表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
涙の王国に、雨は降らない  作者: お試し丸
4/5

第4話 影に潜む声

夕暮れが城を染めるころ、廊下は長い影に包まれた。

窓から差し込む橙色の光は、石の床を赤く染め、静かな時間を引き伸ばす。

だが、その静けさの中で、少女の胸は乱れていた。


シエル=フレイアは、ひとりの部屋に座り、窓の外を見つめる。

今日、リィドが渡した花の名前リストを、何度も手に取り、何度も見返した。

文字は単なる情報なのに、心に触れる温もりがある。

触れてはいけない感情が、静かに揺れる。


「……私の心は、どうしてこんなに揺れるの」


誰も聞いてはいけない声。

誰にも言えない想い。

涙を流せば死が待つ国で、少女はその事実を忘れたくなるほど心を揺らしていた。


廊下の向こうから、足音が近づく。

小さく、確かなステップ。

少女は振り返る。


「シエル」


その声は、リィドの声ではなかった。

――知らない、低く響く声。

胸が凍る。

誰もいないはずの廊下で、少女の心拍が早まる。


「誰……?」


だが声は答えず、廊下の影に溶けるだけだった。

少女は立ち上がる。

足は自然と、影の方向に向かう。

それでも理性は囁く。

――近づくな。ここで振り向けば、私は守れない。


影の先には、城の下級使用人がひとり、こそこそと書類を持ち運んでいた。

ほっと息をつくシエル。

だが、胸の奥のざわめきは収まらない。

――何かが、この城に潜んでいる。

――誰かの思惑が、私たちを見守っている。


その夜、城の庭園。

星はひとつも見えず、空は濃紺に沈む。

少女は一人、ベンチに座り、手のひらで胸の奥を押さえた。


「……私は、誰のために泣かずにいるのだろう」


自問の声は、闇に吸い込まれる。

しかし答えは決まっていた。

――リィドのため。

――彼の幸せだけを守るため。


背後から、風がそっと吹く。

花びらが舞い、少女の肩を撫でる。

その瞬間、胸の奥の熱が、小さく震える。

触れてはいけない、触れられない熱。

少女は目を閉じ、深く息をついた。


――涙は流さない。

――でも、私の心は、少しずつ、彼に向かって開いていく。


遠く、城の尖塔に灯がともり、闇と光が交錯する。

雨は降らない。

けれど、少女の胸の奥に、小さな涙の影が静かに降り積もった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ