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涙の王国に、雨は降らない  作者: お試し丸
3/5

第3話 隠された微笑

城の朝は、静けさに満ちていた。

風は窓辺のカーテンをわずかに揺らすだけ。

だが、少女の胸には、昨日よりも強いざわめきがあった。


シエル=フレイアは、今日も鏡の前に立つ。

指先が髪を整え、制服の襟を直す。

鏡の中の自分は、いつも冷静で、感情のない少女に見える。

――しかし、鏡の裏側で、心は小さく震えている。


「……リィドは、今日も微笑うのだろうか」


その問いに答えはない。

幼馴染の王子、リィドは、常に穏やかに微笑む。

だが、彼の微笑みには――何か、少女には触れられない秘密がある気がした。


庭園に足を運ぶと、リィドはすでに歩いていた。

花々の間をゆっくりと歩くその姿に、少女は声をかけることさえ躊躇した。


「おはよう、シエル」


その声は昨日と変わらず優しく、穏やかで、少女の胸を押すように響く。

「おはようございます」


短く答え、視線を床に落とす。

だが、足元の影は微かに震えていた。

少女は気づいていた――自分の心は、抑えきれずに反応している、と。


リィドはベンチに座ると、手に持った小さな箱を差し出した。

「これ……昨日、君に見せたかったんだ」


少女は手を伸ばすことをためらった。

しかし、慎重にその箱を受け取る。

小さな蓋を開けると、中には薄く透けた紙切れが一枚。


「……これは?」


リィドは静かに微笑む。

「君にしか読めない、庭園の花の名前のリストだ。昨日、君がよく見ていたから」


その紙切れは、ただの文字の羅列であり、花の名前が並んでいるだけだった。

だが、少女にはわかった。

――彼は、私を見ていた。

――私だけを、見ていたのだ。


胸の奥が熱くなる。

触れてはいけない、触れられない熱。

小さく震える指先。

抑えられない感情が、ほんの一瞬、手の中で踊る。


「……ありがとう」


少女は口に出す。

声に抑制をかけ、震えを隠しながらも、心の奥底で何かが解き放たれる。


リィドは頷き、花々の間をゆっくり歩き出す。

少女はその後ろ姿を見つめながら、小さな誓いを胸に刻む。


――どんなに心が揺れても、

――私はあなたのために涙を流さない。

――それでも、私の心は、少しずつあなたを覚えていく。


午後の光が庭園を黄金色に染めるころ、二人は静かに歩き続けた。

無言の時間が、少女の胸の中に小さな温もりを残す。

雨は降らない。

けれど、少女の胸の奥に、微かな涙の影が降り積もった。

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