第ニ話 共犯者は可憐な妹
「でも、お姉様」
エミリアは先ほどまでの笑みを消し、真顔で言った。
「本気でやるの?」
「ええ」
「失敗したら……本当に死ぬのよ?」
「そのときは、その程度の運命だったというだけですわ」
「軽く言わないで」
ぴしゃりと遮られる。
妹の瞳は、冗談を許さない光を宿していた。
◇
翌日。
伯爵家の古い医師を極秘に呼び出した。
重厚な診察室。
扉が閉まる音がやけに大きく響く。
「事情は理解しました」
医師は低く言った。
「ですが……仮死薬は危険です」
「成功率は?」
「高い。ですが――絶対ではありません」
沈黙。
「命を賭ける価値が?」
試すような視線。
私は即答した。
「あります」
「……理由をお聞きしても?」
「私の人生を奪おうとした男に」
私は静かに微笑む。
「代償を支払わせるためです」
医師はしばらく黙り込み、やがて深く息を吐いた。
「……ヴァレンシュタイン家に仕えて四十年」
そして頭を下げる。
「お嬢様の命、お預かりいたします」
◇
計画は慎重に進められた。
・仮死薬の調合
・事故演出の準備
・協力する使用人の選別
・遺体確認を避ける手順
「本当にやるのね」
夜、エミリアが呟く。
「怖い?」
「少しだけ」
「安心なさい」
私は紅茶を置いた。
「私は負けませんわ」
「……言い切るのね」
「当然ですもの」
◇
数日後。
アルフォンスの態度に変化が現れ始めた。
「クリス、東の庭園は危険だ」
唐突な忠告。
「足場が悪いんだ」
「まあ、そうですの?」
私は首を傾げる。
「星が綺麗と聞きましたのに」
一瞬。
彼の表情が固まった。
ほんのわずかな動揺。
見逃さない。
「君に怪我をしてほしくない」
取り繕う笑顔。
だが瞳の奥に滲むのは――焦り。
(予定を早めたいのね)
小物は、想定外に弱い。
◇
その夜。
わざと父の前で言った。
「東の庭園、行ってみたいですわ」
「今か?」
父が怪訝そうに眉を寄せる。
「ええ。最近、気分転換がしたくて」
アルフォンスの指先が、ぴくりと震えた。
「……夜は危険だ」
「あら」
私は微笑む。
「婚約者様が守ってくださるのでしょう?」
逃げ場を塞ぐ。
「……もちろんだ」
引きつった返答。
追い詰められた顔。
◇
さらに私は、彼にだけ聞こえる声で囁いた。
「怖いですわね」
「……何がだい?」
「事故って」
アルフォンスの瞳が揺れた。
確かな恐怖。
罪を抱えた者の反応。
◇
そして。
ついにその瞬間が訪れる。
「クリス」
夜会の帰り道。
「今夜、少し散歩しないかい?」
来た。
「どちらへ?」
「東の庭園だ」
優しい声。
だが滲む緊張。
私は微笑んだ。
「喜んで」
背後で。
エミリアが、静かに頷いた。
◇
夜。
東の庭園。
月光に濡れた石段。
アルフォンスが私の背に手を添える。
「足元に気をつけて」
その指先に、わずかな力。
私は知っている。
次に何が起きるのか。
――だから。
私は自ら足を滑らせた。
「きゃ……!」
視界が回転する。
夜空。
石。
衝撃。
赤。
「クリス!?」
悲鳴。
動揺。
そして。
私を見下ろす彼の顔に浮かんだ――
**安堵**
◇
(ええ、その顔を待っていましたの)
私の意識は、ゆっくりと闇に沈んでいく。
だがこれは終わりではない。
始まりだ。
◇
翌朝。
王都を駆け巡る報せ。
**伯爵令嬢クリスティーヌ・ヴァレンシュタイン、事故死。**
そしてアルフォンスは、
悲劇の婚約者を演じながら――
破滅への階段を踏み出した。
**――だが彼は、まだ知らない。**
本当の悪夢が、これから始まることを。




