼ばれた三人は一様にぽかんと口を開けたが、まもなく指示通りに動き出す。
こうして彼等の地獄の日々が始まった。