第一話 幸福という名の舞台
私は、自分の婚約者に殺される。
しかも――事故死として。
泣き崩れる暇はなかった。
怒り狂う価値もない。
なぜなら私は、その計画書を読んでしまったのだから。
◇
伯爵家長女、クリスティーヌ・ヴァレンシュタイン。
家柄、容姿、教養。
すべてに恵まれた順風満帆な人生は、たった一通の書簡で崩壊した。
ある午後。
図書室で偶然手に取った封蝋付きの手紙。
差出人――婚約者アルフォンス・レイモンド。
宛名――見知らぬ男。
何気なく開いた、その瞬間。
私の世界は静かに終わった。
「事故に見せかけ、令嬢を排除する」
「……なるほど」
声は驚くほど冷静だった。
胸の奥で、何かが静かに壊れる音がする。
愛していると言いながら、
裏では私の死後の財産分配を相談していた男。
伯爵家の財産を丸ごと手に入れるための計画。
悲しみより先に浮かんだ感情は――
**利用してやりましょう**
だった。
◇
その夜。
何事もなかったかのように食卓に着く。
父は政治の話をし、
母は穏やかに微笑み、
妹エミリアはデザートの順番に文句を言う。
そして。
「クリス、顔色が優れないね」
アルフォンスが優しく微笑んだ。
完璧な婚約者の仮面。
その笑顔の裏に、
“私の死”を織り込んでいるくせに。
「少し疲れただけですわ」
私も微笑み返す。
仮面同士の晩餐。
この瞬間、確信した。
あなたが私を舞台から退場させるつもりなら――
私は観客席から、あなたを奈落へ落として差し上げる。
◇
食後。
「……お姉様」
私の部屋に入るなり、エミリアが真顔で言った。
「何かあったでしょ?」
「どうしてそう思うの?」
「本気で怒ってるとき、
右の指先だけ力が入るの」
……鋭すぎる。
私は一瞬だけ迷い、そして決めた。
「アルフォンス様が、私を殺すつもりらしいの」
沈黙。
次の瞬間。
「やっぱり」
即答だった。
「……驚かないのね」
「最近、変だったもの」
エミリアは淡々と言う。
「使用人に屋敷の構造を聞いたり、
庭の石段をじっと見てたり」
そして、小さく鼻で笑った。
「頭が悪いくせに、策士ぶってる顔して」
思わず苦笑が漏れる。
この子は――味方だ。
◇
「どうするの?」
問われ、私は静かに答えた。
「彼の計画通りに、死にます」
「……は?」
「もちろん、本当に死ぬわけではないけれど」
エミリアの瞳が、ゆっくりと輝く。
「死んだふり……?」
「ええ。完璧に」
事故死を装うつもりなら、
望み通り“事故”を与えて差し上げる。
ただし――脚本は私が書く。
「でも、お姉様」
エミリアが真顔になる。
「失敗したら?」
「そのときは本当に死ぬだけですわ」
「軽く言わないで」
「命を賭ける価値がありますもの」
私は微笑んだ。
「裏切り者を破滅させるには」
◇
こうして。
伯爵令嬢クリスティーヌ・ヴァレンシュタインの“死”と、
婚約者アルフォンス・レイモンドの破滅は、
同時に計画された。
エミリアが、悪戯っぽく笑う。
「……最高ね、お姉様」
私も微笑み返す。
**復讐劇の幕を上げましょう**
まだ誰も知らない。
幸福という名の舞台が、
すでに崩れ始めていることを。




