第48話 戦いが終わって
「お姉、ちゃん……?」
「よかった、双葉ちゃん、無事だったんだね……」
「というか、雪穂ちゃんも大丈夫?」
戦いを終えて、改めて3人はお互いの無事を確認し、そして、それぞれの目には気づけば涙が浮かんでいた。
だが、安心の時はそう長くは続かなかった。
「わたし、どうなってたの……?」
双葉は手に握ったナイフと、血だらけになっている雪穂を見て、『何かあった』ということを察してしまったのだ。
「あー、えっと……色々あってさ。あたしもほら……」
儀式具により悪魔が祓われれば、憑かれていたその間の記憶は消える。
しかし、消えるのはその間の記憶『だけ』だ。
すでに起きていたことに、ごまかしは利かないのだ。
「えっとね。かいつまんで説明するけど……このまま行ったら双葉ちゃん、大変なことになってたんだよ。だけど…もう大丈夫」
「わたし、大丈夫……?雪穂お姉ちゃんも、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
雪穂は今回ばかりは、本当に悪魔の力に助けられたと思った。
何せ、左眼を切り裂かれていたのだ。もし悪魔の力がなければ、自分の左眼は、二度と光を映すことはなかっただろう。
そして、その傷を負わせた責任は、間違いなく双葉が負ってしまうのだ。
「ほんと…何とかなってよかったよ」
「?」
首を傾げる双葉を見て、雪穂は改めて決意する。
こんなに小さな女の子に、このような凄惨な場面には、二度と遭わせたくない、と。
「とりあえず、帰ろうか。というか、あたしもそろそろ帰んないとやばいから」
「あー……もう、外も真っ暗だもんね」
気づけば時刻は19時を過ぎ、おそらく駅には仕事帰りの人々が大挙していることだろう。満員の電車に乗るであろうことを憂鬱に思いながら、雪穂は帰路に就くことになった。
「…あのさー雪穂ちゃん」
「何?」
「今回。正直雪穂ちゃんには助けられてばっかだったからさ。ほんと、ありがとね」
「…どういたしまして」
いつもの雪穂ならば、こういう感謝の言葉は、くすぐったくてつい反発してしまうところだった。
「どしたの?今日はやけに素直じゃん」
「…いや、正直疲れたな、って」
だが、そんなことをするどころではなく、彼女はとにかく疲れたので、家に帰りたかったのだ。
「あ、そうだ。一華さん、着替え貰ってもいいですか。流石にこんな血まみれじゃ帰れない……」
「ん?いいよー。んじゃ、アタシの家寄ってから帰宅だね。でもその前に報告もしなきゃいけないから……ごめん、たぶん帰るの8時半とかになるかも」
「ですよね~~~~~!!!一応連絡しとこ」
あとで大目玉を食らうことになるだろうが、もうそんなことを気にしている余裕もなかった。
「そういえば雪穂ちゃんの家って、両親厳しい感じ?」
「厳しいっていうか口うるさいって感じです」
「あ~~~~~~。そういう感じね……」
実際、そうだとしか言えないから仕方ないのだが、一華のリアクションには、何か引っかかりのようなものがあった。
しかし、雪穂はそれが何なのか、わからなかった。
「……なるほど。そこで出会った人物はそんな名前を名乗っていたと」
報告を聞いた黒崎は、思わず普段は細くしている目を見開き、驚いている様子だった。
「ですがルクシアという名前そのものに覚えはありますし、戦ったこともありますが、報告に聞いているものと特徴が全然違いますねぇ」
「え、黒崎さん戦ったことあるんですか!?」
「60年くらい前の話ですけどね。しかし、煉獄の悪魔が再び動き出しているとなると、最近の悪魔の増加にも頷けるというものです。今後は、さらに働いてもらうことになるかもしれませんね」
煉獄の悪魔。
あの少女は、確かにそんなことを名乗っていた。
しかも、『七つの大罪』を関しているというのであれば、あんな厄介な悪魔が、他に6体もいるということではないのか。
1人だけでもあんな事態を引き起こしたのだ。今回は最小限の被害に留めたものの、もし双葉が暴走して人を殺すような事態に陥ったら、彼女はもう二度と救えなかっただろう。
悪魔祓いになって約1か月ほど。それだけの時間の間に、色々なことが起きすぎている。
もう、八坂雪穂の日常に退屈など、訪れはしないのだろう。
「そういえば、私の方からももう一つ伝えるべきことがありましたね」
「……?」
「あと1か月と少しもすれば、もうすぐ1年も終わるでしょう?年末年始、人々が平和で気の緩んでいる時期は、悪魔に憑かれる者も少ないのです。しかし、その『前』。つまり年末休みの前が、最も悪魔が出やすいんです」
「えーっと……つまり?」
「これから激しい戦いに巻き込まれるでしょう、という話です。まあ、今はゆっくり休んでください。私もあまり長く拘束していると文句を言われますし、それに……」
「あと5分で修道院から出ないと、私。法律違反になりますので」
そのまま、雪穂は慌てたように修道院を出た。
家に帰れば、また大目玉を食らうことになるだろうが、それでもなお、帰れる家というものは安心するものだ。
両親の庇護を受けて、生活のために必要なことも手伝ってくれる。
双葉と何度も話をしていた彼女は、改めて自分の暮らしがどれほど安心できるものだったのか実感していた。
帰路を歩きながら、雪穂はそんなことを考える。
「そういえば、尊さんにとんでもないことお願いしちゃった気がするな……」
自分の立場だって、ずっと保証されているわけではない。
自分に残されている時間は、そんなに長くないのかもしれない。
どうもあの戦いの直後から、時々左目の奥が何か疼くような感覚に襲われているのだ。
もしかすれば、自分の中に眠っていた悪魔が何か目覚め始めているのかもしれない。
悪魔についても、悪魔祓いについても自分は詳しくない。しかしだからこそ、彼女の心の中には焦りが生まれ始めていた。
疼く左目を時々抑えながら道を歩いていると、突如ある人物に声をかけられた。
「八坂雪穂さん。こんな夜道を女の子一人で歩いていれば、何があるかわからないですよー?」
耳の奥が疼くような、くすぐったい声。間違いない。『色欲のルクシア』と名乗ったあの少女だ。
「ごめん、急いでるんだけど。何の用?」
「そんな威圧しないでくださいよー。私はあなたにある事を伝えに来ただけです。別に操ったりはしないですから身構えないでくださいよ」
そうは言っていても、すでに体の奥が何か熱くなるような感覚があった。
この少女は危険だと、本能が叫ぶ。
「あなた、自分が何者なのか疑ったことはありませんか?」




