亡霊島の調査 (2)
for you
「依頼は無事に終わったよ」
ハデスは任務の報告をしながら、ラピスから褒められるのを待っていた。満足そうな笑みを浮かべてはいたが、その一方で手にはペンを握り、忙しそうに動かしていた。
「何をしているのか、聞いてもよろしいですか?」
「この島について調べてるんだ」
「……この島、あなたの持ち物では?」
「……まあね。でも、島のことはよく知らないんだ」
その答えに、ハデスは目に見えて戸惑った表情を浮かべた。島の所有者が、島のことを知らないとはどういうことなのか。
彼の反応を察したラピスは、大きくため息をついて言った。
「はあ……君が何を考えてるか分かるよ。でも私だって、何も調べなかったわけじゃない。この島、無駄に広いんだもん」
「それでも、この島の“主”を名乗ったんですね」
ハデスの核心を突く一言に、ラピスは「うぐっ……」と短く呻きながら、若干ムッとした様子で反論する。
「この島には、君と私しかいないの」
「……そうですね」
「兵士たちも少ないし、戦うことしかできない。言葉も通じないし、細かい指示なんて無理よ。だから調査なんて任せられない」
「……骸骨たちですからね」
「だから!……君が調査に行ってきて」
依頼を終えたばかりにも関わらず、また新しい仕事を命じられた。それでも、ハデスはこの島について興味を持っていた。もう一年ほどここで過ごしているが、「亡霊島」について知っていることはほとんどない。
だからこそ、彼はその命令を前向きに受け止めた。
「分かりました。どこから調べればよいですか?」
「記録によると、この城から西に行くと“騎士団の訓練場”があるらしい。何があるか分からないから、兵士たちを連れて行って。島の全域を私が把握できてるわけじゃないから」
ラピスの指示に従い、ハデスは軽く一礼して部屋を後にし、調査の準備を始めた。
ハデスと彼の骸骨兵たちは、西へと向かった。
徐々に薄れていく紫の霧の中を進んでいくと、まるで彼らが来るのを待っていたかのように霧がゆっくりと姿を消していき、やがて建物の輪郭が現れた。そこはまさしく、ラピスの言っていた「騎士団の訓練場」だった。
破れたテント、散乱した武器と装備――あちこちが荒れ果てていた。
『記憶はないけど、なぜか懐かしい場所だ……』
ここに来るのは初めてのはずなのに、ハデスには妙な既視感があった。
テントを抜け、訓練場の中央にある大きな建物の中へと、彼らは慎重に足を踏み入れた。
「……あそこが出口かもしれませんね」
奥の通路から、微かに光が差し込んでいた。ハデスはそれを出口だと直感し、そちらへと歩み寄る。光が視界を遮る中、出口を抜けると、そこにはまるで小さな戦場のような光景が広がっていた。
無数の骸骨戦士たちが、激しく剣を交えている。
『……ここが、これからお前が暮らす場所だ』
――死ぬ前に最後に耳にした、どこか懐かしい女性の声が脳裏に蘇る。
思い出に浸る間もなく、訓練していた骸骨戦士たちの動きがぴたりと止まり、次々とハデスのほうを向いた。
『……思ったより数が多いな』
ざっと見ても百体近くはいる。装備の質も悪くはない。それどころか、今連れている骸骨兵士たちよりも明らかに上等だ。もし戦うことになれば、逃げるしか選択肢はない。
しかし、彼の不安をよそに、骸骨戦士たちは一斉に敬礼をした。
そしてその中から、指揮官と思しき人物がゆっくりと現れた。
ハデスよりもはるかに大きな体格、重厚な鎧を纏い、背中には巨大なウォーハンマーを背負っている。顔は老齢に近く、刻まれた無数の傷跡と鋭い眼光は、彼が長年戦場で生き抜いてきた証だった。
「俺の名はラノルド。この“騎士団訓練場”の責任者だ、小僧」