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アンケートお礼小話1~リューグ~

 講義の最中にリアナはふと視線を庭にやり、頬を緩めた。庭の一角には芽を出したばかりの野菜が栽培されている。


「おや、どうされましたかな?リアナ様」

「ソーユ先生!いえ……すみません」

「ほっほっ。珍しいですな。どれ、私も見てみようかの」


 ひょいと外を覗いたソーユはおや?と首を傾げた。ここは公爵家本邸で庭師も当然雇い、景観を大切にしている。そんな中で一ヵ所だけ不相応な所があった。リアナが恥ずかしげに目を伏せていることから恐らくはリアナが作ったものだろう。


「成る程のぅ。リアナ様のご趣味ですかな?」

「はい。お義父様に引き取られる前は、農民をやっておりましたのでその」

「ですが少し変わっておりますのぅ。あの白いものは何ですか?」

「あれは卵の殻です。私の住んでいた地方ではよく捲いていたのですが、普通の土に比べてどう違うのか。どんな作用を及ぼすのかが気になったんです」

「つまり実験というわけですな。結果が出た暁にはこの私めにも見せて下さいますかな?」

「勿論です!あ、でもその前にちゃんと授業を受けます」


 小さく付け足された返事に、顔の筋肉を緩めながらソーユは授業を続けた。



 「そうですか。ご苦労様です、ソーユ殿」

「いえいえ。リアナ様の聡明さには、儂も舌を巻くほどです。あっという間に教えることが無くなるでしょうな」


 報告を聞いたリューグは、手本のような文字で書かれた紙の束を机の上に置いた。簡単なテストと称してリアナにやらせたものだ。実際は帝国内でも最難関と云われる、とある学府で出題された入試試験の過去問題。


「ソーユ元学府長にそこまで言わしめるとは、嬉しい限りですね」

「ほっほっ。何、儂なんぞただの雇われ教師じゃ。それよりも、リアナ様を真剣に学府へ入学させる気はありませんかな?」


 このまま才能を埋もらせるには勿体ないとソーユは言っているのだ。


「それは本人に直接聞いてみて下さい。リアナが望むなら協力は惜しみませんよ」

「……残念ですな。惜しい人材じゃ」


 結果は本人に確認せずとも判っている。それを承知で頼んでみたのだが、色よい返事は貰えないようだ。


「このまま公爵家に縛り付けるおつもりか?」

「まさか。私はいつだってリアナの望む通りにさせてやってますよ。剣の稽古しかり、城下を出歩くことも一度だって禁じたことはありません」

「そうでしたな。失言じゃった。許してくだされ」

「いえ。あの子を気にかけてやってくれて感謝していますよ。短い間でしょうが、これからもお願いします」


 それは遠くない将来、ソーユが解雇されるということ。彼等の生活に害を及ぼしかねない人物は排除するという、実にわかりやすい答えだった。

 ある種の危惧を抱きながらも、そこは年の功、好爺然としたままソーユは部屋を後にした。





 リューグの前で着せ替え人形にされていたリアナは、そう言えばと切り出した。


「ソーユ先生が辞められるのは本当ですか、お兄様?」

「その帽子より、あのピンクのレースに造花で飾られた帽子に替えてくれ……そうだよ。ソーユ殿ではもうリアナに教える事が無いそうだから。もっと優秀な先生を呼ぼう」


 とはいうものの、ソーユ以上に優秀な教師など国中でも五人いるかどうか。他にも各学問の専門教師を数人つけているが、恐るべき速さで知識を吸収していくリアナでは、早晩やることがなくなるだろう。作法も近頃では夫人を唸らせるほどに成長しているらしい。予定よりも早いが、近いうちにお披露目を兼ねてパーティーでも開こうか。


「そうですか。ソーユ先生は授業に関係のない事も教えてくれる面白い方だったので、寂しいです」

「ああほら、そんな悲しい顔はしないで。これからリアナの行きたがっていた美術館に行くんだろう?」


 満足のいく出来上がりにリューグは侍女達に合図を送る。彼女達は何も言わずに一礼して出て行った。それを確認してから、リューグはリアナを腕に閉じこめた。


「もっとよく見せておくれ。うん、似合ってるよリアナ。偶にはこういう恰好をしてくれると嬉しいな」

「ありがとうございます。でも」


 促されるまま腰を折ったリューグの耳に手を当てて、こっそり告げる。

『フェラー夫人には秘密にしてくださいね。コルセットが苦しいから、つけなくてもいいドレスを着てるんです』


 コルセットを身につけるのは淑女の嗜みだ。それは子供であるリアナでも例外ではない。しかし、コルセットを身につけてる苦を知っているお針子が、無くても綺麗なボディラインが見えるようにとコルセットをつけないドレスを作ってくれたのだ。幸い、普段から姿勢に気をつけているせいか、ばれてはいないのだが、気づかれればはしたないとお針子共々大目玉を食らうだろう。


「確かに素晴らしいな。これなら無理に身体を締め付けることもない」


 コルセットの締めすぎで倒れる女性も少なくない。顎に手を当てて考え込むリューグに悪戯っぽく笑う。


「でしょう?製品化したら売れるのではないかしら」

「それが狙いで私に話してくれたのかな?」


 とはいいつつも、リューグの頭の中には既に計画が立ち上がっている。もしこれがコルセット同様の効果を見せるならば、十分な利益が見込まれるからだ。コルセットを嫌う令嬢は多いが、それでも身につけるのは美しく見せるため。苦しい思いをせずに出来るのならばそれに越したことはない。


「まぁ、人聞きの悪いこと。私は単にお兄様に秘密を打ち明けただけですわ」

「おや失礼。ところで、他の人間に試したことはあるのか?君以外でも通用するのかどうか確認したい」

「一部の侍女に試させております。とはいえ、侍女の外出着などお兄様に見せるわけにもいきません」


 嫡子が侍女に手を出したなどとあらぬ誤解を受けかねないのは避けたかった。火種のないところから噂はでないものだから。


「そうだね。一度仕立屋に見て貰おうか。屋敷ののお針子を連れて行くのは不自然ではないし、意見も聞けるだろう?」

「ではユーナとお針子のレティエナをお連れくださいませ。このドレスを発案して作ったのはあの子ですから」

「レティエナ、ね。判ったよ。次の夜会を仕立てるついでに話を持っていってみよう。それよりも遅くならないうちに行こうか」


 話が思ったよりもすんなりと追ってリアナはほっとした。

 数ヶ月後にはドレスの革命が起こるのだが、その流行を作ったのは他でもない僅か11歳の少女であった。

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