亡霊島の調査 (3)
自らを「ラノルド」と名乗った男は、ハデスに手を差し出し握手を求めた。
その意外な行動に、ハデスは少し安堵して手を握り返す。
「初めまして。俺の名はハデ──?!」
手が触れた瞬間、ハデスの視界が一変し、次の瞬間には訓練場の反対側の壁へと叩きつけられていた。
受け身を取る暇もなく壁に激突し、轟音と共に一部が崩れ落ち、その瓦礫が体を押し潰す。しかしハデスは即座に瓦礫を払いのけ、ラノルドへ突進した。
「ふん!」
気合と共に振り下ろされたラノルドのハンマーが、迫るハデスの剣を弾き飛ばす。ただの一撃に過ぎないはずが、その圧倒的な力の差で、再びハデスの体は宙を舞った。
(力じゃ勝てないな……)
そう悟ったハデスは突進をやめ、ラノルドの周囲を素早く駆け回る。視線の届かぬ死角を狙って斬り込むも、分厚い鎧に阻まれて刃は届かない。
「ガキの遊びは終わりだ!」
速度では勝っていたが、動きを読まれたのか、ラノルドのハンマーが迎え撃つように振り下ろされる。骨の砕ける音と共に床が割れ、ハデスは地面に崩れ落ちた。致命的な一撃だった。
「面白い遊びだったが……お前は弱すぎる。消えろ」
そう吐き捨て、背を向けるラノルド。
だが、ハデスは静かに立ち上がる。微動だにせず、ただそこに立っている。その姿にラノルドは内心驚いた。
(……骨は粉々になったはずだ。立つだと?)
殺すつもりはなかったが、手加減する気もない。ラノルドは最後の一撃を放つべく、全力で駆けた。
「死に急ぎやがって!」
両手で渾身の力を込め、ハンマーを振り下ろす。到底防げぬ一撃――。しかし、ハデスは剣を握り、静かに呟いた。
「……守る」
激しい衝突音。だが、弾き飛ばされたのは意外にもラノルドの武器だった。
(俺が……力負けだと?!)
勢いを利用し、ハデスはラノルドの上半身を斬り裂き、鮮血が激しく飛び散る。さらに蹴り飛ばし、鈍い音と共にラノルドを壁に叩きつけた。
「なかなか楽しませてくれるじゃねぇか!」
逆に追い詰められたラノルドは、瓦礫を払い立ち上がる。抑えていた闘志を解き放ち、再び突進。ハデスは冷静に迎え撃ちの構えを取る。
互いの間合いが交わった瞬間――。
「やめなさい!!」
二人の全力の一撃が、突如現れたラピスによって受け止められた。
その登場に驚いたハデスは即座に武器を下ろし、深く頭を下げる。対してラノルドは、戦いに割って入られたことに怒りを覚え、鋭い視線を向けた。
「なんだ? 俺ともやり合うつもりか?」
「……いや、やめておこう」
ラノルドは一歩引いた。
「お前、この島の責任者ラノルドだな?」
「……俺を知っているのか?」
「名前と所属だけはな。……それで、お前の最後の記憶は?」
「……この場所で責務を果たすこと、だ」
その声にはどこか空虚さが漂っていた。
「じゃあ、ここでできることは?」
「大したことはない。あの骨どもに訓練と力を与えるくらいだ」
「悪くないじゃない」
ラピスは優しく微笑み、手を差し出す。その手を見たラノルドは、残っていた怒りが少しずつ薄れていくのを感じた。そして、その手を握った――次の瞬間、ラピスは彼を片手で掴み、壁へと叩きつけた。
「これで、お互い恨みっこなしってことで」
自分がやったことをそのままやり返され、ラノルドは呆気に取られたが――。
「……くっ、くはははは!」
やがて大きく笑い声を上げ、彼女を認めるような空気を漂わせた。