第46話 『愛』
「どうもどうも、待ちくたびれてそのまま灰になってしまうかと思いましたよ~」
雪穂たちが倉庫の方に向かうと、そこには一人の少女がいた。
歳は中学生くらいにも、高校生くらいにも見えるやや幼い雰囲気で、雑踏の中にいてしまえばすぐにまぎれてしまいそうなほどに平凡な印象だ。
だが、その平凡さを覆い隠してしまうほどに、悪魔特有の嫌な気配が濃く漂ってきていて、雪穂はそれに頭が痛くなりそうなほどだった。
「…双葉ちゃんはどこ?」
「そんなに急がなくてもいいですのに~。さあ、すぐに会わせてあげますよ」
「そういう冗談はいい」
「冗談じゃないですよ~?さあ、こちらに来てください」
警戒が解けないまま、少女に案内され、2人は倉庫の奥へと進んでいく。
「……ねえ、お姉ちゃん。何で私の事放ってたの?」
そこにいた双葉は、もう雪穂たちの知る彼女ではないと言っていいほどに、変容していた。
日本人形を思わせる黒髪の奥から覗く目は血走り、口はまるで半月のように不気味に広がったその姿は、まさに悪魔憑きのそれとしか言えなかった。
「…双葉、ちゃん」
「ほらぁ。あなたに会いたくて寂しかったー、って言ってますよ?ね?」
「こんな短時間でここまで進むなんて、あなたもしかして、双葉ちゃんに『何かした』?」
「何かした、っていう言い方は人聞きが悪いですね~。私はちょっとこの子と『お話』してただけですよ?」
少女は余裕を崩さないまま、冗談のように一華に向けて笑いかけながら答えた。
「ちょっと待って話が見えないんだけど。そもそもあんたは何者?」
「……ふふ」
「あんたは何者か、って!聞いてんのッ!!!!」
薄ら笑いで返してきた少女に我慢ならなくなった雪穂は、そのまま潜ませていた儀式具を振り抜いて、その細い身体に突き立てようと、振り抜く。
「……初対面の人相手にいきなり刃物を振り抜くなんて、どういう教育受けてるんです?そういうの良くないですよ、八坂雪穂さん」
だが、振り抜いた腕は腕一本で止められ、その刃が少女へと届くことはなかった。まるでペンチで腕を挟まれているのかというほどの痛みが雪穂を襲う。
「だからあなたみたいな喧嘩っ早い方は苦手なんですよね~~~」
「んぐぅっ!!!!」
そう言いながら、少女はそのまま雪穂の腹部を思い切り殴りつけた。胃の奥がせり上がり、中身がそのまま出そうな程の衝撃に、思わず腹を押さえる。
「んぐ、かはっ……!」
凄まじい一撃だった。何とか体勢を立て直そうとしても、身体を起こすだけで精一杯で、頭がフラフラとする。
「私、争いごとって大嫌いなんですよね~。もっと人間同士でも、あるいは悪魔同士でも、それぞれが愛し合えばそれだけで良い世界になると思うんです。その点、いきなり襲い掛かってきたあなたは落第ですね」
「何、ごちゃごちゃと、言ってんの……」
少女に見下ろされながらも、雪穂はそれでも彼女を睨みつけていた。
「双葉さん。彼女が悪魔に憑かれたのはね、あなたへの『愛』なんですよ。ああ、『そういう』意味じゃありませんよ?愛だって色々あるじゃないですか。恋愛、親愛、家族愛、寵愛、あるいは尊敬や崇拝だって愛です。彼女があなたにどんな感情を抱いていたのかはわかりませんが、それでも彼女はあなたを愛していました。それをあなたは拒絶したんです。ひどいと思いませんか?」
少女の方を睨みつけていた雪穂は、何故か彼女の演説にすっかり耳を傾けてしまっていた。
一般的な少女のそれなはずなのに、どこか甘ったるくこちらに絡みついてくるような声は、不思議と『その通りなのではないか』と思わせてしまうような妙な説得力があった。
「そうだ。私、あなたに会いたかったんですよ。あなたは自分の事を何も知らないようですけれど、私はあなたのことをずっと知っていました。まさかあなた自身が悪魔狩りとして対峙してくれるとは思いませんでしたけど」
気づけば、耳を傾けるどころか、その心ごとその『声』に委ねてしまいたくなるような気持ちの良さに、雪穂は包まれていた。
「八坂雪穂さん。あなた、私と一緒に来ませんか?双葉さんも一緒に連れていってあげますよ?あ、そちらの方については知りません。ですけど、今のようにただ悪魔を狩り続け利用されるだけの毎日よりは良くなると思います」
ついて行きたい。悪魔狩り、そんなことどうでもいい。仮に双葉と一緒にいられるなら、このまま……。
「雪穂ちゃんっ!!!!!」
誰かがこちらを呼んでくるような気がする。誰だろうか。でも、誰が呼んできたとしても……。
「しっかり!!!!」
自分の身体を揺すり、正面から自分の方を見てくる存在がいることに、雪穂は気づいた。一体、今まで何をしていたのだろう。
「…一華さん、あの。あたし……!」
何か、甘ったるく柔らかい何かに包まれた感覚まであったことは思い出せる。しかし、そこからが思い出せなくなった。
「なんかわかんないけど、顔がちょっと蕩けてたみたいになってて、様子おかしかった。大丈夫?アタシの声聞こえる?」
「……うん、大丈夫。大丈夫、です」
もしや操られでもしてしまっていたのだろうか。妙に聞き心地の良い声に、身を委ねそうになってしまっていたのだろう。
目の前にいる少女はおそらく悪魔だ。佐城と名乗る男と近い、おそらくは本物の悪魔というものなのだろう。
人並み外れた身体能力に、その気になればおそらくは人を操れる声。強大な力を持つ悪魔に、思うがままにされてしまったことに、雪穂は戦慄する。
「あーあー。余計なことしないでください。それとも横恋慕ですか?そういうのよくないですよ?私、あなたには用がないですのに」
「双葉ちゃんに何をしたの?あなたは何者?聞きたいのはその2つだけ」
「あー。だから、私はあなたたちに何か危害を加えたいとか、そういう気持ちはないんですって。あなたもいきなり睨みつけたりなんてしないでくださいよ。それとも……」
「質問に答えないと撃つ」
一華は持っていた儀式具を取り出し、少女に向けて突き付けた。拳銃のような形をしたそれは、今すぐにでも弾丸を発射して目の前の少女を撃ち抜こうという姿勢で待機している。
「仕方ないですねぇ。じゃあ、一つだけ答えてあげますよ」
「煉獄の悪魔、『色欲のルクシア』。私の名前はこちらです」




