第41話 覚悟を決めろ
自分より悪魔祓いとしての経験も、人生経験も勝るだろう一華に、雪穂は何も言うことが出来なかった。
それがどうしても、どうしても悔しくなった。悔しくて、涙が出そうになる。
「……やっぱ、あたしってまだ子供なのかな」
そう、小さく呟く。
「子供だからって別に悪い事じゃないよ。さっきは言い過ぎちゃってごめんね」
「あたしが生意気言ったのに、えらい冷静ですよね」
「あっはは、まあイオリン相手に散々苦労させられたから。言っとくけどイオリンのめんどくささは雪穂ちゃんの非じゃないからね~」
一体何を悩んでいたのか。すっかり、そのことも忘れそうになったその時。
道の陰に、双葉の姿が見えた。
「あっ…双葉ちゃん……大丈夫だっ、……た……?」
突如、視界が暗くなる。
そして、再び目を開けた時、雪穂は己の状況を理解する。
「ねえ、どうして離れたりなんかしたの……?」
双葉が馬乗りになり、自分の首を絞めていることを。
「ねえ、何で?何でわたしから離れたの?お姉ちゃんはわたしを裏切る気なの?ねえ?どうして?どうしてわたしから離れちゃうの?どうしていなくなっちゃうの?」
まるで壊れたテープを再生するかのように、双葉はうわごとのような言葉を、まくしたてるように雪穂に浴びせた。
あの細い腕のどこから出るのかという程の力が、雪穂の首を強く圧迫してくる。
首を絞められ、息が詰まり始まる。こうして首を絞められるのは二度目だが、嫌でも慣れたくないと思う程度には、嫌な感覚だった。
少しでも力を抜いてしまえば、すぐにでも自分は意識を手放してしまうだろう。
雪穂は全身の力を振り絞り、振りほどこうともがくものの、全くそれが離れる気配がない。
何より、双葉から浴びせられる呪詛のような言葉が、彼女の力を奪っていき、つい脱力してしまいそうになる。
「……双葉、ちゃん!!」
「お姉ちゃん?」
一瞬、双葉の動きが止まる。雪穂はその隙を見逃さなかった。
「ぷはぁっ!!まったく…いきなり首絞めてくるなんてびっくりしたんだけど?双葉ちゃんそんな乱暴なことする子だったっけ?」
「勝手にわたしのところからいなくなるお姉ちゃんが悪いんだよ?お姉ちゃん、さっきからずっと帰りたそうにしてた。本当はわたしといること、楽しいなんて思ってなかった。ねえお姉ちゃん、嘘はつかないでよ」
ギラギラといやに輝く瞳。雪穂は確信した。
双葉は現在、悪魔に憑かれている。
考えもしないような最悪の展開だった。まだ悪魔がこのモールの中にいるというのに、更に悪魔憑きが、それも双葉がそうなってしまうとは。
「1回離れたとしても、また帰ってくればいいんだよ。あたしは約束したよ!」
「そう言って!!」
「お母さんもお父さんも、いなくなっちゃった。悪い子なわたしのことが嫌いだから、消えていっちゃったんだ!!」
「………っ!!」
そのまま、言葉に詰まって雪穂は何も言えなかった。
自分には親がいる。母親がいる、父親がいる。きょうだいこそいないものの、衣食住にも困ることがない自分は、それなりに「恵まれている」のだろう。
だからこそ、雪穂にはかける言葉が見つからなかった。
双葉の苦しみに、寄り添うことが出来ないのだ。
「ねえ、わたしとずっと一緒にいてよ。それがダメなら死んでよ。もう、勝手にいなくなる人を見るのは嫌なの。だからさぁ、ここでわたしと一つになろう?ねぇ?」
その言葉を聞き、雪穂はそのまま体勢を整える。
「……あーもう!結局こうするしかないのかなぁ!!!」
儀式具を取り出し、双葉の前に構える。
相手がたとえ妹のような存在であろうとも、悪魔が憑いたのならばそれはもう「敵」だと。
自分に言い聞かせ、頬を叩き、双葉へと対峙することを決めた。
「覚悟、決めろ。覚悟決めろあたし!!!!」
しかし、儀式具による攻撃は、ほとんどが空を切った。
自分より身長の低い相手を相手にしたことがないのもあるが、何より相手が双葉であるのが、彼女の攻撃を大きく躊躇させてしまった。
「お姉ちゃん?何でわたしの方にそんなの向けてるの?お姉ちゃんはわたしのこと嫌いなの?」
なおも続く呪詛が、なおも集中力を大きく削ぐ。
「あたしだって、双葉ちゃんと戦いたくなんてないんだよ…!!」
「わたしだっていやだよ。お姉ちゃんのこと傷付けたくないもん。でもお姉ちゃんはそれでもわたしを傷付けるんだ?ひどいね。ほんっとうにひどいね」
にやりと、双葉の口の端が吊り上がっているのが、雪穂には見えた。
「あっちゃー…雪穂ちゃんってばマジでどこ行ったんだろうな~~」
うっかり、目を離している隙に、雪穂のことも見失ってしまった。
四ノ宮一華は、自分の胸の鼓動が早鐘のように加速しているのを感じ始める。
迫りくる不安に、つい最悪の可能性まで考えてしまう。
「何かないといいんだけど……っ!」
現在地はショッピングモール4F。流石にこのフロアからは雪穂も先に出てはいないだろうと、一華はモール内を走り回る。
「すみません、こんな子見てませんでしたかっ!!」
「見てないねぇ。妹さんか何か?」
「あー…うん。そんな所です!」
「ああ。でも小さい子の方なら。この階で誰か探してるっぽいのは見たよ」
良かった。と、そっと胸を撫で下ろす。
「でも、なんだか様子がおかしかったね。なんかぶつぶつ言ってて、不気味な感じだったよ。妹さんならちゃんと様子見ててほしいね」
「………そう」
「ちょっとちょっと!まだ話は終わってないよ!?」
一華はそのまま、ダンと音を立ててから、何も言わずに駆けだしていった。
嫌な予感がさらにひしひしと増していく。
説明されたその状態は、間違いなく『悪魔に取りつかれ始めた人間』のそれだからだ。
そして、更にそうなったとするならばと、一華はもう一つ最悪の想像をした。
そう、襲いに来られるのは間違いなく、八坂雪穂。彼女しかいない。
悪魔に憑かれるような強いストレスにも、心当たりがある。
「……あーもう!結局こうするしかないのかなぁ!!!」
走り回っている最中に、聞き覚えのある叫び声がする。
間違いない。八坂雪穂のそれだ。
「…良かった雪穂ちゃんは無事…かどうかはわからないけど、とりあえずいそう!!」
彼女は走る。
人の多いショッピングモールでの全力疾走だ。周囲の視線をどうしても集めてしまうが、それすら気にしている余裕は一華にはなかった。
「お願い、間に合え……!!」
思考がクリアになるにつれて、ざわつく人々の声と、道を行く人々が邪魔に思え始めた。
だが、行きゆく人を、煩わしい雑音を何とか振り払いながら、人の波をかき分け、それでも一華は前に進んでいく。
雪穂らしき影はそれでも見つからない。
もし遠くにいるのならばと、連絡でも取ろうかと携帯電話を取ろうとするが、もし緊急事態なら邪魔になるだろうという思考が、それを押しとどめた。
「ああああああああ……!!」
聞きなれた叫び声が、徐々に近づいていく。
「…あそこからか!」
走っていた足を止めてから、一華は物陰の中に、脚を踏み入れる。
鼓動は更に増して、早鐘のように激しい音を刻んでいる。
「………っ!!!!」
そこには、倒れ込みながら腹をナイフで刺され悶え苦しむ雪穂の姿があった。




